第237話 スパイでないなら幻術使いか?

「そう言われてもなぁ……違うと言っても水掛け論だろう、どうやって証明すればいいんだ? スパイだという証拠は出せても、スパイではないという証拠は出せない。そういうの、何て言うんだっけ?」


リューはヴェラのほうを見た。


「悪魔の証明ね。“在る” 事の証明はできるけれど、“無い” 事を証明する方法はない」


「まぁまぁ、私は違うと思っているがね。それ以前に、魔法を無効化してしまうとか、壁に穴を開け、それを一瞬で直してみせたとか、現実離れした話過ぎるのでね……そこで、私は違う仮説を立てたんだ」


「?」


「話は変わるが、この国には、昔、革命を企てた大魔道士が居たんだ」


「??」


「……顔色はまったく変わらないか。まぁ、そのくらいで動揺するようでは刺客は務まらないだろうしね」


「???」


「いや、悪かった、本当に知らないみたいだね。いや、君が使った魔法は、その大魔道士イドリエル・デヴィンが使った魔法と同じモノではないかと思ったんだよ」


「その魔道士はどんな魔法を使ったんだ?」


「 “幻術” だ」


「…ヴェラ、知ってるか?」


「相手に幻を見せる魔法よね。でも、幻は幻、現実ではないからね。現実に影響を及ぼす力はないので、具体的な活用が難しい魔法だったはずだけど……せいぜい詐欺師が使うくらい?」


「ああ、普通は子供だましの手品程度の効果しかない魔法だ。詐欺師が知恵を絞って効果的に使う事はあるが、広範囲には影響を及ぼせないし、長くは続かない。だが、その魔道士イドは、それを驚くほど広範囲に強力に使う事ができたんだよ。自分が死んだり大怪我をしたと信じ込ませたり、大勢の人間に城が陥落したと思わせるような事もできた。それをうまく使えば、例えば、魔法がまったく効かない、と思わせるような事もできたんじゃないかと思っているんだ」


思わずリューとヴェラは顔を見合わせてしまった。


「つまり、俺が全員に幻覚を見せて騙したんだろうと言いたいわけか」


「顔色が少し変わったね? 図星かい?」


「呆れてるだけだよ……ビックリした。そういう発想はなかったんでな……。だが、面白いな、幻術? ヴェラは使えるのか?」


「多少は……でも実用になるレベルではないわね」


「今度教えてくれ、面白そうだ」


「そうね、あなたがやれば面白い事ができるかもね?」


「ちょっと待ってくれ、本当に幻術ではないのか? だが……そんな事ありえないだろう、あのまとも壁も、私の開発した防御魔法式を組み込んであったのだぞ?」


「信じなくても別に構わんさ。そう、すべては幻であった。そういう事にしよう! うん、それがいいな」


「待て、話は終わっていない、帰すわけには行かないぞ」


「俺は帰りたくなったら帰るけどな」


「そうは行かない」


「どうするんだ?」


「この部屋には既に魔法で結界が張ってある。私が結界を解かない限り、部屋から出る事はできないんだよ」


「ええっと……アンタを殺したら結界は消える?」


「おい、リュージーン!」


「やってみるか? 不滅の要塞と言われた私を殺せるか、試してみるか?」


「やってみようか?」


「まてまてまて~い! ここでやるな! るならせめて訓練場に移動してくれ! 部屋を壊されては困る!」


「私が居るのだ、傷一つ付けさせはせんよ」


「いや、さっきも言った通り、リンジット様、コイツはアナタの設計した壁を破壊したんですよ?」


「幻を見せられたのかも知れんぞ?」


「まぁどこでもいいよ。訓練場の壁も壊れないわけじゃないが、執務室ここよりはマシだろう」


リューは席を立ち、ドアノブに手を触れた。


「言ったはずだ、結界が張ってある、ドアは開か……ん?!」


だが、ドロテアが張った結界は音もなく霧散し、ドアはすんなりと開いてしまった。


驚愕した顔でブラギを見るドロテア。ブラギは顔を顰めて頷いた。


「ええっと、訓練場に移動しようか……」



   ***  ***  ***



「さて、さっさと終わらせて、晩飯を食いに行こう。どうすればいい? リンジット卿を魔法で殺してみせればいいんだったか?」


「ま、まぁ待て! そう怒るな、悪かった。まさかあんなにアッサリ結界が破られるとは思わなかった。ブラギエフが言っていた事は本当だったのか」


ブラギがほれ見た事かという顔をしている。


「だが、この目ではっきりと見てみたい。君のその、壁をぶち抜いたという攻撃魔法をもう一度見せてくれないか?


…ああ、違う違う! 私に向かってじゃない! 的に向かってだよ!」


「ふ、冗談だよ」(ニヤリ)


「あ、待て! その前に魔法防御が完全かちょっと調べる」


そう言って的と壁を調べ始めたドロテア。


「確かに、魔法障壁は正常に作動しているな……強度も申し分ない。じゃぁ、やってみてくれるか?」


「冷静に考えたら、付き合ってやる義理もないんだがなぁ……? 冒険者がいちいち自分の手の内を明かしてやる理由があるか?」


「まぁそう言わないで。ギルドマスターが嘘をついていないと証明してくれないか」


「いや、ギルマスの言葉を信じる信じないも、おたくらの内部的な話だろう? 俺はむしろ、ブラギが嘘つきだという結論になったほうがありがたい面もあるんだがな?」


「そんな事言わないで頼むよ~ガツンとやって見せちゃって! 悪いようにはしないから」


「それでスパイ容疑が晴れるのか分からんが、少しは話を信じる気にはなるか」


リューは先日と同じように、的に向かって火炎放射を放つ。一瞬だけだが恐ろしい量の魔力が作用した膨大な熱量が的を灰と化し、その背後の壁に大穴を開けた。


「信じられん……」


「現実を見ろ。いや、幻術か?」(笑)


ドロテアが破壊された壁を調べてみると、一度破壊された魔法障壁が再起動してきたのが分かった。


「やはり、障壁の強度を遥かに超える攻撃が加えられたと言う事なのか……?」


「リュージーン、君は一体……」


「幻術かも知れんぞ?」


リューが破壊された壁のほうを指差した。


「?」


ドロテアが指さされたほうを振り返ってみると、先程破壊されたはずの壁と的が元通りになっている。


「なっ! こんな……馬鹿な! 先程は確かに……」


先程、ドロテアは破壊された壁を抜けて外まで出て確認したのだ。それも全て幻覚であったというのか?!


「…………いや、先程のは幻覚ではない、確かに壁と的は破壊されていた。と言う事は、君がその後、壁と的を修理した、と言う事だな、確かブラギもそう言っていた」


「治癒魔法を使っただけだ、俺流のな」


「物質を直してしまう治癒魔法など、聞いたことがないぞ……」


少し考えたドロテアは、意を決して言った。


「……もう一度やってみてくれないか? 今度は、私に向かって打ってみてくれ」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


不滅の要塞 ドロテアの魔法障壁と勝負!


乞うご期待!



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