追放された元勇者の双子兄妹、思春期に差し掛かり夢魔の血に目覚めたことで、互いが異性に見えすぎて辛いです。

フーラー

プロローグ

双子が来世でも兄妹として過ごしたいと願うの、良いよね

『アダン、お前は、妹の……ツマリのことは好きだね?』

『うん、ボクはツマリが好きだよ!』

『そうだ、偉いぞアダン。それならツマリを……お前の命に代えても、守ってくれるかい?』

『うん! 絶対にツマリを守るよ!』

『いい子ね、アダン。もしあなたより先にツマリが死んだら……。ツマリが寂しくないように、あなたも後を追うんですよ?』

『分かったよ、父さん、母さん!』


「!」

一瞬、幼少期に両親とした約束を思い出しながら、アダンは目の前にいる兵士たちに毒づいた。


「これが……ボクたち夢魔が世界を救った……『お礼』ってわけか……」


肩で息をしながら、インキュバスの少年アダンは剣を握りしめた。

果てなく続く荒野の真ん中で、彼は双子の妹「ツマリ」と共に背を合わせ、敵のエルフ兵を相手にしていた。

数はおよそ1個大隊はいるだろうか。あるものは剣を、またあるものは槍を手にこちらを包囲している。


「く……」

「大丈夫、ツマリ?」

「う、うん……。まだ、いける……」


剣を握るツマリの手はカタカタと震えていた。すでに体力も尽きようとしているのだろう。

そのツマリの手をアダンはぎゅっと握る。

足元にはおびただしい数のエルフの死体が転がっていた。その数が二人の剣の腕を物語っている。


「ツマリ……ボクが一緒にいるから……」

「ありがと……。あたしも、アダンの傍にいるわよ……」

「ふん、麗しい兄妹愛……というところか」


その様子をあざ笑うかのように、隊長と思しき一人のエルフの女がニヤニヤと笑いながら包囲陣から歩み出てきた。


「夢魔風情が……てこずらせおって……」

「ダリアーク……約束が違うじゃないか!」


憎しみを込めた目で、ツマリはダリアークを見据えた。


「なんだ、その目は!まさか貴様ら『夢魔』ごときが、戦で手柄を立てた程度で国政に立てるとでも思ったのか?」

「だって、あなたは言ったじゃない!この戦いに勝ったら、あたしたち他種族も平等に生きられるようにするって!」

「それに一番乗り気だったのはあなたじゃないか!なんで今更ボクらをこんな目に遭わせるんだよ!まさか、裏切ったの?」


ダリアークと呼ばれた女はその端正な容姿を醜悪にゆがませ、笑みを浮かべながらツマリを見やる。


「裏切る?フン、まさか貴様ら夢魔が、誇り高きエルフと対等に入れたとでも思っているのか?ちょっと演技して涙を流し『勇者』と持て囃せば尻尾を振りおって……。『魔王』を倒せば、貴様らなど、用済みに決まっておろう……」


因みにダリアークの言う「魔王」とは、単なる通称だ。

ここ数年の間、エルフたちが統治する大陸の東部で、ある『人間』が中心となって一つの『帝国』を作り上げていた。

国力を急速に(実際には数十年単位だが、エルフ目線では凄まじい短期間である)高めていた帝国に不安を覚えた周辺国が、その人間を「魔王」と呼称し悪役に仕立て、戦争を仕掛けていたのである。


その討伐隊の中心となっていたのが、アダンとツマリの兄妹であった。

そして、先日ついに二人の手によってその『魔王』は討ち取られ、帝国の解体が終わったところで、エルフたちが牙を向いてきたのである。


「魔王……ねえ?」


そう言いながら、アダンはふっと笑った。


「ハハハ!たかが一人の『人間』ごときを倒せないで、ボクたちを頼ったのはアンタらエルフだろ?笑わせないでほしいね!」

「そうよ!エルフたちなんて、あたしら夢魔の力を借りなきゃ、何にも出来ないんでしょ?口と寿命しか取り柄がない、弱っちいエルフごときがさあ!」

「黙れ!」


その挑発に怒りを覚えたのだろう、一人のエルフが切りかかる。


「「はあ!」」


一つの声と聞き違えるほどに同時のタイミングで二人は声を上げた。

そしてアダンの剣はエルフのナイフをたやすく打ち砕き、ほぼ同時のタイミングでツマリの剣がエルフの左手首を切り裂く。


「ぐ……!」


そのエルフは思わず手首を抑え、うずくまった。


「く……まずいな……」


だが、ナイフには電撃の魔法がかかっていたのだろう、アダンの手は麻痺し、小刻みに震え始める。

それでもなお、アダンの目はダリアークを強く見据え、叫んだ。


「……まだ、かかってくるなら、来なよ!ダリアーク、あんたが来る?」

「あたしたちは……誰にも……負けないんだから!」


双子ゆえの息の合った連携攻撃が、身体能力に勝る人間やドワーフをも討伐してきた強さの所以である。

その挑発にダリアークはギリギリと歯を食いしばりながらも、周囲に大声で呼びかけた。


「ならば距離を取るだけのこと!全軍、魔力を弓に込めよ!全力の魔法の一撃で撃破する!新兵どもも、遅れるな!」


その命令に呼応するように、周囲の兵士たちは弓に呪文をかけ始める。前衛の兵士たちは槍を構えて槍衾を作り、時間を稼ぐ姿勢を見せた。


「さあ、薄汚い『勇者』様諸君……。貴様らに残された時間はあと10秒だ。せいぜい神に祈るんだな」

(ツマリ……)

(どうしたの、お兄ちゃん?)

(正直、もう二人で突破するのは無理だね……)

(うん……折角、あたしたち他種族の血が混じった人でも、楽しく暮らせる時代が来ると思ったんだけどなあ……)


ツマリの足元には、ドワーフやリザードマンの遺体が転がっていた。

いずれも、ダリアークの裏切りの際に最後まで二人を守って戦ってくれたものたちだ。


(けど、ここで二人で死んだらダメだよ……。だから『エナジードレイン』をボクに使って?)

(え?)

(ボクは夢魔の血が薄いから使えないけど……ツマリなら出来るよね?)


因みに先ほどからずっと「夢魔」と言われているが、厳密にはツマリとアダンはエルフと夢魔の混血である。

エルフの血が濃いアダンに対して、ツマリはサキュバスの血が強く発現している。その為アダンはツマリより高い魔力を持ち、ツマリはサキュバスの技がいくつか使用できる。


(ほら、見て……ダリアークが叫んだ方……新兵ばかりのところがあるよね……)

(ほ、ほんとだ……)

(ボクに残った力、全部あげるから……だから、それでツマリは逃げるんだ!急いで!)

(そんなことしたら、お兄ちゃんはどうなるの!)

(……大丈夫、ボクもうまく抜け出すから……)


「嘘はやめて!」


思わず、ツマリは大声で叫んでいた。

その声に、周囲のエルフたちもビクリ、と体を震わせる。


「この状態で、一人で逃げられるわけないでしょ!死ぬ気でしょ!そんなのやだ!……アダンがいなきゃ……あたしは死んだのも同じだもん!」

「けど……ツマリ!みんなのためにもツマリは生きなきゃ!」

「そんなのどうだっていい!お兄ちゃんがいない世界に、あたしだけ生きていたくなんてない!」


ツマリは周囲の敵に背を向け、アダンに縋りつくように抱きしめた。


「……い、今がチャンスでは……」

「……いや、待て」


背中から討たれることもいとわないその行動に対し、不意打ちを進言するエルフもいたが、ダリアークは制止した。


「お兄ちゃん……!あたしは最期までお兄ちゃんと一緒にいたい!一人だけ助かっても……しょうがないから……!」

「ツマリ……」


泣きながら兄をじっと見つめる妹の顔に手を当て、その涙をぬぐうように、そっとその瞼に自身の瞼を重ね合わせた。


「……分かったよ。ボクらはずっと一緒だよ……」

「うん……。あのさ、ツマリ……来世では……ううん、来世でもきっと、仲のいい兄妹でいようね!」

「……時間だ。……さて、最後に言い残すことはあるか?そこの新兵どもに聴かせてもらおうか……」


エルフたちが魔力の充填を終えたのだろう、ダリアークは二人にゆっくりとした口調で語り掛けた。


「ないけど、言いたいことはあるよ!」

「なんだ?『地獄に落ちろ』……か?それとも、最後っ屁に最大魔法でも撃つつもりか?気が変わって一人で強行突破でもするのか?」


アダンは首をゆっくりとふり、ツマリをじっと見つめる。



「ツマリ……次に生まれ変わったら、幸せな時代で過ごそうね!」

「うん!いっぱい行きたいところ行こうね!約束だから!」



二人は抱き合っていた腕をそっと外すと、ツマリが大上段に構え、それを守るようにアダンが下段で大きく身をかがめる構えを見せた。

『魔王』と言われた帝王をも倒した、二人にとっては必殺の構えだ。


「……さあ来い、エルフども!ボクら夢魔の誇り、見せてやる!」

「うん!勇者と言われた、あたし達二人の力、永遠に刻み付けてやるんだから!」


先ほどまでの絶望的な表情とは打って変わり、覚悟を決めた表情で二人は剣を構えた。


「……気づかんか……いや、気づいてやめたのか……馬鹿どもが……」


その死を覚悟した表情にダリアークは片手を振り上げた。


「……仕方ない!全兵士に告ぐ!これより……」

「グアアアア!」


だが、ダリアークその手を下ろすより早く、新兵たちの居る方角から叫び声が聞こえてきた。


「どうした、何があった!」

「は、はい!……正体不明の軍……いえ、おそらく魔王軍の残党と思しき一団がこちらに迫ってます!」

「なに!数はいくつだ!」

「一個小隊ほどです!ですが、相手はドワーフと人狼ばかりの軍で、我が軍は押されています!それに先頭は……四天王の一人、クレイズ将軍です!」

「クレイズ将軍?あの人間の……と言うことはまさか……」

「はい、セドナもいます!」

「く……あの『影の王』までもか……」


一瞬ダリアークは顔をわざとらしくゆがませると、大声で叫んだ。


「全軍に告ぐ!勇者兄妹を見張りつつ、全軍でクレイズを迎撃せよ!魔力は奴の討伐まで温存しろ!どのみちこいつらに出来ることなどない!」

「は!」


そう言うとあわただしく兵士たちはあわただしく陣形を編成し直し始めた。


「クレイズ……将軍?生きていたのね……助けに来た……わけ、ないよね……」

「向こうからすれば主君の敵だもんね。……ボクらにとどめを刺しに来たんだよ、きっと……」


クレイズはアダン達に討伐された帝国の将軍の一人であった。

王城で『魔王』の玉座の直前の大広間で最後に相対した強敵であり、その時の痛みも二人は覚えていた。


「けどさ……最後に神様も粋な計らいをしてくれたね……」

「うん……薄汚いエルフ共なんかに討たれるよりは百倍はマシ、ね……フフフ……」


ツマリは笑みを浮かべながら、数分後に迫る死を思い、軽く目を閉じた。

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