第24話 お茶会は桜の香り

 家の中に入るといつも暖炉の近くのロッキングチェアにドカッと大股を開いて腰掛けている蛙顔の家主の姿はなかった。


 「おっちゃんは?」

 「あの人なら見回りに行ってるわ。もう少しで帰って来るはずよ。それよりも座ってくださいな!恋人さんたちもこっちにどうぞ!」

 「ほな、遠慮なく」

 「……失礼します」


 双魔がロッキングチェアに座ると両隣に鏡華とイサベルが座った。鏡華は落ち着いているがイサベルは恐る恐るといった感じで家の中を見回していた。


 「あら、いけないっ!椅子が足りないわ!契約遺物さんは……」


 この家には二人しか住んでない上に来客は双魔くらいだ。椅子が足りなくなるのは当然だ。


 「……イサベル」

 「な、何かしら?」

 「任せた」

 「え?え?」


 双魔は少し考える素振りを見せると抱いていた女の子をイサベルに差し出した。説明も無しに差し出されたものだからイサベルは反射的に女の子を膝の上に受け取ってしまう。


 「……えへー」


 女の子はぐずることなくイサベルのひざのうえでにこにこして体を揺らしている。


 「あ、危ないわ!」


 落ちてしまうのではないかと不安になってイサベルが女の子を両手で抱いて支える。女の子は双葉をぴょこぴょこ揺らしてご機嫌だった。イサベルの手をペタペタと触っている。


 「……やっぱり……イサベルはんは懐かれてる……」


 反対側から鏡華の不満げな声が聞こえたがここは一旦流しておく。理由は何となく見当がついているので後で話せばいいだろう。


 「ティルフィング、ほれ」

 「うむ」


 双魔は空いた膝を叩きながら手招きをするとティルフィングがぴょんっと跳んで膝の上に座った。


 「双魔さん、気を遣わせちゃってごめんなさいね?」

 「いや、いいさ」

 「ありがとう。それじゃあお茶を入れましょうか!お話はお茶を飲みながらがいいもの!少し待っていてね!」


 そう言うとルサールカはくるりと回ってキッチンへ向かった。お湯を沸かし、手際よく食器を用意していく。すぐに良い香りが漂ってきた。


 ティルフィングの頭を撫でながらルサールカの後姿を眺めていると鏡華が耳元に口を寄せてきた。


 「双魔」

 「ん?」

 「あの人も精霊やろ?」

 「……精霊……確かに魔力が人間のものではないわね……」


 イサベルも会話に入ってくる。ルサールカのことが気になるのは同じようだ。


 「ん、まあ、詳しくは本人に聞くといい」


 双魔がそう言うと同時に準備が済んだのかティーポットやカップを乗せたトレーを持ったルサールカが満面の笑みでやって来た。


 「待たせてしまってごめんなさいねー!」


 トレーをテーブルに置き、椅子に座ると手際よくカップにお茶を注いでいく。


 白磁のカップを琥珀色の紅茶が湯気を立てて満たしていく。そして、ふわりと慣れ親しんだ香りが双魔たちの鼻腔をくすぐった。


 「……いい香り……」

 「これは……桜ですか?」

 「ええ!そうよ!春は桜の季節でしょう?花を摘んできて色々作るのよ。シロップだとか、ペーストだとか、このお茶とか」

 「……桜のシロップ……ペースト……もしかして……」


 何かに思い当たったイサベルが目を丸くして双魔を見た。双魔はニヤリと笑って頷く。


 (双魔君に貰ったシロップとペースト……この人が作ったものだったんだわ……)


 イサベルは思わずティーポットを手にした精霊の手をじっと見た。青白く、生きている人間とは全く違う。しかし、滑らかで繊細な美しい手だ。


 「これでいいかしら!はい、それじゃあ、どうぞ!飲みながらお話ししましょう?ああ、このお菓子も遠慮せず食べて頂戴ね!」

 「む!クッキーだな!いただくぞ!」


 ”お菓子”に反応したティルフィングがテーブルに置かれた籠に手を伸ばし、クッキーを一つ口に放り込んだ。クッキーはサクサクと音を立てて瞬く間に小さな口の中に消えていく。


 「むぐむぐ……っ!はむっ!むぐむぐ……」


 気に入ったのかティルフィングはすぐに籠の中に手を伸ばしている。


 一方、鏡華とイサベルは出されたお茶にすぐ手を出すことはなく、膝に手を置いて背筋を伸ばしていた。緊張しているのが双魔にも伝わってくる。


 (……鏡華もか……珍しいな)


 珍しく鏡華も僅かながら緊張しているようだった。が、双魔は特に何も言わずにカップを手に取り、桜と茶葉の香しさを楽しんでからゆっくりとお茶を口にした。


 すっきりとした紅茶特有の渋みの奥に桜のほのかな甘い風味が感じられる。飲めば緊張もほぐれるだろうに二人はカップを手にしようとしない。


 二人が固まっているのをにこにこと見ていたルサールカが我慢できなくなったのか先に口を開いた。


 「そんなに緊張しなくてもいいのよ?ああ、まだ自己紹介もしていなかったものね?私の名前はルサールカ。双魔さんのご厚意でここに住ませてもらっているの!だから、双魔さんの大切な人に会えてとても嬉しいわ!よろしくね!」


 胸の前で両手を合わせてにこやかに自己紹介を済ませたルサールカ。そして、その名前を聞いたイサベルはまた両目を大きく見開いて驚いていた。


 「……ル、ルサールカ?……あの、ルサールカですか?」

 「そうよ、ルサールカ。紫黒色の髪が綺麗な貴女のお名前は?」

 「わ、私はイサベル=イブン=ガビロールと言います……よろしくお願いします」

 「イサベルさんね!じゃあ、黒髪が美しい貴女は?」

 「うちは六道鏡華いいます。お見知りおきを……双魔のお世話をしてくれてはるようで、おおきに」


 鏡華は目を閉じて深々と頭を下げた。今度はそれを見たルサールカが目を丸くしていた。


 「ああ、そんなに気にしないで!私と主人の方が双魔さんにお世話になっているんだから!ね?」

 「そうですか?せやけど、双魔がお世話になった方にしっかりと挨拶するのがうちの中の決まり。これからもどうぞよしなに」


 鏡華はそこまで言うとやっと頭を上げた。ルサールカは面を喰らっていたようだがすぐにまた笑みを浮かべた。鏡華もイサベルも好印象の様で双魔は内心ホッとした。


 「挨拶も済んだことだし、お茶をどうぞ!お代わりもあるから遠慮しないでね!」

 「あ、ありがとうございます!」

 「ほな、いただきます……」

 「ええ、どうぞ召し上がれ!」

 「……美味しい」

 「……ほんまに……」

 「喜んでもらえて嬉しいわ!」


 互いに自己紹介が済み、紅茶を口にしたことでリラックスしたのかそのまま和やかな雰囲気のお茶会となった。


 「むぐむぐむぐ……ごくんっ……うむ、こっちのマフィンも美味だな!はむっ!」


 ティルフィングもテーブルの上に並べられたお菓子に舌鼓を打って楽しそうだ。


 (……ま、何事もなくてよかったよかった)


 楽しそうに話す三人を横目に、双魔はイサベルの膝の上にちょこんと座っている女の子の頭を優しく撫でてやる。


 「えへへー」


 にこにこと笑う双葉の女の子の笑顔が桜漂う、水車小屋の中の空気を表しているようだった。

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