微妙に影の薄いキャラが大活躍するの、良いよね
クレイズ一行が戦いを始めてから半日ほど経過し、空はすっかり明るくなっていた。
「……来たか……」
クレイズははるか南の方から狼煙が上がるのを確認し、ひと心地着いたように茂みの中でつぶやいた。
「なんすか、あの狼煙は?」
「本隊が攻撃を始めた、と言う合図だ」
「そりゃよかった。まさかここまで俺たちが戦ったのに、ギラル卿が攻撃しなかったらどうしようかと思いましたよ」
「そうだな……」
そう言いながら、クレイズは少し苦痛の表情を浮かべて、仲間の兵士たちを見つめた。
「……3、いや、4人か……この場に居ないのは……」
「ええ。うまい具合に生きててくれるといいんですけどね……」
クレイズ達が『最下流の砦』を落とすことはすでに敵兵に漏れていたのは確かだった。
周囲には斥候だけでなく、数多くの部隊が伏せられており、その中を駆けまわりながらクレイズ達は必死に戦っていた。
クレイズが引き連れていた帝国兵たちは元々精兵であり、数こそ少ないものの本作戦の兵力の半分近くを占めている。
それでも、敵兵も同様に精兵を集めており、かつ圧倒的な物量差により何人かの兵士は討ち取られていた。
数の上では少ないが、この世界における精兵の損失は、一個中隊の壊滅にも相当するほどの被害になる。また、大抵の国では精兵を討ち取った時の褒賞も莫大なものになることもあり、敵兵たちの士気が高かったこともあるのだろう。
「すまないな、私の作戦に付き合わせてしまって……」
「気にしないでくださいよ。クレイズ隊長がこういう性格なの、みんな分かってるんですから」
屈託なく笑みを浮かべる兵士に、クレイズは頭を下げた。
「さて……。敵兵もだいぶ砦から散らせることが出来たな」
だが、その分陽動作戦は想定以上にうまく行った。
既に砦内部に兵士はほぼ残っておらず、またクレイズ達の部隊の居場所がつかめない以上、うかつに狼煙が上がった先に救援に向かうことも出来ないだろう。
「ええ。このままいっそのこと、砦を奪っちまいますか?」
「いや、敵だってバカじゃないから、砦を奪われない程度の兵力は残しているだろう。だが、逆に言えば城に送るだけの兵力はもう残っていないはずだ。迎撃に散らばせた兵たちを再集結させる頃には、城攻めも終わっているはずだ」
「ですね。じゃあ、そろそろ撤収しましょうか?」
「ああ……。いや、見ろ、あの影を」
そう言ってクレイズが指さした先には、まっすぐに狼煙の上がった先に向けて突き進む兵士の一団が居た。
「あの旗は……ネリア将軍です!」
「流石だな……。我々の陽動に引っかからなかったか……いや、それだけじゃない……。中流の砦に向かっているのか……!」
数は決して多くないが、大陸でも有数の剣の使い手であるネリアが向かえば戦況は大きく変化するであろう。
その様子を見て、兵たちは笑みを浮かべた。
「クレイズ隊長、良かったっすね。……愛しのお相手が戦場に出てきましたよ? しかも、戦うための大義名分までついて来てます!」
半分皮肉で別の兵士が茶化されるが、クレイズは少し恥ずかしそうにしながらも、部下たちに良く通る声で号令をかけた。
「そうだな……。すまない、これがこの戦場での最後の大仕事になるだろう! 怪我の深くないもの、士気の折れていないものは、ともに手を貸してくれないか?」
「ええ! 俺たち帝国軍の力、見せてやりましょう!」
その場に居たすべての部下がそう言うと、クレイズ達はネリア将軍の旗のもとに向かった。
「急げ、我が精兵どもよ!」
ネリア将軍は、大急ぎで兵士を走らせる。しかし、編成された部隊の多くが歩兵と言うこともあり、中々足は進まない。
「なんで、砦に向かうんですか、将軍?」
「嫌な予感がするんだ……」
「嫌な予感って、どんなことですか?」
「ひょっとしたら、奴らの狙いはこの砦じゃない、と言う可能性だ……」
「ええ? けど、あれだけの大部隊に我々は奇襲を受けてるんですよ?」
「そうは言うが、恐慌状態の兵士たちの訴える伝令など、信頼できるのか?」
昨晩の戦いから、ネリア将軍はずっと違和感を覚えていた。
敵部隊により、自身が守る『最下流の砦』が狙われていることはかねてより密偵より連絡を受けていた。
そして実際に昨夜より敵の大部隊から奇襲を受け、あちこちで兵数では一個大隊、兵力でいえば一個旅団レベルとも称される数の報告が行われており、それに合わせて砦の兵士たちに迎撃に出るように命令していた。
だが、敵兵と交戦する時間がどの部隊も極端に少なく、逆に伝令兵から報告を受ける感覚が極端に早かった。
そのことから『ひょっとしたら、敵は少数の精兵を陽動のために送り込んだだけなのでは?』と感じ始めていた。
「ってことは、敵の狙いは……」
「ああ、中流の砦を落として、南と西から場内を挟み撃ちにする作戦かもしれん」
実際には、セドナ達の部隊は中流の砦を落とすつもりはなく、単なる陽動作戦を行っているにすぎないのでこの推測は当たってはいない。しかし『中流の砦付近に敵の別動隊が存在する』と言う部分については当たっていた。
「しかし、これだけの兵力で問題ありませんか……?」
「万一私の予想が外れていたら、砦は落とされ、我々は殲滅されるからな。それに……私一人向かえば、戦況は変えられる」
「は……さすがは竜族ですな! 我らエルフとは違う……うお?」
だが、そうつぶやいたところで、目の前に強力な魔法弾が飛び、爆発した。
「くっ……誰だ?」
「……悪いが、その先に進ませるわけにはいかなくてな……」
煙の向こうから現れたのは、一人の人間の青年。そして背後には滅びたはずの帝国軍の鎧に身をまとう精強な戦士だった。
「貴様……! 確か、帝国四天王の……」
「そうだ、クレイズだ。……会いたかったぞ、竜族の精鋭、ネリア将軍殿」
「ふん……」
そう言いながらネリアはあたりを見回す。増援の気配がなく、またこちらに不意を突こうとする様子も見られない。
「……質問に答えてくれないか? その間、足を止めてやる」
「断る」
当然のようにクレイズは答え、剣を抜いた。
「だが……。一騎打ちに応じる勇気があるなら、答えよう」
「ほう?」
それを聞き、驚いたようにネリア将軍は目を丸くする。
一般的な人間の力を3とした場合、竜族は30を優に上回る。そしてネリア将軍自身にも、自分たちが地球上に居る全生物の中で最も希少であり、最も優れた種族であるという自負があった。
自身が戦場で敗北する機会があるとすれば、勇者兄妹のような傑物に二人がかりで襲われるか、或いは数に任せた飽和攻撃しかない……とまで考えていたからだ。
見たところ、クレイズ自身の実力は極めて高く感じるが、魔力自体は背後の兵士しか持たないことが分かった。その為、寧ろその一騎打ちはネリア将軍にとって好都合であるとも感じた。
「いいだろう。……だが、貴様の部下は手を出さない勇気があればな……」
そう言って、槍を構えた。竜族の強力な腕力に耐えられる、頑丈な金属でできた長槍だ。
「いいだろう。……お前の部下には手を出すように伝えても良いぞ? 私に勝つ自信がないならな」
竜族は当然その種族としての能力の高さから、プライドが大変高い。その発言にネリア将軍は怒りの目を向け、兵たちを下げた。
「それは誓ってさせない。竜族の誇りにかけてな……」
また、戦いを好むのはネリア将軍であっても同様であった。
どのみちクレイズが『中流の砦』に向かう街道を封鎖している以上、彼を倒さなければ先に進むことは出来ない。
槍を大きく振り回して構えるのを見届けた後、クレイズは叫んだ。
「さあ、来い!」
その発言に呼応するように、ネリア将軍は槍を持ち、突進してきた。
ガン、キン、と鎧と槍がぶつかり合う様子を見て、周囲の敵兵が驚嘆の声を上げていた。
「な……」
「なんだ、あの人間は……! ネリア将軍と互角に打ち合っている……?」
見たところクレイズの方がダメージは大きいようだが、それでも闘志は失われていない様子であった。
「はあ、はあ……」
クレイズは肩で荒い息をしながらも、嬉しそうに剣を構える。
「久しぶりだぞ、こんなに楽しい戦いは……!」
一方のネリア将軍はまだ余裕がありそうな表情で、同じように笑みを浮かべながら答える。
「貴様もな……貴様が人間じゃなかったら、今頃戦友になれてたのにな!」
そう言いながら槍でクレイズの首筋を狙うが、穂先を剣でからめとられ、顎を狙った前蹴りを放たれ、ネリア将軍はそれを間一髪でかわす。
因みにネリア将軍たちの所属する王国では人間は特にエルフから差別を受けており、一般的には兵士のような公職に就くことは出来ない。
「そうかな……! 私が仮にエルフでも、私は『ホース・オブ・ムーン』に寝返っていただろうな!」
そのふらついた瞬間を見逃さず、クレイズはネリア将軍を袈裟懸けに斬ろうとする。
ネリア将軍はそれを防ごうと槍を構えるが、その動作はフェイントであった。一瞬で剣を左手に持ち替え、右の二の腕を斬りつける。
「ぐっ……! なんでそう思うんだ!」
苦悶の表情を上げつつ、ネリア将軍は槍を片手に持ち替え、正拳突きをクレイズの人中めがけて放つ。
クレイズはそれを鉢金で強引に受ける。だが破壊力はネリアの腕力が上回っていることもあり、一瞬ふらつく。
「お前が今、ここに立っていることが理由だ!」
追撃とばかりに首筋めがけて襲ってくる槍を足で弾き上げると、今度は軸足となっている太ももめがけて強烈な蹴りを放つ。
「くそ……! 同感だな! 私も同じ立場なら、そうするだろうな!」
竜族の筋肉は人間のそれよりもはるかに密度が高く、なおかつ彼女のように鍛えこんだ正規兵の場合は、大したダメージにならない。ネリア将軍はそれを物ともせずに、槍を引き戻して、クレイズの心臓めがけた凪祓いを行った。
「どうした、遅くなってきたぞ?」
クレイズは大きく身をかがめてそれをよけ、先ほどと同じ二の腕を斬りつけながら背後に抜ける。
(くそ……なぜ、当たらないんだ……!)
ネリア将軍は、ギリ……と歯ぎしりをしつつ、振り返る。
……それから、十数分も経過しただろうか。
「はあ、はあ……」
「これで……どうだ!」
クレイズは十数度目かの蹴りをネリア将軍に放つ。
「ぐ……!」
いかに精強な筋肉と言えど、何度も渾身の蹴りを受け続けていたら、ダメージは蓄積する。ネリアはその一撃に耐えられず、膝をついた。
その隙を見逃さず、クレイズは剣の柄でネリア将軍の手元を強く打ち付けた。
「く……槍が……!」
その一撃に取り落とした槍をクレイズは蹴り飛ばしたことで、槍は茂みの中に消えていった。
「お前の、負けだ!」
ネリア将軍の首筋に剣を構えたクレイズはそう叫んだ。
「ネリア将軍!」
「来るな!」
その発言に対して、後ろで待機していた兵たちが近づこうとするも、ネリア将軍は制止した。
「私の負け、だな……。まさか、人間ごときに負けるなんてな……。技量も膂力も私が上だったはずだが……なぜだ?」
その質問に、クレイズは少し寂しそうに答えた。
「……ネリア将軍。お前の戦い方は『慈悲』にあふれていた。……それに気づいたからだ」
「慈悲に? 私は貴様をずっと殺す気で戦っていたんだぞ?」
その意外な答えにネリア将軍は、驚いたような表情をするが、クレイズは少しため息をつくような表情を見せた。
「そうだな……。殺すつもりだったな。……だが、その言葉に『苦しまないように一撃で』と言う但し書きがついていただろう?」
「え?」
「竜族はみな、生まれつき強い膂力を持つ。それゆえに、戦いの中でもその膂力で強引に倒すことが出来ただろう。その中で、無意識に弱者をなぶることを嫌っていた。それが貴公の敗因だ」
「……そういうこと、か……」
ずきずきと足の痛みを感じながら、ネリア将軍は納得の表情を浮かべた。
先ほどまでの戦いで、すべて自身はクレイズの急所を狙っていた。一方でクレイズの方は急所にならない箇所を繰り返し攻撃することで、ダメージの蓄積を狙っていた。
無意識のうちに相手を即死させようとしていたことが、クレイズに動きを見切られていた敗因だったということである。
ネリア将軍は観念したようにつぶやいた。
「……私を捕虜にするのか? それとも殺すのか? どちらでもいいが、我が部下たちは助けてやってくれ」
その発言に、クレイズは首を振ってネリア将軍から離れると、後ろの兵たちに呼びかけた。
「貴殿ら! まもなく我が本隊がここに押し寄せてくるはずだ! 命が惜しくなければ、ネリア将軍を連れ、直ちに砦に退避することだ!」
「え……やっぱり、こいつらだけじゃなかったんだ……!」
「ひ……わ、分かりました!」
もとより砦の兵たちはそこまで士気は高くなかった。そもそも『まだ敵の部隊が周囲に潜んでいる』と言う疑念はいまだに晴れていない。
そのこともあり、兵たちはネリア将軍を抱き上げ、一目散に逃げかえっていった。
「く……私が情けをかけられるとは……。だが、次に会うときには私が勝つ……!」
「ああ! 人間の体はもろいぞ! 足でも指先でも、好きなところを狙ってくるんだな!」
「……ふん!」
そう吐き捨てながらも、ネリア将軍率いる兵たちは去っていった。
「いいんですか、クレイズ隊長?」
敵将をあっさりと見逃したことに、味方の兵疑問の表情を向けてきた。
「ああ。見たところ、あの将軍は部下に慕われていたからな。あの場で殺せば、奴らは弔い合戦とばかりに我々に襲い掛かっていただろう」
「確かにそうっすね。そうなったら、我々にも被害は出てたってわけですか」
「そうだ。我々の仕事は殲滅じゃない。時間を稼ぐことだ」
だが、その発言に兵士はまたしても皮肉めいた笑みを浮かべる。
「けどさ、隊長。本当は、ネリア将軍と再戦したかっただけでしょ? あんなに楽しそうなクレイズ隊長、久しぶりに見ましたから」
「む……なんでそう、お前たちは私の考えを読むのだ? ひょっとして、私の思念を……」
焦るような表情を見せたクレイズ隊長に、半ば呆れたように兵士は答えた。
「人間である隊長の思念なんて、誰も伝わりませんよ。そんだけ隊長が分かりやすい人だってだけですから」
「……ふん……」
「さ、そろそろ我々の出番は終わりですね。大手を振って退却しましょう」
「そうだな……じゃあ、後は頼む……」
だが、その発言と共にクレイズは崩れ落ちた。
「クレイズ隊長?」
「すまない……。やはり、竜族の膂力はさすがだな……。直撃は避けていたのだが、やはりもう体が動かん……すまんが、肩を貸してくれ……」
兵士がクレイズの体を改めてみると、あちこちに痛々しい打撲が見られていた。恐らく骨も何本か折れているはずだ。
「はあ……。まったく、無茶ばっかするんですから……。肩を貸すより、こうしてあげますよ」
「うわ! ……す、すまないな……」
その様子を見た兵士は呆れながらもクレイズを背負うと、進路を退却路である南西に変更した。
一方で、こちらはセドナ達の陣地では、
「…………?」
アダンが少し不思議そうに体をピクリ、と動かした。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「うん……。先ほどから感じていた不安が、少し解けた気がして……」
「へえ。ひょっとしたらクレイズが何かやってくれたのかな? あいつ、普段影薄いけどやるときはやるからね」
「そうだね……。けど……まだ『最悪のシナリオ』が避けられた、くらいのもので……まだ何か不安が残るんだ……」
「……分かった。じゃあ、何かあったらあたしがお兄ちゃんを守るから! あたしの方が強いんだから、ね?」
「ありがとう、ツマリ……」
そう言うと、アダン達も陽動作戦に一区切りをつけるべく、街道沿いの道を離れるべく西に転進した。
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