第2話 拉致される男子

 引き篭もってから一年半が経過していた。


 僕はパソコンでネットゲームをやって飽きたら布団にくるまって寝る生活を送っていた。


 家族が寝静まった夜中にコンビニへ行ってお菓子を買って食べる。


 ただそれだけ……


 日に日に僕の心は死んでいく。


 その間に僕を虐めた同級生は中学卒業、そして高校入学をして、現在進行形で青春を謳歌しているかと思うと死にたくなった。


 僕を虐めた事なんてアイツらにとってはもう”過去の事”になっているんだろう。


 でも、僕は違う。


 現在進行形で苦しみ、高校にも行けず、僕の未来は終わった様なものだった。


 それもこれも僕の人生を破壊した安八恵のせいだ。

 

 虫ケラを見る様な目で僕を嘲笑った彼女の顔は一生忘れない。


 でも、もういい。


 死にたいんだ。


 でも、死ぬ勇気なんて僕には無い。


 死ぬ勇気が有るくらいならそもそも引き篭もりなんてしない。


 ただ僕は近い内に死ぬと思う。


 全身が痛くて痛くて寝れない程の状態がずっと続き、不安で眠れない日が増えた。


 この症状、ネットで検索すると全身に転移した癌と酷似していた。


 時折、幼馴染のこのみが心配して家を訪ねて来た事が何回かあった。


 僕の扉の前の廊下に座ると、高校受験で第一志望だった※※学園?に合格したとか、理恵という友達が出来たとか、当たり障りの無い話ばかりだった。


 今思えば、このみは僕を励まそうとしてくれたのだと思う。


 でも、彼女が楽しそうに学園生活を語ると疎ましく感じ、そんな感情になる自分が益々嫌いになっていった。


 僕は何も反応しなかった。


 すると、自然とこのみが尋ねてくる回数は減っていき、最後は来なくなっていた。


 そう……それで良かったんだ。


 僕には両親と妹が居た。

 僕が引き篭もりになった理由は家族にも大きく原因があった。


 恵の虚言は親と妹の唯の耳に入り、僕を断罪した。


『お前はなんて事をしてくれたんだ!』


『そんな子に育てた覚えはありません!』


『お兄ちゃん……最低!』


 何度説明しても一切僕の言う事を信じてくれなかった。


 だから、家族も信用出来なくなり顔も合わせなくなかった。それが、僕の引き篭もりを加速させた原因だった。


 死ぬ前に安八恵とクラスメイト、そして家族に対して告発の内容を書いて三流ゴシップ誌にでも送って爪跡を残そう。


 そう思っていた矢先に事件は起きた。


 僕の部屋は二階にあった。家族の生活音は嫌でも聞こえてくる。

 しかし、数日間全く生活音がしないし、部屋の前に食事も置いてない。


 空腹に耐えられなくなり、恐る恐る二階の階段から一階のリビングを見る。

 いつもは灯りが点いている時間なのに真っ暗だ。


 リビングに行くとテーブルの上に一万円札とメモが置かれていた。


「太郎、3人で〇〇県へ日本海の絶景を見に旅行へいきます。帰宅は11月29日になります。お金置いておきます。母より」


 確か今日は……11月30日。

昨日には帰ってきても良いはずなのに。

 僕は深く考えず冷凍食品をレンジで温めてリビングで食べた。


 リビングで食事をするなんて何ヶ月ぶりだろう?


 そう思いながら何日振りかの食事をしていると、家の呼び鈴とドアを激しく叩く音が聞こえてきた。


ピンポン! ピンポン! ピンポン!

 

ドンドン! ドンドン! ドンドン!


「太郎くん、居るんだろう! 開けてくれ! 君の叔父の拓也だ! 君の家族が……大変な事になったんだ!」


 叔父さん? 

 家族が大変な事?


 僕はフラフラと玄関へ行き扉の前まで行く。しかし、開けるのに躊躇ちゅうちょしていると、叔父の声が玄関越しに聞こえてきた。


「太郎くんそこに居るんだろ? 落ち着いて聞いてくれ! お父さんとお母さん、それに妹の唯ちゃんが事故に巻き込まれて……」


ガチャ


 僕はその言葉を聞いて衝動的に扉を開けた。


「……誰だお前は?」


 僕の姿を見るなり険しい顔をする叔父の顔が見えた。幼い時から可愛がってくれていた叔父の優しい笑顔は無い。


「おい! 太郎君は何処だ! まさかお前!」


 叔父はスマホを手に取ると、警察へ電話を掛け始めた。


 最初は叔父の行動が理解出来なかった。しかし、嫌悪感丸出しで僕を見る叔父の目を見てすぐに理解した。


 叔父は僕が太郎だと全く気づいていない。


 そこからの記憶が僕には無い。

気付くと家を飛び出し、浮浪者のような生活を送っていた。


 補導されない様に山に隠れて野宿をしたり、隠れるようにコンビニのゴミ捨て場まで行き、廃棄されたパンをかじって餓えを凌いだりしていた。


 コンビニのガラスに反射した自分の姿を見てゾッとする。


 誰だコイツは?


 髪はボサボサで肩の下まで伸び、頬はこけて、口周りはうっすらと髭が生え、見た目は完全に不審者だった。


 家族は僕が犯罪者と誤解したままこの世から居なくなってしまった。  


 こんな事って……あんまりだ……

 

 家族を断罪する事も、間違いを認めさせ、謝罪させる事も二度と叶わない夢となった。

 

 もう、どうでもいい……


 僕は無賃乗車を繰り返し、家族が最後に見たであろう〇〇県の観光地に辿りついた。


 そこは別名、自殺の名称。


 僕は崖の淵に立つ。不思議と怖い気持ちは無かった。


 下を覗き込むと暗闇が大きく口を開いて僕を歓迎しているようだった。


 もう失う物が無い事、これ程後押しをする理由は無い。


 死んだら陽キャのイケメンに転生出来ますように。


 僕は一歩踏み出して崖から飛び降りた。


――――――――


―――――


――…


「うっ…… 」


 目を覚まして上半身を起こすと目の前は闇に包まれていた。

 

 僕は……死んだ?……


 それともまさか、本当に転生……そう思い掛けた時、突然闇の中から男の声が聞こえてきた。


「おー、やっと起きたみたいだな。期待をさせて申し訳ないが、ここは現実の世界だ。小説みたいに異世界でもねぇし、お前は転生もしてねぇ。オマケに俺は神でも女神でもねぇからな」


シュボッ!


 パッと灯りが点いたと思うとタバコの匂いが僕の所へ流れてきて、思わず咳き込んだ。


 男がタバコに火を付けた一瞬、彼の容姿が鮮明に見えた。

 髪型はオールバックで頬に切り傷がある強面の男。


「だけどな、俺はお前に第二の人生を与える事は出来る、フーー」


 そう言うと男はタバコの煙を僕に吹きかけてきた。


「ゴホッ! ゴボッ!」


 僕は……ヤクザに拉致をされたみたいだ……なんで……こんな事に……死にたい……ただそれだけなのに……



 

———この男と出会った事で俺の人生が大きく変わる事になるとは、この時は微塵も思わなかったんだ。

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