第48話 《四つ巴》の結末
「マジかよ……」
気が付かぬ間に彼女の縄張りに侵入していたのだと気が付いて、うっすらと冷や汗をかきながら進はそうつぶやいた。
対する結は戦況をうまく見ているようで冷静だった。
その両手に握られた《鎖》を機に巻き付けて、大きな枝からぶら下がっているのはかなり厄介な話だった。
(やばいな、飛び道具とか俺は持ってねぇぞ?)
ひゅん、とそれが数本単位で地面に突き刺さって、慌ててそれを回避した。
それで、顔を上げてみればそこにはもはや彼女はいなかった。
早い、と進が思った時にはもう後ろに回り込まれていて回避行動をとってももはやよけきれなかった。
右の脇腹を発射された《鎖》がかすめていって、痛みは感じないようになってはいるが進は顔をゆがませた。
回避行動をとった方向は一番近い木のほうで、それの裏にとりあえず身を隠してやり過ごす。
そうしている間にも、攻撃角度は着々と変化を遂げてた。
ひゃぁ、と声を出して地面を壁の形に《錬成》する。
結のウエポンはいつかの誰かさんと同じで速度はあっても、破壊力はなかった。
簡単に防げる分には簡単に防げるのだが。
防いだところでどうなる、というのが進から見た時の考えだった。
どうにかしてこの戦況を変える手段を思案するが、思い浮かぶことはない。
とりあえずできることは、役目を終えた《鎖》が進の邪魔をしないように排除することだけだった。
ちらりと隣を見て、にやりと笑ってしまう事態になったのはこの後の話だった。
と、同時に結も何かを感じ取ったのか後ろの木に《鎖》をひっかけてそのまま木から木の間を伝った。
進がそれまでいた場所を、巨大な《落石》がつぶし、結が今までいたところを荒れ狂う《暴風》がつぶした。
他二人が今、この場所に集まってきたのだった。
「チェッ。よくわかんない進はこの二人が来る前に倒しておきたかったんだけどなぁ」
結がそういったのを聞いて、進は苦笑した。
彼女にとってはそうだったのだろう。
進とは根本的に考え方が違ったのだ。
得体のしれないものだから少しでもっ勝率の上がりそうな多人数戦の状況を作ろう、ではなくよくわからないのならばもういっそのこと先に倒してしまおうというものだったのだ。
進はその感が和え方にさすがS級らしいな、と納得してしまった。
「ま、でも。今回は俺の耐久が勝ったみたいだな」
四つ巴は基本的に、三すくみならぬ四すくみになることが多いと勝手に進は思っていたが、どうやらそうでもないらしくお互いそれぞれの動きを三者三様に見せていた。
進は、逆に闇雲に動かずに身を隠す様な動きを開始する。
(この中で、一番注意すべきはやっぱり光なんだよな……)
普段は得に気にしていないがこういうときに順位が高いというのはそれだけである程度のプレッシャーを放っていた。
「さて、じゃぁできることからやっていくか」
そういって木に手を当てた瞬間、そこに焔が飛んで思わず避けた。
そちらを見てみるとやはりみことだった。
チッと進は舌打ちして別の木へと移動する。
きらりと何かが光った。
それをよく見てみると、《鎖》だった。
(え、いや。こんなのあったか?)
今攻撃されたわけでもない。
足元には気を付けてみていたはずなのに気が付くのが遅れた。どうして……。
(まさか、結のやつ。鎖が景色に溶け込みやすいように色まで調整して?!)
そう気が付いて、見渡してみるとあたりがどこもかしこも《鎖》だらけで、あながちここが結の巣になっているといっても間違いではなかった。
退路は残っているが、そこは多分みことが意識を寄せているだろう。
そこまで考えて、《鎖》を手にとってみた。
重さから見て間違いなく鉄製だろう。
だから、何といったところだが。
これで鉄の刀に手持ちの刀をグレードアップさせることは可能なのでとりあえず行うけれどもそれ以外の使い道が進には思い浮かばなかった。
「ま、俺の初手は安定してこれだな」
ギィと音を立てて、また木が三人のいるほうへと倒れた。
光はこれを予知していたのか上に飛んでいくのが見えたが他二人はよく確認できなかった。
アナウンスも流れていないのでおそらく死んではいないのだろう。
さて、と進は少し上を向いた。
その視線の方向には太陽と《風神》が。
(その方向に逃げるのも、計算のうちか)
目を焼かれた進が、目をそらすと同時に光は大地に降り立った。
「ったく、さすがS級様だよ」
「よく言うわね。私の攻撃を初見で回避しておきながら」
進はそのまま飛んできた風を《変形》でいなした。
しかし、相殺するのは少しだけ経験が足りなかったらしい。
「チッ!」
吹き飛ぶほどではないものの、それなりの暴風が進の髪を逆立たせた。
それも一瞬の話、進はそこから短刀を抜き取り、間合いを詰める。
立て続けに来る風での攻撃をいなしながら、回避しながらそれを振る。
が、光が自身の周りに展開した風と、光そのものの回避によって意味をほとんどなさなかった。
一足一刀の間合いというような感じの距離が開いた。
そこから一歩踏み出せば光に届く距離だった。
しかし、やみくもに攻めるのを進は躊躇した。
「いい判断ね」
「あっそ」
にやりと笑って、進はボンッと音のする空気に押され吹き飛んだ。
後ろにあった木をあらかじめ倒しておいて少しでも衝撃の薄れたところで受け身をとる。
追撃をしようとしたのであろう光に無数の《鎖》が伸びていた。
(ナイス、結。これで……)
「甘いな、進!」
「お前もかよ、みこと!」
刹那にあたりが炎に包まれた。
「《火災》ってところか。ったく、なんてものを森の中に放ってくれてるんだよ……」
山火事はなかなか消えない。これが鉄則である。
「今回は木が多すぎて、《落雷》を使うのには向いてないんだわ。だからこうして、あんまり使いどころのねぇ物を使っててな!」
《
光の存在感というのはそれだけでかいものだった。
「そうかよ! でも、炎くらいじゃ俺の足止めにはなんないぜ?」
「知ってるよ!」
距離を詰めた進が振るった短刀がみことの手に覆いかぶさった。
その短刀はみことの手に触れたか、触れなかったかというそれくらいで何の前触れもなく吹き飛んだ。
「《
「面倒くさいなおい!」
もう一本を抜き取ってバックステップで後ろに下がったのち構えなおす。
進は相手の出方をうかがうような態勢をとっていたが、みことの方はそんなことをしなかった。
いや、進の誘いにあえて乗ってやろうという魂胆かもしれない。
「《落石》」
「でしょうね! そう来ると思ってたよ」
それに合わせて、進はグッと前へ出た。
すぐ後ろで物の落ちてくる音がしたが気にしている暇はない。
今は目の前に一刀。
その最後の一歩の前に、
「ったく、喰らってはやらないぜ《陥没》」
地面が、落ちた。
踏み切ろうとしたその瞬間に踏み切れなかった進はその一瞬に少しの浮遊感を感じた後、変なところで衝撃を喰らってしまった。
前につんのめって倒れてしまうのを恐れた進はみことの横をかいくぐってその後ろで受け身を取った。
とっさの判断で、変に痛んだがとりあえず死は回避できたらしかった。
と、その安堵も長くは続かない。みことの攻撃はやむことがない。
「ってめぇ! なんか面白くやってねぇか?!」
「いやぁ、前に進とやった時は一本取られちゃったからなぁ。今回はそのリベンジ?」
「結局勝ったのはお前だっただろうが! それを言うなら俺のほうがリベンジじゃ!」
木を起点にして回る。
その場所に岩が落ちてくる。
「ちょっと、私たちを忘れるな!」
鎖と風が同時に飛んできた。
何故かみことだけ集中狙いで。
「嘘っ! 俺から狙うのかよ!」
と、変にみことが叫んでいたが進はラッキーと顔をにやつかせた。
攻撃がやんだことによって距離をさらにとることができた進は一息とばかりに木
にもたれかかった。
それから後ろをのぞき込んで戦況を確認してみる。
三つ巴状態にはうまく持ち込めたようであった。
「んじゃ、俺も頑張りますか」
下準備として先ほど失った刀をもう一本作っておく。
それでもって、頃合いを図ってバッと木陰から飛び出す。
具体的に言うと、結が進に背中を向けた瞬間だ。
死角からの攻撃に結は振り返ることはなかった。
何もしなくとも、背中を守ることはしてあったのだ。
ガッという音がして短剣がはじかれた。
それもまた風景に溶け込むように張られた《鎖》だった。
が、進はもうそんなことでは引きはしない。
その鎖をひったくって力の限り引きずった。
ハッとして結がこちらを見た。
にやりと進は笑ってその間の空間を一歩で詰めた。
引きずられた《鎖》が結の手に絡まって進はそれを見て引く力を強くした。
突然のことに結が反応できずに倒れた。
「んじゃ、まずは一本か」
「あらら、本当に私なんかでいいの?」
「ハハッ。やれるときにやっておく、それでいい性分なんでね。まぁ、そうだな。
進の短刀が結の喉に突き立てられた。
返ってくる言葉は、もはや存在しなかった。
が、すぐに進は舌打ちを返した。
結が最後に発言したことの意味を理解したのだ。
(道連れにするための、時間稼ぎかよ……)
そうやって気が付いた時にはもう遅く進は吹き飛ばされて後ろにあった木にぶつかってあっけなく死んだ。
『白羽結、言野原進の
《行間》
「見てみて! すごいのやってるよ!」
友野は、連れていた小さな少女……発飛に手を引かれながら未来とともに《ランク戦》の中継を見ていた。
そんな中、今行われている《フリーマッチ》と呼ばれるランクとは関係ない試合に目が引かれたのは友野も同じだった。
未来のほうを見てみると、やはり彼にも奇怪に思う場所があったらしく首をかしげていた。
「言野原進の《錬金術》の《ウエポン》……あれって、物質に干渉するだけじゃなくて他人の《ウエポン》にも干渉できるんだな」
珍しいタイプだ、と未来はつぶやいていたがおそらく彼の言いたい本質はそこにはなかった。
友野も大体そんな感じだった。
言野原進に対して何か違和感を感じる。
まるで、《ウエポン》という概念の中に何か異物が混ざりこんできているような。
それが混ざった空気をそうとも知らずに吸ってしまったかのような。
友野とまことの能力の貸し借りのように何かちぐはぐなものがあるわけでもない。
かといって、純粋な《ウエポン》のように澄み渡っているようではない。
何かもっと《混沌》の力が発現しかかっているかのような。
その結論にたどり着いてしかし、友野はそれを頭の中で否定した。
だってあり得るはずがなかったから。
人間が神の力を、それも《原初の四神》の力を自分のものにしようとするなんて。
ただ一個人にできていい所業のはずがない。
(……まさか、な)
未来は何も知らないのだろう。
この世界でまっとうに生きる人間はそんなことを知ってはいけない。
どっちにしろ、今の友野には真実を知るすべは存在しなかったが、事実、さっきの考えをないがしろにすることはできなかった。
なぜならばと聞かれても友野はこうとしか答えなかっただろう。
《無限》だからな、と。
試合は、違和感を追いかけているうちにNo3の勝利で幕を閉じたらしかった。
友野としては少し消化不良ではあったが、発飛が楽しんでいたのでまぁここにきて正解だったのかもしれない。
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