第15話

 剣人は建ち並ぶ飲食店の狭間に身を潜めていた。誰もが陰に気付いていなかったが、それでも構えずにはいられなかった。

 宇門の中は鼓動と脈動で騒がしくなっていたが、宇門にとっては蚊の泣き声以下だった。

ばってかだけど困ったね。君は確か、二十五歳を超えとらんかったか? あのときはまだ小学生やったけんだったから。年齢だけなら俺の許容範囲を完全に超えとる」

「腐っとる! お前一人の存在しとるだけで、どれだけの人間ば不幸にしとると思ぅとるとか。自分の身内だけじゃ飽き足らず、こがんこんなネットで他人まで釣りやがって」

 宇門は胸倉を掴んだ。剣人から渡されたスマホは無意識に放り投げていた。

「俺はミクちゃんに用事のあってわざわざ来たとに、君に捲し立てられるなんて心外ばい。こんなのが義父との再会なんて。そうやろう、宇留美ちゃん」

「その名ば呼ぶな」

 感情に任せて動いたせいで、あっけなく両手首を掴まれた。足を振り、履きなれないパンプスを脱ぎ捨てて下肢を蹴るも、男性ならではの硬い筋肉がびくともしなかった。それだけでなく、ジーンズの生地が体の柔軟性を奪っていた。

「自分は青柳宇門だ」

「何ば言ぅとる。宇門くんはとっくの昔に亡くなっとる」

「キサマが殺したとやろうが」

 剣人は石畳を駆け抜けた。探偵としての仕事どころではなくなったからだ。

「青柳健一、お前には色々聞かんばならんことのたくさんある。会話の成り立たんコイツじゃなく、俺がミクの代わりに相手してやる」

 ケンこと健一の気が一瞬逸れたことで、掴まれていた手首を力の限り捻った。健一の握力が緩むと、右足でその腹を蹴り退けた。解放の瞬間、ブレスレットのビーズが星を覆いながら宙に舞った。突然の弾きに健一は狙いがずれて指輪をはめていた左手を押さえつけた。

 それまで宇門と名乗っていた女性は、正気に戻り石畳の溝に指を突っ込んだ。払った左手をも地面に這わせて赤いビーズが石畳に擦れた。

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