第19話

「宇留美、左腕ば出さんね」

 自宅での誕生パーティーにて、八歳になったばかりの宇留美は桃代に寄った。

「宇留美へのお祝いプレゼント。学校でも先生にバレんごとバレないようにつけとかんねつけなさい。ワンポイントのルビーもクリスタル……周りの透明な石が宇留美ば守ってくれるけんね」

「あたし、自分のことば自分で守れるばい。宇門の王子さまやけん」

 宇留美は唇を尖らせた。とはいえ、桃代には逆らわなかった。母の趣味であるビーズ手芸も母の想いも、否定されて耐えられる心ではないと知っていた。

「味方は多くても困らんよ。そいにしてもそれにしても宇留美にはまだまだ大きかごたる(おおきいみたい)ね。ずっと着けて居られるごとように、私の腕に合わせて作ったけん。ゴム紐ば使つこぅたとはいえ二重巻きで腕に着けるとも……そうね、しばらくはネックレスにするともよかね。待っとかんねまっていなさい、今ヘアゴムの紐ば探してくるけん」

 桃代はいそいそと手芸箱を取り出しにその場を離れた。その間、宇門が小さな紙箱を取り出した。折り紙で作った、ふたと本体が分離されたものだった。

「僕のお姫さま、左手ば出して」

「王子さまばい、宇門」

よかけんいいから、出して」

 宇留美はわけも分からず、左手を差し出した。宇門は折り紙箱のふたを外し、中身を取り出した。

「お母さんに習ったと。僕からもお守り」

 左手の薬指にはめられたのは、一粒のクンツァイトと七粒のパールで繋いだ一連指輪。

「宇門までお守り? プレゼントは嬉しかばって。しかもこいこれも大きかし」

「僕は宇留美のごとのように動き回れるわけでもなかし、殴り合いのケンカだって強ぅなかもん。でも僕にできることなら何だってするばい。宇留美の一番の味方やけんだからね」

 小学生になっても、宇門は体育の授業を見学することのほうが多かった。勉強においては酷語の成績が抜きん出ていて、担任の先生が学区の中学図書室から特別に貸出できるよう計らってくれていた。図工の授業で描いた絵は長崎県のコンクールに提出され、九州大会を何度も制覇していた。宇留美にはそのどちらの才にも恵まれなかったが、宇門が活躍するたび、自分のことのように喜んだ。

 自宅で祝う日、宇留美は菊代と桃代を手伝いオードブルを盛り、ケーキを焼く。直広が祝いの品に画材と、宇留美も好む菓子を仕事帰りに買ってくる。主役の宇門は宇留美が飲み食いするまで、決して自分の取り分に口をつけない。双子の誕生日には宇留美の代わりに宇門が菊代と桃代を手伝う。宇留美は直広とともにリビングの飾りつけをする。ブレスレットと指輪の数珠繋ぎが途切れないように、家族との幸せが永遠に続くことを二種類のパワーストーンに願った。

 その願いはクリスタルのように透明になり、続くはずの幸せはパールの艶に隠されてしまった。

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