第66話 メイドと模擬戦 ベティ

「勝負ありだな?」


「まだだ!!」


利き手の親指を砕かれ剣を握れない状態になっているのである、普通なら戦意喪失するところであるが、マリーは諦めなかった。


負けたら貴族を辞めるとまで約束してしまったのだ、マリーもそう簡単に負けを認めるわけにもいかないのだ。無事な左手で木剣を拾い、マリーは片手で打ちかかってきた。


だが、マリーの剣がリューに届くより先に、リューの剣があっさりとマリーの腕を薙ぎ払う。マリーの左手首も折れ、剣は訓練場の隅に飛んでいった。


柄物を失い、首に剣を突きつけられて動けないマリー。


「そんな……ありえない……そんな……」


マリーはがっくりと膝を着いた。


だが、うなだれているマリーにさらに追い打ちをかけるリュー。


「負けたら貴族を辞めると言ってたよな?」





「くッ……いっそ殺せ!」


「約束を守らずに死んで逃げるのか? まぁそれでも構わないが、死ぬなら人の手を煩わせず自分で死ぬんだな」


「ま、待ってくれ、リュー!」


慌ててソフィが割って入ってきた。


「非礼はマリーに代わって妾が謝る! マリーも本気ではなかったのだ、どうか貴族を辞めるという約束はなかった事にしてもらえないか?」


「さっきまでの、あれだけの放言を聞いていて、そんな話が許されると思うのか?」


「教育がなっていなかったのは妾にも責任がある、しっかりと再教育するゆえ、許して給れ、この通りじゃ」


頭を下げる王女ソフィ。


それを見て、マリーが慌てる。


“王女”が平民に頭を下げるなど、絶対にあってはならない事なのである。


マリーは砕かれた両腕の痛みも忘れてソフィに駆け寄った。


「ソフィ様! おやめ下さい!! 平民に頭を下げるなど……これは全て私の責任です、ソフィ様にそんな事をさせるくらいなら潔く貴族はやめます!」


「簡単にやめられては困る。マリーの力はまだまだ妾には必要なのじゃ」


そこにベティが歩み寄ってきた。


ベティは持ってきたポーションをマリーに飲ませてやりながら言った。


「下がってなさいマリー。私に任せて」


ポーションの苦味に顔をしかめたマリーであったが、飲んだ途端折れた腕が修復されていく。あとは自力で飲めるだろうと、ベティは残りのポーションを瓶ごとマリーに持たせる。ベティはマリーを隅へと押しやり、リューの前に出た。


「次は私よ。私が勝ったらマリーの約束もなかった事にして」


「……いいだろう。だが、負けたらどうするんだ?」


「…あ……謝るわよ! 土下座でもなんでもしてあげるわ。それでいいでしょ!」


「まぁ、普通はその辺が妥当なところだよなぁ。それでもいいんだが、それでマリーの約束をチャラにはしないぞ?」


「模擬戦はいちいち勝敗に何か賭けたり条件をつけたりするものじゃないんだけどね……」


「向こうが先に条件をつけてきたのだから仕方ないだろう?」


    ・

    ・

    ・


訓練場の中央に移動し、向き合って剣を構える二人。


ベティは、たった今、手も脚も出ずに負けたマリーの姿を目の前で見ていたはずだが、何故か余裕のある不敵な表情をしている。


ベティももちろん貴族であるが、マリーと違って実家は“騎士”の家柄ではない。一応、貴族の子女として剣の訓練も一通りは受けているが、平民よりは使えるという程度、貴族の中で騎士や剣士として活躍できるようなレベルではないのである。


だが……実は、ベティの家は代々強力な魔法を持つ家系であった。


そもそも、貴族が貴族たる所以は、剣の腕ではなく、魔法である。


もともと、大昔に、魔法が使える者たちが集まって豪族を名乗り、魔法を使えない者たちを支配した事が平民と支配階級の身分差の始まりであったと言われている。(王族は豪族の中で一番力のある一族であった。)


つまり、もともと同じ人間であり、異なる種属、異なる生き物などではない。


当時の豪族は、魔法が使えない者を一族内から徹底的に排斥・放逐し、強力な魔法を使える者だけを残し、品種改良に成功したのである。


だが、一定の割合で魔法が使える人間は平民の中からも出現するし、長い間には、強力な魔法を使えるのにも関わらず、下野し平民と結ばれる貴族も出てくる。


また、時とともに、昔ほど徹底した排斥・放逐が行われなくなっていき、徐々に血が薄まってしまう現象も起きていた。


(現在の貴族は古代の魔法使いに比べるとあまり強力な魔法が使えない。転移魔法のように、伝説だけ残って失われてしまった魔法があるのはそのためである。)


今でも平民の中からも一定の割合で魔法が得意な人間は生まれているし、そもそも、火を起こしたり水を出したりという生活に必要なごく簡単な魔法ならば使えない者のほうが少ない。そして、たまに平民からも貴族のように強力な魔法を使える者も生まれる。


つまり、魔法が使えるイコール貴族というわけではない。


だが、やはり、貴族の家系の人間は、平民に比べると強い魔法が使える人間が出る可能性は未だ高いのである。





ベティは魔法の名門の家の出であり、その血故か、生まれつき攻撃魔法の才能があった。とは言え、大魔道士を目指すというほどのレベルではなかったのだが、その力を見込まれて王女の護衛兼メイドに登用されたのである。


だが、ベティはあえて剣を構え、いかにも自分は剣士であるというていでリューと向き合っていた。剣士であると誤認させたまま、不意打ちで魔法を放つつもりなのである。


多少卑怯なやり方ではあるが、貴族が平民に負けるなどあってはならない。ましてやマリーに貴族の身分を捨てさせる事などできない。


だが……


ベティの剣を持って構えた姿は、一応さまにはなっていたが、なんとなく迫力に欠ける、マリーやレイナードなど、剣の腕に自信がある者の特有の圧は感じないのであった。その割に、妙に自信満々である。その態度に違和感を感じたリューは、神眼を発動してベティについて鑑定し、魔法が得意であることを見抜いていたのだった。


読まれているとは思わないベティは、リューに木剣で打ち掛かる。先手必勝。というか、先程のリューの剣撃を見ている限り、先に攻撃されたら受けることも躱すこともできそうにない。そのためベテイぃはリューに攻めさせないように、自分から必死で攻め続ける事にしたのだった。


その目論見は成功し、リューの剣が防御の姿勢に入った。


火球ファイアーボール」を唱えた。


火球ファイアーボール」と唱えただけで、瞬時にベティの前に浮かび上がった火球が3つ、リューに向かって飛んでいく。


「ベティ、殺す気か?!」


火球のサイズは小さいが、ベティの火球は高圧縮されており、一発で人一人くらい黒焦げにしてしまう威力がある。それを知っているソフィは思わず声を上げた。



― ― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ベティ戦 後編


乞うご期待!



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