第6話 お手紙
マックスは順風満帆だった。
G退治の薬は特に南部でよく売れ、『退
『
Gシリーズはご家庭向け、建築資材向けはKシリーズ、薬関係はMシリーズ等々、様々なネーミングで、マックス商会から次々と販売された。
総称、
愛Gリーナ・シリーズが、国内のみならず、フリージアでも爆発的に売れ始めるに至って、マラテスタ侯爵夫人は、複雑な顔をし始めた。
「なに? このネーミング。誰が付けたの」
「マックス商会の会長の、マックス様でございましょう」
契約に携わったギルド長は、威厳溢れるマラテスタ侯爵夫人に呼びつけられて、ビビりまくって答えた。
ネーミングの理由は、正直、わからない。
「そりゃマックス商会が付けたんだと思うわ」
自分がつけた訳じゃないことは、自分が一番よく知っている。
「だからこそよ。なんで、作ったのがアンジェリーナだってバレたのかしら?」
リナがヤケクソで作りまくった百以上の様々な薬が、今、大々的に販売されて、しかも大人気なのである。
「偶然ですかね?」
思い当たることがまるでないギルド長は、唯一の可能性を口に出してみた。
「そんな訳ないでしょう!」
しかし、そんな訳、あったのである。
天使はマックスの前から消え去った。
マックスがキモ過ぎるから。
商売が大成功して、それはそれで嬉しかったが、自分がキモ過ぎて逃げられたマックスは傷心だった。
「愛……する天使……天使と呼んではダメだ。キモいらしい。俺のシリーズはGで、天使の名前は、実は……リ、リナ。リナたん」
心の中でつぶやくのすら、恥ずかしい。嬉しいけど、恥ずかしい。
なんだか自室にこもって、勝手に一人でうめいたりニマニマしている若旦那様。
今やお金に不自由がなくなったマックスは、ワトソン商会の別邸を出て、店舗のそばに家を借りて住んでいた。
料理女も新しく雇ったのだが、その女がハンナに聞いた。
「若旦那様っておいくつでしたっけ?」
「ええと……二十二?」
結構な年だった。少年とは言えない。やっていることは初恋の少年みたいでアレだが、見た目は中年でも通る気もする。年齢不詳の人物だ。
新たに雇用された料理女としては、明らかに坊ちゃまかわいいハンナの手前、一言何か誉めなければならず……。
「シンデレラ・パーティーで、今をときめく隣国の王子様と同い年ですね!」
年だけは。
名前を呟くだけで煩悶しているマックスと、国中の美女を呼び集め、悠然と美女コンテストを開催した王太子殿下……。
同じ年でも、差は大きい。
「俺の天使……」
“来世も一緒に。世界中のどこにあなたがいても、私は必ず探し出す”
(心の声)
そもそも今世でも、一緒になっていない。と言うか見つけ出せていない。
幸いなことに、ドアの外から様子を密かに窺っているハンナと料理女に、呟きは聞こえなかった。
Gは俺の運を開いてくれた。リナはその根源とも言える源。愛する天使(照れ)
この二つをセットにして、冠に愛をくっつけた。
俺って天才?
商品が売れれば売れるほど、リナの手元にはお金が流れ込んでくる。
リナは、当初は知らなかったものの、自作の薬が大々的に売り出され、国中の隅々で使われていると知ると喜んだ。しかし、ネーミングには閉口した。
自分の名前とGがセットにされている。
なんだか嫌。
G退治の薬に愛って要る?
そして末尾のリナって、どういうこと?
ついに、リナはマックス商会に改名命令を下してしまった。
人のネーミングに物申すなんて、好ましくないことはわかっている。
しかし、Gとセットにされた上、頭に愛が付くなんて嫌過ぎる。
伯母に依頼して、ギルド長に回し、さらにパーカー博士へ下命すると言う、すごく遠回しなやり方で伝えるしかなかったので、ものすごく時間がかかった。
「では、マイ天使リナで」
マックスはシリーズものの名前を変えろと迫る手紙を読んだが、なんて名前に変えますか?と聞くパーカー博士に向かって、キッパリ答えた。
「リナは私が愛する人の名ですので」
「へー。そんな人いたの」
パーカー博士はびっくりして、思わず素でそう言った。
マックスは、ペンを取るとさらさらと新たな命名を書き記し、さらに、さらさらさらさらと、理由も付け加えた。
そのあと、返事を特急でギルドへ送り返し、ギルドは、変えてもらって、ああよかったと、胸を撫で下ろした。
マックスが、愛Gリーナシリーズに執着するもので、簡単には名前を変えてもらえないんじゃないかと心配していたのだ。
喜んだギルドは、この朗報を大急ぎで(運悪くマラテスタ侯爵夫人が不在だったので)そのままロビア家の屋敷に転送し、まずいことにリナが不在だったため、机の絵に放置され、忙しいくせに暇さえあれば、ロビア家にやってくる若き王太子の目に止まってしまったのだった。
「マグリナから? 男の手(筆跡)だな」
なんでも疑う男がいるとしたら、それが、イアンである。
『製作者様
いつも素晴らしい薬をありがとうございます。
名前を変えろとの仰せでございますが、実は、私には生涯を共にしたい女性がおりました』
なんだつまらねえ、人の恋バナに興味ねえしと捨て置こうとしたイアンだったが、ジュース売りのリナと言うセリフが目に入って、真剣になった。
『愛する人でした。その方のために愛Gリナシリーズと言う名を選んだのです。これがダメなら、もはや愛しいリナ一択。マグリナの王都でジュースを売っていた愛らしくて美しい、マイ天使リナ。私の商品のシリーズ名は、その人の名そのままを使いたい』
「誰じゃ、コイツ」
『マグリナのみならず、フリージアでも、いえ、全世界にこの愛を知らしめたい。愛ラブマイリナ。私の天使。G退治には愛ラブマイリナシリーズをぜひお使いください!!! いい名前だと思います! マイ天使リナ』
何回、その名を書き続ける気だ、このクソ野郎。
『でも、愛しのリナは行方不明。いつの日か、全世界に轟わたるこの商品の、名前の理由に気づいて欲しい。実は、プロモーションを兼ねて、懸賞大会を開こうかと思っています。その名も『リナを探す会』』
もしかして同類。
マックスは、興が乗ってくると、書き散らすタイプだった。
想いを込めて、馴れ初めから現在の高揚した想いをすべて書き綴った。
『私は生き別れになったリナを探しています』
お前のもんじゃないし。余計イライラさせられた。何が生き別れだ。
最後尾と書いた看板を持って立っていたこと、早朝から夕方店じまいの時まで、ずっと物陰から見つめていたこと、雨の日も風の日も、炎天下も、凍えるような日々も。
「超キモい」
『私の天使はけなげでした。お金がいるようで、懸命に商売をしていました。かわいらしい容貌に心惹かれたのは確かですが、私は彼女の必死な様子に心惹かれたのです』
「リナ……」
イアンは反省した。マックスのことで反省したのではない。改めてリナを想ったのだ。頬っぺたを赤くしてまで、イアンに尽くしてくれたかわいいリナ……
「そんなリナに俺は何をしただろうか……」
すべては俺のために……
リナ、全力で大事にするよ。俺の天使。
誓いを新たに、一人で感動しているところへ、マラテスタ侯爵夫人とリナが戻ってきた。リナの声がする。
「あのネーミングは嫌なのよ。変えてくれるように頼んだの。それに、王太子妃だとばれたくないし」
「また、変なネーミングにしてなければいいけど。センスゼロじゃないの、マックス商会の会長は。大した問題ではないけど」
イアンは我に帰った。
いやいや、この問題は切実だ。
誰がマイリナだ。リナはイアンのものである。ほかの誰にも使わせるものか。
「今度は、愛ラブマイリナ・シリーズだとか言ってきた」
「え?」
また来てやがる、この王太子、とマラテスタ侯爵夫人は口の中でつぶやいたが、Gシリーズの名前の件が、一番反応しそうな人物にバレてしまったらしい。
「許せん。あの黄色のシャツ野郎」
は?
「マックス商会会長の正体は、あの黄色いシャツの男だった」
「まさか」
「本当だ。手紙が微に入り細に入っている」
リナも読んでみた。
…………
読まなければよかった。
「黄色のシャツ野郎?」
マラテスタ侯爵夫人にはわからなかったが、リナにはわかった。
あいつか……
「薬の発明者が私だって知って言るのでしょうか?」
「リナが僕の妻だってことは知らないらしい。もちろん薬の製作者だってことも知らない」
(注:この話は結婚前)
まあ、でなければ、こんな大胆な手紙を送ってきたりしないだろう。
「普通に不敬罪で縛り首で」
イアンが忌々しげに言った。
縛り首って、普通なの?
いや、しかし、死なれては困る。キモいけど。
「あの、でも、私の開発した商品を必要な人たちのところに、届けてくれる有能な商人なの」
リナが言った。
やっぱり、自分の開発した商品が評価されて大人気になるのはとてもうれしい。
マックス商会は、儲かる王都周辺だけの販売に注力せず、手間で利益が薄くても、必要としている山間の村などにも、商品を届けてくれる。
ワトソン商会の義兄には嘲笑されていたが。
リナは、兄弟同士の確執なんか知る由もなかったが、ギルド長から伯母あての手紙でマックス商会の方針を知り、好感を持っていた。
「余計許せん」
イアンは、その同じ紙に上から商品名を書き足した。
『マックスリ』
これでいいだろ。薬屋だしな。
「あのう、商品名ではなく、シリーズ物の総称が必要だと言うことで……」
恐る恐る、その場にいたセバスが意見を言った。
『マックスリーズ』
イアンは無造作に書き足した。
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