透明のビーズ

加藤ゆうき

第1話

宇門うもんちゃん?」

妙子たえこ先生」

 八月の朝、長崎市では青柳宇門にとって思いがけない再会だった。

 宇門の短い髪は、外側にはねた毛先から汗がシャワー化していた。生地が薄いとはいえ、漆黒のジャケットを着用していれば当然のことだった。

 対する諸石もろいし妙子はユリ柄の半袖シャツ、袖口から皮膚が弛んだ腕を露わにしていた。下半身はベージュのスラックスを着用していた。

「こいが今の職場? だけんだから警察署にらんかったとね。最近行ったとばってん」

 妙子は発汗している様子もなく、頬肉が削げ落ちていた。目の下はアジサイの花びらを幾重にも重ねた色合いで、お世辞にも元気とは言い難い。

「署は買い物ついでに寄り道する場所ではなかですよ。何もない限り」

 汗粒が太陽光を吸い込み、宇門の眼光と共鳴した。宇門の頭上には看板が掲げられている。背後のビル二階が、宇門の職場だ。

「宇門ちゃん、施設ば巣立ってからますます鋭ぅなったごたるみたいね。今、事務所いとる?」

 宇門は頷き、一階のエレベーターへ同行した。普段は体力維持のため階段を利用しているが、六十代のか細い女性には酷だと判断した。また事務所の鍵は宇門も所持しているので、所長が不在でも妙子を中へ通すつもりだった。

 エレベーターの中でようやく、妙子の切迫した感情が渇いた声に乗った。

「宇門ちゃん、お仕事頼まれてくれん? お金は私の貯金でどがんかどうにかするけん」

 ジャケットの襟が妙子の手で皺だらけになった。

 宇門の眉間にも皺が現れた。追い詰められた妙子を見るのは、これが初めてだったからだ。

 宇門の知っている妙子は、ススキの摩擦音が似合う朗らか、子どもに叱ることを知らない擁護者でしかなかった。

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