第10話 電光石火
「さ、サムライだと……!」
突如現れサムライだと名乗る少年、アキトにカルネは驚きの声をあげた。
「そうだ、ヒノクニから来たサムライだ」
アキトはきっとカルネを睨みつけ、一瞬だけビリーに視線を向ける。
「大丈夫かビリー。良かった、何とか間に合った!」
「お、お前……どうして……」
アキトはそう言うと、口角を緩めニヤリと笑った。
「いやァ、カルネのアジトに行ってみたんだけど入れ違いにあったみたいでさ! 急いで戻ってきたわけ! そしたら村は燃えているわ、お前は銃を突きつけられているわで、俺ァびっくりしちまったよ! だから助けに入った! ニヒヒ」
薄れゆく意識の中で、ビリーはこんな緊張感の中でも饒舌に話すアキトに少し苛立ちを覚えながらも、瞳から流れ出る涙をグッと堪えた。
助けに入った、その言葉がビリーにとってこの上ない安心感を齎してくれたからだ。
「お前、逃げたんじゃなかったのか……」
「俺が逃げるわけあるか。俺はカルネってヤツをぶった切りに来たんだからよ!」
ビリーは思った。このヒノクニから田舎者がどの程度の強さか全くわかっていない。けれどなんと心強い言葉を吐いてくれるのだろうか。
こんな村の者でもない、この国の者でもない田舎者の癖に、転生者と神器を前にして一歩も退かず、自分を助けてくれる存在。それは正しく自分が思い描いた英雄の理想像。
「おい! 誰か手を貸してくれ! ビリーに手当てを頼む!」
アキトはそう言うと、ビリーの肩に腕を回し、彼を立ち上がらせた。そしてそれに答えるように、数人の村の男たちが二人に近寄りビリーを担ぎ上げる。
「てめえ。何勝手な事をしていやがる!」
「うるせえ! すぐ相手してやるから、少し待ってろ!」
カルネの部下が口を開いたかと思うと、それをアキトが一蹴した。
アキトの気迫に気押されたのか、部下たちは一瞬怯み口を噤む。だがすぐさま我を取り戻し、再びアキトに向かって怒声を吐いた。
「この田舎者が! この人数を前に……お前頭おかしいんじゃねえか?」
ビリーを村の男たちに預け、アキトはカルネとその部下たちの前に立ちはだかった。
「おかしいのは、お前らの頭の方だ! この村の事なんて俺ァ良く知らねえ。けども、どっちが悪いかぐらいはわかる。転生者だか何だか知らねえが、お前らみたいな奴等を見ていると虫唾が走るんだよ!」
「こ、この田舎者が!」
部下のひとりが銃口をアキトの突きつけ、引き金に力を入れる。
しかしその瞬間、アキトは地面を蹴り、目にも留まらぬ速度で部下たちに接近した。そしてアキトは接近と同時に右手に持っていた刀を鞘に納め、体勢を大きく屈めそして左足を軸に回転。そのまま右手で刀の柄を握った。
その動きは流水のように軽やかで、稲妻のように速かった。
まさに電光石火、部下たちは一瞬、一刀の下に斬り伏せられ、その全員が銃を握る右腕に傷を負った。
「うあっぁぁああ!」
「いてえぇぇ!」
アキトに斬られた部下たちは、握っていた銃を地面に落とし激痛の声をあげた。
「クサナギ流剣術、秋桜。これで少しは人の痛みを知ったか」
その光景を見ていた村人全員が、呆気に取られていた。自分たちは夢でも見ているのだろうかと。突然現れた幼い少年が、あろうことか、銃で武装した男たちに立ち向かい、たった一撃で五人もの男たちを無力化したのだから。
そして呆気に取られていたのは、村人たちだけでは無かった。カルネ本人もその光景に言葉を失っていた。
「銃ってのは便利だよねェ。引き金さえ引けば十歳の子供にだって人を殺せるんだから。でもさ、便利だからこそ使い方を間違っちゃいけねェ。人の命を奪うって事は、奪われても文句は言えねェんだ」
カルネは心底驚いていた。
目の前に現れたのは、まさしく地球で暮らしていた際にテレビで見たサムライそのもの。それが異世界に来て、自分の前に立ちはだかっているこの事実。
この胸中は転生者であるカルネにしかわからない事だろうと彼を思う。
カルネは想定していなかったこの状況を整理するべく、頭をフル回転させ、そしてある結論が導き出す。
「ま、まさか……お前も転生者か……!」
カルネはポツリと呟くように、その言葉を発した。
「いや? 俺ァ生まれも育ちもヒノクニの人間だ」
「そ、そんなはずがあるか! その技、その刀、その出で立ち、その名前! どう考えてもお前は日本から来た転生者だろ!」
この異世界アステアには何人もの転生者が地球からやってきている。それは部下たちの話で理解していた。だが、こうして面と向かって対峙するとは思ってみなかったからである。しかし冷静に考えてみれば、これは必然と言える出会いではないだろうか。
カルネは自分の野望の為にこの国を、この世界を支配するつもりである。とすれば、他の転生者とも敵対する可能性は十分あった。
「違うって言ってるのに……ま、そんな事をどーだっていいんだよ。んで、カルネってお前か」
「……そうだ、俺がカルネだ。アメリカ合衆国からの転生者にして、神に選ばれし者!」
カルネはそう言うと手に持った神器をアキトに見せつける。
「ふーん、神に選ばれし者ね。その手に持つ銃が神器ってヤツかい」
「そうだ! 俺はこの神器ピースメイカーを持ち転生してきている、それこそが神に選ばれた証明。って、お前俺の話を聞いているのか!」
「ふあ……」
カルネが話をしている最中、アキトは口を大きく開け欠伸をしていた。
「ごめんごめん、ちょっと一瞬眠気がガーッと襲って来た。朝からずっと歩きっぱなしだったし、夜は夜でお前のアジトとこの村を往復したからさ。さすがの俺もちょっと疲れが出て来た」
「こ、この状況で! なんて緊張感のない野郎だ……」
「ま、転生者だ、神器だなんだと、俺には関係ない話だね。俺ァはお前をぶった切る。それをしに来ただけだ」
アキトはそう言うと右手に握りしめていた刀をゆっくりと鞘に納める。
そして少しだけ腰を落とし、右手を下げ、不思議な構えを取った。
「い……居合……!」
その構えを見たカルネは唾液をゴクリと飲み込んだ。
テレビや漫画、アニメで見たサムライが目の前に居る。そしてその刃を自分に向けている。その事実が彼の背筋を凍り付かせた。
だが、彼は彼で冷静だった。
「小僧……銃と刀。どっちが速く強いか。そんな事がわからない程、馬鹿じゃないだろ。それに俺が持っているのはただの銃じゃない。神器だ。この圧倒的武力の差、お前は埋める事が出来るのか!」
カルネの言葉は正しい。そしてその認識も正しかった。
銃は相手に銃口を向け、引き金を引くだけで高い殺傷力を持ち、その弾丸が届く範囲も広い。一方刀は届く範囲が銃に比べ極端に狭い。これだけでも刀が圧倒的に不利だと言える。
勿論、刀にも優位性は存在した。
逆に言えば接近さえしてしまえば、銃の優位性は失われてしまうのである。弾丸は真っ直ぐにしか進む事は出来ないし、次弾発射までの隙間を狙われれば、銃とてどうする事も出来ない。つまり相手との距離が重要なのである。
「この距離でお前に勝ち目があると思っているのか……!」
カルネはアキトに銃口を構え、再び生唾を飲み込んだ。
一発の銃弾が目の前のサムライの命を奪う。それがわからない程、カルネは馬鹿ではない。だがその一発を外せば、このサムライは確実に近距離にまで接近し、自分の命を奪う。
カルネは地球で生まれ育った。平凡な家庭に生まれ、平凡に就職、結婚こそ出来なかったが、その生活に不満などは無かった。あるとすれば、生きるための刺激、それが足りなかったのである。
地球には親もしたし、友人もいた。仕事帰りに仲間と飲む酒は勿論美味しかった。毎日、馬車馬のように働き、疲れて家に帰って死んだように眠る。
平凡に暮らし平凡に一生を終える。そう思っていた彼に転機が訪れたのだ。それが異世界転生。カルネは神に感謝した。平凡で終わるはずだった自分の人生が、その神によって別のレールが敷かれたと思った瞬間である。
自分は何のために生まれ生きているのか、その答えがここにあるのではと思った。
この異世界アステアで、神に与えられた能力、そして神器。それを生かす好機が現れた。今ここで自分は奮起しなければならない、何かを為さなければならない。異世界に来てまで平凡で終える人生なんて、地球で生きて来た人生と何ら変わりない。
だからこそ躊躇は出来ない。例え嫌われようと憎まれようと、それが人殺しであろうと、自分は自分で在り続けなければいけないのだと。
そう思い、カルネは引き金にかけた指に力を込めた。
その時、カルネは刹那の瞬間を感じていた。銃口から弾丸が発射される一瞬前、凝視していた若きサムライの身体がピクリと動く。それは残像のような跡を残し、こちらに接近してくる。
この弾丸は躱される。
弾丸が発射される前に既にそれがわかっていた。
「くっそ!」
案の定、神器から発射された弾丸はアキトに命中する事は無かった。
だが、カルネは気を抜く事無く、必死に若きサムライの挙動を目で追った。サムライは腰を低く屈め、地面スレスレを駆けた。
このままでは二発目を撃つ前に、相手の距離に入ってしまう。そう思ったカルネは後ろに飛びずさり、距離を取ろうとした瞬間、サムライの腰にキラリと光るものを見た。
「‼」
先ほども自分の部下を一刀の元に斬り伏せた居合の一撃。それがカルネに迫っていたのである。カルネは額から汗を垂れ流し、全身の筋肉と言う筋肉を総動員し、それを避けるために身体を思いきり捻った。
刹那の瞬間。
サムライの一刀は空を斬った。
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