徐邈3  酔いどれ會稽王

さて、范甯はんねい徐邈じょばくはどちらも孝武帝こうぶていの御用聞きとして、朝廷運営を補佐していた。ただし范甯は才覚こそあれど良くも悪くも率直なたちであり、ついには王國寶おうこくほうよりの讒訴を受け遠方に飛ばされてしまった。徐邈はこのまま単身で朝廷にいるのを危うく思ったが、さりとて豪門たちを排除できるだけの手立ても思いつかない。そこでどうにか我が身を全うせんと考えた。


そこで目をつけたのが、孝武帝こうぶてい司馬道子しばどうしの不和である。この両名の仲を取り持つことができれば、と、改まった面持ちで孝武帝に言う。

「昔、かん淮南王わいなんおう劉安りゅうあんしん齊王せいおう司馬攸しばゆう様は皇帝の弟でありながらにして警戒され、災いを招きました。司馬道子様は確かに少々酒癖を重ねてこそございますが、社稷を奉らんとする思いは陛下と変わりませぬ。ここは寛大な目で司馬道子様をお許しになり、朝廷内の揉め事をお収めになられるがよろしかろうと思います。それは外にはお国のためともなり、内には李太后りたいごうのご不安をも和らげることに繋がりましょう」

孝武帝はこの言葉を受け入れた。


徐邈はあるとき東府とうふ、司馬道子が執務をする城に赴いたことがあった。すると城内には酔っ払いどもがたむろし、盛大な乱痴気騒ぎを起こしていた。


やってきた徐邈に司馬道子が言う。

「貴方様も我らと酔いを楽しみませぬか?」


徐邈は答える。

「徐邈は街の片隅の小書生なれば、いじましくも節儉清修に酔うすべを身につけてしまいまして」


司馬道子は徐邈のふるまいがもともと質素であったことを知っていたため、その発言を笑いこそすれ、咎めだてすることはなかった。まもなく司馬道子は徐邈を吏部郎りぶろうに任じようとしたが、徐邈はそうした任務には世俗の慣わしと深く付き合わねばならず、自身に乗りこなせる気が到底しないとして、幾度となく辞退した。このため司馬道子も任用を諦めた。




初,范甯與邈皆為帝所任使,共補朝廷之闕。甯才素高而措心正直,遂為王國寶所讒,出守遠郡。邈孤宦易危,而無敢排強族,乃為自安之計。會帝頗疏會稽王道子,邈欲和協之,因從容言於帝曰:「昔淮南、齊王,漢晉成戒。會稽王雖有酣媟之累,而奉上純一,宜加弘貸,消散紛議,外為國家之計,內慰太后之心。」帝納焉。邈嘗詣東府,遇眾賓沈湎,引滿諠譁。道子曰:「君時有暢不?」邈對曰:「邈陋巷書生,惟以節儉清修為暢耳。」道子以邈業尚道素,笑而不以為忤也。道子將用為吏部郎,邈以波競成俗,非己所能節制,苦辭乃止。


(晋書91-3)





おもしれーなこの人、なんで全然世説新語にいないんでしょね。これたぶん司馬道子とのやり取りを踏まえての孝武帝への建言だよね。そうして考えると徐邈はどちらのことも軽蔑してたけど、とは言え生き残るためにはどうにか食いつくしかない、的な感じだったのかな。

このひとの弟である徐広じょこう桓玄かんげんの即位、劉裕りゅうゆうの即位どちらにも悲しみを隠さなかった気骨の士だけど、このひとの内心はどうだったのでしょうね。

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