第26話
翌朝。
エリーは僕を迎えに来た。
登校の道すがら、僕は記憶を失くすことについて切り出した。
彼女には、事前にメッセージで『とても大切な話がある』と送っていたからか、どこか緊張しているようにも見えた。
「そういうわけで、君と決闘したのは僕じゃないんだ」
「………」
「僕は、このもう一つの人格の謎を解きたい。
魔剣と関係あるのは明白だから。
だから、どうしても初代の日記が読みたいんだ」
エリーは歩みを止めた。
数歩おくれて、僕も止まる。
「エリー、僕は君が褒めてくれたような、忠誠を誓ってくれたような存在じゃない」
エリーは顔を伏せている。
その表情は、見えない。
「僕は」
僕は、エリーから未来を奪った存在だ。
そう言おうとした。
でも、それより先にエリーが顔を上げた。
真っ直ぐ僕を見てくる。
怒りも悲しみも絶望もない。
ただ、真っ直ぐに僕を見つめてくる。
「いいえ」
エリーは少しはにかんで、そう言った。
「貴方は、私を見捨てれば良かったのにそれをしなかったじゃないですか。
あのまま捨ておいておけば、保健委員が来て処置をしてくれたはずです」
丁寧な物言いだった。
「決闘のあと、貴方はあのままあの場を去っても良かった。
でも、貴方は私をわざわざ医務室に運んでくれたじゃないですか」
「それは」
僕は言葉を返そうとする。
でも、またもそれより早くエリーが言ってくる。
「力を示すだけなら、そんなことしなくて良かったでしょう?
そもそもこの話を打ち明けなくてもよかった」
それは、その通りだった。
「ツクネ様」
名前を呼ばれる。
僕は彼女を見る。
魔剣を抜く前だったなら。
魔剣さえ抜くことがなかったなら、知り合いにすらなれていなかったエリーを見る。
「ツクネ様はとても優しい方ですね。
そんな貴方だから、私は忠誠を誓ったんですよ」
そこでニコっと彼女は笑って見せた。
そしていつもの口調で続ける。
「そんなツクネが、私は好きだよ」
「……!!??」
言葉の意味を理解するのに、少し遅れた。
「え、好きって、え!?」
「どんな秘密を知っても、この気持ちは揺るがない。
だから、そんな泣きそうな顔しないで、ね?」
彼女が、優しく言ってくる。
僕はぺたぺたと自分の顔に触ってみた。
「そ、そんな顔、してた??」
「してた。
いつもしてたよ。
迷子の小さな子みたいに。
なんでそんな顔してるのか不思議だった。
ずっと、不安だったんだね」
「……っ」
「大丈夫だよ。
私は君を支えるから。
どんなことがあっても支えるから。
その覚悟がなければ、忠誠なんて誓ってないよ。
魔族なんだから、知ってるでしょ?」
「うん、そう、そうだね」
そう、彼女は魔族だ。
魔族にとって、忠誠は特別なものだ。
でも、僕は。
――本当は、人間なんだ――
これも伝えなきゃいけない。
でも、その勇気が出なかった。
怖かった。
心のどこかで、彼女が僕を支えてくれると決断したのは、忠誠をちかってくれたのは、やっぱり血筋を含めてじゃないかなと思うから。
僕の里親、アルスウェインさん。
僕はあのおばあさんの遠縁だと思われているから。
彼女の言葉に偽りはないと思う。
でも、僕が彼女の夢を奪ったのは事実なわけで。
彼女が僕に決闘を挑んで来た時の、あの顔を忘れることはいまだに出来なかった。
夢を、未来を奪われたと知った時の、あの時と彼女の顔は忘れようとしてもできるものじゃない。
これは、罪悪感だ。
僕が一方的に抱いてる、罪の感情。
考察厨が書き込んだ言葉が蘇る。
あの掲示板を最初から見せたら、説明が楽だ。
でも、これは僕の口から言わなきゃ、伝えなきゃ、説明しなきゃいけないことだと思う。
そうでなければ、彼女の誠実さに申し訳ない。
「ほかに秘密は?」
エリーがおどけて言ってくる。
「あるよ」
僕は意を決して、口を開いた。
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