エナジードレインのような技を平和利用できるの、良いよね

「セドナ、追手は?」

「へい、足音は聞こえてきやせん、どうやら巻いたようです」

「仲間は何人残っている?」

「えっと……。ありゃ、一人も欠けていやせんね。全員無事です」

「なに? そうか……。よし、ではこのあたりで休息を取ろう」


クレイズは一瞬意外そうな表情を見せたが、すぐにほっとしたように馬足を落とし、近くの小川の近くで陣を張った。

空を見ると、夕方に差し掛かっている。

クレイズの率いる兵士たちは、あるものは小川で魚を追い立て、またあるものは近くの雑木林で山菜を取り始めている。


「あ、あの……ありがとう、ございました……」


そう言うと、アダンはペコリ、と頭を下げた。


「気にするな、私のためだ。……礼なら食事時に他の奴らに言ってくれ。あいつらは、私に付き合ってくれただけだからな」


それを横で聞いていたのか、兵士たちが苦笑するような表情を見せる。


「けど……どうしてボクたちを助けてくれたんですか?」

「……お前たちと、もう一度決着をつけたかったからだ」


クレイズはそう言うと、ツマリは呆れたような表情を見せた。


「はあ……なんであんたたち人間って、戦うのが好きなのよ……」

「そりゃ偏見っすよ。戦うのが好きなんは、本当に一部の奴だけっすから。あっしは戦いなんかより、誰かに奉仕する方が好きっすよ」


その発言に少し腹を立てた様子でセドナが口を挟む。因みに彼は怪我の深い兵士たちの包帯を慣れた手つきで取り換えている。


「ハハハ、そうだな……。まあ、君たち夢魔は戦うのが嫌いだというのは知っているよ。何が好きか、と言うのもね」

「文句あるの?」

「おっと、すまない。別に皮肉を言ったつもりはなかったんだがね」

「ところでお三方。あっしらの手伝いをしてくださると助かるんすけど?」


少し不満そうに言いながら、セドナはクレイズ達に包帯を放り投げてきた。

「ああ、すまない。二人とも、けが人の救護を手伝ってくれ」

「あ、はい」

そう言うと、三人はけが人の救護を始めた。


「なんかずいぶんきれい好きなのね、あんたたちの軍隊は……。そんなに自分たちに血が付くのがいけないことなの?」

手袋を着けて治療をするクレイズを見て、ツマリは驚くようにつぶやいた。


「ああ。セドナがそうするようにって、うるさくてな。だが、おかげでうちの軍は死者が少ないことでも知られていたよ」

「あっしの世界……じゃない、あっしの住んでた地域ではみんなやってたことっすけどね」


慣れない手袋の形状に少し不愉快そうにしながらも、ツマリは素直に装着した。


「ううう……」


傷が痛むのか苦しそうにする兵士を元気づけるように声かけをしながら、セドナは包帯を取り換えはじめた。

その兵士は男性で種族は人狼と思われる。だが、その鋭い顔立ちは見るものにある種野性的な美しさを想起させるものだった。


「けがは膿んでないっすね。すいやせん、流水で傷口を洗い流してくだせえ。雑菌が残っていたらまずいっすからね」

「ザッキン? ごめん、何言ってるか分かんないわ」

「あ、すいやせん。怪我したときに必要なことなんすけどね……」


セドナは慣れた手つきで傷口を洗いながら、簡単に解説した。


「えっと……つまり、どういうこと?」

「傷口に目に見えない生き物が住み着くってことですね、セドナさん?」


理解が追い付いていないツマリを補足するように、アダンが答える。


「そう。だから包帯やあっしらの手も清潔にしないといけねえんです。……よし、これで、後は怪我が治るのを待つだけっす。よく頑張りやしたね」

「あぐぐぐぐ……」

「……と言いたいけど、この傷だと苦しいっすよね。参ったな、鎮静剤はもうないんすよね……」


傷が痛むのか苦悶の表情を兵士は浮かべていた。

その様子を見て、アダンはツマリに目くばせし、ツマリはうなづく。


「それなら、あたしに任せて」


そう言うと、ツマリはその兵士の枕元に跪き、頬に軽いキスをした。


「んく、んく……」

ツマリは喉を軽く2~3回ほど鳴らした。


「ぐぐぐ……うーん……」


すると、その兵士はすうすうと静かな寝息を立て始めた。


「これで大丈夫よ。朝までゆっくり、おやすみなさい」

「…………」


そっと人狼の男性に耳打ちするようにつぶやくツマリ。

アダンはその様子を見て、ドクン、と胸が高鳴るのを感じた。


(なんだ、今の……)

「どうしやした、アダンさん?」

「あ、いえ、何でもないです」

「ところでツマリさんは何をしたんですかい?」

「ああ、エナジードレインで体力を吸収したんです。あの技、受けると力が抜けますよね?」

「え?た、確かに隊長もそう言ってやしたね」


焦ったようにセドナは答える。


「それを逆利用したんです。けが人に使えば、傷の痛みを忘れてぐっすり寝られるんですよ」

「そういうことですかい。アダンさんも同じことが出来るんすか?」

「……いえ。ボクらは夢魔とエルフを両親に持つのですが……サキュバスよりのツマリと違ってボクはエルフ寄りみたいだから、出来ないんです……」

「なるほど。お二人さんは純粋な夢魔じゃなかったんすね。けど逆に言えばアダンさんは回復魔法は?」

「ええ、ツマリは使えませんが、ボクは得意です」

「そいつは助かりやす!あっちの方々の応急処置は済ませたんで、回復魔法をかけて下せえ!」

「はい、任せてください」


それから1時間ほど経過し、あらかたけが人の治療が終わったタイミングで、今日の食事当番と思しき兵士がフライパンをガンガンと鳴らしているのを聞こえてきた。


「……おや、そろそろ食事の準備が出来たようだ」

「そうみたいっすね。あっしはけが人を見てるんで、お三方はどうぞ行ってきてくだせえ」


クレイズ達は音のなる方に移動を始めた。


出された食事は、近くで摘んだ山菜を軽く煮込んだシチューに、申し訳程度に小魚が浮かんでいた。

どうひいき目に見ても美味しそうとは言えない。


「なに、これ……スープ?」

「シチューですよ、ツマリさん。川と山のハーモニーシチュー……ってとこですね」


料理当番の兵士が、罰の悪そうな表情で料理を指さして答えた。


「いや、名前だけかっこよくしてもさ……」

「まあ、許してくれ。うちらももう、食料がないんだから現地調達しかできないんだよ」


ツマリが不平を言いたそうに口をとがらせるが、クレイズが苦笑しつつ答えた。


「クレイズ隊長には、こいつを。あの林でなんとか1匹だけ捕れました」


さらに兵士は雑木林で取れた唯一の獣であろう、野ネズミの肉を渡してくれた。

もっとも、丁寧に捌かれており、知らない人が見たら鶏肉か何かと勘違いするような外見にはなっている。

だが、クレイズは首を振った。


「いや、私はまだ大丈夫だ。それより、その二人に渡してやってくれ」

「承知しました」


そう言うと、兵士はアダンとツマリの椀に肉をぽちゃん、と入れた。


「……どうも……。あ、美味しい……」

「だろ?うちの部隊の料理は美味いことで有名だからな。セドナの奴がいろんなレシピを教えてくれたんだよ」

「セドナ……ああ、あの副長よね? みんなずいぶん、あの男を買ってるのね」

「そりゃそうだ。あいつは俺たちの知らないことを知っているからな。それに人が嫌がることを喜んでやる。あんなことがなければ、うちの副長なんて地位にいるわけもなかったからな」


隊長であるクレイズも頷いた。


「あんなこと?」

「え?……ああ、なんでもない。昔の話だ」

「けど、副長だけじゃなくて俺の料理もほめてくださいよ! もうこの部隊じゃ一番ですからね! 戦いが終わったら料理人になれるくらいですから!」


先ほどの兵士がにやりと笑うが、先ほどまで治療を受けていた兵士が囃し立ててきた。


「こんなクソまずいシチューで一番だって?山菜は生煮えだし、塩味もきいてない。材料不足にしても、それくらいの工夫は出来るんじゃないのか?」

「あん? そう言うなら今度はお前が作れよな」

「ああ、そうさせてもらうよ! 夢がぶち壊れるほど美味いから、覚悟してきなよ!」


そう言いながらも、隊員たちの表情は明るかった。その様子を見ながら、アダンは少し羨ましそうにシチューをすする。


「クレイズ将軍の部隊はみんな明るいですね……」

「これが普通だと思っていたが……。君たちのパーティはそんなに仲が悪かったのか?」

「いえ、夜はこんな雰囲気で談笑をしていましたが……。みんな、うわべだけだったのかなって……悲しくなって……」

「ダリアーク……ネリア……みんな、あたしを裏切ったのよ! あんなに楽しく旅をしていたのに!」


涙ぐむアダンに対して、ツマリは激昂するように拳を握りしめた。その様子を見て、少し気の毒そうにクレイズは尋ねた。


「そう言えば君たちは、すべての種族が平等に暮らせるような世界に変える、と言う理由で戦っていたんだったな。……なのにエルフに裏切られるとはな……」

「そうよ! あの薄汚いエルフ共……! 絶対に許さないわ! あんなのと共存なんて考えなきゃよかった!」


ツマリはガツガツとシチューをかきこむと、こぶしを近くの切り株に打ち付けた。


「…………」


おとなしい性格のアダンは口にこそ出さないが、その表情には憎悪の光が満ちている。本心はツマリと同じなのだろう。

夕食をゆっくりと食べ終わると、アダンはスプーンを置き、ぽつりとつぶやいた。


「正直……あの時、あなたになら、殺されていいと思っていました」

「私に、か?なぜだ?」

「あなたが人間だからです。……正直、ボクたち夢魔は、あなた達人間を好きでも嫌いでもありません……。なので、あの裏切り者のエルフどもに殺されるよりはずっとマシでしたから」

「……エルフが憎いのか?」


その質問に、うつむいたままアダンは答えた。


「ボクは……周りが言うようにエルフの方々を嫌うことは出来ませんでした。旅の中で親切にしてくれた人もいましたし。それに仲間だった人たちも明るくて、優しくて……。けど、あんな風に裏切られたら……」

「そうか……」

「あなたはボク達との決着が望みでしたよね?……助けてくださったお礼に、相手になります。なんなら、今夜でも構いません」


だが、そう言って剣を携えたアダンには覇気がない。

よほど祖国に裏切られたことがショックだったのだろう。このまま斬られることこそが本人の望みなのか……そう考えたクレイズはゆっくりと首を振った。寧ろ、斬られるのは自分側であるべきだからだ。


「いや、今はよそう。あの時の君たちの目は、そんな濁っていなかった。この状態で戦っても、私の納得する決着にはならないからな」

「濁っていますか、ボクの目は……」

「ああ。それに、お互いに怪我も治りきっていない。……勝負はしばらくお預けだな」

「そうですか……。では、明日にでもボクらはここを出ます。本当にありがとうございました。次に会うときに、また……」

「どこか行く当てはあるんですかい?」


けが人の治療が終わって戻ってきたのだろう、こちらに歩きながら投げかけてきたセドナの質問に、アダンは答えることが出来なかった。


「なら、あっしらと一緒に旅をしやしょう。……夢魔ドワーフが対等に暮らせる国を作る。その夢、まだあきらめたわけじゃないんでしょ?」

「え?……うん……そうでしたね……」


セドナの一言にようやく本来の旅の目的を思い出したのか、ツマリは真顔でうなづいた。


「なら、あっしらと行きやしょう! うちの大将は万全のあんたらと決着をつけたい、あんたらは夢を叶えたい。お互い『自分のため』に動いてんすから、裏切る心配はないでやんしょ?」

「そういうことだ。だから、あえてはっきり言う。君たちには『私のために』死んでほしくないんだ。つまり、私は君たちを『利用』したいだけだ。逆に君たちも私を『利用』して、力を蓄えればいいんだ」

「……利用なんて、そんな言い方は……」

「気に障る言い方ならすまない。だが、口先だけのきれいごとを言うよりも、その方が信用できるかと思ってね」


露骨な表現に少し複雑そうな表情を見せたが、アダンとツマリは二人顔を見合わせた。

精神感応の能力が高い夢魔の種族であり、かつ長年苦楽を共にした双子である二人にとっては、これだけで会話になるのだろう。

すぐに二人はクレイズに向き直り、頭を下げた。


「……じゃあお世話になるわ。クレイズ隊長……」

「クレイズでいい。君たちは私の部下ではないからな」

「ありがと、クレイズ」

「ありがとうございます」


そう言うと、アダンとニコリとツマリは笑った。

二人の容姿は幼く瓜二つの少年少女と言った佇まいだが、すでにそこには夢魔の特性とも言える、妖しい美貌を備えていた。


「ハハハ、ようやく笑顔が見れたな。この調子で元気を取り戻してくれると私も嬉しいよ」


普通の人間ならその笑顔一つで魅了されるだろうが、もとより戦うことこそすべてと言う教育を受けてきたこともあり、クレイズはあまり気にする様子もなかった。


「では、束の間になるかもしれないが、よろしく頼む」

「うん!……けど、部下の人たちはそれで良いの?」

「そうですよね。ボクらはあなた達の主君の敵なのに……」

「主君っすか……」


その一言に、セドナは困惑すると同時に、周囲は不快極まると言った表情で叫びはじめた。


「ハッ!ンなわけないでしょ!逆にあんたらには感謝してるくらいさ!そりゃもう本気でね!」

「あんな奴、主君なんて呼ぶのも嫌ですよ……もう作戦でも、あんなことをやるのはごめんだ!」

「あの、女を女と思わないスケベ野郎……。あたしらがどんな思いで働いてたか、地獄で反省すりゃいいのさ!」

「クレイズ隊長とセドナ副長がいなかったら、処刑覚悟でぶった切ってましたよ、あんな奴!」

「え……いったい、あなたたちの主君って……」


その様子に、思わずアダンは絶句した。


「ま、そいつはおいおい話していきやすよ。とにかく、今日はもう休みやしょうよ?」


険悪な雰囲気になってきたのを察したのか、セドナがなだめるように口を開いた。


「え、ええ。……ところで、あたしたちテントも全部置いていっちゃったんだけど……」

「そんならあっしのテントを貸しやすよ。あとはアダンさんが隊長のテントで寝るんで良いっすかね?」


「ううん、大丈夫よ! あたし、お兄ちゃんと一緒に寝るから!」


「お兄ちゃんと一緒って……ツマリさんって見た感じ、もう一人前の年齢じゃないっすか? 気になんないんすか?」

「ぜーんぜん! だってアダンは、私のお兄ちゃんなんだから! ね!」


屈託なく笑いながらアダンの腕に抱き着くツマリ。


「そ……そうだね……けどツマリ、胸が、その……」


アダンは少し焦った様子になるのに対して、ツマリは答える。




「ムネガ、ナニ?」




「だから、えっと、ボクに当たってるから……」

「エ?……あ、ゴメン!ついうっかり!」


そこまで言われて、はっとした表情でツマリは手を離した。


「……と言うわけで、あたしたちは一緒に寝るから大丈夫よ?いつも一緒に寝てるんだから!」

「ええ。ボクはツマリが良いなら大丈夫です。おやすみなさい」

そう言うと、二人はテントに歩いて行った。


二人がテントの中に消えるのを確認した後、セドナは小声でクレイズに耳打ちした。

「……セドナ隊長。……やっぱりお耳に入れてほしいことがあるんすが……」

「なんだ?」

「夜更けに、一度ここに戻ってきてくだせえ。あっしの推測かもしれねえんで……」

「ああ、分かった……」

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