お互いが両片思いで苦しむの、良いよね

「それじゃあ、まずはあっしとツマリさんで地主さんのもとに行きやしょう」

「あれ、アダンとクレイズは?」

「二人は、別に行くところがあるんすよ」

「ああ。用が済んだら公園で合流しよう」

「それじゃ、ツマリ。あとでね」


港に到着すると、セドナはちょっと目をそらすように言うと、ツマリと共に地主のもとに向かう。





地主の家は、港から少し歩いたところにあった。


「すいやせん、以前連絡させていただきやしたホース・オブ・ムーンの使者っすけど……」


そう門番に尋ねると、横柄な態度で門番は答えた。


「ああ? ……人間とサキュバスか。なんのようだ、貴様たち?」

「今日予定していた、地主さんとの不可侵同盟のお話なんすけど……」


その発言を聞き、門番は急に思い出したようにうなづいた。


「おお、では貴様がセドナだな。……しかし、我が主はお忙しいかただ。貴様の書状だけよこせ。私から主に印をもらおう」

「え? ……そいつはすいやせんね、お願いしやす」


そう言うと、セドナは書状を門番に渡した。

門番が城門に入るのを確認し、少し退屈ながらも安堵した様子でツマリは答える。


「へえ、直接会って話さなくていいのね」

「うーん……。こういう大事な話を直接会って行わないのは、割と珍しいかもしれやせんね。けどツマリさんは、その方が良いでしょう?」


「まあね。……正直私は、アダンやクレイズみたいに、初めての人とうまく話すの苦手だから……」


それを聞き、セドナが尋ねる。


「昔っから、こういう交渉ごとはアダンさんがやってたんで?」

「うん。それと今は敵だけど、ダリアークもね。……アダンって私より大人だから、その辺いっつも頼っちゃうのよ……」

「大人……ねえ。なんか似た者同士っすね、お二人は」

「そう? ……あまり似てない気もするけど」


セドナは少し苦笑しながら、門番の帰りを待つ。



それから少しの時間が経ち。

「ほら、書状だ。主はその不可侵同盟を締結するとのことだ」


そう門番が乱暴に書状を投げつける。

そこには、地主のものと思われる印とサインが行われていた。


「あら、思ったより早かったっすね」

「我が主はお忙しい方だからな。さあ、用が済んだらさっさと帰れ」

「なによ、あんた! さっきから失礼ね……」


そう叫ぼうとするツマリの口をふさぎ、


「へい、ありがとうごぜえやす……」

ペコリと頭を下げてセドナはそこを後にした。





その後、集合場所である近くの公園で、セドナ達はクレイズたちの帰りを待っていた。


「なによ、あの門番! いくらあたしたちが出来かけの国家だからって、態度が悪すぎるでしょ!」


「ええ……。確かにちょっと不自然でしたね。あんな態度では、地主さんの心証も悪くなりやす。……なんか、噂と違いやしたね」


セドナは少し不思議そうにそうつぶやいた。


「そうね、あんな門番を雇っていて、部下からの覚えが良いなんて、信じられないわ」




……セドナがもう少し他者を疑うことを知っていれば、或いはツマリでなくクレイズをここに連れていっていたのならば、のちに訪れる悲劇は防げただろう。






それから数十分ほど経ったのち。


「ただいま、ツマリ。早かったね」


公園で待っていたらアダンとクレイズが戻ってきた。


「あ、おかえり、アダン。……何の用だったの?」

「……ううん、別に……」


少し落ち込んだ様子で答えるアダンを見て、ツマリは尋ねるが返事は濁される。


「もしかして、私に言えないこと?」

「……いや、後で話そう」


共にいるクレイズの表情もあまり浮かんだ様子はない。


「ま、まあ、とりあえず、この話はあとにしやしょう。で、お互い思ったより早く用が済みやしたし、自由行動にしやせんか?」

「え?」


その提案に、一同は少し驚く表情を見せた。


「この先に面白いバザールがあるそうっすから、アダンさんとツマリさんで行かれてはどうっすか?」

「バザール? 行きたい行きたい! ……けど……」


それを聞いて一瞬アダンの方を見るツマリ。だがアダンは、

「いいね、一緒に行こうか、ツマリ?」

ニコリと笑って、そう答える。


「そうね。……じゃ、いこっか、アダン!」


二人はそう言うと、バザールのある方に走っていった。




「……で、アダンさんの件は……」

「…………」


クレイズは黙って首を振る。


「そうでしたか……」

「アダンのことだ。その覚悟はしていたのだろう。……それより、心配なのはツマリの方だな。私が『どちらの立場になるか』を選べるのなら、絶対にアダンを選ぶ」

「……戦うことばっかり考えてる、クレイズ隊長でも、ですか?」

「なんだ、珍しいな。お前が軽口をたたくなんて」


少し元気を取り戻した様子で、クレイズはセドナに微笑んだ。


「まあ、ツマリさんには帰国後に折をみて話やしょう。別に、すぐにディアンの町に攻め込むってわけでもありやせんし……って、あの方、まさか!」


実際に兵站の準備などを考えると、どう短く見積もっても次の作戦行動までには一か月はかかる。

そのことはクレイズも理解しているため、うなづいた。


「ああ、そうだな。……ん、どうした、セドナ?」

「……すいやせん、あっしも別行動しやす! クレイズ隊長は、おひとりで!」」

そう言うなり、セドナは北にあるスラム街に消えていった。


「……やれやれ、私一人か……。たまには悪くないな。せっかくだ、バザールに行ってみるか。何か掘り出し物があるかもしれんからな」


クレイズは各地の刺繡を集めるのが趣味である。その為、財布の中身を確認し、バザールに足を運んだ。





「やっぱりだ……。まさか、この世界で……あっし以外にも『セドナ』が居たなんて……!」


スラム街の先で見えた人影を追って、セドナは大急ぎで走っていった。

そして、角をいくつか曲がると、その男はいた。

年齢はセドナと同い年くらいだろうか、だが、その体はセドナより一回り大きく、同じように親しみやすそうで美しい容姿をしている。

周りにはスラム街の仲間と思しき人たちがおり、彼を中心に楽しそうに談笑していた。


「先輩!」


その先に居た男に声をかけた。


「ん、俺のことか?」

「ええ! 先輩、初めまして!」

「はあ? ……先輩で、初めましてって……何言ってんだ、あんた?」



『この言葉を理解できませんか? 可能なら、応答を』

いつもと全く異なる言語で、さらに普段のにこやかな態度とはまるで異なる事務的な口調で、セドナは尋ねる。



「!!!……悪い、みんな。ちょっとだけ抜けるわ。俺たちだけで話をしたいんだ」

そういうと、その男は住民に合図し、近くの建物の陰に入った。


『あなたは英語を使えるのですね。ひょっとして、あなたも『セドナ』ですか?』

男はセドナと同系統の、ディアンの町の住民には理解できない言語で互いに会話を始めた。

『ええ、あなたの後継です』

『先ほどの言葉、少し訛りがありましたが』

『最初に仕えた主人の言語を模倣した結果です。あなたも同様ですね、口調が乱暴です』

『その通りです。しかしどうやら、我々以外にもこの世界に『セドナ』はいるかもしれませんね』

『ええ。ところであなたはこの街の住民ですか?』

『いいえ、ただの旅人です。しばらく故会って滞在していましたが、もうじきこの地を離れます』

『それでは、手を出していただけますか?』

『あなたも『それ』が出来るのですね。ええ、分かりました』

そう言うと、セドナと男は互いに手を合わせた。





一方、アダンとツマリはバザールの入り口付近で、お互いに少し距離を離して遠慮がちに話を行っていた。


「その……手、つなごっか? ……この辺混んでるし……」

「え? いや、大丈夫だよ。今日は暑いから、手もべとべとしちゃうし」

「そ、そうだよね……アハハ、ちょっと変なこと言っちゃって、ごめんね……」


拒まれた手をバッと離し、アダンは無理に作り笑いをしてみる。


(またやっちゃった……。そうだよ、ツマリはもう大人ななんだから、こんな子ども扱いしちゃだめじゃないか……。なんで僕は、こんな子どもなんだ……)


そう思い、アダンは歯ぎしりをするように自身に問いかける。


(……ほんとに嫌になるな……ツマリの気持ちを理解できないのに……ツマリに愛してもらってばっかりで……。もっと強く、優しくならないと……まだ、足りないんだ……僕には……)


もっとも、そう考える背景には、拒絶されたことへの悲しみもあるのだろう。

少し泣きそうになる感情を胸の中で押しつぶすように、胸をドン、と叩いてツマリの方を振り返る。


「あ、じゃ、じゃあさ! あそこの屋台に行ってみない?」

「え? ……そうね、あたしも行きたいかな……」

ツマリもそう言うとぎくしゃくした様子で答える。





一方で、ツマリの方も同じように、顔では笑みを浮かべながらも心の中で葛藤をしていた。


(また、アダンのこと、傷つけちゃったかも……ダメだよね、本当に私は……)


ツマリは、自身の胸に手を当てながら、そう思っていた。


(アダンに今まで与えてもらってばかりなのに……。抱きしめたい、キスしたいって求めてばかりで……それどころか、アダンのこと支配したい……征服して、自分だけのものにしたい……そんなドロドロした思いが……今もこうやって燻っている……。こんなこと考えてる私が、アダンに大事にされるのは……ダメだよね……)


ツマリも同じようにその思いを握りつぶすように、胸に当てていた手をギュッと血が出るほど握りしめた。





((何も考えないで、一緒に手をつないでいられたあの頃に戻れたらなあ……))

バザールの入り口に近づいた二人はそう思いながら、口には出さなかった。

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