はじかれた剣が宙を舞う瞬間、良いよね

それから一行は数日間馬車の中で過ごした後、城門の前に着いた。

クレイズが二言三言門番と会話を行い、しばらくして城の中に案内された。


「うわあ……凄いお城ね……」


そのきらびやかな姿を見たツマリは驚嘆の声を上げた。


「本当だ……僕らの古城とは全然違うな……」

「あそこは砦に毛の生えたような施設だからな。それに、夢魔はああいうきらびやかなものを好む性質がある。もっとも、機能性はどうかは分からんがな」


クレイズの発言に同族として思うことがあるのだろう、ツマリとアダンは少し顔を赤らめる。


「……そういや、子どものころに連れてってもらった貴族のお屋敷……トイレなかったわね」

「もっとひどいのになると、上に上る階段を作り忘れていたなんて建物もあったからなあ……」

「ま、ドワーフさん方に比べたらどうしても機能性では勝てやせんね」


セドナも少し苦笑しながらつぶやいた。


「それにしても、城の中はキレイだったけど、街の中は……」

「そうだね。困っている人がいっぱいいたね」


一方で、きらびやかなのは城だけであり町並みは逆に極めて汚れていた。

大通りをクレイズ達は歩いていた中で、ぼろ布に身をまとい、物乞いを行うようなものを何人も目にしてきた。

当然クレイズ達から金品を強奪しようと目論むものもいたが、二人が『勇者兄妹』だとわかると、大慌てで去って言ったのだが。


「おそらくあの者たちは、隣国のニクスの町から来た難民だろうな。どちらにしろ、あまりギラル卿にとっては望ましい状況ではない、という感じだな」


そうやって4人が城内を歩くうちに、謁見室の前に到着した。


「……けど、同族の領主様と直接話をするの、初めてだな……」


アダンのその発言に、クレイズは少し不思議そうに尋ねた。


「勇者として、謁見する機会はなかったのか?」

「はい。ボク達はエルフの領主の方とばかり関わっていました。……改めて考えると、本当にボク達はエルフの操り人形だったんですね……」

「そうだったのか……。ただ、あくまで我々は共闘を持ち掛ける側だ。ギラル卿の機嫌をあまり損ねないように心がけてほしい」

「う、うん……」


少し緊張しているのか、手が震えているツマリ。それを見て、アダンはそっと手を握った。


「大丈夫だよ、ツマリ。ボクだっているんだから」

「……そうだね。ありがと、お兄ちゃん」

ツマリもその手をきゅっと握り返した。その手はもう震えていない。

そして謁見室の扉が開いた。





「おお、よく来てくれた。ツマリ殿と皆様方」


謁見室の玉座に座っていたのは若い外見の男性だった。

もっとも夢魔である以上、外見はいくつになっても若いままなのは当然なのだが。

クレイズは視線だけ動かしながら周囲の状況を見回した。

城兵は男性も女性も均等に揃っていたが、近衛兵は女性ばかりであった。


(インキュバスらしいな……)


ただ、近衛兵に異性ばかり起用するのはギラル卿に限った話ではない。

夢魔が持つ『同性を嫌う』と言う種族の特性を自分自身に対しても適用するため、『同性は、自身に叛意を持ちやすい』と為政者が考えるのだろう。

そのことを夢魔たち自身も理解しているのか、そのことに対して不満を上げるものをクレイズは見たことがなかった。


(だがあの男、あの愚弟と同じ匂いがするな……絶対に好きになれないタイプだが……ある種御しやすいのかもしれんな)


一見する限り好色そうな雰囲気を見せており、なおかつ頭の中身は単純な思考回路をしていることが想定できる佇まいに、クレイズは心の中でため息をついた。


(ま、側室の言われるままに近衛兵を抜擢していた愚弟よりはましか……)


一方で、クレイズの使えていた皇帝、即ち彼の弟は単に側室から『家族を近衛兵にしてほしい』と言うおねだりを受けて抜擢していたのを思い出し、心の中でため息をついた。

それを咎めたセドナを降格したのが、帝国滅亡の遠因になったのは言うまでもない。


「は、はい、はじめまして、ギラル卿。本日はご機嫌麗しく……」


ツマリが上品な様子を装って頭を深々と下げる。しかし、どうやっても『子どもが大人のマネを必死に行っている』ようにしか見えない。


「はっはっは!そう固くならずとも良い。この城はどうだったかね?特に庭園は私の自慢でな。そなたのように美しい女性に見てもらいたくて、庭師に毎日お願いしているのだよ!」

「え? はい、素敵だと思います」

「であろう?ところで、そなたは好きな花はなにかね?」

「あ、はい、その……」


ギラル卿はツマリにばかり話しかけてくるのに対して、ツマリは少し気おされたようにアダンの服の裾をぎゅっとつかむ。

その様子を見て、アダンはツマリを庇うようにずい、と前に出た。


「申し訳ありません。妹は少し緊張しているようなので、ボクにお話しさせてください」

「……ほう……妹、か……確か君たちは双子……と言ったか」

「はい、生まれた時からずっと一緒に過ごしています。ボクにとっては、一番大事な妹です」

「ふむ……ククク……それはそれは……」


その様子を見て、ギラル卿は含みがある笑みを浮かべた。

だが、すぐに先ほどのような豪快な笑みに戻すと、


「はっはっは。すまないな。どうしてもインキュバスの特性でな! ツマリ殿を見て、心が動いてしまったのだよ! ……それでは話を聴こうか」


そう言って玉座から降りてクレイズ達に近づいてきた。


「はい。ではわたくしからご説明させていただきます」


そう言うと、クレイズはアダン達にそっと下がるようにジェスチャーで伝えた。


「まず、こちらをご覧ください」


クレイズはそう言うと、1枚の羊皮紙を取り出した。これは周辺の情報が書かれた地図だ。


「今、この街ではニクスの町から来た難民にあふれていると聞いています。そこで、ニクスの町と現在小競り合いが頻発しているそうですね?」


地図の中央に書かれているギラル卿の領地と隣のニクスの町を交互に指さしながら、クレイズは尋ねた。


「ああ、その通りだ。難民自身もそうだが、難民の増加による治安悪化もひどくてな。それで、ニクスの町とは半ば戦争状態になっているほどだ」

「しかし、ニクスの町は巨大な鉱山都市です。真っ向からぶつかり合ったら互いに被害が出てしまい、結局……」

「そうだ。周辺国が漁夫の利を狙って攻め込んでくるだろう。そうなったら、結局共倒れになる。だからお互いにけん制しあっている、と言うところだな」

「そこで、ですが……。我々『ホース・オブ・ムーン』があなた方の手勢と共に背後から回り込む、と言う策を献上しようと思った次第です」

「ほう……」


興味を示したギラル卿に、クレイズは地図上にある細長い線を指でなぞる。ここはギラル卿の領地から流れている大きな川だ。


「この領地から、我々がこの川を使い、船で渡河します。そうして、ここ……ですね」


そうして、川沿いに3つあるうちの、一番下流にある砦を指さした。


「ここからホース・オブ・ムーンが突撃し、砦を落とします。そうしてニクスの町の兵士たちを呼び寄せて……」

「我々が率いる本隊が城内に突撃する、と言うことか。……なるほど、悪くない」


そう言うとギラル卿は笑みを浮かべながら頷いた。その様子に、横からアダンも口を挟んだ。


「勿論ボク達もこの作戦に参加します。ただ、各砦の兵力から考えると、砦を落とすには……」

「5,000程度は必要と言うわけか……そこで、我が軍からも船と兵力を出せ、と言うことだな?」

「ええ。……そう言うことになります」


アダンはそう言うと、神妙な顔でうなづいた。

因みにここでいう「兵力」とは、エルフの新兵一人の戦闘力を1とした数字である。

この世界では現実の世界に比べて個人間の戦闘能力のばらつきが大きく、新兵と鍛えこんだ精兵では大きな戦力差があるため、人数ではなく「兵力」と言う表現を用いている。

この兵力についてだが、セドナや職業軍人の精鋭兵であれば100程度、大陸で最高水準の戦闘力を持つクレイズが400、アダンとツマリがペアで戦って500程度である。

現実世界の感覚では確かに圧倒的な数値ではあるのだろうが、どんな小国にも一人当たり10~20程度の兵力の兵部隊はいる。

その為、戦争のような規模になる場合、個人ではせいぜい辺境の小規模な砦を落とす程度のことしかできない。


「なるほど……。そう言うことであれば、我が軍からも兵力を供出しよう。それも、指折りの精兵をな」

「あ、ありがとうございます!」


アダンはほっとしたように笑みを浮かべるのを見ながら、ギラル卿は続けた。


「それと、ニクスの町を落とした後の自治権だが……君たちに任せよう」

「本当ですか?」

「ああ。寧ろその方が私にとってメリットが大きいからな。ただ、我が領地の難民だけは君たちに引き取ってもらう」

「……そう、でしょうね……。ですが、そうしていただければ我々も好都合です」


その言葉の意図はクレイズにはすぐに分かった。

ニクスの町はエルフ側の領地に広範囲で隣接しているため、ギラル卿にとっては下手に統治すると却って維持費がかかってしまう。

逆にホース・オブ・ムーンが統治する形になれば、事実上の同盟国である自身の領地の安全をより確実なものに出来る。

それに加え、インキュバスはあまり鉱山経営のような一次産業は好まない傾向があるため、難民だけ押し付けた上で、他種族にニクスの町は統治させ、鉱山の収益は交易という形で受け取る方が得だと判断することは、クレイズも見越していたためだ。

逆に、少しでも人員が欲しい現在のホース・オブ・ムーンにとっては寧ろ難民の引き取りはメリットの方が大きいこともあり、クレイズは了承した。

その後、いくつか細かい襲撃の日程などを決め、あらかた話が付いた後。


「さて、これで話は終わりだな? であれば、ツマリ殿」

「え、あたし?」


ギラル卿が、ずっと会議の間黙っていたツマリに近づいてきた。


「先ほどから、そなたの美しい瞳が気になって仕方なくてな。……どうであろう、今夜、私と共に二人で食事でもいかがですかな?」

「え、え……えっと……」


突然のお誘いに困惑するツマリに対して、アダンはカッと血が全身を駆け巡るのを感じた。

その様子を横目で見て、ギラル卿は挑発するようにつぶやく。


「おや、ひょっとして服装を気にされているのかな? 心配はいらんぞ、私的な会合だから、そのままで構わぬぞ?」

「あの、ちょっと、近づかないでよ……!」


ゆっくりと近づいてくるギラル卿に拒絶反応を示すように、ツマリは素の性格を見せ、かぶりを振る。

だが、ギラル卿はそれを気にする様子もなく、ツマリの目の前まで来ると、膝をついた。


「勿論、料理の場では美味しい肉料理に季節の山菜、様々な食材を取り揃えておる。代わりにそなたは……」


そう言うと、ギラル卿はツマリの手を取った。


「ひっ……」

ビクリ、と身を震わせるツマリ。


「セドナ、左は任せた」

「へい」

その様子を見て、クレイズはセドナに一言声をかけた。セドナは、それだけで言わんとすることを理解した様子でうなづく。

ギラル卿はツマリの様子を見ながら、淫靡な笑みを浮かべその手に唇を近づける。


「その美味なる精気を献上してはくれないか?」

そしてその唇がまさに手に触れようとしたその刹那。




ギィィィィン! と鋭い金属がぶつかる音がした。

二振りの剣はひゅんひゅんとうなりを上げながら大きなアーチを描き、アダン達の後ろの床に突き刺さった。





「……ふう……」

「隊長の言う通りでしたか……」


ギラル卿の両隣に飛び込んだクレイズとセドナは、それぞれ剣とメイスを構えたまま、安堵したように息をついた。


「あ……」

「ボクは……何を……」


アダンとツマリは、半ば放心状態になったように自身の震える手を見つめていた。先ほどまで、この手に剣が握られていたためだ。


(やはり、こうなったか……)


先ほどの口づけをしようとした瞬間、二人はギラル卿に斬りかかっていた。そして、二人の様子に不穏なものを感じていたクレイズは、セドナと共に割って入り、二人の剣を弾き飛ばしたのである。


「……ギラル卿殿、お怪我は?」


剣を納刀し、クレイズはギラル卿に尋ねた。


「あ、ああ……問題ない……」


アダンとツマリの剣速、そしてそれを一瞬の早業で防いだクレイズ達の動きに全く反応できなかったのだろう、ギラル卿はただそう頷くだけであった。

セドナもメイスを収めると、


「申し訳ありませんでしたあああああ!」


と、クレイズと共に深々と土下座した。


「こともあろうに、ギラル卿殿に剣を向けるなど! 我々、死んでもお詫びが出来ません!」

「ほんとうに、すいやせんでした!」


この状態ではもはや弁解は出来ないと悟ったのだろう、二人はとにかく全力で謝罪の言葉を尽くすことにした。

その様子を見て、アダンとツマリもようやく正気に戻ったのか、


「あ、あの……」

「あたし達も、その……ごめんなさい!」


そう叫び、深々と頭を下げた。

但し、ギラル卿が強引にツマリに誘ったことに対する怒りはあるのだろう、額を地面にこすりつけるようなことはしなかった。


「お食事の件、喜んでお引き受けします! 私の精気、好きなだけ吸ってください! ですから、アダンだけは許してください!」

「いえ! 僕が剣を抜いたからツマリが抜いたんです! 悪いのは僕ですので、ツマリだけは許してください!」


そう言ってお互いを庇いあう様子を見て、ギラル卿は大声で笑いだした。


「はっはっは! この私に剣を向け、それでもなお互いの免罪を望むとはな! 強欲なものだ!」

「……そ、それは……!」


だが、ギラル卿の口ぶりには怒気はこもっていなかった。


「だが、まあよい。私もそなたたちを少しからかいすぎたようだ。……それに君達にはニクスの町を落とす有力な手駒だ。ここで君たちを断罪するのはやめようではないか」

「ほ、本当ですか?」

「あ、ありがとうございます……」


アダン達はその発言に安堵したのか、へなへなと腰を下ろす。

ギラル卿はその様子を見て目の前で土下座していたクレイズとセドナの前で腰をかがめ、顔を上げるように言った。

そして本題とばかりに、やや威厳を込めた口調でクレイズに語り掛けた。


「だが、君達が私に刃を向けた罪は贖ってもらわなくてはな……」

「は……。いかなる罰でしょうか……」

「なに、そこまで難しいことではない。君達に供与する軍についてだが……」


そう言うとクレイズとセドナに二言三言つぶやいた。

その話を聴き終わった後、


(そうか……。アダンとツマリの仲の良さをギラル卿が知らない訳がない……。この男、はなから二人を怒らせて、この要求を通す気だったか……)


クレイズは心の中でそう毒づきながらも、


「ええ、それで罪を贖えるのであれば……」


と答えざるを得なかった。





その夜。

薄暗がりの中で、一人の近衛兵は周囲を見渡し、誰もいないことを確認するとローブで身を隠した一人の女に声をかけた。


「……ダリアーク様」

「……やはり来たか、あの兄妹は。作戦は分かったか?」


ローブに身を包んだ女はダリアークであった。手に金貨の入った袋を持ち、ギラギラとその暗闇の中で目を輝かせつつ尋ねた。


「ええ。……ですが、その前に……」

「ちっ……。ほらっ」


ダリアークが放り捨てるように小袋を渡すと、その近衛兵は卑しそうな表情で中身を確認した。


「えへへ、ありがと。で、作戦の内容なんですけどね……」


そう言うと、クレイズ達がギラル卿と話し合っていた作戦の内容を伝えた。


「ふむ……やはり、予想通りだな。もっとも守りの薄い『最下流の砦』を落とした後の二正面作戦を展開する、と言うわけか……」

「はい、間違いありません。そうクレイズは言っておりました。……この話をニクスの町に伝えますか?」


その発言に、ダリアークは首を横に振った。


「いや……。あの町は栄え、格差が開きすぎた。一度奴らに『リセット』をしてもらわねばと思っていたところだからな。だが……」


「どうしました?」

「あの『影の王』セドナは……。今のうちに消しておくべきだな。あの男は……我々の計画にイレギュラーを起こしかねん……」

「はあ。では、この機に乗じて潰すということでしょうか?」

「ああ……。貴様らには手を出さんから案ずるな……」


そこまで聴き、ダリアークは少し逡巡するように頭をひねった。


「だが、お前のその話、少し気になるな……。本当に狙いは『最下流の砦』か?」

「私だったら、間違いなくその砦を狙います。守備隊長のネリアは豪傑ですが、クレイズ・アダン・ツマリの3人を彼女だけで抑えきれるとは思えません」

「確かにそうだが……。まあいい。引き続き、ギラル卿の近辺で監視をしておけ」

「はっ! 次はもっといい情報を仕入れるので、そちらもお金をしっかり用意しといてくださいね」

「ちっ! ……近衛兵でこのざまか……ギラル卿も見る目がないものだ……」


近衛兵に毒づきながら、暗闇の中に消えていった。

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