第198話 お貴族のお嬢様、ホーンラビット牧場を訪れる(テイク2)

「誠に申し訳ありませんでした、まさか自らに自決の呪いを掛けているとは。

それを見抜く事が出来なかったのはこちらの不手際です、その責めはいかようにも」


暗く人気のない倉庫、その床に横たわる女性の亡骸。

彼女の周りを幾人かの人間が取り囲み、一人の青年がその者達に深く頭を下げる。


「こちらは頭目が亡くなる前に聞き出した事件の詳細になります。ここに書かれている内容を証明する事は出来ませんが、こちらのグロリア辺境伯領領内の依頼人に付きましては、お引き渡しさせて頂いた“お頭”と呼ばれた男が直接顔を合わせていたそうです。

依頼者との顔合わせや繋ぎ役との折衝はお頭が行い、全体の指揮や作戦の立案、人員の配置などは頭目の仕事であったとか。

今回の仕事はそれなりに大きなものだったらしく、マルセル村には組織の主要な暗殺者や実行部隊を投入していたそうです。まぁそいつらは既に“下町の剣聖”と“笑うオーガ”が切り捨ててしまったんですが」


そう言い青年から渡された何枚かの用紙。メイド長カミラ・リンドバーグはその内容に目を通し顔を引き攣らせる。


「この内容は真実なのですか?このような事が本当に・・・」

「先ほども言いましたがこれらの内容を証明する事は出来ません、既に証人は旅立たれてしまったので。ですが警戒する事は出来ます、綻びを見つける事は出来るはずです。

ここから先は私共辺境の村人ではどうにも出来ぬ事、私共の声は何の証拠にもなりませんから。パトリシア様の事、どうかよろしくお願いします」


そう言い頭を下げる村の青年。メイド長カミラは青年から託された思いをふところに仕舞うと。「分かりました、後の事はこちらで」と声を掛けるのでした。


―――――――――


パトリシアがマルセル村に滞在してから二度目の朝が訪れる。

パトリシアはこの一月の塞ぎ込みがまるで嘘のように、溌剌はつらつとした笑顔でメイド長に挨拶の言葉を掛ける。

メイド長は昨日あの様な事件が起きたばかりだと言うのに気丈に振る舞うパトリシアに、驚きと共に貴族としての芯の太さと頼もしさを感じるのであった。


「おはようございます、パトリシア様。今朝も良い目覚めを迎えられましたご様子、大変喜ばしい事でございます」


村長代理ドレイク・ブラウンはパトリシアの見せる明るい笑顔に、ホッと安堵の息を漏らす。

パトリシアがなぜマルセル村にやって来たのか、その経緯については事前に村に一時帰村したケビンより聞いていた。そして事の厄介さは多少でも貴族社会に身を置いていた者として十分理解していた。

そんな身も心も傷付いたパトリシアの為に何が出来るのか。

どれだけ思案しても良い方策が浮かばないでいた。


だがパトリシアの容態は思いのほか早く快方に向かって行った。マルセル村に辿り着いた時に纏っていた突けば容易く折れてしまいそうな儚げな雰囲気は鳴りを潜め、明るく快活な好奇心旺盛な女性の姿がそこにはあった。

瞬間ある青年の顔が脳裏に浮かぶも、魂が、本能が告げている、“この件は深く考えてはいけない”と。

ドレイクは考える事を放棄し、ただパトリシアの為に村を案内する事にした。


そして訪れたホーンラビット牧場で起きた一連の事件、危なかった、本気で危なかった。ケビンが事前に対処に動いていなければパトリシアの命は儚くなっていたであろうし、五箇村農業重要地区入りの話がなくなるどころか、マルセル村の存亡すら危ぶまれる事態に発展する所だったのだから。


貴族の思惑、蠢く闇、暗殺者ギルドの策謀。これまでマルセル村に逃げ込んで来た“よそ者”達が経験してきた害意がまとめて襲ってきたような事件であった。


マルセル村に来たことで漸く心の平穏を取り戻したパトリシアを襲う殺意、ホーンラビット達の愛らしさに癒された彼女は、再びの悲劇にひどく怯えている様に見えた。


それがどうだろう、一晩明け再び顔を合わせたパトリシアは前日の朝に見た快活で明るい笑顔を見せている。その顔はこれから向かうホーンラビット牧場の事を本当に楽しみにしていると言った様子であった。

“強い女性だ”

マルセル村村長代理ドレイク・ブラウンは、伯爵令嬢パトリシア・ジョルジュと言う人物に、貴族令嬢としての矜持と心の強さを感じざるを得ないのであった。


――――――――――


「癒し隊集合、番号!」


“““キュッ、キュキュッ、キュキュキュッ”””

横一列に整列し上体を上げたホーンラビット達、そのつぶらな瞳は目の前の青年を真っ直ぐ見詰める。


「よし。諸君らの使命はなんだ、諸君らは癒し隊である。癒し隊はその愛らしさを武器に、人々を癒し、己の立場を確立せんとする戦士である。

これより昨日訪れたパトリシアお嬢様が再びお見えになる。

これは諸君らの戦い、この場は諸君らの戦場である。

これ迄の研鑽を十二分に発揮し、愛玩動物としての立場を掴み取って貰いたい。

諸君らの健闘を祈る!」


“““キュキュッ、キュイッ”””

彼女らの戦いが始まる。これから行われるものは聖戦、ホーンラビットと言う種族の未来を大きく変えるかもしれない命運を掛けた戦い。

彼女達は戦場に咲いた美しき花々、その愛らしさを武器に人々を魅了し続けるのだ。


“ガタガタガタガタ”


マルセル村の土の道を荷馬車に先導された馬車がやって来る。

さぁ、戦いの時間だ、存分に癒されるがいい!!

村人ケビンは頼もしくも愛らしいホーンラビット戦士たちにエールを送りつつ、貴人の来訪を恭しく出迎えるのであった。



「はい、キャロルですよ~。いっぱいありますからね、急がずゆっくり食べるんですよ~❤」


普通のホーンラビットよりもやや大きめのモコモコした個体に餌のキャロルを与えニコニコと微笑むパトリシアお嬢様。その隣では同じく相好を崩し同様にホーンラビット達にキャロルをお与えになるメイド様方。

俺は癒し隊の見事な戦いぶりに感嘆のため息を漏らす。


彼女らの戦い方はこうであった。

先ず敵の本命であるパトリシアお嬢様の元に向かい三体揃っての一礼をする。次にやや体が大きくモコモコ率の高い個体がパトリシアお嬢様の前で可愛げな仕草で注意を引き、その隙に残りの二体が敵主力であるメイド長に向かい移動。

下方からつぶらな瞳で興味深げに見詰め続けると言う可愛さの集中砲火を浴びせたあと、一体が足元にピョコピョコ移動。お顔をすりすり擦り付けると言う突貫攻撃を繰り出したのである。

この一連の攻撃のポイントは目的があるとは言えお客様を満足させることを忘れないと言う所。パトリシアお嬢様を放置するのではなく確りと目を楽しませその隙に次のターゲットに攻撃を仕掛けた点や、移動の際もピョコピョコと言った“可愛らしい動き”を前面にアピールし続けた点。あえて危険地帯である敵の懐に飛び込み、ボディータッチでそのぬくもりとふわふわとした毛並みを視覚ではなく触覚に訴えた点。

マルセル村の最終兵器、女衆を魅了した実力は伊達ではありませんでした。


「カミラ、お願い!!」

“キュキュッ?コテン”


メイド長カミラ様にふれあいタイムを懇願するパトリシアお嬢様、そんなお嬢様と一緒になって“だめ?”という仕草をするフワモコのホーンラビット。

視覚・触覚・聴覚、人の感じる感覚器官を次々と襲う“カワイイ”という新感覚、止まる事のない可愛さ攻撃に遂にカミラメイド長も陥落。残るメイド様方は既に即落ち状態。

癒し隊の完全勝利でございました。


俺はそんな敗北者たちにスティック状に切ったキャロルの入ったカップを差し出します。敗者は勝者に利益を与えなければならないのです。

そして心に刻むのです、餌付けの喜びを、傅き従う事の充足感を。

こうして癒し隊の皆さんは新たな職場、“パトリシアお嬢様のペット”という立場を手に入れたのでした。



「ケビン様、大変すばらしい出会いをありがとうございます。ラビちゃん達は私達が大切に育てます♪」

それぞれの腕の中に癒し隊の面々を抱きかかえご満悦なパトリシアお嬢様とメイド様方。メイド長様御一人が担当するホーンラビットがおらずやや不機嫌そうですが、癒し隊は三体しかいないんです、勘弁してください。

って言うか檻に入れなくていいのかメイド長、問題があっても知らないぞ!

まぁそれには理由があると言えばあるんですけどね。


現在ホーンラビット達を輸送する為に用意された檻には別の魔獣(人科)が入ってるものですからね。手足を拘束された暗殺者魔獣は俺の治療のお陰で大変大人しいんですが、テイマー様が往生際が悪くてですね。現在目隠し猿轡、手足拘束状態で放り込まれております。


俺はパトリシアお嬢様に断りを入れホーンラビット達を地面に降ろして貰うと、彼女らに向かって声を掛けました。


「癒し隊、整列!」

“ピョコピョコピョコピョコ”


「よろしい。諸君ら癒し隊はこれより新たな世界に旅立つ。そこではこのマルセル村で経験した事のない様々な困難が待ち構えているだろう。

だが決して諦めるな、くじけるな。諸君らが誇りを持って戦うと言う事を私は信じている。

諸君らの使命はパトリシアお嬢様を癒しメイド様方を癒し、皆を笑顔にする事である。どんなにつらく悲しい事があろうとも、諸君らがそっと寄り添う事で皆が幸せな気持ちになれる、そんな存在になって欲しい。

そしてそれこそが諸君らの戦いであり諸君らが生き残る道なのである。

これより諸君らと<長期雇用契約>を結ぶ、これはこのマルセル村を旅立つ諸君らに対するせめてもの餞別。この力を使い、懸命に生き抜いて欲しい」


俺は癒し隊の一体一体に近付き、その額に手を当て<長期雇用契約>と唱えるのでした。


「ケビン様、先程の<長期雇用契約>とはいったいどう言ったものなのでしょうか?」


パトリシアお嬢様はお気に入りのやや大きめのホーンラビットを抱き上げながら俺に質問をして来た。その疑問はメイド様方も同様の様で、皆さんの目が俺に集中するのでした。


「はい、<長期雇用契約>とは俺の持つ<魔物の雇用主>というスキルの力ですね。

私はテイマーではありませんがこのスキルによってテイマーのまねごとが出来るのですよ。その効果は魔物を雇用する事、このスキルのお陰で魔物とスムーズに意思の疎通を行ったり仕事を依頼する事が出来るのです。

ただそれはあくまでお願い、テイマーと違い命令などは出来ませんけどね。

雇用ですから当然対価が生じます、私が支払うのは魔力ですね。そうは言っても相手はホーンラビットですから大した魔力は使いませんが。

ただこいつ等ってこんな事が出来るんです。

癒し隊、防御陣形。俺の前に防御壁を張れ!」


“バシュバシュバシュ”

途端ケビンの前に展開される魔力障壁、その光景に唖然とした顔になるメイドたちと護衛騎士たち。


「パトリシアお嬢様は色々とありましたから防御は必要かと。癒し隊ならそれなりの盾になってくれるはずですよ。護衛騎士様でもメイド様でも、どなたか簡単な魔法攻撃をしてみて貰えますか?ボール魔法でもアロー魔法でも結構です」


ケビンがそう言うと、護衛騎士の一人がファイアーアローの詠唱を唱え攻撃を仕掛けた。


“ガンガンガンガン”

だがその全ては三枚の障壁に守られたケビンには届かず、障壁に当たり霧散する事となってしまった。


「今度はどなたか剣で切り掛かってみて貰えますか?あっ、武技は無しですよ?流石にそこまでの防御力は無いと思いますので。この障壁はあくまで咄嗟の防御、あくまで時間稼ぎですから」


一人の護衛騎士が今度は俺がとばかりに剣を抜く。


“ビユンッ、ガンッ”


護衛騎士の放った抜き打ちは、障壁の前に受け止められ、それ以上先に進む事は無いのであった。


「テイマー様がああ言った事になってしまいましたからね、代わりに俺が契約を結んだって訳です。こうしておけばパトリシアお嬢様の傍にいる癒し隊を操って害をなそうとする輩を防ぐ事が出来ますから。

それと癒し隊に誘魔草は効きません。癒し隊はホーンラビットの特徴である集団攻撃行動を克服した個体ですので、あの手の匂いに惑わされたりしないんですよ。

私もお城で誘魔草の怖さは体験済みですから、領都からの帰り道にオークの森に転がっていたお嬢様が乗っていらっしゃった馬車の底板のところを探して欠片を見つけておいたんです。

実験の結果普通の角無しホーンラビットでは駄目ですが、癒し隊の様な攻撃行動を克服した個体であったら影響が無いと言う事が分かりました。

あっ、既に誘魔草はありませんよ?あれは所持しているだけで処罰対象ですから、直ぐに処分しましたんで。


今回の事件では使われた誘魔草の量が少なく影響範囲が狭かったので良かったんですが、これがもっと大量の誘魔草であったのならホーンラビット牧場のウサギたちを処分してしまわなければならなかった。前回のお城で私がそうした様に。

その手筈も整っていたんですがね」


ケビンの話を聞きメイドたちと近衛騎士たちは思い出す、昨日ホーンラビット牧場の管理事務所から暗殺者二名を連れて来たのは誰であったのか。

元白金級冒険者“下町の剣聖”ボビーと元金級冒険者‟笑うオーガ”ヘンリー、そして誘魔草に当てられパニックを起こした引き馬たちを鎮めた青年ケビンの覇気。

彼らは気が付く、あの事件で起こりうる事態に対する対策は全て用意されていたと言う事に。


「こいつらは大丈夫、必ずやパトリシアお嬢様の助けとなりましょう。癒し隊の事、どうかよろしくお願いします」


この青年は何処まで先を見据えていたのか。

パトリシアに向かい慇懃に礼をするケビンに、ゾクッと身を震わせる一同なのでありました。

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