旅司祭
弓納持水面
第1話 強制徴募 視点 ハイレン
村で唯一の酒場兼宿屋に私は1人入った。
旅の相棒トロールは村に入るには物騒すぎる姿をしており、外でゴブリンでも噛りながら待機していると言う。
聖王国を出るまでは油断出来ないが、南国街道から外れた間道的な街道まで逃亡兵を追う程、軍務省は暇ではないと信じたい。
どちらにしろ食料や旅に必要な細々した雑貨を補充する必要がある。
一晩だけ泊まり、必要な物を仕入れたら早々に立ち去ろう。
「司祭様お一人かい?」
「はい、聖都に帰れるはずが急な命を受けたので。現地で合流予定になってしまって。」
旅司祭とはいえ、女の一人旅は聖王国内でも少し危うい。
普通は少なくとも、どこぞの商隊なり行商人なりと、つるんで歩く。
ただ村の外にトロールを待たせてるとは言えないし、保存食を買い込む不自然さを少しでも誤魔化したいので、そう答えた。
「やはりねぇ。従軍司祭様がお一人だからそんな事だろうかと。」
冒険者のフリをしているつもりだが、装備など相まって軍人に見えるらしい。
まぁ軍から逃亡したのが3日前なのだから仕方ないだろう。
そろそろ回収班の死体が見つかり、脱走兵と正式に認識される頃だ。
夕食と宿、10日分の保存食と雑貨を頼み銀貨を出そうとすると、酒場の主人に忠告される。
「20日分になさいなせぇ。多分ソート村では補充は出来ませんよ。」
「石化病が酷いのですか?」
「いや、あの村は食える物は育ててないんでさ。」
訊けばソート村は薬草栽培で成り立っているらしく宿はあるが食料は全て仕入れらしい。
タイミングが悪いと他所者には食料を売らないとのことだ。
素直に主人の助言に従うが、正直疑わしいと考えている。
まぁ、保存食を買い増したかった私には渡りに舟なのだが。
鞄には銀貨が100枚前後入っていたので、そこから4枚支払う。
逃亡前に諸々を処分した、私の全財産なので、扱いには気をつけなくてはいけない。
盗難注意は勿論、無駄遣いも厳禁だ。
軍に居た時の様に申請すれば補充される訳ではないのだから。
主人とのやり取りを終え、酒場の片隅で保存食よりはマシな硬さのパンを雑多な野菜を煮たスープに浸けて噛っていると、酒場の扉が開いて新たな客達が入ってきた。
「主人、普通の食事とホットエールを10人分。後、それとは別に肉料理3人分と、この店で1番のワインを。テーブルは分けてくれ。」
第1傭兵隊の10人兵長の少し、くたびれた制服を着た男が注文する。
貴族の士官達が居るのだろう。
面倒事が起こる前に、席を離れた方が良さそうだ。
急ぎ食事をしていると、男女入り混じった若い兵士達が店に入ってくる。
装備は官給品の片手剣に木製の丸い小楯、革鎧。
装備の新しさから見るに、こちらは新兵達。
そういえば、つい先日第1傭兵隊は魔獣バジリスク討伐で多数の死者が出て、再編を急いでいると聞いている。
だが、入ってきた部隊は新兵の比率が多すぎ、訓練も兼ねた街道巡視をしているにしても、妥当な部隊編成とは言い難い。
兵士を失いすぎ、部隊再編が間に合わず、書類上の部隊数だけ数合わせした。
多分、そんな所だろう。
軍務省の、やりそうな手口だ。
少年兵と老兵を足し、平均年齢だけ書類上、熟練兵にした部隊を私は見た事がある……。
「主人!肉料理の方を急いでくれ。シュネッケ様の機嫌を損ねたくない。」
10人兵長が叫ぶ。
マズイ!
私の記憶にあるシュネッケはナックト伯爵家の令嬢の典型的貴族。
修行時代の同窓生だが、関わりたくない人物の1人だ。
「ゲショス、私の食事の用意は出来たか?」
「シュネッケ様、まもなくかと。」
正規軍将校の軍服に高司祭の簡易マントを羽織った、ふくよかな体型の女性が軍靴を響かせ入ってきた。
腰には短いリザードマン刀を帯びている。
3人分の肉料理は彼女1人の為に用意されたはずだ。
大食漢なのも変わってないのであれば。
「ゲショス、私の食事は、あのテーブルに運ばせろ。後、ワインを追加だ。あの司祭のグラスも用意しろ。部下達には夕食を適当に食わせて良い。」
遅かった。
[大食らい]のシュネッケが近づいてくる。
「久しいな[細目]のハイレン。」
「お久しぶりです。ナトック士爵」
私は立ち上がり敬礼をする。
「シュネッケで構わん。貴様がまだ生きていたとは驚きだ。まずは乾杯しよう。」
こんな店ではまず使わない高価なドワーフグラスに入ってワインが2人分出てきた。
ワインの、ふくよかな香りがする。
軽くグラスを掲げ香りを楽しみつつ口にした。
(美味しい……私が飲む様な安ワインとは違う。)
「ふん、まずまずだな。」
ワインは甘かったが、シュネッケの評価は辛かった。
「ハイレン、確か貴様にはイエレアス家から告発状が出ている。軍法会議に出廷しないのは重罪だと知らぬ訳では、あるまい?」
目の前で肉料理を平らげながら、シュネッケは言う。
「任務中です。第2傭兵隊の軍務事務所に問い合わせていただければ……。」
「見え透いた嘘をつくな。内務省の特務ではあるまいし、1人任務などあり得ん。よしんば他の面子が死んでたとしても、今度は聖都に帰還しない理由がない。」
このふくよかな体型の同窓生は無能ではない。
記憶力は良いし、理論的だ。
ただ、それ故に自身の正義を疑わず、相手を遣り込める話し方をし、また平民を人とは認識していない為、同窓生では嫌われていた。
「では、私を捕らえますか?」
「捕らえるなら、こうして食事を共にしたりはせん。」
同じテーブルについてはいるが、食事をしているのはシュネッケだけだ。
ちなみに彼女の部下達は少し離れたテーブルで、私が食べていたのと同じ野菜スープと硬いパンセットを食べている。
「私の100人隊に参加しろ。待遇は10人兵長待遇の従軍司祭だ。嫌ならお望み通り逮捕してやる。」
「100人隊?」
この宿には彼女を除くと兵士は10名しか居ない。
まさか、外で待たせているのだろうか?
「士爵が率いる兵は最低でも、100人隊相当との慣例がある。例え欠員が90名でもな。」
珍しく自虐的に笑い、肉を口に運ぶ。
「任務が終わったら、消えるなり好きにしろ。これでも少しは世間を学んだつもりだ。」
もちろん、私には選択肢などなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
設定解説
普通は店でも、木製か安い陶器製のカップが主流です。
ガラス器の作成はドワーフが主になり、作成技術もドワーフの方が高いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます