検査

 

「医務室は本部ビルの五十一階にあります」

 

 部屋から出て本部ビルに戻る。

 エレベーターで五十一階へ上がると、扉が開いた瞬間消毒液の匂い。

 

「こっちです」

 

 先へ進む烏丸。

 それにおとなしくついていく冬兎と華城。

 一番大きな扉は自動ドア。

 

「ちわーす、華之寺先生」

「おー、華城、やっときたかー。悪いな烏丸、華城を連れてきてくれて――あん? 誰だ?」

「夜凪冬兎さんです。受付から連絡ありませんでした?」

「あーーー? なんかあった?」

「さっき言ったじゃないですか。レイタント疑惑の子が検査に来るって」

「そーだっけ? じゃあ検査して」

「もー」

 

 適当すぎないだろうか。

 目を丸くして赤髪赤目の白衣の長身男を怯えた目で見上げてしまう。

 医師なのだろうか。

 胸元にネームプレートがかかっている。

 “Dr.華之寺暁人かのでらあきと”。

 肩にいるのはハリネズミのスピリットアニマル。

 

「あ、この人は華之寺先生。本物の医者。医者免許は本物」

「おい」

「あはは、だって華之寺先生、医者に見えないんですよ。ちなみに華之寺先生もガイド。っていうか、医務室にいる白衣の人は全員フリーのガイドだよ。保護されてるって言った方が正しいかな」

「保護……?」

「ガイドはセンチネル系能力者に執着されやすいんだ。で、まあ……一部にはパートナーだったセンチネル系能力者に執着されすぎて、DVされたりストーカーされたり、そういうヤツがいる。マッチング数値だけじゃ、そういうのはわかりづらいからな」

「っ……」

 

 センチネル系能力者はガイドがいなければ生活も難しい。

 だから執着、依存しやすいという。

 その執着は超感覚を持つセンチネル系能力者にとってガイドをストーキングすることと、相性が最高。

 

「まー、マッチング数値が高いガイドはセンチネル系能力者にとってはマジで命綱ですもんね」

「だな。で、俺はセンチネル系能力者の依存性の高いヤツのカウンセリングしてる。能力抜きで。ガイドの共感能力使うと、こっちに執着されちまうから自分で考えさせる。能力を使って磨耗した精神と、依存による歪みは別物だからな」

「そう、なんですね……」

 

 性格と能力は別物、ということなのだろう。

 そして、この階の一部にいるガイドはセンチネル系能力者に執着され、あるいは共依存関係になって周りから「離れた方がいい」という判断のもとカウンセリングを受けている。

 そういうガイドの、保護施設。

 

「難しいんですね……」

「そう。それにセンチネル系能力者に限らず、他者への共感性が高いガイドはミュート相手にも依存されやすくてな。まあ、あとはアンタみたいなレイタントのカウンセリングもな」

「レイタント、も?」

「そう」

 

 華之寺先生曰く、レイタントは心身のトラウマなどで能力の開花が阻害されている場合が九割。

 そのトラウマに気づいている場合は、重点的にそこをカウンセリングしていく。

 逆に冬兎のような場合はなにがトラウマとなって能力開花を阻害しているのか、根気よくカウンセリングで手探りで探さねばならない。

 

「それとも、なにか心当たりはあるのか?」

「ぅ、え、えーと……ナンダロ……? トラウマ……」

 

 と、言われて思い出すのは十八の頃に妖怪に襲われて死にかけた時の出来事。

 花ノ宮明人と、華城晴虎に助けられて無事だったがあの出来事は今も時折夢で見る。

 けれど、自分なりに学校のカウンセラーに話をして、向き合い、乗り越えたことのはずだ。

 

「まあ、ここで言わなくてもいいさ。カウンセリングは個人情報保護をしっかり契約した上で行うのが普通。今日のところは明日からカウンセリングを行うってことを、念頭においた上で今後のことを決めて行くってコトで」

「は、はい。……あれ? 華城さんは……?」

「華城はあっち」

 

 と華之寺先生が指差す方向に、ベッドに座って数人の白衣のガイドが手を繋ぎ、華城を囲んでいる光景が。

 スピリットアニマルたちが強く光り、輪を作って華城のケアを行っている。

 

「あんなこともできるんですね」

「でも、結局華城の回復をできるほどじゃねえんだよなぁ。華城のシールドはかなり強固だし、花ノ宮のガイディングによるシールドがまだ残っているから。とはいえ、二年も低指数のガイドのケアだけで維持できている方が奇跡に近い。特に華城とサーナインは精神具現化能力者エンボディメントだ。普通のセンチネル系能力者より消耗が激しい。いずれ限界が来る」

「ですね。早く華城とジョエルに合う、マッチング数値の高いガイドを見つけないと。二人ともうちの主戦力ですし」

「――んで、夜凪はスピリットアニマルがいないんだな? あー、レイタントなのにスピリットアニマルがいないけど見えるって書いてあるわ」

「先生~」

 

 今頃回されてきた書類を見ている華之寺先生。

 一抹の不安をを覚えるが、あっさり「じゃあその辺も細かく診断していくか」と個室に呼ばれる。

 そこから手を繋げて、テレパスで感情――心を探られた。

 それなのに、嫌な感じがしない。

 

「んー……表層面は確かに良くも悪くも普通だな。でもかなりストレス過多。一ヶ月の休息を命じる」

「い、一ヶ月!?」

「そういやぁ、烏丸が前の会社は今朝クビになってて、かなりブラックだった……あ? 襲われたのが今朝、深夜? マジ? あーこれはブラックだな」

「う……は、はい」

「ストレス数値が80近いから、とりあえず一ヶ月は休んで週二回、通ってカウンセリングを同時進行していくかぁ。一ヶ月経ってもストレス数値が改善されなければ延長」

「あの! でも、そんなに休めるほど、僕お金が……!」

「保護中のレイタントには国から補助金と助成金が出るから、生活面は心配しなくていい。カードキーにその辺の登録もしておく。そのカードキーマージ失くすなよ? 保護観察中のレイタントは食堂と買い物が全額会社負担になる。上限はあるけど」

「え!?」

 

 曰く、受付でもらったカードキーは部屋のキー以外にビル内の移動、身分証、電子マネーにもなる。

 ビル内ではカードキーがあればほとんど事足りるという。

 オススメは華之寺先生のように、カードキーを首から下げておくこと。

 

「生活に密着している分、失くすと死ぬ」

「ひぇ……」

「まあ、失くしたらうちのガイドかセンチネルどもをパシって探せばいいけどな。俺はそっち方面苦手だから烏丸とか槙に頼め~」

「は、はあ……。あ、あの……」

「ん?」

「仕事を……探すことは可能でしょうか?」

 

 生活面のお金の心配はないと言われたが、気にならないわけがない。

 今まで馬車馬のように働いていたのだ、自立した大人として――仕事はしたいのだ。

 真剣な、切実な表情で問うと華之寺先生の目が細められる。

 

「しばらくはドクターストップ」

「ふぁ!?」

「ストレス数値が20まで下がったら職探しをすることは反対しない。でも、職探しでストレス数値が30になったらまた休息してもらう。見つからないなら本部ビルの総務課に紹介してやんよ。能力開花が見られたら、その時はセンチネル系、ガイド、双方でアンタの希望に沿った場所に移動すればいい。とにかく能力を開花させること。レイタントの状態は……それはそれで危険だ」

「え……」

 

 表情、というよりも空気が変わった。

 剣呑な空気。

 肌が、ピリつくような――

 

「レイタントは妖怪や怪物どもにとって、脅威の芽だ。“竜血鬼、折宮六花”のおかげで吸血鬼や人狼の、上位階級の者は大半が本国へ帰ったが、まったくいなくなったわけじゃない。そういう上位階級にとって、センチネル系能力者は脅威で、ガイドはセンチネル系能力者の弱点。しかも、どうやらセンチネルやガイドの血肉は上位階級のヤツらに“珍味”として食卓に歓迎される。レイタントはセンチネルやガイド以上に希少。存在が知れれば、積極的に狙われるんだ」

「…………」

 

 喉が震えて声が出ない。

 脅威だからこそ、逆に“餌”としての価値を見出されている。

 

「ヤツらの嗅覚はセンチネル系能力者とは比べ物にならないほど、特殊だ。吸血鬼は血の匂いや味でセンチネル系能力者やガイドを感知するというし、人狼族も同じだ。上位の妖にはスピリットアニマルが見えるらしい。アンタはスピリットアニマルがいないようだが、わかるヤツにはわかるかもしれん。外に働きに出るのは賛成できない」

「っ……そ、そんな……」

「センチネルやガイドが国で保護対象になっている理由は、妖族や化物どもに対抗しうる存在だから――だけじゃねぇ。ヤツらにとっての“珍味”だからだ。その上位階級に対抗できるのがマッチング数値100%のセンチネルとガイドが専属契約を行った状態の“ボンド”と、精神具現化能力者エンボディメント精神具現化能力者エンボディメントは世界でも五人しか存在しない最強たち。レイタントは、その可能性がある脅威の芽」

 

 だから積極的に狩る対象。

 そう言われて、頭から血の気が引く。

 

「まあ、どちらにしても一ヶ月は休息を取れ。トラウマと向き合うのには、どうしたって体力がいるしな」

「は……はい、わかり、ました」

 

 じゃあ、今日はここまで、と華之寺に言われて立ち上がる。

 個室から出て先程の部屋に戻ると、華城のケアも終わっていた。

 心なしか、スピリットアニマルの虎が大きくなっている。

 

「あー、疲れたー!」

「これ以上は無理っすー」

「きっつーい!」

「まあ、あたしらが束になってもこれが限界ですよ」

「だよなぁ」

 

 六人のガイドが座り込むなりへたり込むなりと床に沈む。

 椅子に座っていた華城が、ゆっくり目を開く。

 センチネル系能力者へのケアは、ガイドの精神を著しく疲弊させる。

 

「華城、お前の時間があるのならあと三周するけど大丈夫か?」

「無理。空腹」

 

 ぐーーー。

 華城から鳴る腹の音に、華之寺も「あ」と声を漏らす。

 烏丸が「昨日の夜から食ってないんで」と助け舟を出すと、華之寺も「仕方ねぇな」と頭を掻く。

 

「夜に向けて寝ておきたいし、とりあえず飯食わせてきていいですか?」

「じゃあ寝てる間にこっちでケアの続きをするか。今日は医務室で寝ろよ、華城」

「……わかった」

 

 と、了承はしているが、表情は不服そうな華城。

 

「もー、烏丸くんがセックスケアしてあげればいいのにー」

「瀬尾!」

「みんなだってそう思ってるでしょー? そりゃ烏丸くんには槙さんがいるけどさー、華城くんとジョエルくんのケアを医療班ガイド全員で毎日やってたらこっちが保たないってぇー!」

「おい、瀬尾! お前がそういうことを言うから華城もサーナインも医務室に近づかなくなるんだぞ!」

「だってぇー! しんどいもんはしんどいんだもーん!」

「俺らの仕事はセンチネル系能力者たちのケアっすよ。それでお給料もらってるんだから、そういう不満は言うべきじゃねぇっすよ」

「うるさーい!」

 

 瀬尾、という唇にピアスをつけた女性が叫ぶ。

 それに烏丸の複雑な表情。

 華城がフードをかぶって立ち上がる。

 

「しない。絶対。……しても入んないし」

「っ……」

「ジョエルも同じこと言ってる。物理的に無理。みんなも。だから誰ともしない。ご飯行ってくる」

 

 カア、と烏丸の顔が赤く染まる。

 セックス、なんて言い出された時はギョッとしたが、華城の発言にはもっとギョッとしてしまった。

 

「あーーー……まあ、あの体格は……デカそうだもんね。伝説の30センチはあったりしてぇー? 確かに男の尻には入らないかも? 相当慣れてないと~? でもそれなら尚更慣れてる烏丸さんがセックスケアしてあげたらいいんじゃないー?」

「なっ!? 慣れてるわけないだろ!? 槙さんとはまだ三回しかしたことない! ……あ……」

「「「……………………」」」

 

 どよ。

 全員が目を丸くして烏丸を見る。

 三回。三回、なのか。

 そんな空気と沈黙。

 

「マジ? じゃあ無理だねー。ってかぁ、あんなにイチャイチャしてるのにまだ三回なんだー」

「ッッッ!」

「瀬尾!」

 

 華之寺が瀬尾を叱りつける。

 見たこともないほど赤い顔になった烏丸が、華城のあとを追いかけて部屋から出て行く。

 置き去りになってオロオロしてしまう冬兎。

 

「でーも、あんなデッカい体に包まれて、デッカいモンねじ込まれたら気持ちよさそう~。あーあ、マッチング数値4じゃなかったら誘うのになぁー」

「マッチング数値4とかお前医療班ガイド最弱のゴミじゃねーか」

「ちょっとー! 華之寺先生そこまで言うー!? そういう華之寺先生は華城くんとのマッチング数値いくつなのさー!?」

「5」

「ゴミじゃねーかー!」

「どんぐりの背ぇ比べっすね……」

「それはひどい」

 

 一同ドン引きである。

 

「どうした? まだなにかあるのか?」

「え、あ、えーと……その……」

「検査もカウンセリングも終わったし、受付にこれ出して本部ビルの中探検でもしてきたらいいんじゃねぇの? ほい」

「あ……ありがとうございます……」

 

 そう言われ、カルテを受け取る。

 受付わかる? と別の女性スタッフに聞かれて「大丈夫です」と答えて部屋から出た。

 

(現実味が……まだないな……)

 

 流れのまま、流されてきている。

 華城の、あの寂しげでつらそうなのを隠しているような表情を思い出して胸が苦しく感じた。

 

(お礼、また……まともに言えてない……)

 

 カルテを胸に、ひとまず受付へと歩き出す。

 

(これを届けたら、食堂に行ってみようかな)



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