第152話 魔獣の津波
地面に転がってしまったイライラだったが、特にダメージを受けたわけでもないので当然すぐに立ち上がる。
「貴様……私が長い修行の末に身につけた二刀流の技を……。初めて二刀を手にしたような奴がいとも簡単に全て
イライラはさらに激昂する……
…事はなく、ふと険しい表情を緩めた。
「面白い奴だな、お前は。不思議だ、まったく強そうに見えない。覇気も感じられない。剣技も辿々しい。だが、実際に剣を交えてみれば、攻撃はすべて往なされてしまう。一体何者なんだ、お前は?」
それはそうである。リューは女神から借りているチート能力に助けられているだけで、長い修行の果に強さを身につけた武芸者のような気迫や精神力は持ち合わせてはいないのだから。必死で努力してきた者にとっては理不尽極まりない話である。
周囲の研修生たちもザワついていた。
「おいカイロ、お前、今の攻防、見えたか?」
「いんや、速すぎて二人が何をやってるのか分からん」
「おい、ヴァーレよ、見たか?」
「奴め、我々とやった時はイライラの言う通り手をぬいていやがったんだな」
「ちょっとちょっと、すごくない?」
「ふふ、ちょっとざまぁという感じね、イライラ教官」
「まだ続けるのか?」
「もちろんだ、面白くなってきたところじゃないか?」
だが、そこにギルドの職員が慌てた様子で駆け込んできた。
「す、スタンピードが発生しましたぁっ!」
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ダンジョンというのは、階層ごとに生息する魔物の種類が決まっており、階層の移動は基本的にはない。
だが、ダンジョンを保護するための機能なのか、内部で魔物が増え過ぎて飽和状態になると、魔物たちは階層を超え、一斉に外へ向かって移動を始める。これがスタンピードと呼ばれる現象である。
平常時でも魔物がダンジョンから出てくる事はある。ただしそれは、比較的浅い階層にいる魔物であって、深い階層に生息する強力な魔物が外に出てくるのは珍しい。
だが、スタンピード現象が始まると、深い階層の魔物も全て一斉に外に向かって移動を始めるのである。
深層から這い上がってきた危険な魔獣に追い散らされて、浅い階層の魔物は根こそぎダンジョンの外に逃げ出す。それはゴブリンやオーク、コボルトなどであるが、やっかいな事に、これら人型の魔物は、大抵の場合、人間の居る街のほうへと引き付けられるように移動してくるのだ。
そして、
徐々に強さを増しながら、際限なく大量の魔物が沸いてくる様は、さながら魔獣の津波である。スタンピードは、始まってしまえば鎮圧する事などできはしない。人間は防護壁の中に籠城し、嵐が過ぎ去るのを待つしか手はないのである。
そのために、この世界の都市はほとんどが城郭都市となっている。高い頑丈な防壁が街を守っており、食料も備蓄されている。たとえ魔獣が襲ってきても、中に閉じ籠もって門を締めておけば安全なのである。
津波のように溢れ出す魔獣を全て討伐しようとするなどは愚かな判断である。伝説になるような超人的な冒険者や“勇者”などがスタンピードを鎮圧してしまうなどというのは、お伽噺の中だけの事。現実はそんな超人的英雄はそうそう居るものではないのだから。
やがて時が経てば溢れた魔獣も広範囲に散って行き、街の周囲も魔獣の密度が薄くなる。そうなったら街から出て魔物を駆逐する作業に入るのだ。
バイマークの街の北にあるダンジョン「ワイラゴ」は、現れる魔物のレベルが高く、難易度の高いダンジョンである。
そのため初心者の冒険者の入場は禁止されていた。バイマークの冒険者ギルドで許可された者しか入ることは許されないのである。
だが、ダンジョンに入るために要求される冒険者のレベルは高い。バイマークの研修を卒業した冒険者であればEランク以上だが、他の街から来た冒険者であればBランク以上が求められるのである。
当然、ダンジョンに入って中のモンスターを間引く冒険者が常に不足気味となってしまう。そのため、ワイラゴはスタンピードが起きやすい状態になってしまう。
もちろん、そのような状況は冒険者ギルドからの報告で街の代官も理解していた。それに備えて、通常より多めに備蓄は蓄えられており、スタンピードが起きた時のシミュレーション訓練もしていた。
特にワイラゴの場合は、他のダンジョンより、出てくる魔物の危険度が高いのである。無理はせず、もし事が起きた時は、即座に門を閉じ、城壁内に籠城する事と申し合わされていた。
訓練の通り、既に街の門扉は衛兵によって閉ざされ、騎士団が城壁の上から警戒を続けている状況である。
* * * *
ギルドに冒険者達が集められていた。どうやら緊急クエストが発令されるらしい。
研修も一時中断、イライラほか教官達も冒険者達のカンファレンスに参加するため大会議室に向かった。
(研修生は待機を命じられたのだが、リューはこそっとカンファレンスに忍び込んでいた。)
「緊急クエストが発令されます」
「スタンピードの鎮圧か?!」
「違います、そちらはかねてから話し合っている通り、無理はせず沈静化するのを待ちます」
「じゃぁ何だ?」
「救助要請です」
「街の外に逃げ遅れた者が?」
「実は……現在、領主様が馬車でバイマークに向かっている途中であると連絡がありました」
「「「「ナンダッテー!」」」」
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次回予告
バイマークの冒険者大活躍
乞うご期待!
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