第46話‐継承者

 曖昧な意識の中。天狼族の大英雄——ベオウルフ・・・・・は、呆然と胸中で呟く。


 (……何だ。どこだ、ここは。俺ぁ、今……何やってんだ……?)


 剣戟が鳴り響いていた。凄まじい音だ。相当な使い手達が打ち合っている。その使い手達の内の一人が、自分であると気付くのに、そう時間は掛からなかった。そして、もう一人の使い手——小さな天狼族の少女の存在にも、彼はすぐに気付く。


 (……何だコイツ……子供のくせにやたらと強ぇーな——いや、それより何で俺……こんな子供と殺し合ってんだ……?)


 歳の頃は十二かそこら——。だというのに、その齢に似つかわしくない実力を有している。自分が同じ位の歳の頃よりも強いかもしれない。


 自分が——大英雄ベオウルフが、剣戟で打ち合える相手などそうはいない。それ程の使い手ならば、しかも同族の使い手であるならば尚更、自分の耳に入っていてもおかしくないものだが、その顔にも、その剣筋にもとんと見覚えが無い。


 「——ウィータ!」

 (……ウィータ? ——いや、それより……今の声は……)


 少女の名前だろうか。彼女と共に戦う狼の魔獣から、どこかで聞いた事があるような声が発せられる。魔獣が喋るという現象に違和感を覚える事すら忘れ、ベオウルフは朦朧とする意識の中でその狼を見た。


 「シーちゃん! 長槍スピクルム! 丸盾クリペウス!」

 「おう!」

 (……シー・・?)


 少女が叫ぶと、何もない虚空から長槍スピクルム丸盾クリペウスが現れる。最初は何らかの魔法かとも思ったが、その現象と、『シー』という単語を聞いて、ベオウルフはあの狼の魔獣が自分の相棒——変身の大精霊シーである事に気付く。


 (シー……シーなのか!? おいっ! シーなら返事をしてくれ! なんか変なんだよ!! これ、どうなってんだ!?)

 「……っ!?」

 「ウィータ……!」

 (……っ——)


 シーへと助けを求めるように、ベオウルフは手を伸ばした。


 しかし、代わりに伸びたのはではなく。自分が振るった闘剣グラディウスが、少女の華奢な身体へと襲い掛かる。衝撃波だけで建物が崩れてしまうような一撃を、彼女は何とか丸盾クリペウスで防ぐが、後方へ跳び一度距離を取った彼女の表情は苦悶に染まっていた。


 自分の娘と同じ位の小さな女の子に、あんな顔をさせてしまったという事実に驚愕と同時に、薄ら寒い感覚を覚えた彼は、ただひらすら『何で——?』という疑問を脳裏で反芻する。


 「——大丈夫かっ、シー!!」

 (っ……この声っ、テメラリアか!? ——っ!?)


 自分の意志とは関係なく——。少女とシーへ、再び剣を向けながら駆け出そうとした時だった。再び聞き慣れた声が耳朶を打った瞬間、地面に巨大な光の円が現れる。それに気付いた時にはもう遅く、ベオウルフの身体は光の爆発に巻き込まれた。


 ゴォォッ——、と轟くような破砕音と共に舞った砂埃……その中から一つの影。


 寸でのところで光の爆発を回避したベオウルフである。


 しかし、彼の回避を予測していたとばかりに、四方八方から炎の束や暴風の群、鳴り響く雷鳴に、氷と岩の針山——、自身の身体をバラバラにせんと迫る暴力が無数に迫って来る。


 視界の端に驚くの程の精霊の大群を見つけ、すぐにこれらが彼らが使った魔法である事を悟ったベオウルフは、心の内で舌打ちを一つ……そのまま地面に着地してすぐ、闘剣グラディウスを腰溜めに構えた。


 (……っち! 何だってんだっ、ったく!?)


 そして、襲い来るそれらを剣の一薙ぎで吹き飛ばした。


 剣圧だけで上空の雲が晴れ、都市中に風が駆け抜ける。周囲の瓦礫の一切が無くなり、まるで噴火でもあったのかと言わんばかりに、ベオウルフを中心とした小さな荒野が出来上がった。


 「「「『『『……』』』」」」

 (……何だよ、その目は?)


 剣の一薙ぎによって晴れた視界。そこから露わになったのは、怪物を見る目。


 少女、シー、テメラリア、そして無数の精霊達が、畏敬と、そしてその畏敬に圧し潰されんとする勇猛さ——その相反する二つの感情が入り交じった様な視線を、自分に向けていた。


 かつて自分達が邪神ウルを、その目で見ていたのを覚えている。


 何故、どうして——。仲間であるお前達が、自分をそんな目で見ているのか?


 先程から胸中に浮かんだ疑問を投げ掛けようとしているのに、声を発する事が出来ない。まるで口が無くなってしまったかのように、首から上の感覚が無いのだ。


 「——そうだ・・・それでいい・・・・・ベオウルフ・・・・・

 (……っ!!? ……な、何で……? ……アイツが、生きてんだよ……?)


 ゾッとする声が響いた。


 忘れるわけがない。この声が誰なのか、ベオウルフは嫌というほど知っている。


 「多少のイレギュラーはあったが、貴様なら対処できるだろう? 大人しくいう事を聞け。シーを殺せ……我が眷族・・・・——ベオウルフ・・・・・

 (我が、眷属……? 俺が……? ……、……。……あぁ、何だ……そういう事、か……)


 『我が眷族』——その言葉を聞いたベオウルフは、一拍の間を置いて状況を理解した。周囲に散乱したガラスに映った自分の姿……首から上が無い自身の姿を確認し、自分が邪神ウルの眷属になってしまった事を理解する。


 (……くそ。情けねぇ……よりにもよって、俺が……)


 最後の記憶から、一体どれだけの時が流れたのだろう?


 見た事も無い建物ばかり。さっき少女が使っていた言葉も、聞き慣れないものだ。服装も、きっと食事も、おそらくは何もかもが変わっているのだろう。


 ——この世界はきっと、自分達が邪神ウルを退けた後の世界なのだ。


 (いや……退けられてなかったのか)


 そう。今この瞬間、邪神ウルがまだ生きているという事は、自分達は邪神ウルを倒し切れなかったという事だ。


 この文明の発達具合から察するに、邪神ウルが復活するまで相当に長い時間を要したのだろう……それ程の痛手を与えられたというのは僥倖だが、しかし、それでも——この現状は、ベオウルフにとってはこの上ない心残りである。


 (……っ、くそ……言う事聞きやがれ!?)


 成す術なくベオウルフが天を仰いでいると、自分の意志とは関係なしに身体が勝手に動き出す。向かった先は、少女と狼の魔獣。真っ直ぐにシーの本体である狼の魔獣へと剣の切っ先が向く。


 (頼む……っ、避けてくれ! シー!)


 祈るような気持ちで胸中で叫ぶも、声は出ない。


 地面を蹴った自分の体が一瞬で彼我の距離を縮めると、驚いた表情でシーが自分を見る。……ダメだ。明らかに反応できていない。やはり実力差が大き過ぎる。自身の振るった闘剣グラディウスの切っ先がシーの元へと迫った。


 ——『無理だ、避け切れない』と、ベオウルフは確信する。


 次の瞬間には、自身の手で相棒を殺めてしまうところを想像してしまったベオウルフは、咄嗟に視界を閉ざした。


 「——こっちを……みろっ、ベオウルフ! あいては……わたしだ!!」

 (……っ)


 キィン、と。甲高い音が鳴る。刃を通して手元に伝わったのは、獣の肉を割くような生々しい感覚ではなく、金属をブッ叩いたような硬い感触。驚愕に染まる彼の視界に映ったのは、いつの間にかシーと自分の間に割り込み、自分の攻撃を盾で受け止める少女の姿だった。


 (コイツ……何なんだ、さっきから? ついて来た? 俺の速度に……?)


 ——何者だ? 疑問が浮かぶ。


 しかし、その疑問の答え合わせをする間すら与えぬとばかりに、少女は一歩前へ踏み出し、長槍スピクルムで鋭い突きを放って来る。


 (……っ!)


 空気を割くような一撃。並の戦士では出せないモノだ。


 肩口を掠めた穂先から逃げるように身体を逸らしたベオウルフは、想定外の一撃によろめくも、よろめいたまま下から抉り込むように刃を振るい、反撃を見舞う。


 無理な態勢から放った、不意の一薙ぎ——。しかし、少女の瞳はしっかりとその一薙ぎを追っている。刃と自身の身体の隙間に長槍スピクルムを捩じり込み、それを防いだ彼女は、強烈な一撃に苦悶の表情を浮かべた——が、「シーちゃん! !」と、叫び声を上げる。


 「あぁ、分かってる!!」


 その言葉がベオウルフの耳に入った頃には既に、巨大な狼の爪が自身の身体へと振るわれていた。咄嗟に地面を蹴り後ろへ跳んだベオウルフだったが、回避が間に合わず後方へと吹き飛ばされてしまう。


 (……いてぇなっ、おい……何なんだ、あの子供は——、……っ!?)


 空中で体勢を整え、地面へと着地したベオウルフを覆った光の弾幕。


 精霊の魔法だ。一瞬にして視界全てを覆った光に呑まれたベオウルフは、そのまま無数に及ぶ光の弾を体一つで受け続ける。未だ状況を呑み込めずに揺れる心と、全身に走る痛みに身悶えしながらも、弾かれるように刃を振るった。


 (くっそぉぉぉぉぉぉぉっ……!!?)


 先程と同じ光景だ。剣の一薙ぎで精霊の魔法を吹き飛ばし、都市中を剣圧で起きた風が駆け抜ける。ベオウルフを中心に荒野が出来上がり、晴れた視界の先から——


 (……っ!!? っがぁっ!?)


 ——槍が降って来た。


 一本ではない。纏めて三本、続いて四本、五本……と、凄まじい速度で投擲されて来る投げ槍ピルムが数本、自身の身体のあちこちを抉る。一瞬の内に降り注いで来るその槍の雨の最後に、巨大な大槍ハスタを持った少女が降って来た。


 (こんの……やろぉぉぉぉ……!!!)

 「……っ!!?」


 闘剣グラディウスを手放し、両手で自身の心臓を深々と突き刺したその槍を掴み上げたベオウルフは、そのまま力任せに大槍ハスタ握り潰す。半ばから武器が折れた事に驚いた少女を、彼は折れた大槍ごと投げ飛ばした。


 (調子に乗るなよ! この程度で殺れるほど俺は甘くねぇぞ!!)

 「ぐぅっ……がぁっ!?!!?」


 闘剣グラディウスを拾ったベオウルフは、投げ飛ばした少女の落下地点へと走る。傷のダメージなどまるで感じさせないその動きに瞠目する彼女を、ベオウルフは容赦なく斬り付けた。折れた大槍ハスタを使い、無理な体勢でその刃を受け止めるも、苛立ちの乗ったベオウルフの一撃を受け止めきる事は出来なかった。


 凄まじい轟音が周囲に鳴り響き、砂埃が巻き起こる。


 荒野の中心にクレータ出来上がり、その中心にボロボロの少女がいた。


 (っ……あぁ、くそっ! ……やっちまった……)


 身体の自由が利かないとはいえ、苛立ちに任せ、同族の少女を殺めてしまった。その事実に、ベオウルフは胸中に満ちた果てしない後悔を抱く——。


 「——へへっ、安心しろ、よ、ベオ……死んで、ない、からよ……?」

 (っ!?)


 ボロボロの少女が喋った。生きている。あれだけの一撃を受けて生きている事には驚きだが、ベオウルフが驚いた理由はそこではない。


 ——声が違う。


 ボロボロの少女から発せられた声は、少女のものではなく、シーだった・・・・・


 ベオウルフの驚きも束の間、少女の姿がボフンと消えてしまう。それを見て気付く——最後に降って来た少女が、シーの分身体であり、少女に変身していただけだったのだ、と。


 「「——【夕刻の唄、亡き同胞の舞、遠き日に送る玲瓏れいろうぎょく】」」


 二つの声が響いた。声の方を振り返ると、ただ瓦礫と荒野だけが広がっている。


 ベオウルフが弾かれたように剣を振るうと、それによって起きた風で何もない虚空がはためく・・・・。吹き飛ばされた透明な布・・・・——シーが変身した魔道具、ルネの透明マントに隠れていたウィータとシーが詠唱をしていた。


 まるで矢を番えるような動作をする少女を覆うように、シーが巨大な両手を広げている。


 「「【顕れよ、天輪の御使い。満ちること二度にたび、沈む事は一度ひとたび——三度みたび、退ける事は叶わず……故に矢を番えよ、弓を射る者アルテンネス。其に勝る聖火の灯に、我等はこの今生を惜しまない】」」

 (長文詠唱……随分でけぇ魔法使うじゃねぇかっ……!?)


 ベオウルフの知識にも無いような未知の魔法だ。しかも、詠唱者二人による二重詠唱。その規模の大きさを考えるまでも無い……強力な大魔法・・・・・・だ。


 詠唱が徐々に完成するにつれ、矢を番えるウィータの手元に光の弓矢が現れる。両手を広げたシーの手から、青い光が漏れ出ている。……おそらくは、精霊にとって命と同じくらい大事な自身の霊子マナさえも込めた、必殺の一撃。


 それが自身に降りかかると直感した時には、ベオウルフの身体は邪神ウルの命令に従って、既に駆け出していた。


 「おっと!! 俺様たちを忘れんなよっ、ベオウルフ!!」

 『『『わすれんなよー! わすれんなよー!』』』

 (……っ!!)


 立ちはだかるように炎の壁が立ち昇る。間を置かず足を止めたベオウルフへ氷雪の嵐が襲い掛かり、雷の蛇が自身の体に巻き付いて来た。魔法に遮られた視界の端に「ケケケケケェっ!!」と、テメラリアの不愉快な笑みが見える。


 その小憎たらしい顔面を殴る暇はなく、詠唱が加速した。


 「「【未知よ、名を唱えること一度、満ちよ、詩を詠うこと再び——聞き入れよ、其は不逆の一節。いざからの世より放たれよ、天輪より来たる聖霊の一矢】……」」


 詠唱の完成と共に、少女の手元に光の弓矢が現れる。


 「「——【聖霊の矢アルクス・ウィーラ】」」


 そして、その一矢が放たれた。


 瞬く間に迫ったその一矢は、他の精霊達の魔法さえも掻き消して、ベオウルフの光の中へと巻き込んだ。まるで音が消えたような感覚の陥った彼の身体が、強烈な熱波に包み込まれる。


 直撃と共に光の柱が立ち、上空へと白亜の光が駆け抜けて行く。


 ベオウルフを中心とした数キロが、一瞬にしてまるで溶けた鉄のように融解し、周囲を焼け焦げた黒い灰で覆い尽くした。


 「「『『『……』』』」」

 「……へへっ。さしものオマエでも、無傷って訳にはいかねぇぜ……ベオ?」


 静寂の中で、小さな足音が響いた。


 少しづつ近付いて来るその足音の主の声は、嗚咽交じりに震えている。


 朦朧とする意識の中で、仰向けになって空を仰いでいた大英雄ベオウルフは、ゆっくりと声の方へと振り向く。徐々に黒い灰が晴れて行くと、その向こう側からどこかで見た事があるようなちんちくりんの小さな狼が現れた。


 直感的に、それがかつての相棒——シーである事をベオウルフは悟る。


 「なぁ、ベオ……見てくれよ。アイツ、ウィータって言うんだ」

 「……」


 そう言ってシーは、少女——ウィータの方へと視線を遣る。


 「場の成り行きみたいな感じで契約しちまったんだけどさ……どうだ? 強かったろ? オレ……あの子なら、今度こそ邪神ウルを倒せると思うんだ」

 「……」

 「だから、安心してくれよ……オレ達の戦いは無駄じゃなかったって、証明して見せるからさ」

 「……」


 朧気になって行く思考。それでも、遠くなって行くシーの言葉を聞き、ベオウルフは漸くウィータが何者なのかを理解する。


 (あぁ、何だよ……そういう事か)


 つまるところ、現れたのだ——自分達のサーガ・・・・・・・を継ぐ者が・・・・・


 (まぁ、大英雄おれたちの後継には、まだ、ちぃ~っとばかし足りねぇが……ハハハ……あぁ、でも、そうか——)


 ——それなら安心できる、と。


 薄れ行く意識の中で、彼は二度目の最期を迎えた。


 その視界にボロボロと泣きじゃくるかつての相棒の姿と、新たなる大英雄の姿を映し、天狼族の大英雄ベオウルフは、ゆっくりと視界を閉ざす。


 寂しさと無念、それを覆い尽くす程の安心感を胸に、彼は胸中で呟いた。


 (——後は頼むぜ……五人目の大英雄・・・・・・・

_____________________________________

※後書き

次の更新は、4月25日6時30分です。

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