第720話 異端審問官の黄昏(遠い目)

異端審問官、それは恐怖の象徴。女神様が創造されたこの世界を守るため、命を懸けて戦う者たち。

どれ程恨まれようと、なじられようと、時には非情に、時には非道に。


「我は影、荒野を駆けるブラックウルフ」

背後に大きな宙に浮く卵を従えし者が叫ぶ。


「我が命、我が物と思わず」

鷹の目コッコを従えし者が。


「女神様の教え、あくまで陰にて」

ロックタートルを引き連れた者が。


「己の器量をもって、密命いかにても果すべし」

白いグラスウルフの背に乗ったものが。


「「「「なお、死して屍を拾う者なし」」」」

“ビシッ”


「・・・なぁミレーヌ、俺は一体何を見せられてるんだ?」

「<異端審問官~傾国の黄昏~>の決め台詞らしいわよ。この後悪の組織に乗り込んだ異端審問官が大暴れするらしいわよ?

って言うか私天使召喚なんか出来ないんですけど? “神聖降臨、天使合一”とか言って天使様の御霊を身体に降ろすってなに? そんな奇跡出来る訳ないじゃない、何処の勇者物語よ、私ただのシスターよ?」


マルセル村に訪れた途端異端審問官であることが露見したシラベルとミレーヌは、任務の失敗と自分たちの命運が尽きた事を理解した。

調査対象地に於いて<鑑定>により身元を調べられる、それはその地に隠さなければならない秘密がある証左であり、正体が知られた段階で調査員たる自分たちの命はない。

素直に殺されるつもりはない、だが周辺地域から孤立したこの辺境の村から果たして無事に脱出できるものか。先にあるグロリア辺境伯領ゴルド村が既にマルセル村の手に落ちている公算は高い。

敵の全容がまるで分らない以上、最悪を想定してもまだ足りないくらいには状況が悪い。


だが話はシラベルとミレーヌの思いとは関係ない明後日の方向に走り出す。


「あぁ、ミレーヌさんだったか、これは同じ<鑑定>のスキルを持つ者としての助言だ。まずはマルセル村をその目で見て、実態を知る事、<鑑定>はその後にした方がいい。

マルセル村がどんなところか、この村の住人がどういう人たちか、それを知ってある程度耐性を付けてから<鑑定>任務を行わないと仕事にならなくなるぞ?

それとさっきワイルドウッド男爵が言っていた事だが、王都諜報組織“影”の耳目が常駐しているというのは本当だ。他にはバルーセン公爵家の暗部とベイル伯爵家の工作員が来てるな。

ベイル伯爵家の工作員が馬鹿をやらかしそうだったんでよくOHANASHI(肉体言語)してお茶(聖茶)をごちそうしてやったら大人しくなってくれたよ。

さっきもワイルドウッド男爵が言ったけど夜間の外出は盗賊行為とみなされて殺処分がマルセル村の基本だから、それだけこの村が多くの害意に晒されてきた結果だと思って受け入れた方がいい」


ホーンラビット伯爵邸で出会ったグランドという男性は、シラベルとミレーヌに同情の眼差しを向けながら忠告を行った。

それは自分たちの調査を混乱させるため、敢えて情報を与えているのか、それとも。調査対象者たちの予期せぬ態度、呆れとも同情ともつかぬその眼差し。

そしてホーンラビット伯爵邸から連れ出され向かった先は村の中央部に位置する宿泊先、そこには何故か多くの村人たちが集まり自分たちの訪れを待ち構えており。


「「「「「おぉ~、本物の異端審問官様だ。遂にケビンが連行されるのか」」」」」

「喧しい!! なんで俺が連行されないといけないんだよ、俺が何をしたって言うんだ!!」


「「「「「だって魔王カオス様だし」」」」」

「だ~か~ら~、それはお芝居の役柄だって言っただろうが!!暇人だからって集まってくるな、お二人が疲れちゃうだろうが」


まるで有名な冒険者が訪れた時のような好奇心に満ちた眼差しを向けられ、困惑するシラベルとミレーヌ。


「悪いな、狭い村だ、二人の噂はあっという間に広がったんだろうさ。他所からやってきた有名人なんか、娯楽以外の何物でもないからな」

グランドの呆れ交じりの呟きが静かに広がる。

こうして無事? 潜入を果たしたシラベルとミレーヌは、ホーンラビット伯爵家公認異端審問官としてマルセル村での調査を始める事となったのである。


「ふむ、異端審問官殿、何を呆けておる。マルセル村の調査に来たのであろう? であればまずは自らの足で情報を集めるが基本。村内の案内は任せるがいい、ついてまいれ」

そう言い自分たちの案内をしようとするプカプカと宙に浮く卵を従えた幼女に、困惑の表情を浮かべるシラベルとミレーヌ。


「む、どうした、マルセル村を見て回るのではなかったのか? ケビにはそう聞いているが。

あぁ、まだ名乗ってなかったな。我はミッシェル・ドラゴンロード、見ての通り愛らしいお子様だ。

そこの男の子はロバート隊員、ホーンラビット伯爵の長男だな。

隣にくっついてる女磨きに余念のない者はチェリー隊員、<勇者>ジェイク・クローの妹になる。

最後に七狼の背中に乗って妖艶さを醸し出しているのがルビアナ隊員、村役場のジェラルドさんのお嬢さんだ。

何か質問はあるか? 無いようなら移動する。我ら異端審問官」

「「「「死して屍、拾う者なし!!」」」」


意気揚々と異端審問官たちにマルセル村を案内するちびっ子たち。そんな彼らに声援を送るマルセル村の大人たち。


「ねぇシラベル、私全く今の状況分かってないんだけど、取り敢えず私たちはあの子たちについて行けばいいのかしら?」

「すまんミレーヌ、俺も全く状況についていけていない。取り敢えずしばらくはあの子たちに付き合う事になるんじゃないのか?

まぁ殺意を向けられるよりかはましと思おうや」


何かを諦めたかのようにボツりと言葉を返すシラベル。多くの魔物を引き連れた幼子たちの一団、その案内に従う形で、異端審問官たちのマルセル村調査は開始されるのであった。


“ノシ、ノシ、ノシ、ノシ”

通常みる個体よりも鋭い顔付きのロックタートル、その背中に乗り身体を揺らす二人の幼子。その隣には大きな白く凛々しいグラスウルフの背に乗り、微笑まし気な笑みを浮かべる幼女。先頭にはプカプカと宙に浮く卵に跨った幼女が立ち、行先の指示を出す。


「ねぇ、ロバート君だったかしら? ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかしら?」

一見微笑ましくも思える不思議な状況、魔物を操り魔物の背に乗る子供たち。絵本にでも出てきそうな不思議の国の一幕といった光景に、思わず声を掛けたミレーヌ。


「何でしょうか、シスターミレーヌ。僕でお答え出来ることであればいいのですが」

そう言いニコリと微笑むロバートの態度に、“えっ、この子って幾つなの? ホーンラビット伯爵家の教育ってどうなってるの?”と一瞬たじろぐミレーヌ。


「えっ、えぇ、答えられる範囲でいいんだけど、なんでみんなは魔物に跨ったり乗ったりすることができるのか不思議に思って。

皆はまだ職業とかスキルに目覚める年齢じゃないでしょう? それに魔物たちも無理やり従わされているといった雰囲気じゃないし、それがすごく不思議で」

ミレーヌの問い掛け、それは誰しもが思う当然の疑問。


「あぁ、それですか。この子たちは別に僕らのうちの誰かの従魔といった訳ではありません。

ルビアナの乗る狼系魔物とミッシェル隊長の卵はケビンさんの所の従業員だし、この亀はジミーさんの従魔だって聞いています。

この子たちは僕たちの子守りをしてくれているんです、本当に頭のいい頼れる魔物たちです」

そう言い大きな亀の背中をポンポンと叩くロバート。そんなロバートに“この子何者?”と驚愕するシラベルとミレーヌ。


「えっと、ロバート君は幾つになるのかな? 凄くしっかりしてるから、お姉さん驚いちゃったんだけど」

「(ニッコリ)ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。

僕達は皆誕生日が近いんですよ、つい最近四歳になったところです」


“これが四歳児の対応? 将来どうなっちゃうの?”

ミレーヌが呆気に取られていると、ロバートの後ろにつかまったチェリーがどうだと言わんばかりの表情で鼻歌を歌う。


「フフフフ、チェリーちゃんたら」

「言ってやるな、ロバートを自慢できる機会は中々ないからな。チェリーもさぞ鼻が高いのであろう」

そんな彼らの様子を微笑ましげに眺めるルビアナとミッシェル。シラベルは“コイツら四歳って言ってたよな、これって報告が必要な事項なのか?”と混乱する思考に頭を抱えながら、マルセル村のとても辺境の寒村とは思えない整備された石畳の道を、子供たちに案内されながら歩いて行くのであった。


「「「「たのも~」」」」

そこは村道脇に佇む建物、大きな倉庫の隣に作られた小振りの礼拝堂には村道から真っすぐ石畳が敷かれ、村人たちの信仰の中心地として大きな役割を果たしているだろうことが窺える。


「なっ、えっ、ここって一体・・・なんでこんな、でもそんな」

「落ち着けミレーヌ、俺たちの使命を忘れるな」

動揺するミレーヌに慌てて声を掛けるシラベル、だがその手は震え、無意識に自身の身体を抱きしめる。


「<鑑定>」

それは衝動、どうしても避ける事の出来ない調査員としてのさが


<鑑定>

名前:祝福されし礼拝堂

詳細:女神様に祝福された礼拝堂。新たな家庭を築き、人生の一歩を踏み出す男女を心から応援する女神様の想いが残された神聖なる祈りの場であり聖地。心の憂いを払い、活力を与える効果がある。


「“祝福されし礼拝堂”、女神様の想いが残る聖地・・・」

「はぁ!? なんだってそんな女神様の奇跡そのものである神聖領域がこんな場所に、人類の宝そのものじゃないか!!」

膝を突き祈りを捧げるミレーヌ、その身は震え、瞳からは感動の涙が溢れまくる。


“ガチャリ”

「うむ、ちびっ子たちではないか、何か用かな? まぁいい、折角来たのだ、甘木汁のお湯割りでも飲んでいくがいい」

開かれた扉、そこから現れた者は淡い蜂蜜色のローブを纏い、神聖な気配を纏った偉丈夫。


「ところであそこで跪いて祈りを捧げている者たちは、お前たちの知り合いか?」

「うむ、ボルグ教国という南の国から態々マルセル村の調査に来たもの好きだな。たしか異端審問官といったか、ケビがそれなりにデキる者たちであると言っていたぞ」


ミッシェルの言葉にホホウと関心を示す偉丈夫。


「あ、あなた様は・・・」

「ん? 我か? 我はこの礼拝堂と隣の倉庫の管理を行っている者だ。周りの者には“御神木様”と呼ばれている。

そんな所で座っておらず、膝を上げ中に参られよ。折角礼拝堂に来たのに女神像に祈りも捧げず、礼拝堂に祈っていても仕方があるまい」


そういい石畳に跪く二人の下に足を向け、手を差し伸べる御神木様。その身から溢れる神聖な気配、天使様のお一人が姿を変えられていると言われたとしても素直に納得してしまう程の存在感。


「<鑑定>」

それは無意識であった。あまりの状況の変化に、自分自身でもよく分からないうちに呟いてしまった一言。


<鑑定>

名前:御神木様

樹齢:千七百八十九歳

種族:神聖樹 (分身体)

スキル

魔力凝縮 光合成 魔力吸収 樹体自在 養分吸収 眷属生成 精霊契約 結界領域 清浄化 分体作製 薬品生成 神域生成

魔法適性

光 風 土


「えっ、神聖・・・樹・・・様・・・。神聖存在・・・なんで・・・」

その言葉を最後にその場に崩れ落ちるミレーヌ。そんなミレーヌの様子に慌てて声を掛けるシラベル。


「うむ、どうやら我を<鑑定>してしまったか。神聖存在を知っているという事は、ヨークシャー森林国の聖霊樹メイプリー殿や世界樹のアマネ殿、もしくは天上人の方々を理解しているという事か。

まぁよい、このまま放置する訳にもいかんだろう、兎に角礼拝堂に運ばせてもらうぞ?」

御神木様は焦るシラベルに落ち着くように声を掛けると、気を失うミレーヌを両手に抱え礼拝堂へと運んでいくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る