第29話 凍てつく戦場

「そ、そんなぁ!爆発が直撃したのに全然効いてない!?こんなのどうすればいいの?」


 水無瀬さんが絶望に満ちた声色で呟く。もう実況に集中する余裕もなさそうだ。


“こいつ無敵か?”

“堅すぎるだろ”

“これはマジでヤバいのでは”

“早く逃げて”


 コメントも勝ち目の薄さを悟ったような発言が多く流れている。でも、出口までの道を塞がれた今は逃げることすらも難しい。


「アッキー!物理攻撃も爆弾も効かないのはキツイよ!ここはアタシが囮になって逃げる時間を稼いだ方が良くないか?」


 まひろさんがそう言いながらこちらに駆け寄ってくる。


 爆炎の中から出てきたドラゴンの身体は全くの無傷ではなかった。でもあの爆発がほとんど効いてないとなると、体力を削ってから『瞬間移動テレポーテーション』で倒すいつもの手段が使えない。


 もう生きて帰るには誰かがドラゴンを引きつけるしかないのかもしれない。そう思い始めた時、気になるものが目に飛び込んで来た。


「まひろさん、その斧。ちょっと見せてくれる?」


「え、いいけど。どうかした?」


 彼女が持っていた斧をよく見てみる。


「この斧の刃先、凍ってる」


 なぜか斧の刃の部分だけが、薄い氷で覆われていた。


「ホントだ。なんで?っていうかいつの間に?」


 まひろさんもいつからこうなっていたのかは分からないみたい。でも、この状態のまま攻撃したのだとしたら、ダメージが通らないのも頷ける。


 あのドラゴン、まひろさんの武器を凍らせて攻撃を無力化したってことなのかな。でも、どうやって……。


「まひろさん。ちょっと確かめたいことができたから、もう一回別の武器で攻撃して見てくれるかな」


「ん、よく分かんないけど、了解!」


 まひろさんは『武器創出アームズクリエイション』で長剣を生成し、迷わずドラゴンに向かって駆け出した。


 私は『風精霊の加護シルフブレス』でドラゴンの視界に入る場所へと飛び出す。


 ドラゴンはまたしてもブレスを繰り出そうと息を吸い込み始めた。上空から『束縛の雷撃バインドブリッツ』をドラゴンの顔にめがけて打ち込む。すると、ドラゴンは私の方に狙いを定めた。


 『風精霊の加護シルフブレス』で加速して身体をよじり、放たれた絶対零度の息吹を回避。凄まじい冷気が辺り一帯に振りまかれる。


 その隙にまひろさんが再びドラゴンの胴体に向かって跳躍した。彼女の剣はもちろんまだ凍っていない。


「今度こそっ!」


 まひろさんが両手で握った長剣をドラゴンの身体に突き立てた瞬間。やはり奇妙な甲高い音が鳴り響いた。


「えっ!?剣が凍った?」


 まひろさんが驚きの声を上げる。遠すぎてなにが起きたかは分からない。まひろさんとアイコンタクトを取って、2人して速やかに荒木田さんの下へ一旦避難する。


 見ると、剣の先端に氷の膜ができていた。


「まさか身体に触れた途端、剣が凍りつくとか。どうなってんの?」


 まひろさんの言葉でようやくあの防御力の高さの正体が見えてきた。


「たぶん、あのドラゴンの皮膚は接触したものを凍らせるほどの冷気を帯びてるんじゃないかな。だから、直接触れる武器攻撃や炎攻撃に抵抗力があるんだと思う」


「それマジ?じゃあ、やっぱりどうしようもないんじゃ……」


 まひろさんはドラゴンの動きを警戒しながら落胆の表情を見せる。そこで荒木田さんが希望の言葉を口にした。


「いえ。見たところ『時限爆炎弾頭タイマーフレアボム』の爆発は完全には防げていないようです。つまり、ダメージは少なくても一時的に冷気を中和することはできていたと考えられるでしょう」


 まひろさんは荒木田さんの言葉に振り向く。


「なら、爆弾をうまく使えば倒せるかもってこと?」


「ええ。『時限爆炎弾頭タイマーフレアボム』を交えた波状攻撃でダメージを与えて行く。現状、それが一番の突破口でしょうね」


 荒木田さんが『亜空障壁ハイパーバリア』でドラゴンのブレスを防ぎながら作戦を告げる。


「よし、じゃあやってみよう」


 私は早速『時限爆炎弾頭タイマーフレアボム』を生成した。まひろさんは今度は槍を創り出して雪原と化しつつある戦場に飛び出して行く。


 私はブレスを使って隙だらけになっているドラゴンの正面に転移して『束縛の雷撃バインドブリッツ』を命中させる。そして、そのまま両手に持った爆弾をドラゴンの足元に転移。


 二重の爆発が巻き起こり、ドラゴンの姿が炎の中に消える。まひろさんは一定の距離を保って攻撃の機を伺う。


 再びドラゴンが燃え盛る火炎の中から現れた時、まひろさんが疾風のように突撃した。


「これならどうだっ!」


 まひろさんが大きく身体をひねって繰り出した一撃が、ドラゴンの胴体へとついに突き刺さる。しかし、ドラゴンはそれでも微動だにしない。


「なっ!?」


 冷気の盾を潜り抜けてもなお、ドラゴンの頑健な身体が壁となった。槍の一刺しは皮膚を貫いたのに、それ以上深く食い込むのを強靭な肉体に阻まれてしまう。このドラゴン、頑丈すぎる。


 仕方なく槍を引き抜いてまひろさんが離脱した時、ドラゴンが不意に大きく翼を広げた。


 身構えるより速く空を切った翼により、凄まじい吹雪が巻き起こる。いや、これは雪じゃない。無数の鋭利な氷塊が突風に乗って吹きつけてきた。


 ブレス一辺倒の攻撃パターンのせいで、完全に油断していた。


 反応することすらできなかった。気が付いた時には、氷の弾丸が私の脇腹を貫いていた。

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