第94話 村人転生者、現実の醜悪さを知る

「お~い、ブー太郎~、ちょっとこっちに来てくれる?」

俺は荷馬車の後ろにいるオークのブー太郎に声を掛けた。ブー太郎は“ブヒブヒ”と何か言いながらこっちにやってくる。


「丸々一晩走らされた補填を求めますって言われてもですね~、あれは仕方ないと思わない?マジものの厄災よ?あんな化け物相手に戦うつもり?だったらこれからはブー太郎にお任せして逃げるけど?」


“ブヒ、ブヒブヒブ”

「いや~、旦那には敵いませんよ~って調子いいなおい。まぁいいや、ちょっとそこに立ってて~」

俺はブー太郎に左手の人差し指を向けて呪文を一言。

「<ホーム>」


指輪から伸びる光がブー太郎を照らし出し、その光が消えたかと思うとそこにいたはずのブー太郎は忽然と姿を消しているのでした。

「「「おお~」」」


その光景に驚きの声を上げるマルセル村一行。


「では今度は解放しますね」

俺は再び左手をかざし呪文を唱える。


「<オープン>」

指輪から放たれる光、そしてその光の中に現れる一匹のオーク。


「どうよブー太郎、なかなか快適だったでしょ?」

“フゴ、フゴフゴ、ブヒ~”


「あぁ、その事は後で説明するわ」

俺は荷台に置いてあるカバンのところに向かい、手を入れるふりをして収納の腕輪から果物の入った皮袋を取り出しました。


「ブー太郎、これ持って行っていいから中で休んでいてくれる?外に出れそうだったら知らせるわ」

“ブヒ、フゴフゴ”


そして俺は再び<ホーム>と唱え、ブー太郎を指輪へと仕舞い込むのでした。


「それじゃボイルさんたちはこの道を戻って何食わぬ顔で村を通過しちゃって下さい。俺はこいつらを引き渡さないといけないんで」

俺はそう言うと魔力の触腕でがっちり掴んだ子供たちを指差します。糸はどうしたのか?難しいんだよ糸の操作は!あんなもんは一発芸なんだよ!まだまだ修行が足りないんだよ!

憧れのロマン武器を操る事が出来ず心で涙する俺氏、アニメや漫画のヒーローは遥か高みにおられる様です。(T T)


「うむ、何から何まですまんのう。やはり儂も残った方が」

「いえ、ボビー師匠はボイルさんとチビッ子たちの護衛をお願いします。と言うかしっかり頼みますよ、詳しくは今夜にでも、直ぐに追いかけますんで。

ジミー、大変だったな。まぁこれも経験だ、しっかり糧にしろよ。二人の事、頼んだぞ」


「了解、ケビンお兄ちゃん。家に帰ったら色々聞くから、お父さん込みで」

ウグッ、ジミー君はお兄ちゃんを逃す気が無い様です。本当にこの弟様は鋭い、ジミーって転生者じゃないよね?何このハイスペック少年、この世界の勇者ってジミーなんじゃね?ジェイク君も何やら真剣な顔をなさっているし、色々考える事があったのかな?


荷馬車は進む、カタコト音を立てて。そしてその姿が小さくなった頃、俺は魔力の触腕に囚われた子供たちに目を向ける。


「さて、君たちの処遇です。通常であれば先にある村に引き渡し、領兵を呼んで貰うと言う手続きが必要です」

俺がそう言うと何故か笑みを漏らし始める子供たち。まぁ普通はこんなもんだよな~、ボビー師匠を刺したガキがおかしいだけで。


「ですが残念ながら皆さんはここで終了です、狩りに失敗したんです、仕方がないですよね」


「何言ってるんだよ、村の大人に引き渡せよ!俺たちに何かしてみろ、捕まるのはお前の方なんだからな!」

堪らず声をあげるナイフの少年、うん、流石に彼もここまでですか、残念です。


「あぁ、それですけどね、やっぱり子供たちだけでこんな森の中に来たりしたら危ないじゃないですか、だから村の男衆が連れ立って探しに来たんですよ。

しかし何という事でしょう、そこには子供たちを襲う魔物の群れ、哀れ男衆は魔物と鉢合わせになり全滅してしまうんです。悲しいですよね、この世界、魔物の脅威とどう向き合って行くのかが重要だとは思いませんか?」

俺の言葉に一体何を言っているのかと理解の追い付かない様子を見せる子供たち。


「えっ?お前、一体何を」

「いやいや大した事じゃありません、今回の件がこの先の村ぐるみで行われていた追い剥ぎ強盗だったとか、村の男衆どころか村長までもが率先して犯罪に手を染めていたとか、何年も前から習慣的に行っていた行為だったとか、今更どうでも良いんですよ。

あなた方は私の大切なものに手を出した、だから排除する。そこに性別や年齢は関係無いんですよ」

“ドサドサドサドサ”

“!?”


「あぁ、こちらは先程出会ったこちらに向かわれていたこの先の村の男衆の方々ですね。今夜は宴会だとか仰ってとても愉しそうでしたので、ご招待致しました。お知り合いの方がおられたのなら良かったのですが、そろそろお客様もお見えの様ですし」

“ドカッ”


「そ、それは」

「こちらですか?これは秘伝のソースですよ。やはりメインディッシュにはきちんとした味付けが必要ですから。

ホーンラビットやボアの内臓や、血抜きした際の血液ですね。お客様方はこうした臭いが大好きなんですよ」


“ガタガタガタガタ”

打ち鳴らされる奥歯、顔を青くした子供たちは皆泣き腫らし喚き声をあげる。

“助けて下さい、もうしません”と命乞いをするも、少年は淡々と作業を続ける。


“バシャッ、バシャッ”

「今までそうして命乞いをしてきた多くの者がどうなったのか、この森の奥は物凄く淀んだ魔力の気配がするんですよね。殺された者たちの恨み、辛み、それは形ではなく闇の魔力としてこの世を彷徨い、やがて暗黒の魔物を作り出す。

もしかしたらここの村は既に終わっていたのかも知れません。

お客様がいらした様ですので私はこれで、皆様の素晴らしい旅路をお祈り申し上げます」

少年はそう告げると、幻の様に姿を消すのであった。


その場に残されたものは濃厚な血の臭い、そして周囲に集まる無数の獣の気配。

「「「うわ~~~~~~!!」」」

森に響く叫び声、その場で身を竦める者、森に向かい走り出す者、森の道を村に向かって駆け出す者。


“““““ウワオーーーーーーーン!!”””””

森中に響き渡る魔獣の咆哮、それは彼らの宴の始まりを告げる合図であった。



「あ、イザベルさん、さっきは突然すみませんでした。こいつが昨夜話したブー太郎です。

ブー太郎、こちらイザベルさん、この指輪をくれた人です。それで中に食べ物とか無いけど、もっと持って行く?」


“フゴ、フゴフゴ”

「えっ?中にいるとお腹空かないの?しかも快適ってどう言うこと?」


“あぁ、それはこの魔道具の効果の様です。ダンジョン産の品なので詳しくは分かりませんが、この中はある種の異空間になっている様です。中にいる魔物を最適な状態に保つといった効果があるみたいなんですよ。私も大変居心地が良いですよ?強いて言えばやや退屈で、何か本でもあれば良いのですが”

「そうですね、こんなもので良ければ。“魔法の書”、現代の魔法使い達が読む入門書の様なものですかね」


イザベルさんは魔法の書を受け取るとそれを繁々と眺め、“借りますね”といって指輪に帰って行きました。


「それでブー太郎はどうする?村を通過するだけなら問題無さそうだけど」


“フゴフゴ、ゴフ”

「マルセル村までよろしくお願いしますって歩く気ゼロじゃん、従魔専用移動生物ケビン君じゃん、もうそれで良いです」


“フゴフ~”

ブー太郎は“よろしくお願いしま~す”と言って手を振りながら、指輪の中に帰って行った。


さてはて、それじゃわたくしも出発しますかね。

あら?一人こっちに向かって来てません?あれってナイフ君じゃん、凄いなおい。まぁ生き残るのも彼の運、俺としてはこれ以上手を出さないから頑張りな。

俺はこちらに向かって走ってくる気配に称賛の念を送りつつ、自分の魔力を身体の中に押さえ込み、気配を消す事を意識しながらその場を後にするのでした。


―――――――――――


“ハァッ、ハァッ、ハァッ”

息が苦しい、足が凄く痛い、でも止まる訳にはいかない、村まで逃げ帰れば助かるんだ!


それはいつもの“狩り”だった。

「坊っちゃん、獲物が掛かりました。馭者の男と護衛に爺さんと成り立て、それとガキが二人、オークの従魔が一匹です。ミルガル方面から来てあの荷物、間違いなくマジックバッグ持ちですね。恐らくはあの爺さんがテイマーでしょう、先に仕留めるなら馭者や成り立てより爺さんの方でお願いします。

オークなら村の男衆で仕留めますんで、今夜は宴会ですよ」


何時から“狩り”が始まったのかは分からないし興味もない、ただそれは定期的に行われて来た村の仕事。そこで得た収穫物は冬の食糧を買う資金になり、俺たちは村の一員として狩りを楽しんできた。


「若様、今日の獲物はどんな感じなんですか?」

聞いてきたのは二つ年上の少年、今年授けの儀を迎えるとか言っていたか。


「馭者の男と護衛に爺さんと成り立て、子供が二人に従魔のオークが一匹。爺さんがテイマーらしい、村門の見張りによれば見るからに子供好きと言った様子だったそうだ。俺が爺さんを引き付けて倒すからお前たちは他の連中が逃げない様に周りを囲むんだ、典型的な田舎者らしいが油断するなよ」


「「「はい、分かりました」」」


爺さんは案の定甘々だった、武器も持たずに警戒心無く近付くって馬鹿か?まぁそうさせたのは俺なんだけどな。

貧相なガキが震えながら脅し文句を言った場合の反応は二つ、偉そうに説教をかますか同情して優しく接するか。行き成り切り掛かって来そうなヤバそうな奴はこの罠に最初から関わらせない、だから今まで上手く行って来たんだけどな。細く長く、それが長生きのコツらしい。

うめき声を上げ倒れる爺さん、状況が理解出来ずオロオロする田舎者ども。俺の演技にコロッと騙された馬鹿を見下す時のこの爽快感、これだから“狩り”は止められない。これまでもこれからも、細く長く狩り続けてやる。



コイツは一体何なんだ。全て上手く行ってたんだ、邪魔な爺さんはさっさと排除出来たし田舎者どもは俺の脅しに言う事を聞くしかない状態、いつもの様に山小屋に放り込んで後は大人の仕事。俺たちは村に帰って旨いおやつを食べる、そうなるはずだったんだ。


「残念ながら皆さんはここで終了です、狩りに失敗したんです、仕方がないですよね」


そいつの顔は終始笑顔だった、だがそのにこやかに微笑む顔から向けられる眼差しには、一切の感情が見られなかった。俺たちを縛り付けるよく分からない魔法も爺さんを瞬時に治したハイポーションも、爺さんが刺された事すらどうでもよいと言った風であった。


“ドサドサドサドサ”

“!?”

「あぁ、こちらは先程出会ったこちらに向かわれていたこの先の村の男衆の方々ですね。今夜は宴会だとか仰ってとても愉しそうでしたので、ご招待致しました。お知り合いの方がおられたのなら良かったのですが、そろそろお客様もお見えの様ですし」

どこからともなく現れた村の大人たち、身動き一つしないその状態を俺たちは良く知っている。それは“狩り”の際に“獲物”がよく見せる姿。


“ドカッ”

取り出された大き目の壺、蓋の開かれたそれから漂う血の香り。


「そ、それは」

「こちらですか?これは秘伝のソースですよ。やはりメインディッシュにはきちんとした味付けが必要ですから。

ホーンラビットやボアの内臓や、血抜きした際の血液ですね。お客様方はこうした臭いが大好きなんですよ」

そいつはそう言うと、その“ソース”を倒れる大人たちに振り掛けだす。

“バシャッ、バシャッ”


そしてその“ソース”は大人たちだけじゃなく俺たち子どもたちにも。

周囲に立ち込める血の香り、森の奥から聞こえる獣たちの叫び。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、怖い怖い怖い怖い。

泣き叫び命乞いをするもそいつは淡々と作業を続け、片付け物を済ませると笑顔のままこう告げた。

「今までそうして命乞いをしてきた多くの者がどうなったのか、この森の奥は物凄く淀んだ魔力の気配がするんですよね。殺された者たちの恨み、辛み、それは形ではなく闇の魔力としてこの世を彷徨い、やがて暗黒の魔物を作り出す。

もしかしたらここの村は既に終わっていたのかも知れません。

お客様がいらした様ですので私はこれで、皆様の素晴らしい旅路をお祈り申し上げます」


そいつはまるで幻のように姿を消した。途端身体に自由が戻った俺は、一目散に林道を村に向かい駆け抜けた。背後から聞こえる悲鳴も、魔獣の咆哮も、その一切をかなぐり捨てただ生き延びたい一心に。


“ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ”

目の前に見える村門、あそこに飛び込めば。

村門の周辺には村の女衆が今日の獲物を心待ちにして立っている。オークの従魔の話でも伝わっていたのか、心なしかその笑顔にも宴に対する期待が現れている。


ハハッ、俺は助かったんだ。くそっ、この俺に嘗めた真似をしやがって、復讐だ、どれだけ時間が掛っても必ず復讐して“ガウウォッ”

えっ?俺は村に辿り着いて・・・。何で女衆が逃げまどってるんだ?あれ?音が全く聞こえないぞ?

何で俺は地面に倒れて・・光が、周りが暗くな・・・“ガウゴゥ”


街道沿いの村を襲った魔物の襲撃。村の主要な男衆は勝手に森の中に入ってしまった村の子供たちを探す為に森に向かい、その襲撃を受け全滅。村の子供たちも森の各所に逃げたが残念な結果に終わった。

唯一逃げ延びたであろう子供が村門そばまで来ていたのだが、彼を追って来た魔獣に襲われ短い人生を終える。そして村門前で男衆と子供たちの帰りを待っていた女衆も、そこで魔獣に襲われ多くの犠牲者を出した。

街道沿いの村での出来事と言う事もあり、この事は事態に気が付いた商隊の者によりミルガルの街の衛兵及び冒険者ギルドに報告され、グロリア辺境伯領からの依頼と言う形で冒険者の魔獣討伐隊が派遣される事となった。

そして冒険者たちは周辺の森の調査に入り、山小屋らしき建物の裏であるものを発見する事となる。それは魔獣によって掘り返された地面とそこから引き摺り出された無数の腐乱死体、そして白骨化した死体の数々。

その服装から村人や旅人と思われるそれはすぐにギルドを通じ領兵に伝えられ、村に一斉捜査の手が入る。その結果この村が村ぐるみでの追い剥ぎ行為を行っていたことが発覚、村民は年齢性別を問わず全員捕縛、領主グロリア辺境伯の命により極刑に処される事となった。

この事件は各村々を監督する監察官を通じグロリア辺境伯領全域に通達され、領内の綱紀粛正に一役買う事となる。



う~ん、ボイルさんたち無事に次の村に着いたかな~。俺と違って寝不足だろうからちょっと心配。でもやっぱ凄いよな、ポーションビッグワームのドーピング効果。あれだけ無茶苦茶やったのに心身ともに超元気、これ絶対人に言えないわ。要秘匿案件。

街道沿いの村がいずれそんな事態になる事など露も知らず、街道脇に落ちていた棒を拾い、テンション高く振り回すケビン少年なのでありました。

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