第22話 初めての箱庭

 左文が夕飯の買い物に出掛けたころ、初めて箱庭を訪れた三人は……巨大なモノを見上げていた。


 「……す、凄い……」

 「……大きいな……」

 「……せやねぇ……」


 呆気にとられる三人。その瞳に映っているのは樹だった。天を突かんばかりのに幹を伸ばし、空を覆わんばかりに枝を広げ、青々と葉を茂らせた樹。先に戦った”界極毒巨蛇ミドガルズオルム”よりも大きい。ただの樹ではないことは一目で分かる。巨樹から発せられる清浄な魔力が空気に満ち満ちている。視線を下げて周りを見渡せば今立っている芝生の奥に鬱蒼とした森が広がっていた。


 「さて、俺の箱庭にようこそ……ってところか」


 双魔はニヤリと笑ってそう言ったが”箱庭”と言うには些か、否、大分広い。空から見ないと分からないがロンドンの街よりも広いかもしれない。


 「……双魔君……」

 「ん、何だ?」

 「こ、ここは……どういうところなのかしら?」


 イサベルは思い切り混乱していた。頭の上にクエスチョンマークが沢山浮かんでいるようだ。


 (理論的には理解してる。が、スケール的に理解できないってところか……)


 イサベルは少し柔軟さに欠けて常識に囚われてしまうところがある。頭の中はかなり混乱しているのだろう。


 「ん、言っただろ?ここは俺の”創造ブンダヒュン”で創った箱庭だ。まあ、少し広いかもしれないけどな」

 「す、少しなんてものじゃないわ!これだけの空間を維持するなんて一体っ……」

 「そこはまあ……俺も最近知ったが、”神器アーク”のおかげだな」

 「……なるほど…………」


 双魔の説明を聞いたイサベルは頭の中で絡み合っていた糸が解けたのか深く頷いた。無尽蔵とも言える膨大な魔力を生成する神の臓器である”神器”についてはイサベルも既に知っている。双魔の場合は心臓が人間ではなくフォルセティ、すなわち神の心臓。イサベルはやっと納得できたようだ。


 一方、ティルフィングと鏡華はまだ巨樹を見上げている。と、思いきやティルフィングの視線は双魔に抱っこされてにこにこしている女の子に向いていた。


 「ソーマ、あれがこ奴なのか?」

 「ん、そうだな」

 「樹は大きいがこ奴は小さいな?どうしてだ?」

 「…………それは俺にも分からん。何でだろうな?」


 双魔は首を傾げたティルフィングに合わせるように首を傾げた。女の子を抱いているので両手は塞がっている。


 「樹の精霊言うたらそないなもんやないの?木霊も子供の姿が多いし……」

 「そうとも限りませんよ?ドリュアス何かは美しい女性の姿をしていると伝えられていますし……」


 鏡華とイサベルの言う通り精霊は地域によって様々な姿で現れる。それを踏まえた上で双魔は「分からない」と言ったのだ。


 ちなみに”ドリュアス”とはギリシャの樹木の精霊のことだ。イサベルの言う通り緑色の髪の美しい女性の姿で現れると言い伝えられている。ブリタニア語では”ドライアド”、フランス語では”ドリアード”などとも呼ばれる。


 「……そもそも……この子は何の樹なん?」


 困惑しながら双魔に問いかける鏡華の眼は紫色に輝いていた。


 「ん?鏡華が見ても分からないか?」

 「せやけど……うちが見てもって……双魔、まさか……」

 「ああ、俺もこの樹が何なのか知らないんだ?」

 「知らないって……どういうこと?」

 「ん、この樹は俺の師匠に苗を貰ったからここに植えただけでな、気づいたらこんなに大きくなってたんだが……そうか」


 巨樹を見上げる双魔に合わせて鏡華とイサベルも巨樹を見上げた。生命力あふれる巨大な緑の葉がざわざわと揺れている。


 「ま、ただの樹じゃないってのは確かだな」

 「むう、お主、一体何の樹なのだ?」

 「??」


 ティルフィングが女の子に訊ねるが女の子は首を傾げるだけだった。頭に生えた双葉もぴょこりと揺れている。


 「さて、分からないことを考えても仕方ないからな。とりあえず、あそこに行くぞ」

 「あそこって……」

 「……水車小屋?」


 双魔が歩きはじめた方向には一軒、素朴な造りの小屋が立っていた。大自然の中にポツンと一軒家と言った感じだ。が、疎外されることなく木々の中に溶け込んでいるように見える。


 鏡華とイサベルが顔を見合わせている間にも双魔はティルフィングと一緒にスタスタと先を行ってしまう。


 「双魔君、待って!」


 二人は慌てて双魔の背中を追いかけ、すぐに追いついた。


 「双魔、あそこに誰か住んではるの?」

 「ん、ここの管理を任せてる……ん?……んん?」


 数歩先を歩いていた双魔は立ち止まるとゆっくりと振り向いた。その動きはどこかぎこちない。二人を見つめる表情は苦虫を食い潰したよう。双魔の顔を見た二人はすぐに察した。


 (あ、この顔は……)

 (なんか、面倒事があるって顔やね……)


 鏡華は言わずもがな、最近はイサベルも双魔の考えていることが分かるようになってきた。特に面倒事の気配を察知した時の双魔は分かりやすい。


 (……流れとは言えアポなしで鏡華とイサベルを連れてきちまった……そのうちティルフィングを連れてきて……それから順を追ってのつもりだったが……)


 双魔の脳裏に浮かぶの双魔の契約遺物に恋人、しかも二人を見て大歓迎な管理人夫妻の姿だった。喜んでもらえるのは双魔としてもまんざらではないが、こういう類の事には心の準備が欲しい。


 (……いや、まあ、今帰るのもあれだし……ああ、でも、手土産とか持ってないしな………………)


 「…………」


 双魔が何を考えているのか具体的には分からないが片目を閉じて眉間に皺を寄せてこちらを見ている。


 「ぱぱー?」


 女の子は難しい表情を浮かべている双魔の顔に手を伸ばしてペタペタと不思議そうに触っている。


 鏡華とイサベルはそんな双魔を見て、再び顔を合わせた。


 「双魔君、どうしたんでしょうね?」

 「うーん、誰かにうちらを会わせるけど、事前に言ってへんからどないしよ。とか考えてるんやと思うよ?」

 「なるほど……確かに管理している人とか言ってましたね……流石、鏡華さん」

 「ほほほ……双魔は分かりやすいさかい」


 そんなことを話しているうちに双魔は決心がついたのか、眉間の皺が消えていた。


 「……待たせて悪い……行こう、うん」


 双魔は最後に自分に言い聞かせるように頷くと踵を返して、歩き出す。


 鏡華とイサベルはそんな双魔に笑みを浮かべてついていくのだった。


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