第703話 転生勇者、故郷に帰る (2)

“ガシャガシャガシャガシャ”

王都学園正門前、学園の冬期休暇に合わせ集まってきた各家の御迎えが、次々と現れては離れていく。

ある者は貴族街の王都屋敷へ、ある者は故郷の領地へ。様々な地域から集まった上級職を授かった才ある者たちも、それぞれの後見人である者たちの迎えに従い学園を離れていく。

学園生徒寮に残る者は極わずか、王都学園にはまるで火を落としたかのような静寂が訪れ、ひっそりと眠りの時期に付くのだ。


“ガシャガシャガシャガシャ”

そんな正門前で過ごすこと暫し、数多くの友人知人を見送った俺たちの前に一台の馬車と三頭の馬を引き連れた待ち人がやってきた。


「待たせてすまなかったな、ジェイク、ジミー。早めに向かったつもりだったんだが、思いの外馬車の数が多くてな。王都街門で入門待ちをしているのかって思うくらいに後方で待たされる羽目になったよ。

それでエミリーお嬢様方はどうしている? 待ちくたびれて寮にでも戻られてしまったのか?」

馬車の御者台から申し訳なさそうに声を掛けてきたのは、騎士服に身を包んだグルゴさん。同じく騎士服を着たギースさんは、馬車の後方で三頭の馬の手綱を握っている。


「いえ、気にしないでください。流石にこれだけの数の迎えの馬車が来たら仕方がありませんよ、俺たちは焦ってどうこうなるような旅でもありませんし、のんびり行きましょう。

エミリーたちは向こうで学園の職員さんたちとおしゃべりに興じていますよ。エミリーたちも女の子ですからね、話が盛り上がっているのか時間も忘れてって感じです」

そう言い俺が視線を向けた先には、先程のリリアーナ先輩とバルド先輩の一幕を受けて話を弾ませる見守る会の同志たち。グルゴさんは「女性はいくつであっても女性なんだな。ガブリエラも女衆の集まりに入ると話が長いからな」と、どこか哀愁の漂う目を向けておられます。


「まぁいい、退屈していなかったんなら何よりだ。それより出発しよう、あまり正門前でぐずぐずしていると他の方々に迷惑になるからな。ジミーとジェイクとフィリーは騎乗してくれ、エミリーお嬢様とディアは馬車に乗っていただく。

ジェイク、エミリーお嬢様を呼んで来てくれるか?」

グルゴさんの言葉に俺はエミリーたちに声を掛けに行く。


「グルゴさん、ちょっといいか。少々言いづらいんだが・・・」

そんな俺に代わりジミーがグルゴさんに対し申し訳なさそうに言葉を向ける。俺はグルゴさんがやって来るまでのしばらくの間の事を思い返し、苦笑いを浮かべるのだった。


――――――――――――


「「はぁ? マルセル村に行きたい?」」

「あぁ、冬季休みに入ったらジミーたちがホーンラビット伯爵領に帰るという話を聞いてな、それなら共に向かう事が出来ればと思い声を掛けさせてもらった」

突然の言葉に口を開けたままポカンとする俺たち。王都学園正門前での出来事、アリスさんの見送りを済ませたアルデンティア第四王子殿下たちは、その場で解散しそれぞれの家路へ戻っていくものと思われた。

だがそのうちの一人、ラグラ様がその様子を窺っていた俺たちに「ちょっといいか?」と声を掛けてきたかと思えばこれである、正直意味が分からない。


「えっ、いや、ちょっと意味が分からないんですけど。大体王都から離れてしまっていいんですか? ラグラ様といえば誰しもが認めるアルデンティア第四王子殿下の側近にして右腕、これから始まる社交の時期を前に王都を離れるのは些か問題があるかと。

それになんでマルセル村に? 辺境も辺境、オーランド王国の最果てですよ? 辺境の蛮族が住む里ですよ? 基本何もないですよ?」

そう、冬の時期のマルセル村には何もない。これからの時期オーランド王国北部は厳しい寒さに覆われる。人の流れは極端になくなり各地の村々は長い冬ごもり生活に入っていく。それはマルセル村も同じ事、ホーンラビットたちは冬眠に入り、冒険者たちの訪れもピタリと鳴りを潜める。死が間近にある季節、それが辺境の冬なのである。


「あぁ、俺の剣の師であるクルーガル先生がマルセル村に滞在されているんでな、この冬季休みを利用して教えを請おうと思ってるんだ」

・・・はい? 今ラグラ様は何と?


「すまんラグラ、今クルーガル先生がマルセル村に滞在していると聞こえたんだが、クルーガル先生とはあの大剣聖クルーガル・ウォーレン様の事だよな? 前に学園に指導しに来てくれた。

確か王都武術大会では来賓として国王陛下とお言葉を交わされていたとか」

「あぁ、そのクルーガル先生だ。何でもマルセル村に隠遁されている元白金級冒険者の“剣鬼ボビー”殿とは旧知の仲との事で、「用があればホーンラビット伯爵領マルセル村を訪ねよ」とのお言葉を残し旅立たれてしまったんだ。

まぁ元々放浪癖のある御方で、各国の貴族に呼ばれては世界を転々とされていたからな。これで少し落ち着いて下さるのならそれに越したことはないんだが」


ラグラ様の言葉に大剣聖クルーガル・ウォーレンの今を知った俺たち。そういえば昔トーマスお父さんから「ボビー師匠は剣聖と互角に戦った凄い冒険者だったんだぞ」とは聞いた事があったけど、それって大剣聖クルーガル・ウォーレン様の事だったのか~。

ボビー師匠、昔から本当に凄い人だったようです。でも確か世間のわずらわしさからマルセル村に引き籠ったとかなんとか、今頃ストレスを溜めてないといいけど。


「理由は分かったけど大丈夫なんですか? さっきも言いましたけど、これから社交の時期じゃないんですか?」

そう、ラグラ様はアルデンティア第四王子殿下の側近、社交の場には必要不可欠な御方。遠回しに迷惑だから来ないでとは言ってませんよ、本当ですよ、心配しているんです。


「それなら大丈夫だ、アルデンティア殿下には<勇者>ジェイクと<聖女>エミリー嬢の故郷に同行し交流を深めてくるとお話ししてご許可をいただいている。嘘は言ってないから問題ない、そういう訳でジェイク、俺の事はラグラと呼べ、それで名目は果たした事になる」

そう言い悪そうな笑みを浮かべるラグラ。こいつズルい、俺たちを出しに剣の修行をするつもりだよ、発想がケビンおにいちゃんだよ。


「ほう、それは大変な任務だ、是非頑張ってくれ。俺たちはこの後迎えの馬車が着き次第すぐにでも出発するが、旅の準備は出来ているか?」(ニヤリ)

「あぁ、いつでも出発できる。“騎士たるものいついかなる時も戦場に向かう心得は怠るべからず”がクルーガル先生の教えでな、マジックバッグは本当に便利だよな」(ニヤリ)

“ガシッ”

交わされた握手、脳筋は脳筋を知る。この二人って似た者同士だったのね。


「話は聞かせてもらいましたわ、ジミー。その旅、わたくしも同行させていただきましてよ」

“パチンッ”

小さく開かれた扇、口元を隠しながら鋭い視線を向けこちらに近付いてくる人物。


「はぁ? 何言ってるんだラビアナ、そんなの無理に決まってるだろう」

「ちょ、ラグラ様とわたくしとでの態度が違い過ぎませんこと!?

一切の躊躇もなくばっさり切り捨てるって、これでもわたくし公爵家の娘でしてよ? せめていい訳くらい考えてくださいませんこと!?」

格好良く登場したのに取り付く島もなく断られたラビアナ様。

たとえ相手が誰であろうと無理なものは無理と答えるジミー君、素敵です。


「いや、だからだろうが。公爵令嬢が社交界をすっぽかしてどうする、高位貴族令嬢はこれからが本番だろうが。バルーセン公爵家の栄華はお前の肩に掛かっている、頑張れラビアナ」

ジミー君容赦なし、“面倒事は極力回避”はマルセル村の基本ですからね。


「だからです・・・」

「「「はぁ?」」」


「だからですのよ!! これまで散々残念令嬢と見向きもしなかった者たちが、急にわたくしに媚びを売り始めて。

やれ「<聖女>アリスはどういった御方ですの?」だの、「<勇者>ジェイク様と親しくなされているとか、もしかして?」だの、「<聖女>エミリー様はどの様な病気もたちどころに治される神秘的な御業をお持ちだとか、是非紹介して下さらないかしら」だのと私を介して三人と繋がりを持ちたい者ばかり、いい加減うんざりしましたわ!!

であれば「オーランド王国の為にも<勇者>ジェイク様、<聖女>エミリー様との仲をより親密にしてまいります」と言って王都を離れる方が得策ですわ。

ちゃんとお兄様の許可はいただいてきておりますの。ジミー、よろしくお願いしますわ」


そう言い真っ直ぐな瞳でジミーを見詰めるラビアナ様。

これは・・・。ラビアナ様の後方に控えるコリアンダさんが、コクリと頷かれておられます。


「しかしラビアナ、いくら何でも「ジミー、これは仕方がない、仕方がない事なんだ。ジミーも学園ダンジョン攻略パーティーの仲間が頼ってきたっていうのに無碍にするというのも心苦しいだろう?

なに、エミリーやホーンラビット伯爵閣下も分かって下さるさ。中央に伝手の少ないホーンラビット伯爵家にとっても決して悪い話じゃないだろうしな」・・・そうか、ジェイクがそう言うのならそうなんだろう。俺にはそうした政治的な話はさっぱりだからな。

ラビアナ、話は分かった。俺たちはこの後出発する事になるが旅の準備は大丈夫なのか?」

「えっ、えぇ、当然でしてよ。いつでも向かう事は出来ますわ」


ジミーの問い掛けに扇をバッと広げ、口元を隠しながら答えるラビアナ様。あれ、絶対にやけてるわ、コリアンダさんがサムズアップを向けてきてるし。そうして俺たちの帰郷は予期せぬ同行者(ラグラ、ラグラの従者、ラビアナ様、コリアンダさん、他御者二名の計六名)を加え、旅立つ事になったのでした。


―――――――――


「・・・あ~、うん、話は分かった。ベイル伯爵家の御令息とバルーセン公爵家の御令嬢からの申し入れとあれば断りづらいよな、うん。

でもそうか、高貴な御家柄の御令息御令嬢が二名、ホーンラビット伯爵閣下の胃痛が心配ではあるが、まぁ何とかなるだろう。

でもそうなるとな~、ギース、ちょっと来てくれ」


俺が見守る会のお姉様方とのおしゃべりに興じるエミリーたちに声を掛け馬車に戻ってくると、何やらグルゴさんとギースさんが難しそうな顔で話し合いを行っておられました。

それはそうですよね、いくら冬季期間で魔物の出現率が減るとはいえ今の時期はそれなりに出ますし、魔物(人科)の対策や宿の手配も想定が変わってきちゃいますし。

かなり我が儘を言っているのは分かるんですけどね、でも矢鱈に断れないと言いますか、貴族社会は縦社会なのでございます。


「よし、それじゃ出発しよう。バルーセン公爵家の御令嬢とベイル伯爵家の御令息には、馬車の後について来るように伝えて欲しい。ジェイクはバルーセン公爵家御令嬢の馬車の前、フィリーはベイル伯爵家御令息の馬車の前、ジミーは最後尾で護衛についてくれ。

それではエミリーお嬢様、参りましょう」


“ガシャガシャガシャガシャ”

騎士グルゴ・ナイト男爵の合図の下動き出した車列、ホーンラビット伯爵領マルセル村に向かう一行は、王都学園正門前に集まる多くの馬車の合間を抜け、ゆっくりと前へと進み出すのでした。


“ガシャガシャガシャガシャ、ガチャッ”

王都の街並みを進むこと暫し、突如動きを止めた馬車に、ラグラは窓の外に目を向ける。そこは屋敷の庭園、広さから言えばどこかの商家の庭といったところか。


「ラグラ様、ホーンラビット伯爵家のグルゴ男爵様からのご指示でこちらで一度休憩を取る事になりました。下車をお願いします」

掛けられたのは御者の声、従者のものが扉を開け外に降りるに従い、自身もその庭に足を下ろす。

きれいに整えられた緑、冬に花を咲かせる植物が蕾を膨らませ、庭に彩を添えている。


「ここは一体・・・」

美しい庭、きれいな外観の屋敷、ラグラは湧き上がる既視感に心をざわつかせる。


「ジミー、ここは・・・」

「あぁ、ここはワイルドウッド男爵家王都屋敷、別名“商人街の悪夢”、俺の兄の持ち家だな」


「「「はぁ!?」」」

ジミーの言葉に驚きを露にするラグラたち三人。


「何でもやたらな人間が近付けば死霊が追い払ってくれるといって、即金で購入したらしいぞ? 安心しろ、許可のある者は特に悪さされる事はないらしいからな」

そう言い屋敷に向かうジミーの姿に、口を開けたまま呆然とするラグラたちなのでありました。

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