第17話 謎の幼子?
うぇーーーーん!!!
明くる日の昼過ぎ、ブリタニア王立魔導学園から少し離れた赤レンガのアパートから泣き声が響き渡っていた。小さな子供の如何にも元気いっぱいな泣き声だ。しかし、不思議なことにこのアパートには小さな子供など住んでいないはずである。
「む?なんだ?ソーマの部屋から聞こえてくるぞ?」
「…………」
初めに泣き声に気づいたのはティルフィングだった。浄玻璃鏡も気づいたのか閉じていた眼を薄く開いた。続いて鏡華と左文の耳にもはっきりと泣き声が聞こえた。
「小さい子の泣き声みたいやけど……双魔の部屋から?」
「我が見てくる!」
「あっ、ティルフィングさん!」
ティルフィングは左文が止める暇もなく座っていた椅子から飛び降りるとテテテッと階段を昇っていった。今、部屋の主である双魔は出掛けている。
「……誰かいるのか?ここはソーマの部屋だぞ……む!?」
そーっと双魔の部屋のドアを少し開いて部屋の中を昇気込んだティルフィングは驚いて目を丸くした。
とんっとんっとんっ……
「ティルフィングはん?何かいたん?って……あらぁ?」
後に続いて昇って来た鏡華も部屋を覗き込むなり、驚き、そして何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
ティルフィングと鏡華を驚かせたものそれは…………双魔のベッドの真ん中にちょこんと座っていた。年の頃は二歳か三歳くらいだろうか。萌黄色のふわふわとした髪の毛を肩辺りまで生やした小さな子供が口を大きく開けて泣き叫んでいた。身に纏った服は麻か何かで編んだような簡素な服。何よりも目を引いたのはその子の頭からぴょこりと生えている生命力溢れる大きな双葉だ。それを見るに明らかに人間ではない。不思議な魔力を放出しているようにも感じる。
「うぇーーーーん!!!…………?」
「む?……キョーカ、こちらに気づいたようだぞ?」
「……せやねぇ……」
頭の双葉を揺らしながら泣き叫んでいた子供はドアの隙間から自分を隠れ見ている存在に気づいたのか泣くのを止めてじーっと視線を送って来た。
「出て行ってもよいのか?」
「……危ない感じはせぇへんし……とりあえず話してみよか……」
ティルフィングと鏡華は顔を合わせて頷き合うとドアをゆっくりと開いた。
「…………」
姿を現した二人を双葉を生やした子供はじーっと見つめている。
「お主、何者だ!?ここは双魔の部屋だぞ!?」
「あっ!ちょっと!ティルフィングはん!」
「む?どうしたのだ?」
「そない大きな声出したら……」
小さな子供には人見知りしないのか堂々と子供に話しかけるティルフィングを鏡華は止めようとしたのだが既に遅かった。
「……う……うぇ……ひっく……うぇ…………」
子供は驚いてしまったのか大きな目に涙をためて、またしゃくり上げはじめてしまった。頭の双葉がゆらゆらと揺れる。
「あー!泣かへんで!うちら怖くないよ?な?」
「……びえぇぇぇぇーーーーん!!!」
「……ああ…………」
鏡華の宥めも後の祭り。また大きな声で泣きはじめてしまった。
「お二人とも、泣き声が止まないようですが……」
そこに左文が階段を上がって来た。二人がなかなか降りてこないので心配になったらしい。
「左文はん……」
「坊ちゃまの部屋にどなたかいらっしゃいましたか?……あら、どうして幼子が……」
戸惑う鏡華など気にせずに左文は部屋に入ると手慣れた様子でベッドの上の子供を抱き上げた。
「ふふふっ、元気ですね。幼子は元気泣くのも仕事です。よしよし……」
「……うぇ……ぇ……ぐすっ……ぐすっ……」
泣き叫んでいた子供は左文に抱かれて軽く背中を摩られると段々と泣き止んでいった。その様子を見て鏡華は再び驚いた。
「左文はん……」
「はい?」
「その子……」
「?ああ、左文も存じませんが幼子の世話を見るのは得意です。坊ちゃまはこのように元気にお泣きになることはありませんでしたが……鏡華様、この子について何かお分かりですか?」
言われてみれば左文は双魔の傅役だ。子供の相手は得意で当然だった。
「……ああ、うん……見てみたけど双魔の……使い魔か何かなんやろか?……双魔に関係あるんは間違いないと思う」
「左様ですか……そうしましたら坊ちゃまがお帰りになり次第お話を聞きましょうか」
「ぐすっ……ぐすっ…………」
「よしよし……坊ちゃまがお帰りになるまでいい子にしているのですよ……」
左文は双葉の子供をあやしながら階段を降りていく。ティルフィングと鏡華もそれに続いた。
鏡華は何とも言えない表情、ティルフィングは興味津々といった様子だ。
(……子供……双魔の部屋に小さい子……あの子何なんやろ……)
「あれが”赤ちゃん”というやつか?少し大きかったが近くで見たのは初めてだ!頭に生えている葉っぱも不思議だな?」
兎にも角にも双魔が帰って来ないと何も分からない。子供が何者なのかほとんどが釈然としたまま三人は双魔の帰りを待つのだった。
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