第13話 あめあめふれふれ

 露出狂にとっての天敵は幾つかある。

 それは夏に最盛期を迎える蚊であったり、冬の凍えるような厳寒であったり、社会秩序と平和を守るパトロールのお巡りさんであったり……。


 人が身を守る術として編み出した衣服という概念を脱ぎ捨て、社会道徳すら脱ぎ捨てているのだから当然といえた。


 その中でも更に一つ、自然の天敵が存在する。

 雨だ。


「雨の日は流石に……キツい」


 濡れた体で早々に体力を消耗するとか、風邪を引いてしまうとか、色々理由はある。

 人に見られるリスクが減るという観点ではプラスかもしれないが、それ以外の全てがマイナスだった。


 個人的には雨の日に裸で外に出て濡れるのもまた乙だとは思うが、翌日以降の体調不良というリスクを抱え込んだ諸刃の剣だ。

 そう易々と取れる手ではなかった。


 やるとしても自宅から1㎞圏内かつ、あらかじめお風呂を沸かしておいて初めて考慮できるかどうかだった。


 そして俺は現在、猛烈な雨粒が道路を打ち尽くす天気の中、学校から借りた傘を使って必死に体を守りながら帰っていた。


 守りながら、なんて言ってみたものの強い雨風のせいで全身ずぶ濡れ状態だった。


 どうせなら学校で服を脱いでから家に帰るんだった。

 冗談まじりにそんなことを思いながら一歩ずつ前に進んでいく。


「……ん?」


 ふと、視界の端に何か見覚えのある色が映った気がした。

 金だ。街中にあるのは珍しい色だった。

 一体何事かと目線を動かしてみると、そこにはシャッターの降りた店の軒下で雨宿りをする白銀エイミがいた。


「……なにやってんの」

「……雨宿り」


 それは見れば分かる。


「傘忘れて、帰る途中に降ってきたって感じか?」

「…………」


 白銀は何も答えない。

 はいかいいえで終わる簡単な会話で人がわざわざ沈黙を選択する場合。


 それは相手と会話したくもないほど嫌っている場合か、簡単な返事すら億劫になるほど気分が落ち込んでいる場合かのどちらかだった。


 前者とは思いたくないので、後者と断定することにした。


「そのままでは風邪をひいてしまう」

「……別に。どうでもいいよ」

「よくはないと思う」

「誰も心配なんてしないし」


 なんだかやけっぱちになっている様子だった。

 学校で女子たちに囲まれたのが余程効いてしまったのだろうか。


 確かにあれは恐怖を感じるシチュエーションだった。自分が同じ立場になったらと考えるとぞっとしなかった。


「俺はするけど」

「…………」

「風邪を引くといけないから、早く家に帰った方がいい」

「家には……帰りたくない」


 家でも何か問題があったようだった。

 家と学校のダブルパンチを受けてここまで弱ってしまったのか。


 学生にとっての世界は非常に狭い。

 特に友達がいないぼっちにとってはその二つが実質的な世界そのものといえる。

 そこで問題が起これば、なるほど精神的に参ってしまうのも理解がいった。


 目の前の白銀が、まるで捨てられた血統書付きのブランド犬のように見えた。

 だから俺は、


「じゃあ、俺の家に来るか?」

「……え?」


 思わず、そんなことを口にした。



「お、おじゃまします」

「おじゃまされます」


 俺の家は三階建てのアパートの一室だった。

 そう、高校生にして一人暮らしをしているのだ。

 いろいろ複雑な事情があっての現状なのだが、まあ瑣末事なのでどうでもよかった。


 それより今は白銀を温める方が先決だった。


「先にお風呂に入ってくるといい。そこの扉を開けた先にあるから」

「あなたも濡れてるじゃん。あたしは後でいいよ」

「女性を後回しにはできない。俺は紳士なので」

「変態紳士だもんね」

「否定はしない」


 変態でも紳士ならマイペンライ。


「なので君から先にどうぞ」

「いや、ここは家主の方が先に入るべきでしょ」

「どうぞお構いなく」

「こっちこそどうぞ」


 随分と意固地だった。

 何をこんな頑なになっているんだろう。


「そんなに言うなら一緒に入るか?」


 面倒なので、絶対に否定されるだろうことを提案してみた。

 これなら向こうも折れて先に入ると言い出すだろう。

 そう思ったのだが、白銀の答えは予想の遥か斜め上をいった。


「……分かった。それでいいよ」

「えっ」

「そっちのが効率的だもんね」


 まさかまさかの肯定が返ってきた。

 これは流石の俺も予想外すぎて数秒現実を正しく認識できなかった。


 いくら露出仲間とはいえ、お風呂というプライベートな時間まで共にするのは嫌がるだろうと思ったのだが、一体何を考えているのだろうか。


「ほら、いこ」


 手を引かれて脱衣所に足を踏み入れる。

 うちはユニットバスではなく風呂とトイレ、洗面所が分かれているタイプなので、二人でも十分入ることはできるだろう。


 だからなんだという話だが。

 そもそも同年代の男女が、それも付き合っているわけでもない関係で一緒にお風呂に入るなんて、それこそ将来結婚秒読みの幼馴染くらいなものだろう。


 俺と白銀はつい最近知り合ったばかりの仲だ。

 どう考えてもおかしいし、断るべきだ。

 けれど俺の腕を掴む彼女の手から伝わってくる震えが、その拒絶を難しくしていた。


「……分かった」


 俺は渋々了承した。


「でも家のお風呂で男女が素っ裸は……まずい」

「家の外で素っ裸の方がまずいとおもうけど」

「なので水着の着用を義務付けることにする」

「あたし今水着なんて持ってないよ」

「じゃあタオルで」


 俺もタオルを腰蓑として着用することにする。

 そうと決まると、俺は着替え等を取り出しにリビングへ向かうのだった。

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