第13話 【回想】遠征先で




 三週間前のこと。


 萩恒はぎつね家の当主、萩恒崇史たかしは、希海のぞみとさぎりから一月も離れるという事態に不安を感じながらも、帝の命に従い、妖怪討伐へと向かった。


 帝都で最近導入された電車なる移動手段は、帝都内だけで利用されるものだったので、現場へ行く手段は馬車である。

 早く帝都に戻りたかった崇史は、御者を急かし、通常であれば半月を要する道のりを、一週間と五日で辿り着く。

 連れの龍美家と音梨家の戦士達も、長く顔を突き合わせたい同士では無いと考えていたのだろう。崇史のやる事に口は出さなかった。


 そうして現場で妖怪を探し、討伐を繰り広げていたある日、手紙が届いた。

 美しい封筒に入った手紙は二通。


 一通は、紙の上をのたくるような子どもの字で、こう書いてあった。


『たかにぃ へ

 さぎりと いえを でました

 はやく かえって きてね

           のん より』


 仰天する崇史に追い討ちをかけたのは、もう一通の手紙だ。


『のんちゃんの叔父君へ

 大切な人なら、いざという時の避難場所くらい用意してあげなさい。仕事もなく行きだおれるところでしたよ。

 二人とも良い子ですね。私が貰っちゃおうかしら。

           御影』


 どういう経緯になったら、この手紙が同じ封筒で届くのだ。いや、家を出たっていうのはそもそもなんだ。行き倒れとは? 律次りつじが何かしたのか?


 崇史は焦り、そして怒った。

 崇史と二人の距離を阻むものに、憤った。

 鬼神の如き勢いで妖怪を倒し、唖然とする龍美家と音梨家の戦士達を置いて、早馬で帝都への道を駆ける。

 金に任せて何度も馬を変え、一週間で帝都に辿り着き、急いで御影の家へと乗り込んだ。


「御影様!」


 夕方、駆けつけてきた崇史に、御影は驚くと同時に、青ざめた顔で告げる。


「二人が戻らないの。どうやら、さらわれたようなのよ。お守りを渡してあるから、場所は分かるわ。今、人を遣わして――」

「どこです」

「崇史」

「二人はどこです」


 逸る気持ちを抑え、ただ問うてくる崇史に、御影は青い顔で答える。


「龍美家の本邸」


 崇史は、そのまま御影の家を飛び出した。


 龍美家が、二人に何用なのだ。

 良い理由である筈がない。あの家は、萩恒家を敵視している。

 二男の征雅せいがは分かりやすく敵意を向けてくるが、それよりも、長男の泰雅たいがだ。おそらく、あれは二男なんかよりも。


 そこまで考えたところで、胸の内に熱く炎が灯ったような感覚があった。


 崇史がさぎりに渡したお守りが発動したのだ。


 さぎりが呼んでいる。

 いつだって、誰にも助けを求めることのない、彼女が。

 強くて弱くて、折れそうな程か弱いのに、前を向いて揺らがないあの人が、崇史に助けを求めている。


(さぎり!)


 崇史は、想いのままに走る。

 走って走って、まだ届かなくて、もどかしさのままに、足りない物を欲した。

 速さが足りない。力が足りない。さぎりを、希海を、大切な二人を守る力が足りない。


 もう、四年前のように、失いたくはないのに。


 歯を食いしばり、心を燃やし、結界に護られた龍美家の本邸が緋色の瞳に写ったその時、ふと、崇史の中で、狐がわらったような気がした。


 そうして、崇史はその姿を、大狐へと変えていく。


 どうすれば良いのか、この力をどう扱えば良いのかは全て、崇史の中にあった。


(さぎり、希海!)


 想うのは、願うのは、愛しい二人の無事。


 崇史の脳裏で、もう一度、きつねわらったような気がした。




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