第29話 Side ダニエル

おれはダニエル・マクリ。ミムルの街の冒険者ギルドのマスターだ。

 

かつてはBランク冒険者だった。なぁに、Aランクになると色々と面倒も増えるのでランクアップしなかっただけだ。実力はAランクだった。

 

ギルドマスターに就任した時に冒険者は引退した。それからは、冒険者たちの管理と指導を行ってきた。長年の俺のギルドへの貢献度を考えれば、表彰されてもいいくらいだと思っている。

 

それがなんだ、本部から突然やってきた監察官を名乗る女?!

 

何やら、このギルドで不適切な運営が行われていると報告があったので本部から調査に来たと言う。

 

誰だそんな密告みたいな真似しやがった奴は?!あとで見つけ出して酷い目に合わせてやる!

 

受付嬢に、女を応接室に通してお茶を出すように指示したのだが、女はそれを断り、一度も腰を下ろさずにギルド内の視察を始めやがった。

 

歩き回る女の周りには、なんだか、常にギルドの職員が数人集って何かを訴えている。きっと、監察が入るような問題はないと抗議してくれているのだろう、なかなか上司思いの良い部下達だ。

 

俺の悪口が聞こえているような気もするが、気の所為だろう。

 

女は、今度は受付カウンターの内部に入り、書類のチェックを始めた。受付嬢をはじめ、職員達がなにやら次々と書類を女の前に積み上げている。

 

何も不正などない、どうぞ見てくれと、ここぞとばかりに証拠を積み上げているのだろう。職員の話を聞きながら、女は目を白黒させているようだ。ざまぁみろ。

 

時々、女と職員に睨まれるのだが、気の所為だろう。

 

そう思っていたら、今度は女はギルドマスターの執務室に入って書類をチェックしようとしやがった。

 

勝手に部屋に入るんじゃねぇ。慌てて止めようとしたが、なぜか職員たちが大勢やってきて俺を押さえつけた。

 

そして別の職員が、女と一緒に執務室の机と棚をひっくり返すのを手伝っているようだ。

 

お前ら、何をしてやがる?!?!?!

 

やがて、女が俺の前にやってきて、素材の売却益がここ2~3ヶ月激減している事をギャーギャー文句言ってきやがった。

 

なに、問題ない。最近は、リューの野郎が入れ知恵したらしく、商業ギルドで冒険者達に仕事を出すようになったそうだがな。そのせいで仕事が減っているらしいが、リューごときの浅知恵、一時的なものだ。長期的に見れば、これは、またプラスに転ずるための布石なんだよ。そんな事も分からないから、女はダメなんだ。

 

ここ1週間に至っては素材の売買も、依頼の受注・達成もゼロになっている?!

そんなわけないだろう、何を言ってるのか。

いくら仕事が減ってるとは言え、仕事がゼロになるとかありえんだろ。

 

女が来たのは夕方で、すっかり日が落ちて暗くなってしまったので、続きはまた明日にするように俺は言った。ランプの魔石ももったいないからな。

 

ああいいよ、監察官が調べ物をしやすいように、俺が夜のうちに執務室を片付けておいてやる。そう言ったんだが、何故か俺は強制的に外に出されてしまった。

 

なぜか俺は家に帰ることも許されず、宿に泊まらせられる事になった。それも、女と一緒に来た冒険者の男二人が一緒に泊まるという。

 

俺は街の中にちゃんと自分の家があるのに、なんで野郎二人と宿に止まらなければならないんだ?!?!

 

宿を出て家に帰ろうとしたが、男たちが許してくれない。この二人、凄腕だ。元Bランク冒険者の俺が押さえられて動けないなんて。

 

翌朝になり、俺は再び冒険者ギルドに連れてこられた。

いつももっと遅い時間にのんびり出勤していたので、こんな早朝にギルドに顔を出すのは久しぶりだ。

 

だが、どうしたことだ?

 

ヤバイ。

 

……ヤバイ。

 

早朝の冒険者ギルドと言えば、条件の良い依頼をゲットするために冒険者達が詰めかけて大混雑しているのが普通のはずだった。

 

だが、ギルドのドアを開けて目に入ったのは、誰もいない部屋、そしてカウンターの中で一人寂しく冒険者を待つ受付嬢の姿だったのだ。

 

これはなんだ?!

 

なに、ここ一週間はずっとこんな状態だって?!

 

そんな馬鹿な。仕事が減っている、冒険者が来ない、確かにそんな報告は受けていたが。いくらなんでもゼロって事はありえないだろ?

 

どうやら、監察官の女は徹夜でギルド内の資料を漁っていたらしい。何人か、職員で手伝っていた者も居たようだ。

 

女が俺の前に来て、数々の不正と収賄・横領・パワハラ等々々の容疑で俺を拘束するとか言い出しやがった。殺人罪の疑いまであるとか言っている。何を言ってるんだか理解できない。

 

正式な処分はもう少し調査資料をまとめてからになるが、とりあえず、俺をギルドの地下にある留置場に入れると女が言う。

 

なんで俺がそんなところに入らなければならないんだ?!

 

俺はブチ切れた。

 

大体、この女、本部から来た監察官だとか言ってたが、偽物かもしれないじゃないか!?

 

ギルド証を見せられたが、そんなもの、偽造カードかも知れないじゃないか!

 

そうだ、偽物に違いない!!

 

詐欺師が監察官と偽って、ギルドに入り込んで盗みでも働くつもりなのだろう。

 

そう叫んだ俺を、ギルドの職員達が呆れたような哀れむような目で見る。なぜだ?!

 

まぁいい、詐欺師を捕らえて拷問にかけて白状させれば済む事だ。俺の拷問の腕なら、白い物でも黒くなるのさ。

 

幸い、女と一緒に来た冒険者の男二人はどこかに行ってしまって居ない。こんな女一人、俺の手にかかれば簡単にねじ伏せられる。

 

   ・

   ・

   ・

 

数分後、俺はギルドの天井を見ていた。なんだか体中が痛い。どうしたんだ?

 

…そうだ、詐欺師の女が居たんだ。

 

捕えて……

 

……殺してしまわないと。

 

捕物の最中にうっかり殺してしまうなんてよくあること。

 

いつもの事だ。女の正体が何であろうと、死人に口無し。

そうすればまた、今まで通りの日常が戻ってくるはず。。。

 

……いや、そうだ…思い出した。


あの女、とんでもねぇ奴だった。

 

俺は短剣を抜いてあの女に襲いかかったんだ。

 

だが、あの女、俺の稲妻のような剣撃をすべて躱しやがったんだ。それどころか、カウンターパンチを体中に打ち込まれた。

 

そして、俺が最後に見たのは女の靴底だった。

俺は顔面に蹴りを食らって倒れたらしい。

 

後で聞いたら、あの女、Aランク冒険者だったとか。どうりで強えはずだ。

 

居なくなった二人の男は、俺の家を捜査に行ったらしい。そこから冒険者たちから巻き上げたアレやコレやが押収されたと言ってた。

 

    ・

    ・

    ・

 

後日、俺はギルドマスターを降ろされる事が決まったと女に言い渡された。

 

さらに、ギルドが本来得るはずだった利益をすべて俺に賠償請求すると言い出した。それは、とんでもない金額だった。

 

本来、冒険者ギルドに持ち込まれるはずだった討伐依頼や採集依頼が、すべて商業ギルドに出されてしまった。それが冒険者ギルドに持ち込まれていれば、手数料分の収益が得られたはずだという。さらに、冒険者達が持ち込んだ素材の売買による収益もあったはずだと。

 

だが、金額の桁が異常に跳ね上がったのは、リューの持ち込んだドラゴンの素材のせいらしい。それをギルドで買い取っていれば、普通に売却しても100万G以上の収益が見込めたはずだったという。

 

リューから素材を買い取った商業ギルドでは、素材を王都のオークションに掛け、なんと1000万G以上の利益を上げたらしい。

 

その逸失利益をすべて俺に請求すると言うのだ。

 

さすがにオークションの落札金額までは請求できないらしいので助かったが、冒険者ギルドで売買を行った場合の最低金額は請求するという。

 

もし払えなければ、借金奴隷に落とされると。

 

殺人等に関しては、証拠不十分のため不問となったので、犯罪奴隷にはならずに済むと言われたのだが、殺人など犯した憶えはない。ダンジョンの中で死んだ奴らは自己責任、そういうのは殺人とは言えないはずだ。俺は、才能が無い奴を切り捨てて生き延びる方法もあると、古株の冒険者に助言してやっていただけなのだから。

 

賠償のため、俺のギルド銀行に入っていた残高はすべて没収された。冒険者時代に貯めていた貯金、マスターになってから冒険者達に便宜を図ってやった事の“礼金”など、貯めてきた貯金がすべてなくなってしまった。

 

だが、おかげで、借金奴隷にはならずに済んだ。まだ多額の借金は残っている、普通なら十分奴隷落ちする額だが、冒険者ギルドが、俺を専属奴隷として雇うという事で、奴隷にはならずに済んだ。

 

ただ、契約魔法で縛られ、俺は借金を返し終わるまではギルドの命令に逆らえない。毎日朝から晩まで休むことなく雑用を言いつけられる日々が始まった。

 

さらに、他の冒険者がやりたがらないような依頼を強制的に受けさせられる生活が始まった。ボロい中古の鎧と安い剣だけでそのような依頼をこなすのはホネだ。

 

奴隷であれば衣食住は保証されるが、俺のは単なる雇用契約に過ぎないので、生活の保証は一切ないのだ。。。

 

家にあった金目のモノもすべて強制的に売却され、すっかり貧乏になってしまった俺は、もしかしたら奴隷になったほうが良い生活ができたかも知れないと思う。

 

「おらぁ!サボってんじゃねぇ!倉庫の掃除は終わったのか?!」

 

「へい、すいやせん、いますぐ!!」

 

借金が払い終わるのは、このペースだと50年後くらいになる計算である。俺、それまで生きてるだろうか?!

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

リュー、ギルマス(代理)に呼び出される?

 

乞うご期待!

 

 

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