第21話 いなくなったユウくん
次の日の放課後。私たちは、体育館の隅で部活動紹介の出番を待っていた。
その途中で先生がやって来て、簡単な説明をしてくれる。
「君達の順番がくる少し前に、機材のセットに入って。部活の説明や演奏は、時間内に納まれば自由にやってくれていいから」
「わかりました」
返事をしながら、ステージを見上げる。
いくつかの部が発表を終えているけど、私たち軽音部の順番までには、まだ少し時間があった。
それでも、これから自分達があそこに立って演奏するのかと思うと、早くも緊張してくる。
三島を見ると、ギターを持って何度も指の動きを確認している。
緊張してるのは、こっちも同じみたい。
(私も、最後の練習をしておかないと)
ベースを取り出して、昨日練習した曲の動きを確認する。
「二人とも、少しは落ち着きなって」
ユウくんがそう言うけど、落ち着くのは、ちょっと難しいかも。
「だって、あんな演奏じゃ心配だよ」
昨日の練習の様子を思い出す。
あれから三島と二人で何度か弾いてみたけど、上手くいかないところがたくさんあった。
元々、そういうことになるって覚悟して、それでも演奏するって決めたんだけど、やっぱり不安になる。
「こんなことになるなら、前からもっと一緒に練習しておけばよかったな」
三島がぼやくけど、私もそう思う。
今の私たちに足りないところなんてたくさんあるけど、特に、お互いの息が全然合ってない。
一人で弾いてた時はなんとかいけるって思えたところも、二人の音を重ねると、どうにも噛み合わないことが多かった。
そりゃそうだよね。
私たちが今まで一緒に練習したのは、せいぜい数回。そのくらいじゃ、息が合わないのも無理ないよ。
不安になる私たちを見て、ユウくんは小さくため息をつく。
「今それを言っても仕方ないだろ。それとも、やっぱり辞退した方が良かったって思ってるのか?」
「それは……」
突然の言葉に、顔を見合わせる私たち。
それから、三島が先に答えた。
「いや……弾きたいか弾きたくないかって言われたら、やっぱり弾きたい」
不安や緊張はあっても、その答えだけは昨日と変わらない。
それは私も同じだ。
「……私も、弾きたい」
力不足なのはわかってる。それでも、演奏自体はやっぱりやってみたかった。
するとそれを聞いて、ユウくんも安心したように微笑んだ。
「そうだろ。なら、もっと楽しみなよ。初めてのことだから、不安なのも緊張するのも当たり前。でも、上手くやらなきゃってことばかり気にしてたら、つまらなくなるぞ。だから決して無理せず、楽しいと思える事を精一杯出来たらそれで良いって、俺は思うよ」
「……うん、そうだね 」
優しく諭すような言葉に、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
ユウくんが背中を押してくれると、何の根拠もないのに、不思議とそれだけで気持ちが前向きになってくる。
「何だか、先輩っぽいこと言ってるな」
三島が生意気なことを言うけど、それは、緊張をとるためあえてそんなことを言っているようにも見えた。
そしてユウくんも、それを気にする様子はない。
「二人は俺にとって、軽音部で出来た初めての後輩だからな。こういう時は、先輩風を吹かせてもらうぞ」
ユウくんが冗談っぽく言うと、ようやく、その場の空気が少しだけ和らいだような気がした。
それから、見学に来ている生徒達に目を向ける。
さっきまでは緊張しすぎて、それを眺める余裕もなかった
集まっているのは、ほとんどが新一年生。
私たちも一年生なんだから、本当ならそっちにいるのが自然なはず。
そう思うと、なんだか不思議な感じがした。
「そうだ。真由子、いるかな?」
今日、私たちが演奏するってことは伝えていたし、絶対見に来るとも言ってくれてたから、今この体育館のどこかにいるはずだ。
そう思って真由子の姿を探すけど、あまりにも人が多すぎて、全然見つからない。
仕方ないか。
そう諦めかけたその時、ユウくんが小さく呟いた。
「えっ……なんで?」
見ると、ユウくんは驚いた表情で人混みの中を眺めてる。
どうかしたの?
私も、また集まった人達に目を向けるけど、ユウくんが何をそんなに驚いているのか、さっぱりわからない。
「ねえ、どうかしたの?」
「いや。多分、見間違いだと思う」
聞いてみたけど、返ってきた答えは、なんだか曖昧だ。
それからしばらくの間、ユウくんは黙ったまま何か考えているようだった。
だけど、やがて私たちに向かって、突然こんなことを言ってきた。
「ごめん。確かめたいことができたから、少し外す」
「えっ、今から?」
「大丈夫。演奏が始まるまでには、ちゃんと戻るから」
えっ? えっ? いったいどうしたの?
突然のことに戸惑うけど、ちゃんと戻るって言ってくれたし、引き止めるのもよくないよね。
「早く帰ってきてね」
結局、それだけを言って、ユウくんを送り出す。
ユウくんは集まっていた人の体をすり抜けて進んで行って、その姿はすぐに見えなくなった。
「どうしたんだ、あいつ?」
私と一緒にそれを見送った三島も、不思議そうに呟いた。
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