第30話 帰ってきた《日常》

 後々思い返してみれば、ここまでの物語ストーリーは、なんだかんだ言ってとことん平和だった。

 そう、少し先の未来の進は思うのだが、この頃、現在の彼はそんなことを知る由もなかった。


 《ハンター》の拉致からなんとか脱出し帰ってきてから、はや二日。

 

 進は一週間ぶりに戻ってきた学校生活に久しぶり感を少し感じながらも次の授業を受ける準備をしていた。

 

 この二日間は、特に《ハンター》から仕掛けてくるような動きはなかった。

 みことや光は心配及び警戒していたが、進はおそらくこれから少しの間は《ハンター》の動きを過剰に警戒をする必要はないだろう、と考える。


 

 なぜならば、奴らは作業はもう終わっている、と言っていたから。



(そうなってくると……)



 進は果たして自分は何をするべきだろうか、と考える。



「進?」

 


 そんなことを考えていると、みことが声をかけてきた。

 二日前の戦闘のせいか流石に昨日はかなり疲れの色が顔に浮かんでいたが、今日にはもうそれは微塵も残ってなかった。

 

 進はそちらを振り返って、微かに笑う。



「どうしたみこと。まさか教科書を忘れたとか言わないよな」

 


 おどけてそう言ったら、みこともおどけて返してきた。



「まさか、貸してくれないとか言わないよな」

 


 教科書を忘れたのは図星らしく、苦笑していたが。

 進はそれを見て笑ったまま器用にハァとため息をつくと、言葉を返す。



「お前、他のクラスとかに借りられる友達はいないのか?」

「ん。もちろん」


「まさかの事実を聞いてしまった?!」

「そうなんだよな……。そのこと気にしすぎて俺は夜しか眠れないんだ」


「それが正常なんだよ」


 

 一週間の間が空いたとはいえ彼らの中では相変わらず、ボケとツッコミは正常なようだった。

 進は少し考えるような仕草をしたのちみことに言う。



「そう何回も何回も俺のを借りてたら、流石に先生に怒られるんじゃないか?」

「ウグッ、確かに……」


 

 言葉に詰まったみことを薄く笑いながら見た進は、代替案を提案する。



「だったらお前がこれ使えよ。んで俺は光にでも教科書を借りてくるから」


 

 そう言って進は少しスマホをいじる。

 しかし、みことが首を振り返してきたので進はスマホから顔を上げて首を傾げた。

 

 ただ首を振るだけなら気にしなかったのだが、重要なところを勘違いしているぞと言う表情をされるとそう言うわけにも行かない。



「……な、なんだ?」

 


 進が促すようにみことに聞くと、みことはおもむろに口を開いた。

 こんなこと一般常識だぜ、と言うように。



「あの《風神》が男子に教科書を貸すはずがないんだよ」

 


 続いて放たれた言葉に、進はポカンと口を開けたのだが、



「いや、だって考えてみろ進。あの《告白殺しクラッシャー》の二つ名を持ってる《風神》だぞ?」

「……そうなのか? つか、教科書借りるだけだぞ? 別にいいんじゃね?」


「甘いな。そう言うことを言って近づいていった男子がいたが、玉砕したぞ? それでも周りからは讃えられたくらいだからな」

「そんなに?!」


 

 ピロン、と進の携帯がなった。

 ん、と声を漏らして進はポケットからスマホを取り出すとそこにあった文章をみことに見せた。

 OKと簡潔に返ってきたメッセージを見て。



「……別に大丈夫らしいけど?」

「嘘だろ?!」

 


 そいうか、進にとっての光はそんなに冷たいイメージがない。

 出会った時こそ鋭い目線に悪寒が走ったものの、それからは比較的優しい、と言うか発言に棘はない。



「つか、お前あいつの連絡先登録させてもらえてんの?!」

 


 みことが驚きながらも声を落としてそういった。

 登録させてもらえてる、と言う発言にはちょっと闇を感じたが。



「いや、そこまで周りを警戒しなくても」

「だから甘いんだよ、進。これバレたら男子からは言及されるし、おそらく女子からは質問攻めにされるぞ?」


「……そん時は逃げるわ」


 

 そすがに連絡先一つでそんなことをされるのは進では耐えられない。

 《ハンター》どもとは違う意味で嫌である。



「つーわけで、とりあえず借りてくるは。えーと場所は……」

 


 そう言いながら去って行く友達を見つめながら、みことは苦笑した。




《行間》




「あ、光。すまんな教科書みことに貸したからさ」


 

 光に指定された場所……誰も使わない階段へたどり着いた進は先に辿り着いていた彼女に笑いながら声をかけた。

 光もそれで進に気が付いたようで笑いと言葉を返してくる。



「まったく。貸した教科書の代わりに私の教科書を借りるって……今回は特別・・だからね」

 


 最後の方に何か強い感情を感じたが気のせいだろう。

 それと、彼女自体自然に笑っているので怒っているわけだはないのだろう。


 

 えへへ、と逆にはにかんでいるようにも見えないその笑顔は控えめに言って可愛いと進は思う。



「すまんすまん。これからはこんなことしなくていいようにみことに言っておくからさ」

「え、あ、いいよいいよ。そこまで強制するわけじゃないし……」


 

 進がみことのことを思い出しながら苦笑してそういうと、光はワタワタと手を胸の前で振った。



「今回だけじゃなかったのか?」

「え、え……と。うん。今回だけだけど、話す機会はあんまりないから……たまには、ね?」


 

 その言葉に進は、



「あぁ、たまにはな」

と返した。


 

 そうして光から教科書を受け取ると、先にエヘヘと今度こそ口元を緩めながら彼女は教室に戻って行った。

 

 その姿を見ながら、進はそこまで嬉しいことあったか? と思ったが、そうやっていつまでもじっとしているわけにはいけないので次の授業のある教室に向かうことにした。



(やっぱ、光はそんなに棘のある方じゃないよなぁ)

 


 とか、そう言うことを考えながら。

 しかし、彼女にはやはりツンが似合うなとも思わなくはなかった。



(いつか光に頼んだらいろんなシチュエーションを再現してくれるかな?)

 


 そんな考えには絶対にしてくれないな、と否定を自分で返した。


 その後、みことのいる教室へ一度、自分の教室を経由してから移動した進は窓の方を見ていたみことの視線を遮るようにして席に座った。



「うっす。借りてきたぜ」


 

 みことに向かってそういうと、



「マジで借りれたのかよ……」

と、本音で驚きの声を返してきた。


 

 どうやら彼は進が本当は借りることができないと言うのに賭けていたらしい。



「あぁ、全然普通に借りれたぞ? やっぱりあいつそんなに棘はないだろ」

「……いや、おそらくそれは進にだけだと思うぞ」


「なんでだよ。お前だってこの前光と一緒に戦ってたじゃんか」

 


 進は素朴な言葉を返した。



「いやいや、あんときは進を助けるっていう同じ目的があったからのことであって、普段からそこまで関わる方じゃねぇよ。あいつが警戒心なく接してるのって、男子だと友野さんと未来先輩だけだしな。あ、あとお前か」


 

 やはりこのクラスの光の性格の認識と、進の光の認識は少し齟齬があるらしい。

 

 そういえば、光は学校では男子とあまり関わりたくないみたいなことを言っていたような気がするな、と進は今更ながらに思い出したが。

 そうなってくると、もう言及するのも面白くないな、と進は思って。



「そういや、みことはさ」

 


 と、露骨に……というか本当に気になっていたことに話題を変えた。

 それと、話を変えた理由はもう一つ。

 

 ただ単純に進は知りたかったのだ。



「みことは、いったい何を見つけたくて戦ってるんだ?」

 


 ビクリ、とみことの肩が揺れた。

 当人は押さえ込もうとしたのだろうが、体の方は意外とすんなりと反応を残してくれた。



「別に、話してくれなくてもいいんだけどな。お前が抱える問題はお前が解決して仕舞えばいいし」

 


 進がそう言うと、みこともそうだなと返してきた。



「しっかし、どうしてそんなことわかったんだ? 俺、なんかそんな感じのこと言ったっけ?」

 


 進はみことにそう返されて、いいやと言うように首を横に振った。

 

 進はみことからは確かに何も聞いてはいなかった。

 他の誰かから聞いたわけでもない。



「なんとなく、だな。俺はそう言うの人の隠し事を見つけるのは意外と得意なんだ」

 


 だから、《セカンド》にいた時と同じようなことを口にした。



「ハッ、そうかよ。でもまぁ確かにお前そう言うの得意そうだしな。しょうがない。教えてやらんでも無い」

「なぜに上から目線?!」


 そう言ってみことに向かって進は笑いかけた。

 みことからも返ってきた笑顔に進は安心を感じた。

 

 しかし、みことはすぐに真面目な顔になって進の質問に答えた。



「俺が、何を見つけたくて戦っているかは正直話せることじゃない。進にはまったく関係のない話だし、俺が解決しなきゃいけない問題だ。……これでもいいのか?」


 

 最後、不安そうに進を見上げたみことに進はいいよ、とかえした。



「俺だって、みことに隠し事くらいしてるしな」


「そうだろうなぁ。つか、隠し事を一つもせずに生きてきた人間なんてそんなのいたら気持ち悪いだろ」

「確かにな」


 

 隠し事をしたことのない人間がいたらそれはそれで怖いな、と進は思った。

 

 だってそうだろう。

 隠し事をしたことがない、と言うことはつまり何かを考えても誰かに告げなければならないし、他人との秘密なんてもってのほか。

 

 その人は自分のことを全て他人に知られている状態になってしまうのだから。



「あぁ、そうだ進」

「ん、なんだ?」


「今思えば、お前ってなんで連れ去られたんだろうな。俺が知る限りお前が狙われる道理はないと思うんだが……」



 進は、一瞬表情に出さずにみことに言うべきか悩んだ。

 言ってしまうことは簡単なことだったが。


 進の次の言葉は否定の言葉だった。



「そうだな、俺もわからねぇ」

 

 

 全て知っていながら、進は否定した。

 

 信じてもらえるとも思えなかったし、そもそもそれが本当だったのかもわからないからだ。

 それこそ、みことが言ったように自分で解決しなければならないような問題だろう。



(あいつは、メモリーはこのことを見越していた? あるいはあいつの見立てではもっと早くこうなる予定だったから、俺に《忘却世界の鎮魂歌》を見せた?)


 

 そう考えてみても真相は分からない。

 あくまでも推測の域を出ることはない。

 

 進がそう言うふうに考え込んでいるのをみかねたのか、みことが言った。



「ま、当分の間はあのクソ《ハンター》どもも動きはしないだろうし、俺たちが考えていても仕方がないことだ。束の間の休息を楽しむとしようぜ?」


 

 進はその言葉に苦笑を漏らした。

 いつもとは違うみことの強者としての力強い笑顔に、何か心の中で後押しされた気がした。

 

 

 そうして、数十分後。

 授業の終わりの合図がなった頃には、進の頭は一つの方針を見出していた。



(うだうだうだうだ考えていても、仕方がねぇな。《ハンター》どもが攻めてきた時は攻めてきた時。そうじゃなければただの《日常》、はっきりと区切りをつけて生きてやろうじゃねぇか)



 今、何かを考えようが結局それは、机上の空論のままで終わってしまうから。

 考えるよりも、流されて生きて行こうと。


 

 それはある意味、《錬金術師》らしかねない選択だったかもしれない。

 それでも、人間らしい選択だったかもしれない。

 

 とにかく今は、そう言う話で落ち着いた。


 

 だから、これは《日常》の壊れる物語だ。




《行間》


 


 では、そもそも論を展開しよう。


 

 どうして《記憶の神》は、人間に宿っていた?


 

 いいや、そうではない。


 

 どうして、進という一個人の人間が《神世界》のなかに存在できた?


 

 いったい、彼はなんで彼女はなんの役割を果たしていたのだ?


 

 こう考えれば、そのすべての疑問が一点に集中するのではないだろうか。


 


 そもそも、言野原進は人間ではなかった。

 あるいは人間以外の力を宿していて、それを《知る者》が堰き止めていた、と。

 



 だったらそれが失われたらこれから、いったいどうなる?



 《あとがき》

 スローペースな物語が本格的に動き始めたのは気のせいではないはず……。

 

 あと、この物語をベースに進くんの物語を書き換えた《改訂版:ルートα》を執筆開始しています。そちらも今年中に(できれば夏に)公開したいと思うのでよろしくお願いします。

 こっちもストック分は投稿していきますよ。


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