第3話……お嬢様を護る……これが俺の現実……

 目を覚ますと僕は高級な調度品で整ったホテルの一室のような部屋のベットで寝ていた。あたりを見渡す。なんという美しい世界なのだろうか? まるで今までいた世界が牢獄のように思える。目に映る現実は圧倒的解像度で、いままでの僕が見ていた世界はなんだったのだろうか……という想いがこみ上げてくる。


「佳奈……」


 幼なじみの名前を口にする。彼女はどうなったのだろうか? 僕はこれからどうなる?

 黒服が言っていたように、生きているまま臓器のスペアパーツとして売却されるのか? 

 ドアにノックの音。しかし、敵ではなく味方であることを瞬時になぜか僕は認識する。


「はじめまして……晴人くん。僕は……君の開発者のドクター・ゴッドだ」


 自らを神と名乗るこの男。普通の神経ならうさんくさい存在に違いないのだが、なぜか僕は彼をよく知っている人のように思えた。


「ゴッド……これは……一体。どういうこと……なんだ」

「まだ現実酔いしているようだな……。君は仮想世界では死んだ。仮想世界……君がいままで暮らしていた21世紀の日本ではね」

「ここは……今は……状況はどういうことだ?」

「22世紀の日本だよ。そして、それこそが本当の現実だ。見るからに君が今までいた世界より解像度が高いだろう……緻密に描かれた世界。当たり前だな。ここは仮想現実ではなく、現実そのものなのだから」


 ……今まで生きていた世界が嘘だったと知らされて、人は納得できるものなのだろうか? だが僕は納得した。それこそが僕がAIである証なのだろう。

 ……僕は人でないがゆえに、微弱な通信電磁波を瞳を通し受信し、この世界の情報を頭にインストールしていく……。

 

 (現実世界……基本情報……インストール完了)

 

 そうか! 僕は佳奈のボディーガートをするために生まれたAIなのだ。そして、ボディーガードの必須要件が、守るターゲットを決して裏切らないことであることを考えれば、仮想現実で、僕が彼女をどれだけ大事に思うようにトレーニングされてきたかも、完全に理解できた。僕のような生体ボディーをもつAIは極めて違法性の高いしろものだということも知る。……僕の正体は絶対に隠し通さないとならない。

 

 再びノックの音。佳奈のノック音であることを瞬時に僕は認識する。


「……佳奈!」


 ドアから佳奈が入ってくる。現実世界の彼女は、解像度が上がっていることもあり、仮想現実の彼女より、一層美しく可愛らしく見えた。高校生という格好ではなく、どこかの令嬢のようなセンスのよい品のある服装をしている。今や限られた伝統的な職人だけがつくれるだろう藍染めと白を基調にしたその衣装は間違いなくこの国の財閥の令嬢でないと着ることができないものだ。


「設定的には初対面……のはずよね? ずいぶんと私になれなれしいじゃない! ゴッド? 一体どういう教育をこのポンコツにしたのよ?」

「ボディーガード晴人にとって、あなた様は幼なじみで同級生の高校生なのですよ」

「……えっ? それ。ちょっとウケるんだけど。そういう設定なんだ? 私が庶民のように高校に通ってると想っているわけ? コイツ」

「……僕の知っている佳奈じゃない……」

「なによ? 当たり前じゃない。どうやら、自己紹介必要なようね……」

「いや、必要ない……この現実世界の基本情報から、君がこの日本の財閥の跡取り娘であることは……おそらく自明だろうから」


 僕はがっくりきた。……こんなヤツ……正直守りたくない。


「はは……がっくりきているようだな晴人……」


 ゴットは僕に近づくと僕だけに聞こえる小声で


「それでもこの子は君の知っている佳奈なんだよ……いつか君にもわかる……」


 といった。いやいやいや。全くそう思えるようになれるとは到底思えない。

 後に知る。彼女は、普通の女の子としての生涯に本当はちょっと憧れていたのだと……。


「佳奈お嬢様……は八海財閥のご令嬢でね。いろいろ狙われる立場にある。そして……」


 佳奈はにんまりと笑うと言う。


「そして……とんでもないオテンバだって噂なのよ私。それは……事実なんだけどね」 

「え?」

「じゃ、街に出ましょうか? 私、窮屈な宮殿にずっといるほど退屈な人生はごめんですから……」

「まてよ! 命狙われているんじゃ?」

「ええ? でも、あなたが守ってくれるんでしょ?」

「それは……まぁ。なんか納得いかないけど。佳奈は佳奈だし……」


 ゴットが笑う。


「私が保証するよ。佳奈お嬢様は君が知っている八海佳奈と同一人物だとね」


 その笑顔は自信に満ちあふれており、僕はゴッドを信頼してよいと思った。


「佳奈。お嬢様……それでは……どこに参りましょうか?」


 彼女はすでにドアの外に向かおうと足を向けている。


「もちろん鉄火場に決まっているじゃない?」


 佳奈はクスッと笑った。その斜めから見る横顔はとても可愛らしく僕には想えた。

 この笑顔を守っていきたい。と心の底から思えた。

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