秋空に別の顔
「ね?ね?どうでした」
「うん、凄く面白かった。特に出演者がみんな演技力あって見所多かったね」
「でしょう!」
講演終了後のロビーで、満足そうな坂口さんの表情を見ながら、僕の脳内はサヤの事で一杯だった。
あれは絶対彼女だった。
サヤが出演していた事自体は驚くにあたらない。
レンタルファミリーが副業禁止の全員正社員なんて事どこにも書いてない。
だったら業務時間外に何をやってようが自由だ。
まして、仕事の特徴上「演技」と言う行為が共通している親和性の高い両方の仕事を掛け持ちしてるスタッフがいても不思議では無いだろう。
ただ、何というか戸惑っていた・・・
僕の中のサヤはみーちゃんを演じてもらっていたせいか、業務の顔は天真爛漫で良く笑う明るい子。サヤ自身の方も以前チラッと見た感じでは契約遵守のドライな子。
なのでサヤに感じるのは心を鷲掴みにされる演技力と魅力だった。
それが、あの舞台では明らかに違和感のある下品な大人の女性を行い、しかもどちらかと言えば端役に近い感じだ。
それに対して戸惑っていたし、上手く言えないがその扱いに「痛々しさ」のような物を感じたのだ。
「なぁ、あの『冬原早耶香』って子なんだけど」
「ああ、あの人。え?江口さんあの子が好みなんです?」
「好みって言うか・・・光ってたな、と思って」
「え?マジですか?う~ん・・・中々渋い所を突きますね」
と、困ったような表情をするので、ちょっとムッとなった。
「渋くは無いよ。彼女がなんで主演じゃ無かったのかな、と思ったくらいだし」
苦笑いしながらそう言うと、坂口さんは両手を合わせた。
「ご免なさい!ケチつけたわけじゃないんです。こういうのはそれぞれ好みがあるし、それは尊重されるべし!が観劇に対する私のモットーなんで。ただ、すいません。嘘もつきたくないんです。私あの子はそこまで・・・」
「どう言うところが?正直に教えてくれ」
いかん、エラくこだわるな。
どうやら僕はサヤとみーちゃんと混同してきてるのか?絶対ヤバいぞ。
「いいんですか・・・あ、はい、じゃあ。まず率直に言って華やかさと個性が足りない。彼女、見た目はそこそこいいし、技術面もしっかりしてるから最初は結構いい役もらってたんですけど、どうも舞台が地味になっちゃって。何やっても『この役ってあなたじゃなくて良くない?』って言うね。滑舌や発声、姿勢等々技術面は本当に良く訓練されてるんですけど、何というか・・・教科書的、優等生的なんですよ。個性が無いからいくらでも換えが効く。見た目の良さも『じゃあ飛び抜けているか?』って言うと中の上だし」
坂口さんの言葉を聞いているうち、表情がどんどん硬くなるのが分かった。
この気分は・・・ああ、そうだ。
みーちゃんが小学校の頃の授業参観で、彼女の苦手な算数の時にみんなが手を上げる中で身を隠すように俯いている後ろ姿を見たあの時。
その時の苦しさだ。
心地よかった教室の明るさが急に、うるさいくらいの嫌な眩しさに感じたあの時・・・
「・・・ご免なさい。でも、逆を言えば個性さえ出せばきっと一気に出てきますよ、彼女」
「そうだね、有り難う。こっちこそゴメン、気を遣わせちゃって」
申し訳なさそうにフォローするする坂口さんに、両手を合わせてお詫びをする。
その時、ロビーの関係者通路に近いところでざわめきが聞こえた。
「あ、出演者が出てきました。これも醍醐味なんですよ!大きい劇団だと無理だけど、こういう規模だと出演者が挨拶してくれるんです」
「へえ・・・」
なるほど、今まで見たテレビでも宣伝してる有名な舞台だと、そんな事は無かった。
冬原早耶香も出てくるだろうか。
2人で向かうと、そこには主演級の役者たちとその取り巻きだろうか。
学生風の若者から、高齢の女性まで様々な人たちが花やプレゼントを渡しながら話しかけていた。
「じゃあ私も行ってきますね!江口さんも、冬原さんですよね。きっともうすぐ出てきますよ。・・・って言うか、出演者にちょっかい出しちゃダメですよ!それは御法度なんで。江口さん結構・・・イケメンなんで心配です」
そう言うと坂口さんはバッグからチョコレートの箱を取り出して、人混みの中に向かって行った。
イケメンか。
確かにそんな事を言われた事もあったけど、今ではどうでもいい。
役立てたい相手もいない。
そう思い、ため息をついていると関係者用の通用口から冬原早耶香が出てきた。
やはり・・・
間近で見るともう疑いようが無かった。
いくら舞台用の濃すぎるメイクをしていても、見間違えるはずが無い。
冬原早耶香は役柄のせいだろうか、先ほどの主演女優と違い誰かが近づいてくる気配もなかったので、僕は心臓が破裂するかと思うほどドキドキしながら後ろから近づいた。
「あ・・・こんにちは」
彼女の背中からおずおずと挨拶すると、一瞬身体を硬くしたのち顔だけゆっくりと振り向き・・・見て分かるくらいに表情を強ばらせた。
「やあ。何て言うか、とても・・・素晴らしい舞台だった。最高だったよ」
「・・・知ってたんですか?」
冬原早耶香・・・サヤは、強ばった表情のままポツリと言った。
「い、いや、違う。職場の同僚の子に誘われたんだ。主演女優を見たい、って言われて。そしたらたまたま君が居たから驚いたよ」
なんで狼狽えてるんだ、僕は。
「そっか。あの人、人気ありますもんね」
「でも、僕は君の方が素晴らしいと思ったよ。とても扇情的な女性を上手く演じてた」
「フォローはいいです。全然似合ってなかったですよね」
どことなくふて腐れたように言うサヤに内心戸惑った。
いつも家で見る生き生きとしたサヤと同一人物には見えなかった。
「そう言うな。君は最高だった」
「あ、こっちに歩いて来てる方、同僚の人ですよね。お綺麗な方ですね。あんな人に誘われたらそりゃ、こんなマイナーな舞台にも来ますよね」
「え?」
サヤのどこか冷たい口調に混乱していると、坂口さんが隣に来た。
「お待たせしました!あ、冬原さんですね。素晴らしい演技でした。これからも応援してるので頑張って下さい」
「・・・有り難うございます」
笑顔で頭を下げるサヤを僕はどうしたものかと見ていたが、頭を下げた後サヤの所に大学生くらいだろうか、若い男性が近づいてきてプレゼントを渡して熱っぽく何か話し出したので、やむなく僕らも劇場を出た。
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