第64話 メイド達と模擬戦 マリー
ギルドの訓練場で向かい合うリューとマリー。
「自分が負ける可能性をまったく考えてないようだが、自信過剰が過ぎやしないか? 本当に大丈夫か? 」
「万が一にも貴族が平民に負ける事などあるわけがないのだ。いいだろう、もし負けるような事があれば、その時は潔く貴族を辞めてやる!」
その言葉にぎょっとした顔をするソフィとベティ。
リューは一応?善意で忠告したのだが、却ってそれがマリーを煽る結果となってしまったのだった。
「本気か? 負けたほうは間違いを認めて相手に謝るくらいにしといたほうがいいんじゃないか?」
だが、それをリューが弱気になった故の発言とマリーはさらに誤解する。
「今さら怖気づいたようだがもう遅い。貴族、ましてや王族に無礼な態度を取った事、謝ったくらいで済まされると思うな! いいか、私も貴族をやめる覚悟で望むのだ、もしオマエが負けたら、私の奴隷となってもらう。言葉だけの意味ではないぞ、隷属の首輪を付けて、本当の奴隷として一生こき使ってやる!」
奴隷にすると言われた瞬間、リューの心にどす黒い感情が湧き上がった。かつて、子供時代に貴族の子弟に奴隷にされ理不尽な拷問を受け続けた日々が脳裏に蘇る。
少し俯きながら、呟くようにリューは言った。
「ふん、これだ……貴族なんてのは最低だよなぁ。自分が偉いと勘違いし、傍若無人に振る舞う奴ばかり。権力を振りかざし他人を踏みにじる事などなんとも思っていない。力があれば何をしても許されると思っている、それは野盗と何が違うんだ? 貴族なんて居なくても良いんじゃないのか?」
日本で生きていた前世の記憶があるリューには、人間は皆平等だという意識が強い。貴族や王族に支配される、階級制度が当たり前の選民意識の強いこの社会には違和感を強く感じるのである。
「貴族を侮辱し否定する発言、聞き捨てならん。が、まぁ、それについては奴隷にした後で嫌というほど罰を与えてやろう。血の涙を流しながら後悔するがよい」
「お前こそ、そこまで言ったならもう後には引けんぞ、覚悟はいいか?」
顔を上げ、木剣を構え鋭い殺気を放つリュー。
本当は、手加減しながら少し誂ってやる程度のつもりだったのだが、リューの手加減無用スイッチが入ってしまった。
リューの発した殺気はかなりの圧力である。普通の人間なら漏らして気絶してしまうほどだったが、マリーは毅然と立っていた。なるほど、言うだけの実力があるのである。
「先手を譲ってやる。私から攻撃したら一撃で終わってしまうだろうからな」
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マリーは、実は剣で鳴らした騎士の家の出身で、女の身とは言え、幼い頃から兄弟たちと剣の稽古に明け暮れてきた。
剣にばかり熱中してその他の教養を身に付けなかった事を心配して、王宮にメイドとして働きに出されたのだが、その剣の腕を買われ、護衛兼任メイドとして王女付になったのであった。
当然、マリーは剣の腕にはかなりの自信があった。剣の技術ならば、兄弟達よりも自分のほうが上であったのだ。家を継ぐのは当然自分だとマリーは思っていたのだが、父親は剣の腕だけでは足りないと、マリーより賢さで勝る息子達に継がせるつもりのようであり、マリーは教養が足りないとメイドとして勉強に出されてしまったのだ。
だが、いずれは兄達より自分のほうが秀でていると認めさせ、家督を継ぐ野望を抱いていた。
そんなマリーが平民ごときに負けてなどいられない。
ましてや、相手は何の
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だが、そのありえない事が起きる事になる。
先手を譲られたリューは、無造作に踏み込み、木剣でマリーを薙ぐ。
水平に振られたリューのその剣を、かろうじてマリーは剣で受けとめた。
だが……
その剣は止まる事なく、恐ろしい圧力で侵攻を続ける。
リューはあえて“ゆっくり”剣を振った。リューが全力で剣を振ると恐ろしい剣速となり、木剣であっても相手の体を両断してしまう可能性すらある。いくら治癒魔法やポーションで怪我が治る世界と言っても、首や胴体を両断されると死ぬ可能性が高い。
ただ、リューにとってはゆっくりであっても、マリーにとってはギリギリ見えてはいるが反応できない速度であった。マリーは剣を受け止めたつもりであったが、リューがわざと構えた剣に当たるように狙って振っただけの事なのである。
激突した剣は、リューの人間を遥かに超えた竜人としての膂力と重力魔法による体重増加により、恐ろしい“重さ”を持っていた。
まるで何トンも重量がある棒で横薙ぎにされたのと同じである。剣を受け止めたマリーは、しかし、その剣を押し止める事は叶わず。踏みとどまる事ができず、地面から刈り取られたマリーの体は宙を飛び、訓練場の壁に激突したのだった……
「く……これは……パワースラッシュ?」
「?」
「なるほど、妙な自信の理由はスキルを隠し持っていたから、というわけか……」
口を切ったのか顎に流れる血を拭うとマリーは立ち上がった。
ダメージで若干足は震えてはいるものの、戦意は失っていないようだ。その点はさすがというべきか、とリューは思った。
「スキル? 何の事だ?」
「なかなか強力なスキルだった。必殺の奥の手を最初の奇襲で使ったのは良い判断だったが、一撃で仕留められたなかったのは失敗だったな。騎士相手に同じ技は二度は通用しないぞ!」
再び構えるマリー。
マリーはリューが剣士などが身につけるスキルのひとつ、パワースラッシュ―――非常に重い斬撃を放つ技で、切れ味よりも重さに重点を置いた剣技スキルである―――を使ったと思い込んでいた。
だが、もちろん、リューはそんなスキルは持っていない。重力魔法で体重を100倍重くし、後はただ、純粋に腕力を奮っただけである。
「ちょと何言ってるのか分からんが、降参するなら約束は守ってもらうぞ?」
「するわけが、あるか~っ!!」
マリーが目の色を変えて襲いかかってくる。
繰り出される鋭い剣撃。
一撃一撃が、必殺の気合を込められた全身全霊の攻撃であったが……
そのすべてリューに躱された。
幾度となく空を切る剣。
だが、リューが剣撃を躱し一瞬マリーと距離が開いた時、マリーの口角がわずかに上がった。
マリーが剣を鋭く振る。すると、見えない何かがリューを襲った。
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次回予告
マリーの奥の手がリューを襲う!?
乞うご期待!
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