兄を独占したくて嫉妬する妹、良いよね

「クレイズ隊長」

「ああ……。そろそろだな」


セドナ達と別れた翌日、クレイズ達の船は目的の河原を目視で確認できる距離まで近づいていた。


「敵は?」

「一般的な歩哨の人数よりは多いですが……せいぜい50人、と言うところでしょう」


敵兵たちはやや落ち着かない様子で周囲を見渡している。

夕闇に隠れて船をゆっくりと動かしていることもあり、幸い向こうはこちらに気づいていないようであった。


「思ったより少ないですね。奇襲する作戦が相手には伝わっていないのでしょうか?」

「そうだ、と考えたいところだが、それにしては歩哨の警戒の仕方が異様だ。恐らく『わざと奇襲がバレていない振りをして、我々を砦付近までおびき寄せようとしている』と考えるべきだな」

「え? どういうことですか?」


部下は理由が分からない、と言う様子で首を傾げた。


「向こうの視点に立って考えてみろ。敵側は『我々が少数精鋭で砦を落としに来た』と思っているんだ。その中には、勇者兄妹もいる、と言う状況だ。つまり手柄を上げる絶好のチャンスだろう?」

「ええ。……実際に居るのは我々だけですけどね」

「そう。だから、ここで確実に勇者兄妹を仕留めたいはずだ。だが仮にこの河原で待ち伏せて砦を守り切っても、兄妹を取り逃したら手柄にならないからな。もしわれわれが奇襲を警戒せずに突撃した場合、砦付近の平原で伏兵に囲まれ、一巻の終わりになるだろう」

「なるほど、だから少ない兵数で迎撃させてするって魂胆なんですね。……けど、我々の役目は単なるカモフラージュです。無理に交戦せずとも、適当に騒ぎを起こした後に撤収すればよろしいのでは?」


クレイズは少し考えたが、それはダメだと首を振る。


「いや……。それでは、砦を落とす気が無いと見抜かれ、砦の兵が城に向かってしまうだろう。それに……最悪の場合、中流の砦に敵が向かい、勇者兄妹が殺される可能性もある」

「へへ、なんだかんだであの兄妹を大事に思ってるんですね?」

「……そうだな。まあ、私の好敵手だからな……」


クレイズのその口ぶりは、半分は本音だろうが、半分は親心のような想いがあることを感じたが、部下はあえて口にしなかった。


「では、どうします? 砦に一直線に攻め込んで、死ぬかそのギリギリまで戦い続けますか?」


クレイズは理知的な思考とは裏腹に、無謀な突撃作戦を最も得意とするタイプだ。だが、クレイズは首を振った。


「私一人なら喜んでそうするが、今回は仲間の命がかかってるからな。さすがにそこまではしないつもりだ」

「へへ、そんな周りを気遣うなんて、四天王やってたころの隊長に戻っちまいましたね。こっちとしてはありがたいですが」


帝国が壊滅してから、死に場所を求めて無鉄砲な作戦ばかりこなしていたことを揶揄するように、部下は少し皮肉めいた口調で答える。

クレイズは恥ずかしそうに顔を少し染めながら、作戦を口にした。


「と、とにかくだ! 作戦としては、とにかく我々が『大軍』だと思わせるんだ。魔法で目くらましをした後、とにかく大声を挙げながら歩哨に襲い掛かり、ワザと取り逃す。これを繰り返して砦の兵を城から遠ざけつつ、砦に向かうように見せかけ、途中で南東に転進する」

「へ? 南西に抜けた方が安全では?」


南西側はセドナ達が渡河した川沿いの道で、道幅が狭いため少数精鋭のクレイズ達には逃げやすい場となる。逆に南東側は城に向かう道になるので、当然遮蔽物が少なく、危険性は増すことになる。


「ああ。……だから南東に向かうんだ。少しでも多くの敵兵を集めた方が、あの兄妹も戦いやすいだろう?」

「……はあ、それ、建前っすね。本音は、強敵のネリア将軍と戦えたらいいなって思ってるんでしょ……」

「む……」


それを言われ、半ば観念したようにクレイズはうなづいた。


「ま、もう慣れっこですし、お付き合いしますよ」

「すまないな。……さあ、魔法の準備を始めてくれ!」






そして数分後。


「ん? なんだ……うわあ! 敵襲!」


歩哨に立っていた男が、船から飛んできた無数の魔法弾に打ち抜かれ、倒れこんだ。


「や、やばい! 奇襲が来るとは聞いていたが……数は、どれくらいだ?」

「わ、わからん! とにかく大体でいい! ……確認したら……!」

「ぐわあああ!」

「ぎゃああ!」


ただでさえ闇夜で見通しが悪い中、魔法弾で土煙が上がることで視界は最悪の状態となっていた。

そんな中で仲間たちが次々に倒れていくのを聞きながら、歩哨は恐慌状態になりながら状況を伺った。


「どうした、我が名は第三歩兵大隊隊長、クレイズ! 命が惜しくなくばかかってくるがいい!」


その叫び声と共に兵士が倒れる声を聴き、歩哨は近くの相棒に答える。


「第三歩兵大隊……?なら、少なく見積もっても兵力は最悪3000ってことだろ……?俺たちじゃ勝てねえよ!」

「船の数から考えても、それくらいの兵力はいそうだな。よし、奴らより先に砦に行って報告しないと!」


最低限の報告内容を手土産に、戦場から逃げ出す言い訳を手に入れた。そのように考えた二人の歩哨は、一目散に砦に向けて走り去っていった。

彼らが走り出したのを確認すると、


「よし、先に進むぞ!」


クレイズは兵士たちにそう叫んだ。







一方、同時刻。


「そろそろクレイズさんが戦っている頃かな……。皆さん、後1刻ほどで出撃します。その前に食事を摂ってください」


アダンはそう言うと食料の入った袋を開け、兵士たちに配った。

鉱山が近く、かつギラル卿の領地であることもあり、兵士たちの多くはインキュバスとドワーフで構成されている。


「その……悪いけど、エナジードレイン、させてくれないか?」

「しょうがないわね。ほら。代わりにあんたのパンもらうわよ」


インキュバスたちは、ドワーフの女性に頭を下げ、手を差し出してもらい、そこから精気を受け取っている。


「おい、そこのサキュバス。まだ食べたりなさそうじゃねえか。少しなら体力に余裕があるから、精気を分けてやろうか?」

「え、いいの? ありがと、優しいのね」

「けっ! 代わりに、戦場ではしっかり守ってくれよな?」


サキュバス達も似たような方法で精気を譲受している。

食料と引き換えに精気を受け取る。このようなやり取りは、夢魔の多い地域では頻繁にみられる行動だ。


「おそらく、数日は戦いになるから、食料は節約しないとな……」


その様子をしり目に、アダンは武器や食料の在庫を念入りに確認しながらつぶやく。


「お兄ちゃん、ご飯食べないの?」

「ああ、これが終わったら食べるよ。セドナさん、こちらの食料の残数はこれくらいです」

「すいやせんね。……ふむ、予定通り、後食料は2日分ってとこっすね……」


セドナはアダンの書いた何枚もの記録表を一瞬で読み終えるとそうつぶやいた。


「もう読んだんですか!?」

「ああ、あっしは読むの早いんす」

「凄い……」

セドナはこともなげに答えるのに対して、アダンは思わず感嘆の声を上げる。


「記録表にある通り、やはり言い方はよくないですが、この兵の質では、本作戦の兵力を賄うには兵糧がギリギリですね」

「確かにそうっすけど……城攻めによほど手を取られない限りは何とかなりそうっすね」


この世界では兵士ごとの資質による能力差が極めて大きい。

だがそれは、質の低い兵士が多い場合、大した兵力にもならない者たちを養うために無駄に大きなコストがかかるということでもある。

これもまたギラル卿が聖走隊の『厄介払い』をもくろんだ理由とも言える。

しばらく話をしていると、一人のサキュバスがやってきてアダンに声をかけてきた。


「おい、アダン」

「なんですか?」

「やっぱりうちの班、戦いたいって奴が多くてさ。見た感じ弓矢が足りねえんだ。だからさ、少し分けてもらうことはできねえか?」

「ええ、そういうことなら……」

(…………)


その様子をツマリは配給されたハムをかじりながら、じっと見つめていた。


(……アダン、嫌な予感が感じたって言ってたけど……。やっぱり不安だな……)


てきぱきと作戦のための準備をこなすアダンに見ほれるように、ツマリは手を頬に当てながら切り株に腰かけた。


(……けど、アダンも変わったなあ……。あたしにはあんな風に細かい計算とか出来ないし……)


エルフの特性を引き継いだアダンに比べ、どうしても知力の面ではツマリの方が劣ってしまう。幼少期には差がなかったが最近ではそれをひしひしと感じるようになってきている。


(でも……あたしはその分強くなれたし! アダンには負けないよね!)


逆に腕力や体力、精神感応の力ではツマリに軍配が上がる。

アダンが毎日必死でトレーニングしているにも関わらず、ツマリはここ最近自身の腕力がますます強まっており、その差が広がっているのを実感していた。


(けど……。お腹もすいちゃうんだよね。はやくご飯食べないかな、アダン……)


当然それに伴って空腹も強くなるが、食べられる炭水化物の量は幼少期よりも減る一方である。その為、最近ではエナジードレインを行わないとまともに生活できないほどになっている。


(はやく、アダンが……欲シイ……。……って、いけない。また、この気持ちが……)


食欲だけでない、激しい熱波のような感情が自身の中からあふれ出すのを感じ、ツマリは気持ちを落ち貸せようと深呼吸を行った。

因みにツマリは本人の意向で、アダンからしか基本的には精気を吸うことはない。

基本的に常に行動を共にしているため問題はないが、どうしても予定が合わないときにはクレイズから精気を提供してもらっていた。





「……ありがとな、アダン」


話が終わったようで、サキュバスの女性が頭を下げた。


「ところでさ、あんたは精気を吸わなくても飯だけで生きてけるんだろ?」

「ええ? そうですけど……」

「じゃあさ、後で飯食ったら精気もらっていいか?」

「えっと、その……」


その発言に困惑するような表情を見せるアダン。

(はあ!?)

その瞬間、ツマリは配給品のビスケットを手にして立ち上がった。


「なに、ツマリ隊長かい? って、その瞳……そうか、あんた……今が……!!」


凄まじい殺気を思念として飛ばしたのだろう、サキュバスはびくりと体を震わせた。

ツマリは無表情を装いながら、サキュバスをギロリと睨みつける。


「……あのさ、アダンはまだご飯食べてないの。だから、ほかを当たって?」

「えっと、ツマリ……」

「はい、ご飯。たっぷり食べて?」

「ちょ……! もが、むぐ……」


そう言いながら、強引にアダンの口にビスケットを放り込む。

言うまでもないがこの世界のビスケットは固く、水でふやかさないと食べられたものではない。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「美味しいでしょ? ほら、あたしにも精気を分けて?」


抵抗しようとする手をがっしりと掴み、首筋に歯を突き立てるようにかぶりつく。


「つ……ツマリ……」


ミシミシと骨がきしむような力で腕を握られ、アダンは苦悶の表情を浮かべる。


「んぐ……んぐ……んぐ……」


むさぼるようにのどを鳴らしながら精気を吸い続けるツマリ。


「う……」


やがて、アダンは貧血を起こしたようにめまいを起こし、ふらりと体が揺らぎ始めた。


(はあ……。やっぱり、アダンの精気は美味しい……。やっぱり、大好き……)


基本的に夢魔にとっては権力者の精気ほど美味に感じるものである。その為クレイズのような元々高い地位についていたものは夢魔から人気がある。

しかし、アダンの精気はツマリにとってはクレイズと比較しても、骨もとろけるほどの美味であり、ある種の依存性すら感じるほどであった。


(もっと……もっと……モット……誰ニモ渡サナイ……アダンは、絶対ニ……)


既に腹ははち切れそうなほどに膨れていたが、それでも襲ってくる強烈な飢餓感に耐えられず、ツマリは思わず歯を立てた。


「痛っ!」


そのアダンの声に、ようやくツマリは正気を取り戻し、口を外す。


「あ、ご、ゴメン! ちょっと吸いすぎちゃったね……」


昔から精気を吸いすぎた時、アダンはいつも怒りながら注意をしてくる。だが、この時は少し違った。


「ううん……。それより、もういいの? 欲しいなら、まだ……大丈夫だから……」


隣にいたサキュバスは、ふらつきながらもツマリに笑みを浮かべるアダンの肩を抱え、思わず声を上げた。


「何言ってんだい! あんた、これ以上吸われたら、まともに戦えなくなるよ! さっさと飯食って精気を補充しな! ほら、あたしの分もやるから!」

「え? けど、あなたは良いんですか……」

「ああ、もう! 人の心配より自分の心配をしな! ったく……」


そう言うと、サキュバスは半ば呆れたように去っていった。


「……その、アダン、えっと……うっぷ……」


ようやく精気を吸いすぎていたことに気が付いたのか、ツマリは少し気持ち悪そうに座り込んだ。


「大丈夫、ツマリ?」

「うん……。それより、さっきの女! アダンはあたし以外に精気をあげないでよ!」

「え? ……う、うん……」


もとより、アダンはごく近しいものにしか精気は提供しない。だが、いつもよりも強い口調で文句を言うツマリの剣幕に、少しひるむようにたじろいだ。


「けど、私も吸いすぎちゃったわね。ごめんね、アダン」

「うん……。


そう言うとアダンは受け取ったビスケットを水でふやかし始める。

その間気まずい沈黙が流れる。普段はうるさいくらいおしゃべりなツマリは、先ほどの行動に負い目があるのか顔をうつむけていた。

しばらくして、ビスケットが食べられる程度に柔らかくなった。


「ぼ、僕はこれからまだ、やることがあるから……ビスケット、ありがとうね?」


そのビスケットを大急ぎで食べると、慌ててアダンは立ち上がってそう答える。

一人残されたツマリは、食休みをしながらアダンの姿を見つめていた。


(アダン……。精気も美味しいし……やっぱり、ずっとそばにいてほしい……)


アダンに対する想いは以前よりもさらに強まっている。

異性に対する執着を強めるのは、夢魔にとっては『食糧』を求める強烈な本能である。

そのことを頭では理解しているのだが、心ではその理解が追い付いておらず、またアダンに対する思慕の念はそれだけではないともツマリは自覚していた。


(けど……。私たちは兄妹だし……いつか、あの女みたいな人と一緒にどっかに行っちゃうのかな……)


そう思うと、ツマリは思わず涙がこぼれそうになるのを大きく首を振ってごまかした。


(そう……ずっとそばにいてもらうなら……。ドンナ手ヲ使ッテモ……)


いつものようにドキリ、と自身の心に浮かぶ衝動をツマリは感じた。だが、それはもはやいつものこととして、受け入れるようになっていた。

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