第一章 二周目の男

 さて、ゲームシステムから無限の命と有限のお金を与えられたプレイヤーは、今日も果てなき(強いていうなら、一〇〇〇兆Gだろう)金策に励んでいる。

「まるで蟹工船かにこうせんじゃないか」

「カニ光線? 新しいレーザー武器がアプデでもするの?」

 俺とその隣の少女――マイナが、軽口を言い合う。

「このゲーム自体が、社会的な蟹工船だってことだな、読んだことほぼねーけど」

「んんー、まあ私は暇だから参加したんだけどね」

「良いのか、人生をこんなものに捧げることになって」

「一部よ。全部になるとは思ってないわ」

 『Goodbye Online(グッバイ・オンライン)』。

 それがこのゲームのタイトルだ。

 最初から終焉しゅうえんが予定に入っている、社会実験型VRMMORPG。

 俺は、二週目になる。

 そう、一度二Bを貯めてゲームから脱出したのだ。

 日本国政府も関わっている、各国主導のこの没入型ぼつにゅうがたMMORPGには、参加したり脱出をしたりすると、固定+歩合で現実世界の金銭が受け取れる。

 かなり高額で――まあ、俺にとっては宝くじの数等程度に当たった感覚だった。

 それでも、一年で使い尽くせる額ではあったが――まあ、ゲームをしてお金が貰えるのは良いことだろう。

 一周目で二Bを貯めるころには、ゲーム開始から一年が経過していた。

 それで普通に真面目に働く額の、軽く二倍以上は入ってきたのだから、まあ笑ってしまう。

 今回、俺が一度はグッバイしたゲームから戻ってきた理由は、散財からくる現実の資金不足と、あとはリアルへの退屈さからだった。

 また、『Goodbye Online』に戻りたい。本気でそう思うのに、そう時間はかからなかった。


「ユウト、なに黄昏たそがれているの?」

「いや、新しいコンテンツでも探そうかな、って」

 コンテンツなんて、金策と同義なのだが。

「まあ、まずはここを切り抜けましょう?

 『岩石ゴーレム』が鬱陶うっとうしいわ」

 全高四メートル弱、文字通り岩石でできた無機質な巨人を親指で示すマイナ。

 どうやら、ダンジョンのボス部屋の前に到着したようだった。

「OK。

 まずは周辺の『暗がりネズミ』その他ゴブリン、小物の掃討だ。

 地味な攻撃を受けて、攻撃・回復その他モーションや態勢を崩されてキャンセルされると、余計に鬱陶しい」

「了解」

 マイナは長剣ロングソードさやに収めると、エネルギー式拳銃を右腰から引き抜いた。

 大きく、右回りに高速で移動しながら、敵を中~遠距離から狙撃していく。なかなかどうして、照準エイムが上手い。若いからか?

 俺は攻撃範囲に特化した手榴弾グレネードの一種を、向かって左の方向に投げる。

 一回地面に当たって、跳ねた手榴弾が空中で破裂。周辺を爆破する。

 雑魚敵の掃討を確認してから、背中から斧を取り出して、俺はゴーレムに切りかかっていく。

 マイナも理解したようで拳銃の射撃を加え、俺は正面、マイナは背面を取ってボスオンリーの戦線を攻略し始めていた。


「ボスの懸賞金バウンティ、税金を入れると一万Gも行かないでやんす……やんす……」

 たまに語尾が壊れるマイナだが、余裕があるのかないのか、分からない少女だ。

「道中を合わせれば、二万Gを超えている。二人分で、半額だけどな」

「儲かるって聞いてやってきたのにー!」

 マイナがダンジョンの汚れですすけた、本来は美しい金の長髪をかきむしるようにして言った。

 様々な政策が功を奏し、なんだかんだ世界は限りなく平和――というか、天国に近づいている。そんな時代だ。

 お偉い政治家さんや大金持ちどもは、資本主義というものが崩壊間近なのを誤魔化し続けるのに必死であるこのご時世、我々一般人はもはや、世界の行く末が分かってしまっていた。

 『このまま、続くのだろうな』、と。

 確かに、戦争をなくし、難民を救済し、いわゆる無能でもちゃんと生きていける世界をあの天才――このゲームの開発責任者――は実現させ、余興よきょうでこんな使い捨てのようなゲームを作ったのだ。

「マイナ、お前はどれくらい稼いだら『脱出』するつもりなんだ?」

 このゲームは運営に二B(二〇億)Gを納めれば脱出できるが、それ以上を稼いでいた場合はその金額に応じてリアルマネーによる報酬額が増額されるのだ。

「えへへー。一〇B!!」

「なかなか、欲張りだな。よほど早くても三年はかかるぞ」

「まあ、もし稼げたら、慎ましくしていれば今どき、一生のんびり暮らせるお金だからねー」

 散々、贅沢・浪費をした俺としては、もうなにも言い返せない。

「それで、ユウトはいくら稼ぎたいの?」

「む、というか俺は、このゲームを隅々まで遊び尽くしたいんだ」

「と言うと?」 

「できれば、全コンテンツに触れたい。

 今ところはコーポやアライアンスに入る気はないが、予算ができれば自分で組むかもな」

 コーポはプレイヤー同士の組織で、アライアンスはコーポの集合体のことだ。

 大手アライアンスや、さらにアライアンスの集合体であるコアリションは利権を巡り、俺たちの比ではない人員で動いている。経済力、装備、人数、情報網……。

「いろんなコンテンツの情報屋でもする感じ? まあ、アレはアレでおひねりが貰えるみたいね。

 一部を有料コンテンツにするとか。詐欺や中身が大した情報でもない、ぼったくりの商材も多いみたいだけど」

 実際、俺はゲーム内で個人としては大手の情報屋を運営しているのだが……まあ、そこは黙っておこう。

 俺のこのゲーム知識は、先輩やマイナが言うような情報屋から教わっているものが多い、とマイナを含めた全プレイヤーに嘘を吐いている。

 ……どうせ、誰も困らないさ。

「まあ、長期戦略といったところでね。

 ゲームは楽しむためにあるんだ。必要ならコーポも組むか作るくらいの気持ちはある。

 『初心者同士』、仲良くやろう」

 マイナは笑顔を浮かべ、了解の証を作った。

「次は、どのコンテンツを遊ぶの?」

 さて……、と俺はあごに手を当て、考えているアイデアを幾つか展開していく。


 俺とマイナは、お宝がよく放置されている探検エリアに行くことに決めた。

 NPC警察の手の届かないゼロ・セキュリティ地域エリア――無法地帯でもあり、あわよくばプレイヤー殺し(PK)も行うことで、臨時報酬も追加できる。

 無論、こちらが狩られることも十分にあるわけだが……。

「対人戦で手抜かりは死を意味する」

 俺の講習レクチャーに、マイナはちゃんと耳を傾けてくれた。

「準備をしないのは、負けるための準備をしているのと同じ、って。

 昔、どこかの小説で読んだわ」

 俺は深くうなずく。確かに、良い言葉だ。

「その通りだ。まあ、知り合いの出資者パトロンに、今回は出資してもらえるようだ。今さっき、コンタクトが取れたんでね。

 五〇万Gをそのまま。利益が出たら返す程度の口約束だから、まあ気にしなくていい」

「うえー。

 嬉しいけど、良いの? そんな大金……」

「弾薬とかのアイテムを万単位で保有、転売している金持ちの商人だ。

 気にしなくていいよ」

 まあ、実のところ、この『パトロン』というのは俺自身のことなんだが。

 知識が金になるのは、投資家や発明家にありがちな話だろう。

「最大級の商人になれば、大規模な商都に居座って、一〇〇万ミリオン単位でアイテムを管理することもある。まさしく、カネが金を生む状態だな。

 それまでに、ほとんどの連中は脱落するか、金銭的な大火傷を負うのだろうけど」

「楽に稼げる仕事はないのです……」

 地面に座り込み、ぐるぐると「の」字を描きながら、マイナが言った。

 マイナとは数週間前に、安全地帯セーフティ・エリアにてNPC狩りをしているところを出くわしたのだった。

 まだこのゲームに慣れていない、ぎこちない様子だったので援護してみたところ、俺を気に入って貰えたらしい。

 とりあえずコーポよりも小さい規模の集団である『パーティ』を組むのを続行して、ここまで来ている。

「慣れれば、楽さ。

 強い連中と知り合うとか、戦うとか」

「戦闘?」

「いや、情報かな。戦闘だけじゃない。売れ筋の商品・アイテムや戦力図、稼げるコンテンツの発掘・再発掘。

 技術的な面でのゲームの抜け穴があるようなら、報告義務があるから注意な。運営からG貰えるけど。

 さて、と」

 俺は全身のほこりを払うと、近場の街への経路図をパーティ全員(つまり、俺とマイナのみ)に共有した。

「もうひと頑張りだ。進むぞ。

 ここから空間転送テレポートすると金がかかるからな」


 そこそこ大きな街に着いた俺たちは、その場でさらなる冒険への準備を整えた。

 二人して大型のバックパックを背負い、可能な限りの支度をした俺とマイナが迷宮孔めいきゅうこうの前へと訪れる。

 迷宮孔。

 薄暗い、地下への入り口。洞穴ほらあな

 すなわち、『亜空間迷宮ダンジョン』への入り口だ。発見は、街から離れてしまえばそう難しくないものになる。

 街からほど近い林道に、ランダムで出現ポップしていたそのあなを見つけた俺たちは、遠回りに移動を開始。

 入り口付近に罠や待ち伏せ集団が居ないかをほどほどに調べて、そして内部へと入った。

 ダンジョン攻略は稼げるが、リスクを伴う探検・探索、及び戦闘コンテンツになる。

 罠の多いフロアや、手に入れるまでに一定の手順・操作が必要な宝箱アイテム・クレートへのアクセス。

 戦闘に関しては、PvE(NPC戦闘)・PvP(対プレイヤー戦闘)、どちらも発生し得る。

 迷宮孔から行けるダンジョンは亜空間になっている(という設定)。

 一定の空間――およそ十キロから百キロの範囲を探索し、最終的には複数箇所に設営された脱出ゲートを起動させることで脱出できる。

 同じ迷宮孔、あるいは別の迷宮孔から入っても、生じた孔の場所がゲームシステム上の指定範囲内なら、全く同じ空間に他のプレイヤーが侵入できる。

 そして、ダンジョン内では敵対的なプレイヤーによる|プレイヤー殺し(PK)が完全に解放されている、要するに無法地帯なのだ。

 小難しい話をまとめると、ゲーム内に内包された異世界ダンジョン空間を皆で共有し、自由に探索や戦闘が行えるということになる。

 プレイヤーが迷宮内で『死亡』した場合、持っているアイテムの多くがクレートとして残る。

 それを目当てに探検、あるいは積極的にPKを行うパーティや悪名(ないし名声)が高いコーポもあるくらいだ。

 俺たちが勇名を馳せる組織となるのかは分からない。

 まあ、マイナは若いのだろう。飲み込みの速さは随分ずいぶんとある。

「お互い、『死んでも恨むな』の精神で行こう。大きな稼ぎに、危険は付き物なんだ」

 俺も、自分に言い聞かせるように言った。

「了解!!」

 お互いの手には、すでに得物。

 マイナは右手に拳銃、左手には戦闘用コンバットナイフ。

 俺はある程度の障害物なら容易く貫通する、徹甲弾てっこうだんを装填した軽機関銃ライトマシンガンを持ち、またいつでもグレネードを投げられるような装備構成にしてある。

 パーティが維持されていることを確認して、俺とマイナは並んで、同時に迷宮孔と一歩、足を踏み入れた。

 そしてシームレス――エフェクトもほとんどない一瞬で景色が変容し、地下鉄の駅構内のような金属質な場所になった。

 超大型の防空壕と表現し直しても、また良いだろう。

 エリア名は不明(UNKNOWN)と表示される。

 ここが、ダンジョンだ。


 プレイヤーのアイテムストレージは、亜空間や四次元空間ではなく、平たく言えばリアルとなにも変わらない仕様だ。

 つまり、その部位のポーチにアイテムを仕舞えば、取り出すときはそこから取り出さなくてはならない。

 せいぜい「どこに何を仕舞っているか」くらいが、『アイテム管理』のメニュー画面を開くことで一目瞭然になる程度だ。

 重さの感覚は疲労などを考慮して、非常に身軽になるようにゲーム設計がされている。ただし、アイテムそのものはストレージメニューから選べばパッと、手元に転送されるような仕様ではない。

 やや細かいものの、こういった部分に妙なリアリティがあるのが『グッバイ』の個性・特徴だろう。

 俺は一五〇発の徹甲弾が詰まった箱型弾倉ボックス・マガジンを持つ軽機関銃をすぐにマイナの後ろに向ける。この弾倉を撃ち切ってしまえば、胸の弾倉ポーチに収納した三〇発入りの縦長の弾倉を使うことになる。

「後方、視界内に敵なし。マイナはできるだけ前を頼む。

 何かあったらすぐに振り向くから、安心しろ。というか緊張しろ」

「十分してるー! いきなり後ろ向くからびっくりしたワイ!!」

 やっぱり、定期的に語尾がおかしくなるマイナだった。

 このゲームにはスキルの概念がいねんがなく、安直にザコ敵を倒し続けてレベルアップ、時間経過により自動でポイントが溜まり、なんらかの特殊なスキルが身に付く、といったこともない。

 シンプルに、プレイヤーの技能が求められるゲームだ。生々しすぎるだろう、とは正直に思う。

 さて、マイナの進行方向には二つの上り階段がある。右に一つ、左に一つ。

 大きな階段で、その幅は五メートル以上あるだろう。

「マイナから見て、右の階段に行くか。

 最後は運試しだろうからな。罠にはとりあえず注意、と」

 二人して、薄い照明の地下壕ちかごう内を進んでいく。

 足元に、近接反応型の地雷があるかもしれない。

 階段を昇り終えたら、真後ろから待ち伏せで頭を撃たれるかもしれない。

 いきなり、強敵のNPCが頭の上に降ってくるかもしれない。

 まあ、最終的には運だ。仮に死んでも指定のポイント、ポジションから復活できる舞台ゲーム設定だ。大きな問題ではない。

 俺の全資産としては大した出資額ではないのだが、マイナのやる気を持続させてやりたいのも本音だ。現実並みに超高難易度のゲームだから、二〇億Gを稼ぎ切る前にプレイを放棄してしまう例もままある。

 『グッバイ』に参加中のプレイヤーのリアル生活は衣食住を含め保証されるが、まあ刑務所よりかはだいぶ自由な程度。オンラインゲームが浸透している現代なら、大多数の人種から、一般人扱いしてもらえるはずだろう。

 一日中接続する義務はないが、非アクティブプレイヤーはよほど例外的な事情(毎日数分や小一時間程度を動くだけで一〇人、一〇〇人分を稼げてしまう投資家プレイヤー(トレーダー)とか……、居るのか?)がない限り契約を打ち切られてしまう。

 やる気のあるプレイヤーを、少しでも応援したい。

 優しさは有り余る。余裕のある、良い時代らしくなってきたな。

 視点の先が定まらない、初心者らしい動向のマイナをチェックし、振り向きから戻る。

 少しだけ微笑ましくて、笑みがこぼれる。そして、俺はすぐにその表情を隠す。

 ……恥ずかしかったんだ。


 ほどなくして、近接型の敵性生物クリーチャーとの戦闘になった。

 上のフロアに上がって、少し進んだ先の話になる。

 大広間のような場所に、目視で発見できる距離で居たため、交戦するかは迷いものだった。

 クリーチャーは倒すと、通常の場合は懸賞金バウンティや落としドロップアイテムなどが手に入る。

 ダンジョン内のクリーチャーには懸賞金が一切付いていないのだが、高価なドロップ品や、運営NPCが固定金額で買い取ってくれる『タグ』アイテムなども出ることがある。

 タグアイテムは、懸賞金と違って換金する手間があるぶん、PKを狙われやすくなる。効率の良い金策に対し、移動の手間を加えることで、リスクを増してあるのだ。

 無論、その分タグの値段はそれ相応に高価な買い取りをしてくれる。

 敵は甲殻こうかくを持った、昆虫型のクリーチャーが三〇匹ほど。

 ボス系はどこを探しても居ないので、危険はそこまで多くはない。

「マイナ。死なないことを第一に、あとは制圧速度が大事だ。

 稼ぐなら、超えなきゃいけないハードルだな。

 一匹一匹、仕留めるぞ」

 俺は戦闘前に、そう発破をかけた。


 俺は五発ずつほどのライフル弾を、狙いを定めたら発砲、連射。

 一体ずつ敵性クリーチャーを倒す。

 マイナも中距離――一定距離を保ちつつ、迫りくる昆虫にしっかり弾丸を当てていた。

「マイナ、戦闘中止だ」

 パーティ内の無線通信――要はボイスチャットで、俺はマイナに語りかける。

「他のプレイヤー?」

 察しが良い。

「ああ。

 場所を変えて応戦するぞ。

 クリーチャーの群れは迂回して、奥の道に進む。左だ」

 既に、本格的に弾丸が迫っていた。何発か喰らう。『グッバイ』はかなりシビアなダメージ計算を行うゲームなので、一瞬の気の緩みでも致命打と成り得る。

「曲がり角の先に『置物』を仕掛けてくれ。

 来たら撹乱かくらんして、なんとか始末する」

 曲がり角を進んだ俺は、瀕死ひんしに近かった。

 持っている中で、とっておきに高価な緊急HP回復ピストルを左腕に押し当て、発射。全回復させる。

 回復ピストルは他人にも使えるが、マイナは無傷らしい。運の良い奴め。

 曲がり角の先には、なんとか隠れられる柱が並んでいた。敵弾が貫通する心配もない、直径一メートル以上ある地下を支える、支柱らしきオブジェクトだった。

「起爆!!」

 マイナはスイッチを親指で押し込む。

 角の付近に置いたプラスチック爆弾が炸裂。

 爆発するさ、爆弾だもの。ワンキル。さらに、少なくとも二名に重軽傷。やるもんだな。

 しかし、生き残ったプレイヤーとそれに追従してきた数人と撃ち合いになる。

 俺は追加で手榴弾グレネードを投げてから、軽機関銃で敵を釘付けにする。

 やっぱりまた攻撃が俺に集中するなー。マイナに敵を拳銃で狙撃するように指示したいが、あまり余裕がない。

 そこで、敵の背後から影が迫る。クリーチャーではない。

「え!? 仲間割れ?」

「いや、三チーム目かもしれない。あるいは単独犯か?」

 激しい撃ち合いをしていた俺たち、特に数の多い敵チームを背後から堂々と襲ったのだ。

 あまりの事態にあっけにとられた敵チームが総崩れとなり、こちらの追撃も含めて対応に追われる。事実上の挟撃になったのだ。

「リロード!!」

 再装填の合図をかけて、可能な限り早く軽機関銃の弾倉を交換する。一五〇発を撃ち切り、三〇発入りの予備弾倉となる。

 辻斬つじぎりを仕掛けていたプレイヤーは、俺たちと自身の中間地点にグレネードを、置くように力を込めずに軽い風に放り投げる。

 投げる入れる位置が、妙だ。攻撃が狙いなら、俺かマイナの近くに投げ入れるはずだ。

 ぼんミスをした、とは考えにくい。

 あの縦長の投擲とうてき物――

「フラッシュバン!」

 マイナが先に気付いた。なるほど。

 閃光と、瞬間の大音響が生まれる。フラッシュバンは閃光手榴弾という非殺傷武器の一種。

 非常に大きな音と光でこちらを混乱させ、分断させるつもりだ。

 あるいは、撤退するつもりか?

「マイナ、後退するぞ」

 発砲を続け、少しずつ後ろに足を進める俺だった。

 マイナも実弾式拳銃(提供:俺)を闇雲に撃ちながら、次の柱へと突入する。

 一瞬だけ撤退途中の相手の姿が見え、そして消えた。

 美しい、ロングの黒髪の若い女性だった。少女という雰囲気ではない。黒の戦闘スーツで肢体がくっきりと映えており、典型的な美人で正直、びっくりとする。

『グッバイ』はある程度以上にプレイヤーの骨格や見た目を反映するし、振る舞い・たたずまいが、一秒見ただけで絶対強者のそれ――美しい強さだと分かる。

 過去に見てきた『ああいう奴ら』と同じ感覚だ。

 彼女の姿が、ほぼ完全に消える。

 高度な、アクティブ・電磁式ステルス迷彩。平たくいえば、自身の透明化を行う装備になる。

 電力キャパシタ――電池はそう長くは持たないため、短時間で敵を奇襲する際(先にやられたパーティが好例だ)に使用したり――あるいは戦線から緊急離脱したりするときに使う、高額な兵装になる。一応、俺は弾倉に残った弾丸、十数発を横並びになるように発射して、接近はないか確かめる。

 更に近づけば、流石に音で分かるはずだ。また、一〇〇%の完全な透明化ではないので、目を凝らせば移動モーションで、ほこりを押しのける空間の形状の変化でも分かる。

 相手が撤退した理由はわからない、消耗を考慮して撤退したのか、仲間を呼びに行ったのか。

 なんとなくソロっぽい気はしたが……近くに彼女の味方が居るのなら、最初から俺と全滅組が争い合って消耗しきったところを襲撃して、一網打尽にできたはずだ。

「風向きが代わったな。

 脱出を優先して行動する」

「最初から、すごく疲れたワン」


 その後はミニゲーム的なアイテム・クレート――宝箱へのハック(ハッキング)を二回試みた程度。

 一個目のコンテナは俺が開けてみせ、二個目はマイナに任せたが、失敗して解錠不能になったので放置。時間経過で再ハック可能になるが、待っている時間は正直まったく、ない。

 憤慨するマイナを、

「パズル的な慣れだから、そのうち慣れるよ。

 中身が良いものだとは限らないし」とか適当に言ってなだめておく。

 クリーチャーも避けるようにして、脱出地点のワープゲートを都合よく探し当て、脱出になった。

 こういうスリルも、『グッバイ』の醍醐味だ。

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