第二章 An approaching story

第19話 《錬金術師》の分岐点

 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。

 

 と、チャイムが授業開始五分前を告げるようになる。

 その心地よい聞きなれたリズムを耳にして進は、グッと伸びをした。



 進は朝の事があったから、あちらから何か仕掛けてくると思ったが、今のところそういうのは全くと言っていいほどない。

 とりあえずは一安心といったところか。


 みことにもハックの話はしておこうと思ったが、今日はないやら忙しいようで走り回っているので、進は邪魔しないようにしておくことにした。

 

 光とは学校に入る前に別れたが、別れる前までに一応学園内でも警戒だけはしておこう、という話でまとまっていた。



 まぁ、もっとも進は学園が破壊させられようが何されようが知ったことじゃないので、一発、先制攻撃を受けてからでもいいと思うのだが。


 

 それで自分以外の人間が死ぬようなことになったら、後味が悪いけどな、と進は苦笑する。


 奴らはハンターという名の組織だと光は言っていたが、そんな裏社会の組織の話をなぜ、詳しく知っているのだろうか。

 

 彼女の性格から行くと、そんなことには極力かかわらないような気がするが、と不思議に思う。


 

 よくよく考えてみれば、この世界に来てから最初に戦ったあいつが、どうして光を狙っていたのかもわからないし。


 

 と、そんなことを頭の中で考えながら、体のほうは次の授業を受ける教室でその教科のワークを広げていた。

 何故かはわからない。

 何となくそうしていた。



(あ、いや。これは今日の宿題か)


 

 実際には、まだ宿題としては出されていない、今日出されるはずの宿題だが。

 全く歴史が絡んでいないので、すぐに解けてしまう。


 

 別に、一+一=四なんてことにはならないのだから。

 


 あくまで、この《オリジン》という世界は《セカンド》という世界の基準点でしかないのだ。

 と、別のことを考えてみた進だったが、何も起きたりはしない。


 今日も平和ですよオーラを、青空が醸し出している。

 

 こういう日こそ気を付けなければならない。

 原子爆弾が落ちてきた日もこういうような、快晴だったらしいから。

 


 やはり快晴の日というのは、皮肉なことに何をするのにも行動しやすい天気なのだ。


 

 まぁその日が何の日か、など関係なく運命というものは、ズンズンと進んでいくが。

 いつ、自分の人生が激変するかもわかったもんじゃないし。



「進。どうしたんだ?」


 

 授業が始まる二分前に、みことが教室にやってきてそういう。



「そんなに変わった顔していたか?」

 


 自分では、いつもと同じを演じられていたと思っていたのだが。



「いや、なんかいつもよりも口元が笑ってなかったし」

 


 そう言われて進は手を口元の方へ持っていってみたが、正直な話、自分ではどこがいつもと違うのかはよくわからなかった。

 

 そんな様子の進を見て、みことがやっぱりダメじゃねぇかお前、と言う。



(確かに、いつもならここは、軽口で返すところ、か)

 


 進は、やっと自分の失敗に気がついて、ヤベッと声を漏らした。



「……お前、忙しいか?」

 と、話す前に一応みことに聞く。

 


 みことは、

「忙しかったけどな。仕事なら全部片付けてきてしまったから、むしろこれからは暇なくらいだ」

 と、返してくれる。

 


 それが、嘘であろうと本当であろうと、どっちにしろ進にすればありがたい返答だ。


 あいにくにも、彼らの席は一番後ろであって、教科書を忘れたことにして机をくっつけてしまえば、小声で話していてもバレることはない。


 

 さてと、どこから話したものか、としばし進は熟考すると小声で、しかしはっきりと隣の人間に聞こえるように語り始めた。

 


 そうして、話を聞き終えたみことは静かに、だがはっきりと舌打ちをした。

 それには、激しい怒りの感情がありありと込められていた。



「みこと?」

 


 どうしたんだ?、というニュアンスを含めて進は彼の名を呼んだ。

 対して、言われた方は一度大きく息をつくと、



「《ハンター》のやつらが動き始めたのか」

 と、言う。


 だから、どうしてこうも彼らは裏社会の組織についての知識を持ち合わせているのだろうか。

 

 それとも、進が知らなさすぎるだけなのか?。



「《ハンター》って実際、どんな組織なんだ? 光は、大雑把にしか教えてくれなかったんだけど」


「うーん、とはいえ、俺も最近の奴らについては詳しくは知らないんだけどさ。……本当に一言で言えば、やばい組織だな」


 

 具体的な答えを期待していたのだが、またもやか彫ってきたのは抽象的な表現だった。

 

 いや、進が実際そうとしか言いようがない、と知ったのはもうちょっと後の話だったか。

 みことは続ける。



「目的のためなら、奴らは手段なんて選ばない。人の命でさえも一つの道具に見るような奴らだしな」

 


 進は、それにはなんとも言えなかった。

 

 それはまたマッドサイエンティストな、と返そうとしたが、それだとふざけているように聞こえるかもしれなかったから。


 けして、ふざけていい内容の話ではないことなど、本人自身が一番わかっている。


 人の死の喪失感は、実際に体験してしまっているから、知っている。



「そいつらに、俺は狙われている可能性が高いんだな?」


「そうだな。とりあえず、これからは気を張っておいた方がいい。奴らは、どこかで絶対にお前を襲ってくる」


 みことは、窓の外に目をやりながら言った。

 近くにいないとわからないくらいの動きで窓の外を視野に入れたみことは、その姿勢のまま授業を受けるらしい。



「まぁ、奴らのことだ。こんなところで襲ってきたりはしないだろうけどな」

 と、みことは付け足した。

 


 進も薄々それを承知していた。

 こんなところで襲いかかってくるようなバカではない、と。

 

 襲うのだとしたら、もっと人目のないところで行うだろう。

 まぁ、それでも万が一に備えておくに優るものはない。



「……何が、目的だと思う?」

 


 進は、不意に気になって、みことに聞いた。

 みことも、そう言えばな、と返してくる。


 襲われる、と言うことに目を向けすぎて、深く考えてはいなかったことだ。



 しかし、襲うと言うのならやはりなんらかの目的か、あるいは理由があるはずだ。

 少なくとも、こんなに手の込んだ、宣戦布告をしてくるときは。

 


 さて、考えてみようか。



(俺に、わざわざ喧嘩を売ってきた理由、か)


 

 なんなんだ? と進は本当に頭をフル回転させる。



(俺が、《転移者》だから、とか? いやいや、現実味が薄すぎるだろ。どうやったらそんなのを知られるんだよ。中世ファンタジーならともかく、こんな日本のど真ん中でよ)



 それに、仮にバレてしまっていたとしても、襲われなければならない謂れはない。

 別に彼は、《勇者》でもなんでもないわけだし。

 

 モブAとまではいかないが、そんなに目立った行動はしていない一般人Aなはずだ。

 思いつくとしたら、例の初日のあの戦闘だが、



(あれの因縁とかだったら、嫌だなぁ)


 ボコボコにしてしまったあの男を思い出した。

 

 もっとも、最終的にボコボコにしたのは光で、さらにそいつは別の人間の手によって殺されていて、もうこの世界に存在すらしていないのだが。

 

 そんなことは進が知る由もない。

 みことが、ずっと黙っていたので、彼の方を見てみる。



「なんか、理由になりそうなこと思いついたか?」

 と聞くと、もちろん



「いいや」

 と、返ってくる。


 

 やはり彼にも、進が襲われることになる心当たりはないらしい。

 まぁ、本人ですら思い浮かばないレベルだし。


 なんなんだろうな、といった進はそのとき忘れてしまっていた。


 

 否、無意識下で除外していたその可能性こそがその場の正しい答えだと言うことに気が付かなかった。



「まぁ、何が起ころうが、死ぬ気はないがな」


 

 進が冷ややかな目をしてそう言ったので、みことは少しゾクリとした。

 

 こういう、何かを諦め気味の雰囲気を帯びた進に、みことはまだ魔れることができていない。

 奇想天外、と言うよりは異常に近い考えをぽっと出してきそうな、そんな進には。

 


 こういう時の進は、死ねと言われたら、本当に死んでしまいそうで怖い。

 本人は、死ぬ気はないと言っているが。



「そんじゃ、まぁ。下校中は要注意だな」



 あえておどけて言うと、進もハハッ、そうだな、と返してくる。



「なんならうちに泊まり込みで警戒してくれると助かるんだけどな」

 とも。


「フッ、まぁ家に入られたら終わりなわけだしな」

 


 みことも頷いてそう言う。

 

 と、そんな話を続けること五十分。



「はい、今日の授業はここまでだな。まぁ、適当に復習しておけ」



 教師がそう言って授業が終わった。

 それと同時に教室の中は、一気に騒がしくなる。


 友達同士の世間話というか、馬鹿話に興じるあたり、彼らの元には何も起こってはいないのだろう。

 

 それだから、これから起こりうる可能性のことも、何一つ知らないのだろう。

 それを、無知と一概に言ってしまうことも可能だが、進は言わない。



「……進。このことは、他の誰かに言っておいた方がいいんじゃないか?」



 みことが言ってきて、進はそちらをみる。

 確かに、そうかもしれないとは思う。

 

 進も一応一度はそう考えたわけだし。

 だとしても、



「俺の物語は、俺が終わらせなければならないからな。俺が、気が付かないうちに始めてしまったクエストなんだから」

「っ?!」


 

 にかりと、進は口の端を上げていった。

 その、自然な挙動を見て、みことは唐突に悲しい、と思った。



(きっと、進の物語には、いや、彼の物語には、他人は存在していないんだ)

 と、気がついてしまったから。

 


 登場するとしたら、それはきっと彼の運命の支えになる人間たちだけで、けしてそれが、自分ではないのだ、と。


 それらはきっと静寂に包まれていて、おそらく降ってくるのは、真っ赤に染まった血の雨だ。

 


 そう想像してみことは嫌になった。


 別に頼られなくてもいい。

 自分が頼るようにすればいい問題だから。


 信じられなくてもいい、自分が、信じてさえいれば。


 でも、それでもみことは、バッドエンドだけは大っ嫌いだ。



「お前は、いったい何がやりたくてここにいるんだ?」

 と、聞いてみたいが、口には出すことができない。



(あぁ、こいつは友野さんと同じタイプの人間か)

 直感がそう言っていた。



「……だとしても、もし辛くなったのなら。俺は、ずっとここにいるぞ」


 

 その言葉を聞いた途端、進の瞬きが不自然に止まった。

 少しだけ、口も開いていてそこから息が漏れ出している。

 

 涙さえも溢れてきそうな顔だった。


 

 進には、自分がどう言う顔をしているのかは、さっぱりわからなかったが、自分の声が震えていると言うことは、なんとなくわかった。

 

 聞きたかった言葉だ。


 今ここにはいない、誰かの声で。


 進は、少し俯いて、声を吐き出し、



「そうだな」

 と、言った。

 


 今日で、一番嬉しそうな声だった。

 覇気のない、萎れた声ではなかった。



「さてと、残りの休み時間は十分か。そろそろ移動するかね」

「あぁ、そうだな」

 


 彼ら二人は、笑い合う。


 周りと同じような明るい笑顔で。

 

 いつか必ず、《ハンター》は襲いかかってくるだろう。

 それはたぶん、間違いない。


 だけど、その時はその時だ、と進は思う。



 大切な誰かを守るだけの力が自分にあるとは思えない。

 同じく、この日常を守る力があるとも。

 

 だけど、いい。気にしなくてもいい。

 いつかくる、なら、いつかこい。

 

 先行の一ターン目は譲ってやる。

 俺たちが、迎え撃ってやるよ、と。



 どうせ自分がいなくても、同時に彼らがいなくても、同じように《世界》は回っていくのだから。



《あとがき》

 答え、新世界の神になる。

 どこかのヒキガエルくんとその作者様に殺されそなので、やめておきます。

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