第41話‐再会

※前書き

今話から『第六章・逆境の勇者編』のスタートです。

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 「ディルムッド様、エドモンドは本当にこっちにいるのですか?」


 カルナがディルムッドに問い掛ける。


 キメラ討伐後、シー達とジャン達はディルムッドからの要請を受けてエドモンド商会の敷地内にやって来ていた。魔獣に荒らされたのか、所々に引っ掻き傷や破壊跡が見受けられる。銃弾の跡や血痕があちことにあるところを見るに、ここでも交戦があったのだろう。


 「えぇ、おそらくは。追い詰められたエドモンドが最後に逃げる場所といえば、ここ位しか思いつきませんから」

 「……やはり最後に縋りつくのは神という訳か」


 そう言って立ち止まるディルムッドとジャンの視線の先には、白亜の塔があった。


 どこか荘厳な空気感を讃えるその搭は、まるで神を祀る祭壇のようにも見える。……いや、神殿といった方がいいかもしれない。どこか懐かしさをシーは覚えたが、それはアレがエドモンドが契約した神——黄金の神ミーダスを祀る為に、彼が用意した神殿だからなのだろう。


 「……、……行きましょう」


 一拍の間を置き、数秒だけ白亜の塔を睨みつけたディルムッドは先陣を切って前へ進み始めた。その後ろをシー達も追いかけて行く。


 「……」

 「……ん? どうしたんだよ、嬢ちゃん?」

 「……なんか、すっごくゾワゾワする」

 「ゾワゾワ?」

 「……うん。じゃしんウルにのろわれた時と同じ感じ……」


 一人足を止めたウィータが、ケモミミとケモシッポを垂れさせて気分が悪そうにしており、様子を訝しんだシー達はその場で立ち止まる。テメラリアが問い掛けると、返って来たのは不穏な返答。


 「「……」」


 その言葉を聞き、自然とシーとテメラリアは目を見合わせた。


 ——一瞬、彼らの脳裏を過ったのは『黒い男』の姿。


 他の誰でもない……シー達の最終目標である邪神ウルの姿だった。


 「……まァ、警戒しといて損はねェだろ」

 「……ウィータ、戦いの準備と何時でも逃げられる準備だけしておいてくれ」

 「……あいさー」


 シー達の会話が終わったタイミングを見計らい、先導するディルムッドが白亜の塔の扉を開けた。地面を引き摺る重々しい音が鳴り響き、塔内の様相が目に入って来る。警戒しながら中を進むと、外の喧騒が嘘のように静かで荘厳な雰囲気が漂ってきた。


 「「「「「……」」」」」


 カツカツと、靴音が響き渡る。


 自棄に大きく聞こえる呼吸と心臓の音が、一行の耳朶を打った。


 「……っ!」


 先頭を歩いていたディルムッドが何かに気付いたのか、驚いた様子で足を止めた。驚愕を露わにする彼は呆然と口を開け、「……エドモンド」——と、怨敵であるエドモンド・オズワールの死体・・を見て、目を大きく見開いた。


 不自然な死体だった。


 まるで強大な怪物に首をへし折られたかのように、首が奇妙な曲がり方をしている。なのに、エドモンドの首元には何かが触れた痕はなく、ただ病的な青白い肌だけが晒されていた。


 まさかの事態に、その場にいたシー達は言葉を失い……すぐに、これを行った謎の存在の姿を想像し、額に冷や汗を流す。


 「——その男は……私の、眷属だった男、だ……」


 その時だった。突如として響き渡った声に、シー達は弾かれたように臨戦態勢をとる。エドモンドの死体に意識を持っていかれ気付かなかったが、塔内の中央——祭壇のような場所の前に置かれた棺桶に寄り掛かっていた何者かの姿を発見する。


 「っ……、……ミーダス、様……」


 その何者か——黄金の神ミーダスの姿を見た瞬間、シーは思わず言葉を呑んだ。理由は簡単だ。その姿が、彼の知る黄金の神ミーダスの姿とは似ても似つかなかったからである。


 痩せこけた全身はあちこちが浅黒く変色し、変色していない部分も病的な白さが痛々しい。所々が焼けた炭のように罅割れ、しんしんと、まるで雪のように舞う霊子マナが、彼の身体から溢れ出ている。


 ……今にも死に掛け。そんな状態だった。


 「……この都市の統治機構・議会の長を務めております……ディルムッド・ラッセルです。貴方のその状態を見た上で聞く質問では無いかもしれませんが、貴方が黄金の神ミーダスで間違いないでしょうか」

 「……ハハハ。お前が、ディルムッド、か……。エドモンドの言う通り、腹の立つ顔をしている……」

 「……」

 「……あぁ、間違いない。私は、ミーダスだ……と言って、も……知らぬ、だろうが、な……なにせ、私は……お前、達が言うところの……忘れられた神・・・・・・だ」

 「……」


 自虐の笑みを浮かべた彼の言葉の意味を、誰しもが理解していた。


 ——忘れられた神。自らを信仰する信者を失い、消え逝く定めにある神の総称。その呼び名を自ら語ったという事は、彼……ミーダスも、これから消え逝く神の一柱という事である。


 「……お久しぶりです、ミーダス様」

 「シー、か……」


 シーがミーダス様の一歩前に出ると、彼は虚ろな瞳を動かしてこちらを見た。


 「……この身に宿る霊体アニマを捧げて下さった神々への祈りを片時も忘れず、再会の日を心待ちにしておりました。ミーダス様……貴方も、その一柱です。このような再会になってしまった事は残念ですが……何か、オレに出来る事はあるでしょうか」

 「……ある。一つ……あ、る」


 まるで、縋りつくように——。


 縋られる側であるはずの神が、地を這いながらシーの元へ来る。


 骨と皮だけになった手で、自分へと手を伸ばして来る。


 祈るように。救いを求めるように。神ともあろう者が、シーの両腕を掴んだ。


 「——私の……私の、アニマを、返せ……返して、くれ、シー……」

 「……出来ません・・・・・


 震える唇。僅かに涙ぐんだ声と共に、ゆっくりと動き出した口元から紡がれる言葉。言われるまでも無く、ミーダスがそう言うであろう事は理解していた。


 ——当然、その答えもシーの中では決まっていた。


 「……オレには使命があります。『邪神ウルを倒す』という使命が……それは他でもない……貴方たち神々が望んだ事です」

 「……」

 「……だから、それだけは出来ません」


 シーがそう強く言い切ると、ミーダスは最後の希望を打ち砕かれたかのように、僅かに視線を落とし、一拍の間を置いた後わなわなと唇を震わせ、「——っぁ」と、怒りの込もった表情で何かを叫ぼうとした。




 「——もう問答は十分だろう?」




 ゾッとする声が響いた。


 「——っ……」

 「何て顔をしているんだ、シー……千年ぶりの再会じゃないか? もっと喜んで欲しいものだよ」


 唐突に現れたその黒い男を見た全員が、言葉を失って固まった。


 ミーダスの声を遮るように塔内に鳴り響いたその声を、シーは知っている。その声の主が誰なのか、忘れる筈も無い。……だが、その声を知っていなくても目の前に現れたその存在——が、いったい誰なのかをその場にいた誰しもが理解したはずだ。


 「……邪神・・ウル・・


 罅割れた黒い皮膚に、襤褸布を纏った不気味な姿の男——邪神ウルの名を、シーは呆然と呟いた。


 「……」

 「怖い顔をするなよ、シー。言っただろう? 千年振りの再会だ! もっと喜び合おうじゃないか? ククク……私は嬉しいよ、二度とは会えぬと思っていた仇敵に、会えることが出来たのだから」

 「……、オレは……オレは、もう二度と会いたくなかったです……」

 「そうかい? それは残念だ!」


 心底嬉しそうに声を上げたウルは、大きく腕を広げた。


 「さて? 折角の再会……本音を言うのであれば、豪奢なパーティーでも開きたいものなんだがね——生憎、そんな時間も無いんだ。なにせ、目の前で一人……大切なミーダス友人が消えようとしているのだから」

 「……」

 「だから——代わりと行ってはなんだが、プレゼント・・・・・を用意したんだ、シー。君への……プレゼントだ」


 芝居がかった身振り手振りでつらつらと喋るウルは、カツン——、と。先程までミーダスの寄り掛かっていた棺桶を指で突く。言いしれようのない嫌な感覚に包まれたシーは、反射的に身構える。


 その様子を満足したのか、ニィ、と不気味に口角を吊り上げたウルは、「——さぁ、ミーダス。開けてくれるかい? プレゼンターは君だ」と、視線をシーからミーダスへと移した。


 「何時の世も、全ての寄る辺を失った者が最後の最後に縋るのは……『死』か『暴力』だ。十分悩んだはずだよ……もう、答えは出ているんだろう?」

 「……、あぁ……そうだな・・・・


 邪神ウルの問い掛けにそう答えたミーダスは、最後の力を振り絞って棺桶の方へと這って行く。悔し気に歯を食い縛って棺桶の蓋に手を掛けた彼は、乱暴に蓋を開け放ちながら消え入るように叫んだ。


 「もうっ、知らん……! 人間の事など……!」


 大理石の白い床を転がった棺桶の蓋が叩き音が反響する。得体の知れない棺桶の中身を警戒し、シー達は全員、弾かれたように戦闘態勢を取った。


 「——さぁ、千年振りの再会だ・・・・・・・・。喜んでくれ、シー?」


 ……そして、スゥ——、と。


 邪神ウルの不気味な言葉を合図に、ゆっくり何かが這い出て来た。


 闘剣グラディウスを持った一体の首の無い死体——邪神の眷属だ。


 尻尾があるのを見たところ、獣人・・である。


 「「「「……」」」」


 その姿を見た瞬間の感覚を何と表現すればいいかは分からなかった。胃の腑から脳までを怖気が走るような、そんな感覚。ただ——その場にいた全員が、その存在から目を話す事が出来なかった。


 一目で理解してしまったのだ。その邪神の眷属の、底知れない実力を。


 「……シー、ちゃん。テラ、ちゃん。あの、じゃしんのけんぞく……天狼族・・・だ」


 誰も言葉を発する事が出来ない中、ウィータだけが恐怖と驚愕が入り交じったような震える声でそう呟いた。


 「……ねぇ、あれ……だれなの……?」

 「「……」」

 「……? シーちゃん、テラちゃん……?」


 その問い掛けに、シーもテメラリアも答える事が出来なかった。


 ウィータの質問の答えを知らなかった訳ではない。寧ろ、その逆——その答えを知っていたからこそ、答える事が出来なかったである。


 「うそ、だろ……」


 長い静寂の中、ようやくシーの口から出たのはそんな言葉だった。


 知らず知らずの内にゆっくりと前へ踏み出した彼は、全身から力が抜け落ちたような感覚に陥り、思わずその場にへたり込む。目の前に現れたその邪神の眷属から目が離せず、震える瞳孔にその姿を移す。


 ——それは、何度も何度もこの目に映した姿だった。


 首は無いが、その立派な緋色の尻尾・・・・・には見覚えがある。やたらと古めかしい服装を着ているが、あぁ……間違いない、彼の大英雄の服と同じ物——皇帝クラスの身分の高い人物が来ていた服だ。


 これ程のタダならぬ空気を放ちながら、高い身分につき、尚且つ天狼族——そんな条件に当て嵌る人物なんて、シーはこの世でたった一人しか知らない。


 そう。そこに立っていたのは。


 「……ベオ・・


 紛う事なき天狼族の大英雄——ベオウルフ・・・・・だった。

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※後書き

次の更新は、4月21日20時30分です。

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