第674話 辺境男爵子息、家に向かう
“パッカポッコ、パッカポッコ、パッカポッコ、パッカポッコ”
石畳を叩く引き馬の
「ドウドウドウ。ロシナンテ、しばらくここで待機していてくれ。
おはようございます、お待たせしてしまって申し訳ありません」
ホーンラビット伯爵家、その屋敷前には当主ドレイク・ホーンラビット伯爵をはじめ、ミランダ夫人、デイマリア夫人、そして三人の子供たちがパトリシアとその息子のアルバを見送るために集まっていた。
「アユバ、どこか行っちゃうにょ? や~や、アユバ、一緒にいゆ」
母親のデイマリアの脚にしがみ付き、マリアンヌが駄々をこねる。小さな赤ちゃんであるアルバが可愛くて仕方がないマリアンヌにとって、突然引き離される事は辛く悲しい事なのだろう。
「にっちゃ、アユバ、ナイナイなの?」
ミランダの息子バーミリオンは兄であるロバートの服の裾を引き、疑問を口にする。
「マリアンヌ、バーミリオン、アルバはいなくなったりしないよ?
アルバはね、お父さんお母さんと一緒に暮らす為に、お家に向かうんだ。二人だってドレイクお父さん、ミランダお母さん、デイマリアお母さんと離れ離れになるのは嫌だろう?
今まではアルバを産んで直ぐという事もあって、パトリシアお姉様のお身体を気遣ってこの屋敷に留まってもらっていたんだ。
でも大丈夫、アルバは同じマルセル村にいるから直ぐに遊びに来てくれるよ? そうだ、二人が大きくなったら自分の足でアルバのお家に遊びに行けばいい、そうしたらアルバも喜ぶんじゃないかな?
その為にはドレイクお父さん、ミランダお母さん、デイマリアお母さんの言う事をよく聞いていい子にしていないといけないね。
好き嫌いなくよく食べて、いっぱい遊んで大きくならないとね」
そう言い笑顔で二人の頭を優しく撫でるロバート。そんなロバートに抱き付き「「にっちゃ、大しゅき~!!」」と叫ぶ二人。
三人の子供たちの微笑ましい光景に、自然と笑顔になる大人たち。
「ホーンラビット伯爵閣下、ミランダ奥様、デイマリア奥様、妻パトリシアと息子アルバが大変お世話になりました。
皆さまのお陰でパトリシアも憂いなく産後を過ごす事が出来ました。
アルバも優しいお子様たちのお陰でとても健やかに過ごす事が出来たかと、ケビン・ワイルドウッド、父親として心からの感謝を」
そう言い三人に向かい深い礼をするケビン。そんなケビンの態度に、何故か苦笑いを浮かべる三人。
「ケビン君、私たちは家族なのだからそこまで慇懃な態度は取らなくてもいいんだよ? それにここは辺境、口さがない他家の貴族の目もないんだから、普通に接してくれればいいんだからね?」
「そうですよ、ケビン君。私とあなたは調薬師の先生と教え子の関係でもあるんですから、もっと普通に接してくれていいんですよ?」
「ケビンさん、あなたにはいつもパトリシアの事で心を配ってもらっています。その事が母としてどれ程嬉しい事か。
これからも孫のアルバ共々パトリシアの事をよろしくお願いしますね?」
ホーンラビット伯爵家の面々からの声掛けに、どうしたものかと半笑いになるケビン。
「それではパトリシアの夫として。ドレイクお義父さん・・・やっぱこれってキツイっすね。ドレイク村長はドレイク村長だもんな~。
まぁいいか、ドレイクお義父さん、ミランダお義母さん、デイマリアお義母さん、パトリシアとアルバの事、大変お世話になりました。これからも何かとお世話になると思いますが、よろしくお願いします。
ロバート君、バーミリオン君、マリアンヌちゃん、これからもアルバの事をよろしくね。
アルバはまたすぐに遊びに来るからね、寂しくないから安心してね」
荷馬車の後方に階段を下ろし、赤ちゃんを抱っこしたパトリシアを優しくリードするケビン。
「それではまた。ロシナンテ、行ってくれ」
引き馬に掛けられた声とともにカタカタと走り出す荷馬車。パトリシアとアルバはホーンラビット伯爵家の人々の温かい見送りの中、荷馬車に揺られマルセル村の中を走っていくのでした。
――――――――
僕がこの世に生を受けアルバという名前を付けてもらってから、何日くらい経っただろう。お腹が空いたらおっぱいを貰って、うんちやおしっこが出たらおしめを替えてもらって。眠くなったらねて、意味もなく泣いたりもして。
その度にお母さんが優しく抱っこをしてお歌を歌ってくれて。
こんなに心穏やかな生活をするのっていつ振りだろう。
前世では物心ついた時には剣の稽古に明け暮れていたし、騎士団に入団してからは収納スキルの利便性からあちこちに派遣されまくっていたし。
多分物心つく前には今と同じように緩やかな時間を生きていたんだろうけど、残念ながらその記憶はないんだよな~。
優しいお父さんやお母さん、僕の事を大切に思ってくれるお爺ちゃんやお婆ちゃん。前世でも今と同じように祝福されていたんだろうか?
何度考えてもそうは思えないんだよな~、あの親父、「お前は将来騎士団に入る男なんだ、こんな事で弱音を吐くな!!」が口癖のような男だったからな~。
母親もそんな親父の言いなりと言うか、親父の言う事は絶対に正しいって態度だったしな。記憶にはないけど生まれた当初から「男の子か、よくやった。お前は将来騎士団に入るんだぞ、その為に確り鍛えてやるからな」とか言われてたんじゃないかと思うんだよな~。
その点今世のお母さんは最高です。いつも僕の事を愛おしそうな眼差しで見詰めてくれるし、お歌も上手だし。抱っこをしながらお歌を聞かせてくれるんだけど、凄く耳心地がよくて心がポカポカしてきて、直ぐに眠たくなっちゃう。
こんなに幸せな気持ちになるなんて、前世ではあり得なかったんですけど?
それにお母さん目茶苦茶美人さんだし。こんなに美しい奥さんを娶るだなんて、お父さん、あなたは偉大です。
お母さん、お父さんにベタ惚れだもんな~。でも息子に惚気話を聞かせるのはどうかとおもいます、聞いている方がいたたまれないと言いますか、夫婦仲がいい事は素晴らしい事だとは思うんですけどね。
でもこのお父さんも不思議な人なんだよな~。
お父さん、僕の言ってること全部正確に分かるんだもん。僕赤ちゃんだよ? 言葉なんて話せないんだよ? 何でアウアウ言ってるだけなのにちゃんと理解できるの?
一度試しにって意味もなくアウアウ言ってみたら、「何だアルバ、アウアウアウって。新しい遊びか?」って言われたんだよ? 適当じゃないじゃん、はっきりと理解して聞き取ってるじゃん。
更に言えば「アウ」の一言でこちらの言おうとした事が通じるって、お父さんって何者? そういうスキルでもあるの?
お父さんに聞いたら「慣れ、トレントと会話する事に比べたら赤ちゃんの言葉を理解する事なんて余裕」って、意味わかんない。
と言うかお父さん、トレントと会話するの? アレ、植物だよ?
本当に僕のお父さんは謎の塊です。
“カタカタカタカタカタカタ”
荷馬車は進む、よく晴れた村の道をカタカタ音を立てて。
・・・って言うか目茶苦茶静かなんだけど、揺れがほとんど抱っこされて子守唄を聞いている時と変わらないんだけど。
大体ここって辺境の村だよね、前にお父さんに聞いたら「アルバが生まれたのはエイジアン大陸の北西部、オーランド王国の更に北西の辺境、ホーンラビット伯爵領マルセル村だよ。フィヨルド山脈の手前、大森林に隣接した村っていった方が分かるかな?」って教えてくれたんだけど。
村の、しかも辺境っていったらもっと道が凸凹しているものじゃないの?
僕が前世で勇者たちと一緒に旅をしていたときなんか殆ど悪路ばっかりだったんだけど。もしかしてここって僕が住み暮らしていた国よりも発展しているとか?
でもお父さんの話に出てきたオーランド王国なんて国は知らないし、エイジアン大陸の北西部にフィヨルド山脈なんて山がある事も知らないんだよね。
まぁ僕は頭がいい方じゃなかったから知らない事の方が多かったってのもあるんだけど、勇者と共に聖剣を求めて旅をしたのも北じゃなくて東だったしね。
「ん? どうしたアルバ、不思議そうな顔をして。ふむ、荷馬車の揺れが少ないのが気になると。
いいところに気が付きました、流石はアルバ。実はこのマルセル村の道は全て石畳で整備されているんですね~。しかも魔法ブロックを使用した本格派、そう易々と壊れたりしないんですね~。
更に言えば秘密はもう一つ、この荷馬車には板バネ式の衝撃緩衝装置が組み込まれているほか、ころ軸受け式回転車軸を採用、頑強な魔物鉄を使い作り上げたこの車軸受けは摩擦の影響を受けにくく殆ど変形を起こさないという特徴があって・・・」
「ケビン、そこまでにしなさい。アルバが口を開けたまま固まってるでしょう? ごめんねアルバ、お父さんは一度こうなると止まらないの。
でもちゃんと注意すれば大丈夫だからね、アルバも無理に付き合わなくてもいいからね?」
お母さんが止めてくれたお陰でお話は終わったけど、お話の半分も理解出来なかった。
要約すると、マルセル村の道が綺麗、この荷馬車は凄いって事なのかな?
「おぉ、よく分かってるじゃないか。流石アルバ、頭いいな~」
そう言い僕の頬をツンツン突くお父さん。お母さんも一緒になって僕の事を褒めてくれます、荷馬車の荷台で。
そう、この荷馬車、現在御者がいないんです。お父さん曰く「ロシナンテは頭がいいから任せておけば大丈夫」とのこと。
やっぱりここって僕の知らない凄く発展した国なのかもしれない。
冬場に凍死者が出る北国って聞いた時はどうしたものかと思ったけど、今はそんな事もないってお父さんも言ってたし、これなら前世で望んだ“のんびり田舎暮らし”ができそうです。
“カタカタカタ”
荷馬車が止まる、お父さんがいそいそと下車用の階段を用意する。
「ヘンリーお父さん、メアリーお母さん、ミッシェルちゃん、パトリシアとアルバを連れてきたよ~」
そこは平屋の一軒家、きちんと手入れの行き届いた建物は、確りとした農家住宅といった風情を醸し出す。
うん、お父さんが言っていた通り、ワイルドウッド男爵家は農兵なんだね。普段は農家、いざという時には騎士としてホーンラビット伯爵家の下戦う。
ホーンラビット伯爵家はおじいちゃんとおばあちゃんのお家だし、家族のために戦う事に否やはない。
しかもホーンラビット伯爵家の庇護下にある以上、他の高位貴族家からの横槍もない。
天使様、完璧です。これ以上ない生まれ変わり先です。
僕、今世を
“ガチャリ”
「おう、ケビン、早かったな」
扉を開けて現れたのは山のように大きな偉丈夫。鋭い眼光が僕の事をジッと見詰める。
・・・デカイ、ものすごく大きいんですけど!? オーガがいるんですけど!?
僕が慌ててお父さんに目を向けると、お父さんはウンウン頷きながら「分かる分かる、誰がどう見てもオーガだよね~」と呟きます。
「あ~、アルバ、紹介しよう。アルバのお爺ちゃんでお父さんのお父さん、元金級冒険者“笑うオーガ”、ホーンラビット伯爵家騎士団所属、“鬼神”ヘンリー・ドラゴンロード男爵だ。
お父さんは長男なんだけどおじいちゃんと同じ男爵に叙爵されてね、独立して家を興したんだよ。
それと隣がお婆ちゃんのメアリー・ドラゴンロード夫人、その隣がお父さんの妹に当たるミッシェルちゃんだよ。歳は三歳だから、三つ年上のお姉さんだね。
ミッシェルちゃん、この子が甥に当たるアルバだよ」
「エッガード、上!!」
“フヨフヨフヨ”
お父さんの紹介に応えるように、ミッシェルちゃんが僕の前に浮き上がって顔を覗き込んできます。
・・・え~~~~、この女の子、宙に浮いてるんだけど!?
周りにいるヘンリーお爺ちゃんやメアリーお婆ちゃん、お父さんやお母さんも平然としてるんだけど!? この国ってこれが普通なの? 凄いなオーランド王国のお子様、前世の僕でもこんな事出来なかったんだけど!?
「ふむ、愛い奴だ。よしなにな?」
“ベシッ”
行き成りメアリーお婆ちゃんに
「ミッシェルちゃん? 女の子がそんな言葉遣いをしたら駄目ですよ~。ご挨拶の時は何て言うのかな~」
「はい!!“はじめまして、アルバ君。ミッシェルお姉ちゃんです、これからよろしくね”です、お母様!!」
メアリーお婆ちゃんに注意され、ビシッと姿勢を正すミッシェルお姉ちゃん。
「はい、よく出来ました。それと宙に浮かぶとアルバちゃんを驚かせちゃうから、そういう時はエッガードじゃなくヘンリーお父さんかお母さんに頼むのですよ?」(ニッコリ)
「はい、ヘンリーお父さんかメアリーお母様に頼む。ミッシェル、学習しました!! お母様、ありがとうございました!!」
“バッ”
音が聞こえそうなほどきれいな礼をするミッシェルお姉ちゃん。何故か一緒になって直立不動になるヘンリーお爺ちゃんとお父さん。
メアリーお婆ちゃんには逆らってはいけない、ミッシェルちゃんは“ミッシェルお姉ちゃん”と呼ぶ。アルバ、学習しました!!
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