第16話‐潜入作戦②

 「ったく……また外で騒いでやがるのかよ、アイツら」

 「暇な連中が羨ましいね……俺らはせっせと仕事してんのにさ?」

 「全くだぜ……外の浮浪者共に分けてやりたい位だ」


 ハハハハハ! と、長い廊下に品の無い笑い声が響き渡る。


 おそらくはエドモンド商会で雇っているというシャーウッド傭兵団の構成員だろう。簡素な武装の下に、公職ギルドの拠点ロッジで見たタータン柄の肌着が見える。


 今は休憩中なのか、それともサボっているのか……。小剣と銃を脇に置いた彼らは、ワインの入ったグラスを片手に、簡素な一室で談笑に耽っていた。


 (——こちらウィータ、こちらウィータ……よーへいさん二人をかくにん。完全に油断しています……こっちの道は安全です!)

 ((……))


 そんな彼らの談笑にコッソリと聞き耳を立てる者が一人。


 中は食堂か何かなのかなのだろう。そこそこ広い部屋になっており、別の部屋と繋がる扉が幾つかついている。ウィータはその中の内うの一つ——中途半端に開いた扉からコッソリと敵を確認しながら、何やら妙なテンションで念話を送って来ていた。


 何がそんなに楽しいのか、妙にウキウキした表情で、もう来ても大丈夫! とばかりに、手招きでジェスチャーをして来る。


 ウキウキとケモミミとケモシッポをフリフリするウィータを、少し呆れた表情で見るシーとカルナ。しかし、そんな視線など何のその……相も変わらず、廊下を先行して行く彼女を忍び足で追いかけた。


 (……ウィータちゃん。いくらあちらから見えてないとはいえ、ここは敵地のド真ん中です。もうちょっと、こう……控えてくれないと困ります。と、言うよりも……何でそんなにテンションが高いのですか……?)

 (……せんにゅう楽しいからです!)

 ((……))


 ウィータに追い付いたカルナの問い掛けに返って来た答えを聞き、大変なお守になりそうだな……と、彼らは無言で辟易する。


 (こちらシー、こちらシー……ジャン、聞こえるか?)

 (——あぁ、聞こえている。どうした? 何かあったのか?)

 (なんかウィータが妙にウキウキしててヤバそうなんだ……やっぱり潜入止めにしないか? すごく不安だ……)

 (……もう潜入している。それは無理だ)

 (……まぁ、そうだよな)


 思わずここにはいないジャンへとヘルプの念話・・を入れるも、返って来たのはそんな答え。分かっていたとはいえ、やはりこのまま潜入を続行するしかない状況を理解し、シーは疲れたように辟易する。


 (——切るぞ)と、念話を解いたジャンの声が聞こえなくなり、シーの意識は一人で前へとズンズン進んで行くウィータへと戻る事になった。


 ああも堂々と敵地を進めばすぐにバレそうなものだが、すれ違う傭兵たちは皆、彼女の存在に気付かず素通りしてしまう。


 しかし、それもその筈である。


 何故なら、ウィータの姿……だけではなく、シーとカルナの姿も、勿論シー達とは行動を別にしているジャンの姿も、敵からは見えていないからだ。


 (——いや、しかし……便利なものですね。まさか、認識を阻害する魔具とは……。自分は魔具が専門ですが、これは初めて見ました)

 (まぁ、オレが生きてた時代に使われてた魔具だしな)


 そう。ジャン達からの頼みで、シーはある一つの魔具に変身した。


 認識を阻害する事により、相手からはまるで透明に見えるフード付きマント……ジャンと戦った時にも使用した魔具——“ルネの透明マント”である。


 (——それよりも、オレはコレの方が驚きなんだが……。霊体アニマの疑似的なパスを開いて念話を可能にするなんて……オレの時代にはこんな便利な魔具は無かったぞ)

 (契約精霊と精霊契約者の念話や知覚能力を模して造られた、魔導都市サンマリア産の激レア品ですからね。ユースティア様の修道騎士は、全員これを首から下げる事が習わしになっているのです)

 (……え。オレ達も下げてるけど、それ……宗教的に大丈夫なのか?)

 (あー、うーん……聞かなかったことにして下さい)

 (……あっ、うん、分かった)


 あはは、と。苦笑を浮かべシーから視線を背けるカルナ。どうやら普通に不味いらしい。宗教絡みのトラブルは面倒臭い。外してしまった方がいいだろうか……?


 ……と、そんな心配をさて置き——。


 彼らがつけている魔具は一つではない。彼ら全員の首から提げられている天秤のエンブレムが彫られた首飾り——“コル・スピリトゥスの首飾り”も、正真正銘の魔具である。


 シーが聞いた話によれば、何でもこれを装着した者同士は、契約精霊と精霊契約者達と同じように、互いの霊体アニマに疑似的な繋がりパスが形成され、念話を始めとして、姿が見えなくても繋がりパスの通った相手を知覚できるという便利効果を持つらしい。


 初めてカルナ達に出会った時、自分達の姿を最初から見る事が出来ていたのは、どうやらこの魔道具のおかげだったようだ。


 何はともあれ、シー達はこの二つの魔具を使い、先程からすれ違う傭兵たちから存在を認識されず、しかし、お互いの存在を見失う事も無く、その上、離れていても念話をしながら悠々と潜入できている、という訳である。


 (——あー、あー……聞こえているか?)


 突如として頭の中に念話が響く。別行動を取っているジャンだ。


 (ジャンさん、そっちの状況はどうでしょうか?)

 (違法闘技場とその他諸々の犯罪証拠は、案外簡単に見つけられそうだ。まぁ、大方の予想通り——こっちには一般構成員と数名の傭兵しかいないようだ……やはり大体の傭兵は、そっちの神器の警備に割いてるのだろう)

 (……そうでしょうね。先程からすれ違う傭兵の数が予想よりも多いですから)

 (なぁなぁ、それよりもこれからどうするんだ? この建物、思った以上に広いし……これから神器を探すとしたら、ちょっとウィータの霊子マナが持たないかもしれないぞ? 昨日の戦いで、まだウィータの霊子マナが回復し切ってないからな……)

 (何も今日だけで神器を奪還できるとは思ってはおらん。今日の潜入では離れの大まかな地図と、警備の人数……できれば神器のある部屋を確認できればそれで十分だと思っている)

 (裁判は二週間後です。それまでに神器を奪還できれば問題ありません)


 つまり、明日以降も潜入する事になる可能性があるという事だろう。


 (ん~、それならテメラリアの奴も連れてきてよかったかもなぁ……精霊は霊体化できるから、万が一にでも捕まる可能性は無いし……)

 (む……言われてみればそうだな……悪い事をしたか?)

 (大丈夫だ。そんな事いちいち気にするような奴じゃない)


 シーが呟くと、少しバツが悪そうにするジャン。


 すかさずシーがフォローを入れると、カルナもそれに乗っかる。


 (そうですよ。お土産に豆でもあげましょう……きっと鳩さんも喜びます)

 (……いや、カルナ。テメラリアは精霊だ。豆は食わんだろ……)

 (そ、そうなんですか?)

 ((……))


 カルナの天然ボケにシー達は呆れる。ウィータの着替えの件といい……どうやら彼女は、少しズレた感性の持ち主らしい。先行きがちょっと不安である。


 (——俺はそろそろ念話を切る……分かっているとは思うが、カルナも小娘も気をつけるのだぞ? 俺達は顔が知られている上、小娘に至っては指名手配中だ……見つかったら確実に面倒な事になる)


 会話を一区切りさせるようにジャンが念話を送って来る。


 最後に念押しするように言ってきた彼の言葉に、シーとカルナは答えた。


 (えぇ、分かっています。流石の自分もそこまでバカではありません)

 (だな。姿を見られないのに見つかるなんて、よっぽどのアホか何かだろ)

 (まぁ、それもそうか?)

 (ハッハッハッハッハ!)

 (ガッハッハッハッハ!)

 (アハハハハハハハハ!)


 シー達三人は念話の中で笑い声を上げる——、シー達三人は気付いていた……先程からシー達の会話に全く入って来ない人物が一人いる事を。


 そして、その人物——ウィータの姿が、いつの間にか周囲から消えている事を。


 現実逃避の為に上げていた笑い声をピタリと止めたシー達は、その場に立ち止まってダラダラと冷や汗を流した。


 (どこ行ったアイツぅぅぅぅぅ~~~!!?)

 (とりあえず探せ! 急いで探せ! とにかく探せ!)

 (……りょ、了解しました! ジャンさんはそちらに集中して下さい! 見つけしだい連絡します!)

 「わ、分かった!」


 プツン、と。心配半分にジャンが念話を切った瞬間、シーとカルナは走り出した。


 (……全く気付きませんでしたよ! 幽霊か何かなんですか、あの子は!?)

 (こっちだ! ついて来い!)

 (分かるのですかっ!?)

 (契約精霊だからな! 霊体アニマの気配を辿れば、すぐに見つけられる!)


 契約精霊と契約者は霊体アニマが融合している状態である。少し意識すれば、大体の位置を把握する事が可能だ。


 すれ違う傭兵たちに気付かれないよう、足音と物音にだけ注意しつつ、シー達はウィータの気配を追って行く。するとシー達が辿り着いたのは、先ほど二人の傭兵が談笑していた部屋だった。


 (……はぁ、はぁ……この部屋だ!)

 (さ、さっきの部屋ですか……ウィータちゃん、何で戻ったんでしょう?)


 音をたてないよう慎重にドアへ忍び寄ったシー達は、先程よりも空いたドアの隙間からコッソリと覗き込む。


 「うぅ~ん……いいなぁ、この白ワイン! 甘めでおれ好みだぜ!」

 「だろう? でも、もっといいのはこの料理だ……俺はこの二枚貝のワイン蒸しが好きだな。一緒に入れたパン粉が良い具合に貝の旨味を吸って、良く絡むソースになってる」

 「(ひょいっ、ぱく! ひょいっ、ぱく!)」

 「そうかぁ? おれはこっちのエビ料理だな。ガーリックソースと一緒に入れたティムス・リーフのスパイスがよく効いてて最高だ……一緒に炒めた根菜も、エビの旨味とソースの塩気を吸ってて……うぅ~ん、ワインが進む、進む……!」

 「(ひょいっ、ぱく! ひょいっ、ぱく! ひょいひょいっ、ぱくぱくぱくぱくぱく!)」

 ((……))


 美味そうな料理と白ワインの入ったグラスを囲み談笑する二人の傭兵。彼らの座るそのテーブルの下に隠れ潜むウィータは、傭兵たちの視線が料理から外れた隙を狙って、料理を盗み食いしていた。


 怒りを通り越して呆れたシーとカルナ。大きく溜息を吐いたジャンが(……あー、ジャンさん……カルナです。ウィータちゃんを発見しました。これからお説教をします)と、ジャンに念話を入れる。


 (……おい、相棒。何してんだ?)

 (——むぐぅっっ!?)


 次にシーが入れた念話に驚いたのか、ウィータが喉に料理を詰まらせる。胸をトントンと叩き、口から出たエビの尻尾までを平らげた彼女は、周囲をキョロキョロと見回すと、すぐにシー達を見つけた。


 流石にやらかした事を自覚しているのか、ダラダラと冷や汗を流したウィータは、皿からエビを一匹、手で鷲掴みにする。ソースだらけの汚い手に握られたエビを、ぐちゃぁ……と、シー達の方に差し出し不格好な愛想笑いを浮かべた。


 (……し、シーちゃんたちも食べる……?)

 (要りません)(まずお手手を拭きなさい)

 (……)


❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


 (このおバカぁぁぁ!!)

 (……んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?)


 そのすぐ後、二人の傭兵に気付かれないようウィータを引き摺って来たカルナが拳骨と拳骨をウィータのこめかみに当てグリグリと回し始める。涙目になったウィータが、念話で絶叫を上げた。


 (……うぅ……だってぇ、おいしいシーフードのにおいがぁ~……!)

 (潜入前に自分といっぱい食べたじゃないですか!)

 (……シーフードは別腹なので)

 (何なのですか、そのシーフードへのこだわりは……)


 こめかみを押さえながら反省するウィータは、額に青筋を浮かべてお説教モードに入ったシーから逃れるように(シーちゃぁ~ん……)と、シーを抱きかかえる。


 (……カルナおばさん・・・・がイジメて来るよぉ~……)

 (お、おば!? 自分! まだ! 二十二です!)

 (……ごめんな、ウィータ。悪いけど味方は出来ないぜ。オレもカルナと同じでちょっと怒ってるぞ? ちゃんと、ごめんなさいしなさい)

 (うぅ……二人とも……ごめんなさ~い……)


 助けを求めるようにシーのお腹のモフモフに顔を埋めようとして来るウィータ。だが、こういう集団行動で勝手な判断は言語道断……一人の身勝手が、集団を破滅に導く事だってあるからだ。


 シーはハッキリと拒絶の意志を示す為に、ウィータがシーのお腹に顔を埋めて来る前に両手の肉球で彼女のほっぺをポムった。拒絶された事がショックだったのか、耳をダラリと垂らすウィータ……だが、ここで甘やかしてはいけない。


 こういうのはちゃんと叱らないとダメなのである、と。


 心を鬼にしたシーは、声音を低くしながら責めるように問い掛けた。


 (……何で一人で行動したんだ、ウィータ? そんなにお腹が空いてたのか?)

 (……ううん、ちがう。シーフードはついでだよ……)

 (ついで……?)

 (おば……おば……おばさん……)


 てっきり言い訳するかと思っていたシーは、ウィータのおばさん発言にショックを受けているカルナを無視して、何やら理由がありそうな彼女の反応に眉根を寄せた。


 (……コロッセオにいた時にかいだにおいと同じにおいがしたの。よーへい団の親玉からよくしてたヤツ……イチジクのにおいだと思う……)

 (……? 傭兵団の親玉って……)

 (——っ、二人とも……気配を消して下さい。誰か来ました・・・・・・

 ((っ……?))


 その時だった。


 剣呑な空気を纏った声が響き渡ったかと思うと、いきなりカルナがオレとウィータの頭を押さえつけ、地面に伏せさせる。何事かとカルナの顔を見上げると、少し焦ったような表情で食堂の中へと視線を向ける彼女の姿があった。


 これまでの道中とはまるで別人の空気感を放つ彼女に気圧され、シーとウィータも、その視線に釣られるようにして中へと向き直る。


 「——おいお~い、お前らだけで随分と楽しそうじゃねぇか?」

 「イヒヒヒ……俺たちにも少し分けてくれよ」


 ワインと料理の匂いに釣られてやって来たのだろう。別の扉から二人の傭兵たちが入って来た。先に食堂で食事を楽しんでいた二人の傭兵は、彼らの顔を見るや否や、苦虫を噛み潰したような表情をする。


 「……どっから嗅ぎ付けて来たんすかー。言っとくけどやらないっすよ?」

 「これ、俺たちが料理番に頼んで作ってもらったもんなんで」

 「そう言うなって? また追加で作って貰えばいいじゃねぇか?」

 「ワインはエドモンドから貰って来ればいい。——という訳で、一つ貰うぞ?」

 「えぇ~……」「……そりゃないっすよぉ~」


 それなりの立ち位置にいる人間なのか、二人の男——双剣を腰に差した拘りが強そうな髭が特徴的な男と、大剣を背負った短髪の大男は、幅を利かせた様子で話を進めて行く。


 彼らの強気な押しに折れたのか、先に食事をしていた二人の傭兵が項垂れる。その様子を見て、周囲の傭兵たちが子供のような歓声を上げながら、テーブルの席を占領し始めた。


 (……っ!!! ……、……アイツら、知ってる)


 ウィータがポツリと呟く。何時もより冷たい声音にシーがチラリと見ると、二人の傭兵を睨みつけるように、静かな怒りの視線を向けるウィータがいた。


 (——わたしのこと、コロッセオに売ったヤツらだ……)

_____________________________________【備考欄】

※後書き

次の更新は、4月2日6時30分頃です。

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