第30話 高谷、魔神因子覚醒。

セルティアが飛び出したのと同時刻。原野は本物のエレメンタルストーンを右手に持って全力で駆けていた。


大量の汗と、普段なら震えもしない口が震えて、息がうまくできない。それは、後ろから猛烈な勢いで迫る殺気と気迫のせいである。


王城の廊下を、快斗の『瞬身』以上の速度で疾走するのは、四大剣将、エレジア・グレイシャールである。


体験を構えて迫る彼女の先には、窓にもう少しで到達する原野の姿が。


「逃さない。殺す。」

「あ……」


窓ガラスを割り、原野が今まさに外に出るといったところでエレジアが追いつき、猛烈な勢いで、大剣を振るわれる。


「ヤバ……」

「ハァア‼」 

「え⁉」

「ッ⁉」


そして、原野の脳天が、真っ二つに両断されそうになったとき、一つの人影が割り込んだ。そして、大剣は、容赦なくその人影を叩き斬り、どす黒い返り血で、エレジアを汚す。


「がは……あ、危ねえ、な……。ハァ……。」


割り込んだ人影、本体の高谷が、右肩から左脇腹まで浅くつけられた大きな傷を抑えながら、原野の身を案じる。


「な、何してるの⁉」

「いい、から…行くぞ‼」

「へ⁉」

「ッ……。」


高谷は吐血しながら原野の首根っこを掴んで窓の外へと離脱する。その際に、左手に握っていた火の魔石をエレジアの顔めがけて投げつけた。


エレジアは動じずに顔を傾けただけで躱すが、その魔石には高谷の血がこびりついており、


「行け‼」

「ッ‼」


その血に火がついた。その瞬間、熱の衝撃を受けた火の魔石が赤く発光。そして、その小さな大きさからは想像できないほどのエネルギーを放出しながら爆発。


その爆風で後押しされ、高谷と原野は窓の外へ、エレジアは横へ吹き飛ばされた。


「わあああ‼」

「ジタバタすんな‼バランス取れないだろ‼」


真っ逆さまに地面に向かって落ちていく浮遊感に原野が暴れだし、それを高谷が声で制す。


声は届いたようだが、やはり長時間の浮遊感というものは、初心者にはきつかったようで、


「う……」

「えー失神?マァジ?」


ガクンと首と肩を落として、原野が意識を失う。そのことに呆れながら、高谷は地面スレスレで暴風魔術を発動。落下の勢いを殺して軽やかに着地した。


失神している原野をおんぶしながら、その手に握られているエレメンタルストーンを取って自分の左手の甲に翳す。少し間があってから、発光するエレメンタルストーンをどかすと、緑色の紋章が描かれていた。


「よしっ‼ハァ……行くか……。クソ、なんで負傷者が無事な奴を運ばなきゃいけないんだよ。まぁ、もう治ってるけどさ。」


自分の体にできていた傷を思い出しながら、高谷は原野を背負って全力で前方の鍛冶場へと走る。


そしてふと、自分の分身体が血になったことを感知した。それを走りながら、操作し、神経をすり減らして分身体の相手をしていたセルティアと思われる者に巻きつける。


案の定、血が凍らされ始めたことを感知して、高谷はその流血へと魔力を供給。十分な量になると、固有能力をフル活用して、新たな爆弾と化す。そして、


「『炸裂する流血バースティングブロッド』‼」


天に手を翳し、大声で叫んだ。通りを歩いている人々は一瞬首を傾げて、「頭おかしいんじゃないの?」と言いたげな顔をしていたが、その後に続く爆音にみるみるうちに顔が青くなり、混乱と不安で暴れだす。


「ハァ……ハァ……。ッ‼もう来たか‼」


高谷が全力で走っていると、真上からバリンと大きな音がして、何かが高速で急降下してきた。


言わずもがな、それは、


「エレジア・グレイシャール‼」

「殺す。」


転ぶようにして体を倒し、位置をずらす。すると、数本の髪をいくつか持っていきながら、さっきまで高谷がいたところへと、大剣が叩きつけられ、地面に大きな亀裂が生じた。


「ハァ……くそ‼」

「逃げないで。」

「ぐっ⁉」


再び走り出そうとした高谷の前に、エレジアが回り込み、その腹に拳をねじ込んだ。先ほどの攻撃のダメージが残っている高谷は、更に内臓を傷つけるような攻撃により、吐血が収まらない。


「ぐぼ……。ごぼ……。」

「もう諦める。そこで終了。何をしたいのか知らないけど、君たちの負け。」

「く……。」  


冷酷無比な視線で、高谷に降伏を促すエレジア。高谷は、俯きながら、喉に詰まる血塊を吐き出すと、笑いながら顔を上げた。


「ハァ……ハァ……負けじゃないよ……。ハァ……あんたは……俺の、術中‼」

「ッ‼」


高谷は、たった今吐き出した血に魔力を注ぎ込み、


「『血裂き草』‼」


その血溜まりから数本の赤い大針を、勢いよく上へと出現させ、エレジアを狙う。


難なく躱すエレジア。しかし、その体には血が付着しており、


「『猛血』‼」


高谷が叫ぶと同時に、その血が大きく発火。エレジアを焼き尽くさんと勢いが高まる。しかし、


「私に炎は効かない。こんな炎、全く熱くない。」


そう言って、平然と燃え盛る自分の足を手で払った。すると、ホコリのように簡単に、高谷が出した炎が払い落とされてしまった。


「マジかよ……。」

「君の炎は全然熱くない。最初から戦う気がない戦士の炎なんて、逃げることしか頭にない戦士の炎なんて、私には効かない。やるなら、ちゃんとやって。じゃないと、相手には効かない。当然、私にも効かない。」

「ぐぅ……」


大剣を方に担いで、戦士の心得のようなものを喋りだすエレジアに、ぐぅの音しか出ない高谷。


その言葉に、少なからず、高谷は心を揺さぶられる。


ここで相対するか、逃げ出すか。


「ハァ……ハァ……。」


貧血により、脳が働かなくなる。目の焦点がぶれ、全身から力が抜け始め、炎がそばにある事もあって、熱中症になりかける。


その乱れた思考の中、高谷がとった行動は……


「『炎玉』‼」

「……………。」


原野を優しくおいて、高速でエレジアに迫り、至近距離で自分巻き込む覚悟で『炎玉』を放つ。


簡単にかわされるが、そんなことは知っている高谷は、エレジアが動いた方向に回転し、回し蹴りを繰り出す。片腕で掴まれて防がれ、そのまま地面へ叩きつけられる。肋骨が折れ、あまりの衝撃に血管が弾け、体中から血が吹き出す。


しかし、『痛覚軽減』がある高谷は、それらの痛みをなんとか耐えて立ち上がり、腰の剣を引き抜いて、エレジアに叩きつける。


大剣の柄でガードされ、そのまま大剣に流されて、エレジアが回転、容赦なく右脇腹に大剣を振るった。


右手でカバーしながら、剣と同じ方向に跳んで、最小限の傷で済ませる。 


そのまま地面を転がって距離を取り、立ち上がってエレジアの周りを走り回る。腕から血が滴り、口と鼻からもダラダラと流血し、高谷が走ったあとには、血の跡がこびりついている。


「ハァア‼」

「ふ……。」


高谷が思いっきり剣を投げつける。エレジアの『身体硬化』で弾かれ、剣が宙を舞う。そして、腕が振り抜かれたタイミングで、


「オラァ‼」

「同じ手は通じない。」


先程のように、至近距離で火の魔石を投げつけて爆発させる。エレジアは大剣を盾にして爆風を防ぎ、剣は飛ばされて地面に突き刺さる。


「ふ……。」

「つ、あああああ‼」


エレジアが大剣を軽々と振り上げて、横凪に高速で振るった。瞬間、高谷の右目が見えなくなり、痛みが続いてのしかかり、斬られたと瞬間的に理解する。


バク転を3回して距離を取り、目に回復力を集中させる。蒸気を上げて、ゆっくりと傷が塞がっていくが、そんな時間をエレジアが待ってくれるはずもなく、


「『陥没』」

「うお⁉」


高谷の足元に底なしの泥沼が生成され、ズブズブと足が沈んでいく。すぐに不味いと判断した高谷は、その場から離脱しようと足を上げるが、


「『炎玉』」


足元に『炎玉』が放たれ、泥が瞬時に乾いて、セメントのように高谷を固定する。


「な……。」

「終わり。『地羅翔天罰斬り』」

「くそ……が…。」


エレジアが大剣を掲げて、魔力を注ぐ。魔力が溢れ出し、陽炎のように揺らいで見える大剣は高谷に視認できほどの速度で振るわれ、最初とは逆に、左肩から右脇腹へとずんばらりと斜め斬りにされ、少しの間のあと、体が重力に従ってゆっくりとズレ始め、最後にドタっと地面にずり落ちた。


大量の血が流れ出し、上半身と下半身が別れた高谷の目から生気が消える。


「全く。何がしたかったのやら。転生者が逃げ出したとは聞いていた。予想外だけど、死んだから関係ない。」


エレジアは独り言をつぶやいて、もう一人の転生者の方を向く。


「分かってる。もう起きてるんでしょ?死んだふりは、戦士の名折れ。そんなの辞めて。降伏するなら降伏して。」

「う……く……」


失神したふりをしていた原野を、エレジアが声をかけて起こす。原野をの目には涙が浮かんでおり、その視線は高谷をじっと見ている。


「う………ハァ…ハァ…そんなはずない。高谷君が死ぬなんて……ありえない‼」

「………もしかして、君の想い人?だったらゴメンナサイ。でも、死んだからしょうがない。」

「死んでない‼きっと、生きてる‼高谷君は、生命力だけは最高峰なんだから‼」


原野はやけくそに立ち上がって、エレジアを中心に『絶手』を発動。白身がかった紫色の手が、エレジアに殺到する。その細い方や、細い足、腕を砕こうと、『絶手』は勢いづくが、


「所詮、死者の腕なんて、柔なもの。こんなものじゃ、私に触れられすらできない。」


エレジアは大剣を驚くべき速度で振り向いて、背中の鞘に収める。すると、『絶手』の動きが止まり、やがて胞子となって消えた。


「『地獄の亡者ゾンビ』‼」

「無駄。」


原野は死者を呼び出して魔力の体を作り、その中に小さな魂を植え付けて戦士とするが、エレジアの前では非力もいいところで、全員の『地獄の亡者ゾンビ』が瞬殺されてしまった。


「えい‼」


原野は、地面から、大量の腕をはやし、エレジアを捕えるべく、魔力をありったけ流して強化する。しかし、


「同じパターンじゃ駄目。直ぐに見破られる。『我赤翔牙』。」


地面から生えた腕を、これまた地面から生えた先端が赤熱化した刃が迎え撃つ。


両者の魔術が激しくぶつかり合い、魔力衝波が生まれる。しかし、それは長くは続かず、


「うう、く……強い……。」


次々と『死者の怨念』が破壊され、押し返す魔力が尽き始め、そして、


「あうっ‼」


2つの刃が原野の両肩を抉り、高温の先端を押し付けて焼く。


「いっ……たい‼」


その場からすぐに引き下がり、傷を抑えようとするが、両肩を抉られて、腕が機能しない。


「ここで終了。もう諦めて。痛いでしょ?嫌でしょ?降伏したら、無期懲役で許してあげる。」

「うう……」


痛がる原野に、エレジアが優しく語りかける。大剣を背負ったサバイバーのような格好とのギャップが凄まじく、それにより、狂気的な気配を感じ取れる。


「たか、たに……君。」

「彼は残念だった。彼なりに頑張った。と思う。」

「………。」

「彼は君を置くときに、優しく置いた。きっと、君を守りたかった。だから、ひとりで私に突っ込んだ。」

「…………。」

「もういいから。そんなに私を睨まないで。私がしたのは、人殺しじゃない。これから起こりそうな厄災を避けるため、人々を守るため、私は彼を殺した。君も、それを理解して。」


優しく声音で、どんどん原野を追い詰めていくエレジア。視線はまっすぐ原野を見ており、逃さないという意志が見て取れる。


「………ハァ。」


原野は大きくため息をついて、


「私は降伏しない。高谷君は、私を守るって約束した。だから、私は高谷君が起きるまで戦う。それが、私の、やらなきゃいけない事だから‼」


動かない腕を酷使して立ち上がり、魔力を高める。エレジアは少し険しい表情をしたあと、


「じゃあ、殺す。」

「ッ……。」

「バイバイ。」


エレジアが高速で大剣を引き抜いて、原野の首を狙う。原野はそっと目を閉じて、迫る死の気配を受け止めようとした。


しかし、いつまで経っても、その気配は原野を斬らなかった。不思議に思って目を開けると、


「グウウゥゥウウゥゥウ。」

「なんで……立ってる?なんで、生きてる?それに……その姿は……」

「ガアアアア‼」


誰かが大剣を受け止めていた。その人物をみてエレジアが瞠目し、話しかけられると同時に、その人物が咆哮して大剣を弾き飛ばす。


エレジアはその勢いに押されて吹き飛ばされ、大勢を整えてから大剣を構える。


「………君は、なかなか面倒な敵。本気出したほうが、いいかもしれない。」

「グルルルル……。」


真っ赤な瞳。猫のような猛獣の眼光。所々に赤が混じった髪の毛。赤黒い翼、赤い甲羅のようなもので覆われ、肥大化した両手。骨のようなものが連なってできている尾。視線はまっすぐエレジアを見ており、それは殺しの衝動で満ちている。


そして、その顔の口の部分、下半分は何故だか、赤いマスクのようなもので覆われており、見えない。周りには黒い魔力が漂い、赤い霧のようなものが、空間を揺らしている。


その人物は、ゆっくりと原野の方へ振り返った。原野はその顔を見て、全身から力が抜けた。安心してしまった。


「………………高谷君。」

「グルルル。」

「予想外。だけど、殺す。」


魔神因子を開放した高谷とエレジアが相対し、互いににらみ合う。そして、


「ふ……。」

「ルァッ‼」


ほぼ同時に地面を蹴り上げた。セシンドグロス王国最強剣士と、『侵略者インベーダー』創立者の魔人の戦いが、今始まる。

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