第3話 ファンレター
オックス・リーを殺したのは僕たちだ。結果的にはって意味だけれど。オックスに過度の憧れを投影し、重圧を与えたのは僕たち映画ファンだったと思うから。僕はファンレターがオックスの元気の源になると信じて、定期的に手紙を送っていたんだけど、彼にとっては毒だったのかもしれない。彼がドラッグにはまったのも、スターである自分と本当の自分の乖離を埋めて逃避するためだったのか、なんて考えることがある。だからってあんな悲劇的なラストを予想できたかっていうと、それは不可能なんだけど。映画ライターとして、多くの関係者から話を聞いて、もうこの辺で取材を終わりにしたくなった。
オックスの最期について、もっと詳しく知りたかったはずなんだけど、広く世間に知れ渡った事実がすべてでいいよね、と思えてきたんだ。他に彼について語ることなんて何もないって。誰もが知る不世出のアクションスター、銀幕の中では最強の男。でも、本当は身体と心に悩みを抱え、幼少期のコンプレックスから抜け出せずにもがいていた。それでいいじゃないか。
映画ファンでありオックス・リーのオタクである僕は物書きでもあるから、オックスについての新事実ならなんでもいいから関係者に話してほしかった。訪問した関係者は全員口を揃えて、「なにを期待してるんだ、知られざるオックスの美談? 醜聞? もちろん、どっちも自分にしか話せないエピソードぐらいある。オックスが好きだったから」って、自分がいちばんの彼の理解者であるかのように語った。医者・愛人・友人・仕事仲間・一夜限りのお相手にいたるまで、みんなそうだった。みんな自分が彼を殺したと証言することで、より強く彼を自分の記憶に鮮明に残そうとしていた。よほどオックスは多くの人から愛されていたんだろうね。
僕は銀幕の中のタフガイぶりに憧れて彼を好きになったわけだけど、幼少期のコンプレックスに苦しみ、強くなるために努力する彼の物語を知って、より好きになった。もちろん克服できない心の弱さもあったんだろう。人間だもの。これは取材で知り得た情報じゃない。ファンレターの返信でオックス自身から教えてもらったことだ。ファンレターに記した僕の境遇に共感したから、キミにだけ特別に伝えたくなったて書いてあった。これは少なくとも醜聞じゃない。彼をよく知る関係者の誰もが語れない、僕だけのとっておきの美談を記して、取材を終えることにする。
ある映画ライターの談話より抜粋。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます