#82 大きなお友達デビュー

 明らかに怒ってるんだけど、手は離さないんだな。夏場ゆえにお互い手汗が凄いんだけど、俺の汗はきっと冷たいよ。

 どうしよう、何か言ったほうがいいのだろうか? 何を言ったところで、火に油を注ぐだけになりそうなんだが。

 というか、今どこに向かってんだ? こっちは確か、ファミリー向けのゲームセンターだと思うんだが。


「な、懐かしいですねぇ。小学生の頃によく来ましたよ」


 置いてる筐体はごっそり変わっているが、基本的な構成は変わってないようで安心した。メダルゲームコーナーは相変わらずちゃっちいなぁ。大型のプッシャーとか導入しないと、大人は来てくれないだろ。子供でさえあんまりいないし。

 メダルは百円で十枚か、まあ普通だな。ボタン一個だけのクソゲーしかないから、わざわざメダルを買おうとは思えんが。


「カ、カード系のゲームも結構あるんですねぇ」


 なんか俺が子供の頃より複雑だな。俺の時なんかカード読み込ませて、ジャンケンするだけのシンプルな筐体しかなかったのに。

 これはえっと、なんだ? やたらと大きい盤だけど、もしかしてこの盤自体に読み取り機能があるのか? 一回で何枚カード使うんだよ。


「あっ、これ懐かしいですね」


 オモチャやお菓子をすくうタイプのプッシャーだ。お菓子はともかく、オモチャは子供ながらにゴミだったなぁ。懐かしいよ、このハート型の宝石モドキ。今もこういうのあるんだな。


「えっと、何か遊びますか? ほら、エアホッケーとかありますよ」


 唯一俺らが楽しめそうなゲームを指差す。茜さんは運動音痴っぽいけど、まあエアホッケーぐらいなら大丈夫だろ。っていうか俺も運動音痴だし。


「……」


 一瞬だけエアホッケーをチラ見し、そのまま横を通り過ぎる。あれ……お気に召さなかったのかな? となると、もうクレーンゲームしかないと思うんだけど……。

 子供向けのゲーセンでも、クレーンゲームって容赦ないからなぁ。ほら、あのぬいぐるみとか絶対回収機だよ。俺は読んでないけど、アレってSNSで妙にバズってる漫画のキャラだろ? 三千円はかかりそうだなぁ。


「ん……」


 突如立ち止まり、俺の袖をクイクイ引っ張る。

 その仕草は可愛いんだけど、なんで頑なに喋らないの? この十分で唯一発した言葉が『ん……』って……。


「え、アレですか? アレをやりたいんですか?」

「……」


 無言で頷く。なぜ喋らないのかは一旦さておき、本当にアレをやるのか? 冗談だと言ってほしいんだけど。

 俺の願い虚しく、茜さんが筐体用のイスに座る。俺はどうすればいいんだろう。彼氏面で腕を組んで見守ればいいのか?


「ん……」


 何ですか、その仕草は。なぜ俺の顔を見ながら、横のイスを叩いてるんだ? 俺の感覚が正しければ、それは横に座れという指示なんだけど。

 嘘だろ? 茜さんはギリセーフかもしれんけど、俺は通報案件じゃない?


「ん……」


 中々着座しない俺にしびれを切らしたのか、立ち上がって俺の腕を引っ張る。

 嫌だ! 座りたくない! 電気椅子の次に座りたくない!


「ん!」

「うおっ!?」


 び、びっくりしたぁ……。

 茜さんってこんなことする人だっけ? 急に股間めがけてジャブを放ってきたんだけど。寸止めで許してくれるのが未智さんとの違いだろうな。


「……」


 俺にはわかる。この目は『次は当てる』という目だ。

 茜さんが暴力に訴えてきたことに対して動揺を隠しきれないけど、よくよく思い返してみたらキャンプの時に、そういう願望があるって自白してたな。俺の記憶が正しければ、蹴ってみたいとかなんとか言ってた気がする。


「わ、わかりましたよ。俺もやりますから、それはやめましょう。ね? いくら茜さん相手でも、それをされたら反撃しちゃいますよ」

「……未智ちゃんは許したくせに」


 さ、さっきからなんだ? 吐き捨てるように言い放って来るけど、一体どうしたんだ? 他の子と同じ扱いを求めているってのはわかるんだけど、差別してるつもりは毛頭ないぞ? むしろ一番優しく接してるまであるんだが?

 あと、未智さんを許したつもりはないからな。結構痛かったし。


「えっと、茜さんはこういうのやったことあるんですか?」

「……ないよ」


 え、初見プレイ? 俺も初めてなんだが? なんだったら、人がやってるところさえ見たことないんだが?


「このアニメ……この作品を知ってるんですか?」


 聞いたことないタイトルだな。アイドル系のアニメっぽいけど。


「いんや? 知らないねぇ」


 何も知らないじゃん。なんでこれをやろうと思ったの? 多分だけどこれって、女児向けのアイドルアニメだろ? 着せ替えて躍らせるとか、そういう系のゲームだと思うんだけど、男子大学生がやっていいものなのか? イスがめちゃくちゃ低いことから見て、おそらく幼稚園児から小学校の低学年が対象年齢だと思うんだが。

 店員さんがこちらを特に見ていないって考えると、こういうので遊ぶ成人男性は珍しくないのか? だとしても辛いんだけど……。


「進ちゃん、『百円玉を入れてね』って書いてるけど、どこに入れるんかねぇ」


 いつも通り喋ってくれるようになったのは嬉しいけど、俺に聞かないでくれよ。俺だって初めてなんだから。


「ええっと……多分下のほう……あっ、ここですね」

「ありがとねぇ」


 硬貨の投入口を見つけるや否や、即座に百円玉を投入する。ええっと、俺もやらなきゃいけない流れだよな? 不運にも百円玉が五枚ほど財布に入ってるし。

 無駄遣いってのは百歩譲っていいけど、正直これをプレイしたくない。茜さんの気持ちはわかるよ? 子供の頃こういうのに触れてこなかったから経験したいけど、一人でやるのはハードルが高い、だから俺を誘ったんだろ? いや、飛鳥さんに頼んでくれよ。あの人ならそこまで違和感ないからさ。


「ほえぇ、可愛い子がいっぱいやねぇ」


 茜さんの画面はキャラ選択画面まで進んでいる。子供向けのゲームなのに、プレイアブルキャラが多いな。3Dのモデルって作るの難しそうだけど、汎用モデルの流用でもしてるんかね?

 いや、待て待て待て、俺もモタモタしてらんねぇ。このまま茜さんが先にゲームを終えたら、俺一人でプレイすることになるじゃん。傍から見たら、女児向けゲームに彼女を突き合わせてるキモオタじゃん。


「進ちゃんはどの子が可愛いと思う?」

「ええっと……この緑髪の子ですかね」


 適当に答えただけなのだが、なんていうかこのキャラ……。


「へぇ、そうなんやねぇ。なんとなく未智ちゃんに似てるねぇ」


 め、めんどくせぇ! 別にそういう意図はなかったのに、勝手に嫉妬しだしたよ!


「似てるって……何を考えてるかわからない雰囲気だけでしょう」


 むしろ未智さんがこの子に似てるんだよ。不思議っ子っていうのは、本来二次元のキャラなんだよ。三次元でナチュラルに可愛い不思議っ子キャラを演じられる未智さんが特殊なんだよ。

 とりあえず別の子を選択しよう。別にどのキャラでもいいわけだし。


「んー、その子は風夏ちゃんに似とるねぇ」


 め、面倒くせぇ! ただ金髪なだけじゃん! いや、確かにギャルっぽいキャラだけどさ。


「茜さんも早く選ばないと、時間切れになりますよ?」

「ほえ?」

「ほら、右上。こういうのって時間切れになると、勝手にキャラが選ばれちゃうんですよ、多分」


 焦るからやめてほしいよね。まあ回転率のためなんだろうけどさ。


「えーと、えーと、じゃあ進ちゃんが一押しの未智ちゃんでいこうかね」


 いや、別に推してないし、未智さんじゃないし。ああ、やりづらいな、もう。


「着せ替えタイム? とかいうのが始まったんやけど」

「……カードを読み込ませるんでしょうね」

「カード?」


 何から何まで聞かないでくれよ、俺もこういうゲーム知らないんだよ。知ることがないまま天寿を全うする予定だったんだよ。


「多分ですけど、遊ぶたびに一枚貰えるんですよ。二人とも初めてですから、デフォルトの服しか使えないと思いますけど」


 何だろう、この服。レッスン用の練習着? これでライブさせられるって羞恥プレイじゃないか? 今の俺の状況も大概、羞恥プレイだと思うけど。


「次は曲を選べるんやねぇ」

「……いっぱいありますね」


 女児向けのゲームなのに凄いな。知らない曲名しかないけど、多分オリジナル曲オンリーなんだろうな。

 あれ、この曲知ってるぞ? 普通のJ-POPじゃん。カバー曲かな? 無難にこれにしとくか。これならそこまで恥ずかしくないはず。

 茜さんが選んだ曲は……なんだろ、全く知らないや。

 とりあえず早く終えたい。っていうかゲーム始まるまでに大分時間かかるんだな。


「おや、これって確か、音ゲーってヤツやね」

「……そうですね」


 ちゃ、ちゃっちいなぁ。曲とか3Dモデルは作りこみ凄いけど、ゲーム部分が凄くしょぼい。難易度低すぎるっていうか、ボタン二つってどうなん? 判定もやたらと甘いし、面白くない。


「動きがええねぇ」

「そうですね、その辺のオンラインゲームよりキレキレですね」


 ……ひたすら苦痛なんだけど。気付いたら後ろに順番待ちの女児がいるし、女子高生がこちらを見てヒソヒソ話をしている。早く解放してくれぇ! っていうか、今すぐ後ろの女児に順番を譲りてぇよ!


「楽しいねぇ」


 感性が違いすぎる。俺は女児からの視線に押しつぶされそうだよ。いや、後ろだから見えないけど、きっと快く思ってないだろ。

 あっ、ようやく終わりそうだ。後はカードか何か受け取って終わりだろう。よし、すぐに代わってあげるから、もう少しだけ待っててくれよ。っていうかカードあげるから、今すぐ代わってほしい。


「お待たせさん。ごめんねぇ」


 あっ、茜さんが先に終わったみたい。まあ、なんでもいいけどな。

 さてと、俺も終わったし離席を……。


「進ちゃん、先にもう一プレイしてええよぉ」


 え、嘘でしょ? 連コインしろっていうの? やだよ?


「えっと、二つしかありませんし……」

「待ってる人いないから大丈夫よぉ」


 いや、ダイジョバねえよ。なんで女児の横で女児向けゲームしなきゃいけないんだよ。茜さんの隣だからかろうじて『オタクカップルかぁ、ブサイクのくせに美人を連れやがって』程度の認識で済んだのに、この状況だと『うわ、女児の隣であんなゲームしてる、通報しよ』ってなるじゃん。いや、通報はされないかもしれないけど、この子の親御さんが来たら気まずいじゃん?


「ほらほら、私のカード使ってええから」

「いや、茜さんこそ……」

「ええのええの、ほらっ」


 あっ、百円入れやがった。マジかよ、強制的に連チャンさせられたんだけど。


「お姉さんの奢りやから、楽しんでね」


 いや、百円返すから席代わってくれよ。やりたいのアンタだろ? 俺は別にやりたくないんだよ、勘弁してくれよ。


「お兄ちゃん、トップスのチケットしか持ってないの?」


 うわ、女児に話しかけられた! な、何? なんのチケット?


「貸してあげる!」


 あの、これはどうすれば……。

 女児がパンパンにカードが詰まったバインダーを手渡してきたんだけど、厚意を受け取るべきだろうか?

 うー……気まずいっていうか恥ずかしい。頼む、親御さん来ないでくれ。知り合いとか来ないでくれ。っていうか帰らせてくれ。


「進ちゃんはモテモテやねぇ……」


 嘘だろ!? こんな小学校に通ってるかどうかって年齢の子に嫉妬!?


「お兄ちゃん、早くチケット読み込まないと間に合わないよ」

「う、うん、ありがとう。借りるね?」

「いーよ!」


 とにかく辛い。気のせいか、さっきより周りの視線が集まってるし。

 一ヶ月前の俺はアラサーの女友達が出来たことに驚いてたけど、今度はアラティーンの女友達が出来ちゃったよ。この前なんか四十五歳のママさんと仲良くなったし、俺の交友関係おかしくなってきてるよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る