第2話 衝撃の生配信
《水無瀬しずく視点》
その日、わたしこと
「それじゃあ。わたし、今日は配信があるからダンジョン行ってくるね」
「しずくちゃん、すごいねぇ。ほとんど毎日行ってるじゃん」
「さすがは現役女子高生配信者って感じ?」
「たまにはアタシらとも遊び行こうよ~」
「仕事だからね。配信は頻度が命だし。また今度、時間作るからそのときね!」
大きく手を振ってみんなと別れ、わたしはこの街の中心に鎮座するダンジョン、『サイト21』に向かった。
発見された順に番号を振っただけのシンプルな名前は使ってていつもムズムズする。もっと可愛い名前にしたら映えるのにもったいないよね。
ダンジョンに着いたら、入る前に配信の準備を整える。
高性能の超小型アクションカメラに、わたしの美声をお届けする高級マイク。そして、配信のコメントを拾うためのイヤホン。コメントの読み上げ機能のお陰で、手が離せないダンジョン探索でも簡単に配信ができるのはありがたい。
「よしっ、準備オッケー!」
ダンジョン配信は始めてまだ2ヶ月くらいだけど、反響は上々。
危険が伴うダンジョンは誰でも行ける場所じゃない。だから、探索の様子を見たがる人たちも当然多くなる。平均同接は1万人をキープできてるし、このコンテンツは今後も伸びが期待できそう。
これからの展望に胸を膨らませながら、私はダンジョンに潜って行った。
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「大丈夫ですか!」
真っ暗な視界の中で、遠くからぼんやりと声が聞こえた。
わたし、どうしたんだっけ?
たしか、ダンジョンの中層まで進んできて。そしたら急に大きな化物が現れて……。
“しずくちゃん大丈夫!?”
“はやくにげて”
“サラマンドラはヤバイって!”
“救助隊呼ぶ場所どこ”
“Sランクは相手にしちゃアカン”
ひっきりなしに読み上げられるコメントの声が耳に入ってくる。
そうだ、はやく逃げないと。腕に渾身の力を込める。でもピクリとも動かない。
やっとのことでなんとか瞼を開けると、とたん眩い炎の赤が視界に飛び込んで来た。
そしてその光の向こうでは、トカゲの化物が大きく口を開けている。
開いた口から灼熱の色が赤々と燃え始めた。
“逃げて逃げて!!”
“しなないで”
“ダメえええええええ”
“神様助けて”
“おわった”
阿鼻叫喚のコメントを聞きながら、それでもわたしの体は微動だにしない。
迫りくる恐怖に震えることすらできない。
わたし、こんなところで終わるの?
信じたくない。なのに、無常にも真っ赤なブレスが眼前に迫って……。
その時、突然景色が変わった。
視点が高くなった?わたしの視線の先にはサラマンドラの姿が見える。
でも、さっきと見えている角度が違う。わたしを見下ろしていたサラマンドラを、なぜか今はわたしが見下ろしていた。
そして、サラマンドラはあらぬ方向に向けて、ブレスを吐いている。
“ラグった?”
“編集かよ冷めるわ”
“ワープした?”
“しずくちゃん生きてる!?”
“時間飛んだ”
コメントのみんなも困惑してる。まるで瞬間移動したみたいな、不可思議な現象に頭がついて行かない。
それでも、意識がだんだんはっきりしてきて、そしてふと気づく。
私の身体になにかが触れている。そこに誰かいるの?
「ごほっ、わたし、生きてるの?」
咳き込みながら、そこにいる誰かに向けてわたしは思わずそう確認せずにはいられなかった。
「うん、大丈夫だよ。安心して」
女の子の声だ。わたしはゆっくりと視線を上げてその姿を捉えようとする。
その子はこちらを見て薄く微笑んでいた。
「ちょっと待っててね。今あいつを倒してくるから」
そう言って、彼女は一歩前に出る。と、その姿が掻き消えるように見えなくなった。
なにが起きたの?うろたえながら、視線を迷わせる。
あっ、いた。いつの間にか、彼女はサラマンドラの正面に移動している。
でも、サラマンドラはまたしてもブレスを使おうとしていた。巨大な口の中からみるみる炎が沸き上がってくる。かなり離れているはずなのに、周囲の温度が明確に上昇していくのを感じる。このままじゃ、彼女が危ない。そう思った瞬間だった。
突然、サラマンドラの顔面に穴が開いた。
「えっ?」
そのまま、地響きを轟かせながらサラマンドラはあっけなく倒れ伏した。
少し遅れて、今の映像を見た視聴者たちからの反応が聞こえてくる。
“救助隊の人?”
“え、消えた”
“サラマンドラ死んでね?”
“これマジ?”
“なにが起きたのこれ”
“なんも見えんかったわ”
“恐ろしく速いグーパン(致命傷)”
沸き立つ視聴者の声が次々と流れていく。
やがてコメントが歓喜の色に染まる頃には、わたしも目の前の現実を噛み締めていた。
わたし、助かったんだ。
しばらくして、ひらりと軽快な足取りで戻って来た命の恩人に、わたしは感謝を述べる。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして。とりあえず、もう安全だからゆっくり休んで大丈夫だよ」
その言葉で緊張の糸が切れ、一気に力が抜ける。
意識が遠のいていく中で、わたしは彼女の顔を見つめる。
視界が暗転するその瞬間まで、彼女はその優し気な表情を崩さなかった。
そして意識を手放す直前、わたしは思った。きっとこの配信は伝説になる。
インフルエンサーとしての直感がそう告げていた。
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