幕間‐開幕

 「——クソがぁ……っ!!」


 エドモンド商会の敷地内にある離れ、シャーウッド傭兵団駐屯地。


 食堂で飲んだ暮れていたハンス・シュミットは、もう何度目になるか分からない悪態を吐きながら、近くにあった椅子を蹴飛ばした。右手に持ったグラスを一息に呷り、空になったそれに注ぎ入れる為、テーブルに乗ったエール瓶を持とうとする——


 「……っつ……っ」


 腕全体に痺れが走りエール瓶を床に落としてしまう。ぼろ布が巻かれた自らの震える手を、驚きと焦りが入り交じった様な表情でまじまじと見た彼は、脳裏に過ったウィータとの戦い——自分を腕を切り裂き、ゴミでも見るような目つきを向けて来た天狼族の姿を思い浮かべる。


 「ふぅ、ふスぅ……っ——」と、歯の間を通り抜けた空気が高い音が鳴らす程に荒くなった息を吐きながら、次の瞬間、沸き上がって来た怒りに身を任せて、グラスを地面に叩きつけた。


 「あ゛ぁあァァァ……っ!!」と獣のように叫ぶ彼。行き場の無い怒りをぶつけるように、辺りにあった家具やインテリアへ手当たり次第に当たり散らすと、最後は肩で息をしながら、椅子にドサリと座り込み、「おいっ! 誰か酒持って来い!」と叫び、両手で頭を抱えた。


 「……、……ぁぁあ゛っ! 誰もいねぇのかよ! 返事しやがれぇ……!?」


 何故か返事がない。苛立ちに後押しされるまま再び叫び散らした彼だったが、尚も返事が無い様子に腹を立て、大きく舌打ちをする。仕方なく自分で酒を取りに行く為に、席を立ち上がった。


 「——お前達のせいだぞ……」


 その時だった。震える声音で突如として響いた声に、ハンスは立ち止まった。


 聞き覚えのある声だ。彼が後ろを振り向くと、食堂の入り口前に髪の毛をボサボサにした恰幅の男——ハンスの雇い主であるエドモンド・オズワールが、少し様子の可笑しい様相で立ち尽くしていた。


 少し俯いているせいでその表情は見えないが、半開きになった口元から、まるで何かに怯えるようにカチカチと震える歯が覗いており、思わずハンスは「……あ? 旦那……か?」と、一瞬だけ怒りを忘れて聞き返してしまった。


 「……どうしたんだよ? もしかしてしくじった文句でも言いに来たのか?」

 「……」

 「ハハ——心配すんな……もう二度としくじらねぇ……っ。あのガキ、ぜってぇに許さねぇからよぉっ……マックスの仇だって取らねぇといけねぇんだ……っ、あのガキぶっ殺した後、神器はぜってぇに取り換えす……! なぁに……神明裁判さえ何とかすりゃ、何とでもなる——」

 「——終わりだ・・・・……っっ!!」


 ハンスの言葉を遮るように、エドモンドが大声で叫んだ。


 「終わりなのだ……っ、何もかも!? もう遅い、遅い、遅すぎる……っ……お前達のせいで、私は……っ、私はぁ……っ……」

 「お、おい……どうしたんだよ、旦那……?」


 いきなりヒステリックに叫び散らしかと思うと、エドモンドは力を失ったかのようにシュルシュルとその場にへたり込んで行く。両膝を着き、まるで祈るように俯いた彼は、両手で頭を抱え出した。


 あまりの変貌ぶりに返って冷静になったハンスは、少し困惑しながら苦笑を浮かべると「……あー、とりあえず落ち着けよ、旦那?」と、エドモンドに声を掛ける。


 「しくじったのは悪かったが……まだ裁判まで時間はあるんだ。何も、そこまで絶望する必要なんて——」

 「——違う・・……そうじゃない・・・・・・……」

 「は?」

 「もう……終わった。私は見入られてしまったのだ……とんでもないモノに・・・・・・・・・

 「何を言って——、っ……!」


 ——その瞬間だった。ガタンと、廊下の方から物音が聞こえたのは。


 弾かれるようにハンスが物音の方へ視線を向けると、ゾロゾロと沢山の人が歩いて来るのを発見した。暗がりのせいで良く見えなかったが、明かりのついた食堂の方へと歩いて来た彼らの姿を見て、ハンスは思わず驚きで眼を見開いた。


 良く見慣れた服を着ている。共に戦場を駆けた傭兵仲間が着ていたものだ。


 その服の全ては赤黒い血で汚れており、首から流れて来る流血がポタポタと床に滴っている。まるで幽鬼のように覚束ない足取りで姿を現した彼らの身体を見て見て、ハンスはすぐに——彼らがシャーウッド傭兵団の団員である事を悟る。


 しかし、一瞬だけ彼らを認識するまで時間を要した。


 理由は簡単だ。彼らを彼らと認識するのに最も単純で、明快な部分である顔——それが存在するはずの・・・・・・・・・・首から上が・・・・・存在しなかった・・・・・・・からである・・・・・


 切断の跡ではない。魔法で焼かれた跡でもない。まるで強力な力で引き千切られたかのように、存在しない頭と血塗れの首の継ぎ目には、ピラピラと縮れた肉片が垂れている。戦場でさえ見た事がないような乱雑な傷跡を見て、ハンスは驚き以上に、腹の内底が凍るような根源的な恐怖を感じた。


 「……マック、ス……か……?」


 その死体の中に、死んだはずの一番の戦友の姿を見た瞬間、僅かに残っていた戦闘の意志が完全に砕けたのを自覚する。知らず知らずの内に握り締めていた剣を手放し、ハンスはただ、ゆっくりと迫って来る死体の群れから逃れるように後退った。


 「おいっ、旦那……何だよ、これ……っ? 何なんだよっ、これぇっ!!?」

 「が来る……っ、が来るぞ……っ」

 「旦那……っ、答えろ! 答えろって……っ、おい! エドモンド!!!?」


 半狂乱に陥りながら問い掛けたハンスの言葉に、エドモンドは気付いていないようだった。その場に蹲って、何かに怯えるようにブツブツと何かを呟く彼に、ハンスは半ば縋りつくように敬称を忘れて呼び捨てにするが、それでもエドモンドが気付く様子はなかった。


 「——あまり騒がないで欲しいね?」


 その瞬間だった。耳障りな足音が響く食堂の中に、聞き慣れない声が響き渡る。


 底冷えするような声だ。ハンスの背筋に、これまでに感じたことがない冷たい恐怖心が駆け巡る。ゆっくりと振り返った彼の後ろにいたのは——全身が罅割れた浅黒い肌が特徴的な剃髪の男。


 修行僧のように骨と皮だけの身体は、凡そ人の見た目とは思えぬ程に不気味だった。ぼろ布一枚を纏った彼の姿を見た時、ハンスは恐怖心で言葉を忘れ、時が止まったかのような錯覚に陥った。


 そんな彼の首を、不気味な男——邪神ウル・・・・は、力強く握り締める。


 握り締めた手に、その痩せ細った身体から出ているとは思えない程の万力を込め、ニィ、と。不気味に口角を吊り上げながら、邪神ウルはハンスへと告げた。


 「あれが何か……見れば分かるだろう? 三秒後の君だよ、我が眷族ハンス・シュミット


 ——次の瞬間、ブチブチと肉を引き千切る音が食堂内に響き渡った。

_____________________________________

※後書き

もし、面白いと思って下さった方がいらっしゃいましたら、ブックマーク、感想、レビュー、他にも評価していただけると、今後の創作活動の励みになります!

次回から『第五章:厄災の獣編』が始まりますので、今後とも読んで頂けると嬉しいです!


次の更新は、4月15日20時30分です。

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