第9話 東京珍道中
P.M.2:00 東京都渋谷区 桜丘町某所
リハナは草木の中で息を潜めていた。
時間帯から
そこに、『
――…………今だ!
リハナは茂みからハンドガンの銃口だけを外に出し、近くにまで寄って来た『
ゼロ距離からの射撃。
いくら威力に乏しいハンドガンでも、これだけ条件が整えば皮が柔い『
もっとも、この作戦を考えたのは彼女ではなかったが。
「――思ったよりやるじゃねえか。地球の武器を使いこなしてる」
彼女が隠れていた茂みとは別の茂みから出てきた
「どの目線からものを言ってるんですか」リハナも立ち上がり、近付いてくる彼に憎まれ口を叩く。「民間人の貴方より、普段から銃を扱っている私のほうが使いこなせてるのは当然です。訓練だって、自衛隊の皆さんに負けないぐらい積んだんですから」
「けど、『
「……ずっと思ってたんですけど、随分と
「さっき言った幼馴染が異世界の研究をしててな、よく
『六神世界』に関した情報の一般人に
また、機密事項とその境界もまだはっきりとしておらず、割りと本人の口から漏れ出ることもあった。例えば、『
「あ、ちょっと」リハナが声を出した。
神宮寺が断りもなく、命を失くした『
「不用意に近づかないでください。『
しかし、彼女の警告も虚しく、神宮寺は構わず『
「え?」
「ただ目の前の人間を殺戮してまわる本能的な生物。その行動原理は一体なんだと思うよ」
「そ、そうですね」いきなりの問題提示に、リハナは戸惑いながらも答えを考えた。「……やはり、繁殖するためでしょうね。野生の生物は例外なく、生きるために他の生物を殺しますから。奴らにとっての捕食活動がアレだったのでしょう」
思い出すだけでも腸が煮え繰り返るようだった。野生の性、といってしまえばそれまでだが、それにしたって奴らの残虐性は度を越していた。人を淡々と殺し、その死体も蹴ってぐちゃぐちゃにする、その非情さ、道理のなさ……許せるはずがなかった。
「捕食、ねえ…………。けどよ、コイツらは
亡骸となった『
「ならよ、コイツらの食料も
「ああ、それは『
『異神四世界大戦』を経て、『ヘルミナス王国』と『シークヴァニア連邦』と『フーバ皇国』の連合軍は、『
これは未だに仮説の域を出ないが、一説によると、『
そんな建物の奥にあったのが、『
「私は探索隊に参加したわけではないので、すべて事後報告のものになっちゃうんですけど、その装置の仕組みを調べて判明したのは、『
ただし、それも憶測の域を出ないという。というのも、肝心の『
だからこそ、今回の『
「なんとも眉唾モノですが、そうでもないと『
「ふーん。けどよ、その仮説って謎もあるよな」
「そうなんですか?」
「ああ。例えば、『
「そうなりますね」
「んで、『
「う……急に耳が痛い話に」
『
「いや、それは別にリハナが気にすることじゃないだろ。大体、『ヘルミナス王国』は最初から地球に対して友好的だったろ」
ただ、例外もあった。それが、『ヘルミナス王国』と『フーバ皇国』だった。この二世界は、他世界から狙われる地球に味方した。『ヘルミナス王国』は取引を持ちかけ、『
「とにかく、『エクス・デウス』では
「けど、実際に『
「まあ、そこらへんの謎は解らんが、俺が言いたいのはそこじゃなくて、奴らが人を殺すのは、繁殖のためじゃないんじゃねえか、っていうことだ」
「では、なんのために……」
「人を殺すために人を殺す――俺はそう考えている」
「……?」
文章の構築力がなさすぎて怪奇な文章となっている。そんな意味の解らなさを覚えたリハナは、神宮寺の出した結論を詳細を訊き出そうと口を開いた直後――――
「あの、すみません!」
と二人の耳に知らない声が届いた。
二人は一斉に聞こえた方向に顔を向けた。ビクッ、といきなり視線に晒された声の主が怯えた反応を見せた。二十代の女性だった。ただ、眼を引いたのは彼女の身体だった。上着を着ていたのだろう、夏でもないこの時期にノースリーブのトップスに、そこから伸びた腕は傷だらけだった。髪は乱れ、泥のような液体が付着していた。青ざめたジーパンも所々が破けていた。
「っ……大丈夫ですか!」その尋常でない出で立ちから、リハナは『
今にも倒れそうな女性に駆け寄り、身を預けるように促し、彼女は心配そうにその身体を観察した。
切り傷がいくつもあり血が流れているものの、命の危険にまで達しそうな程度ではなかった。顔色は青白く、恐らく物理的ダメージよりも精神的な疲労が大きいのだろう、リハナが触れるときにも身体を震わせていた。はあはあ、と息が激しい。走ってきたのだろう、と予想できる。
――つまり、何かから逃げていた……?
「神宮寺さん、周囲を警戒したほうがいいかもしれません。この女性を襲った存在が近くにいる可能性があります」
「その女はどうすんだ」
「神宮寺さんに預けてもいいですか。もし、追っ手がいれば、私が対処します。どちらにしても、応急処置は神宮寺さんにしかできません。近くにコンビニか薬局、病院がないか、警戒しながら探しましょう」
「ま、待って……ください……!」
今後の行動指針を決めたところで、女性が力を振り絞るような声色でリハナの肩を掴んだ。
「病院、じゃなくて……、行ってほしいところが……あるんです……!」息も絶えだえに言う女性からは、絶対に伝えなければならないという切実さが滲んでいた。
「行ってほしいところ?」
「有陣大学という場所です……! そこに……っ、友達や先生達が! 『
「『
女性は掴んだリハナの肩に力を入れ、なんとか立ち上がった。「案内します……! だから、みんなを助けて!」
「ですが、貴方の怪我も……」
「それよりも! もういつ殺されてもおかしくない!」
女性の必死に満ちた迫力に、リハナは気圧されるようだった。本人はここまで言うのであれば、無理やり治しに連れて行くこともできない。抵抗されて、さらに怪我でもされたら目も当てられない。
それに、リハナとしても有陣大学に囚われた人々を見逃す選択肢はなかった。比較的軽症の女性の強制治療と、時間をかけるほど命の危険性が上昇する被災者、その二つを天秤で測ったところ、後者に坂が出来上がるほど傾いた。
「もう死んでんじゃねえの、そいつら?」そのとき、神宮寺は冷めた声色で言った。
「え……」
「ちょっと、なんてこと言うんですか神宮寺さん!」リハナは堪らず声を上げた。
神宮寺は無言で肩を竦めた。冗談のつもりだったのか、とリハナは流石にその軽口を許すことができず、さりとてこのまま口論を始めても仕方なく、デリカシー皆無の男を無視して話を進めることにした。
「あの人は無視してください。それより……すみませんが、有陣大学まで案内してもらってもいいですか」
「……はい、解りました」
「一応、お名前をお訊きしても?」
「篠原亜子と言います」女性、改め篠原亜子は青白い顔で名乗った。
P.M.2:10 東京都渋谷区 有陣大学表門前
有陣大学は大通りから外れた場所にひっそりと立っていた。他と比べると敷地も狭く、申し訳程度の運動場を見ると、部活にそこまで力を入れていないのだろうと推測できた。
「ここが……有陣大学です……」篠原亜子が言った。
「案内してくれてありがとうございます」リハナは礼を言った。「ここからは私に任せてください。篠原さんは近くのシェルターに避難しておいてください」
「え、でも……」
「安心してください。学校の皆さんは必ず私が助けますから」
「いえ、そうじゃなくて……」篠原亜子は言いづらそうにしていたが、それでも意を決したかのように口を開いた。「なんというか、学校の中、変なことになってるんです」
「変なこと?」
「『
「……!」その言葉を聞いた途端、リハナの顔が驚愕に染まった。「奴らが巣を作っているんですか!」
「リハナ、『
「通常、『
『
「ですが、ランクB――『
「知能犯、ってわけか」
「まあ、人の知能と比べれば流石に低いですけど。予測のできない行動をすることが多く、人によっては、ランクA――『
ちなみに、リハナが入隊しているマーダー小隊の01と02もその一味なのだが、重火器が通用しないという点では、ランクBもAもリハナにとっては厄介なことこの上なかった。
「わ、わたし、その巣からなんとか必死に逃げてきたんです」篠原亜子は辿々しい口ぶりで言った。「だから、安全なルートを案内できるかもしれません」
「しかし、危険なことには変わりありません。やはり、篠原さんは神宮寺さんと一緒に待つか、安全な場所に避難してもらったほうが」
「で、でも――」
「まあ、いいんじゃねえの?」と篠原亜子に割り込んで口を開いたのは神宮寺だった。
「神宮寺さん……」
「そんな眼で見んなよ。本人が行きたいって言ってんだ。案内できるなら、有効活用しない手はないだろ。それに、そんな地獄から出てきたのに、もう一度入ろうっつー覚悟があるんだ。足を引っ張るばかりじゃねえだろ」
「うーん、そうかもしれませんが……」
「それと」神宮寺はそこで言葉を置き、リハナに近づくと、キョトンとしている彼女の顔で思いっきりデコピンをした。
「あうっ!」
「何しれっと俺をハブろうとしてんだ馬鹿。俺は蚊帳の外なんて御免なんだよ。何がなんでもついていってやるからな」
「だ、だからここは危険で……」
「てい、てい、てい」彼女が最後まで言葉を吐く前に、神宮寺は何度もその額にデコピンを決めた。彼女がうんと言うまで続けるつもりなのだろう。
「わ、解りました、解りましたから!」リハナは了承する他なかった。
「…………」篠原亜子はそのやり取りを呆然と見ていた。敵の陣地に忍び込もう、という状況の割に、なんとも緊張感がなかった。
主に、神宮寺のせいではあったが。
「ああ、そうだ」先陣を切って有陣大学の敷地内に入ろうとした神宮寺だったが、門に手をかけたところで足を止めた。
ぎゃ、とリハナがその背中にぶつかった。
「アンタに訊きたいことがあったんだ」背中の感触を無視し、彼は篠原亜子に眼を向けた。
「わ、わたしですか……?」
彼は細めた眼を向けたまま、「ユウカは大丈夫だったのか?」
「――――――!!!」篠原亜子は眼を見開いたまま答えることができなかった。
神宮寺もそこまで興味がないのか、彼女の口から答えを聞く前に門を押して敷地内に足を踏み入れた。
そんな二人の様子を、リハナは不思議そうに見ていた。
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