第37話 Safehouse of my mind

「そして莉乃さんが素敵な提案をしてくれた。

住み込みで、彼女専属のドライバーになる。

これで見通しが立った。

その後の一月は莉乃さんの部屋を主人よりも長く使っていた。」

朝と放課後の送迎と莉乃さんのリクエストで夜にドライブする以外、私は莉乃さんの部屋のロフトで生活させて貰っていたの。まるで自分が指名手配犯になってるみたいだと感じたわ。そんなに長い間ロフトの一人用簡易ベッドの上で過ごしたのは生まれて初めてだった。 ブラックウォッチの柄のボストンバッグを取り出し、その部屋におかせてもらう。中には二泊三日分の最低限の着替えが入っている。ベランダの洗濯機と室内のバスルーム、ロフト上の簡易ベッドが生活に必要な全てだ。それ以外の時間、学校にも行かずその部屋でじっとしている。そしてある男との会話を思い出す。

「貴方が自分の心に、正直に問いかけ、聞き出すことだ。

私は貴方の心ではありません。

ただの警告です。」

さて、私はいったい、どこへ向かえば良いのだろう?それが分からずにいる。分からない時、人が部屋でじっとしているのは、真夜中に考え事をするくらい良くないことだと千紘が教えてくれた。曰く、朝は夕方より賢い。寝る前にあれこれ考えるな、ということらしい。考え疲れると彼女は部屋を出て別邸に向かい、庭園を散歩するか、ウーズレイの車内に入る。ウーズレイの車内では、ウーズレイの車内でしか考えられない物事を思索できる。それは彼女にとっては驚きだった。この車はただの車ではない。車内で思うのは、今私は自分の望むがままに、どこへでも行ける、ということだ。それは決して悪くない気分だ。私は身軽だ。しかしそれは私が何とも繋がっていないということでもある。the hepburnsの「That's OK」が流れていた。今エンジンをかけ、アクセルを踏んでハンドルを回せば、私はどこへだって行ける。


 しかし午睡の後、彼女は気付かされる。この国に私の行くべきところはないということに。


 朝の送迎後に買い物をして、莉乃さんの半分以上空になっている冷蔵庫のスペースに食材を並べた。主人のいない間はワンルームを好きに使うことが出来た。部屋を掃除して自分の分の洗濯をして、ランチを作ると午前が終わっていた。午後は送迎をした後千紘さんの家で夕食をご馳走になって、莉乃さんの後でシャワーを浴びたらもうすることはない。


 夜更けに莉乃さんと話すこともあったけれど、大体はお互いに好きなことをしていたわ。 莉乃さんは学校の勉強やベースの練習、読書なんかをした後、ロフトの階段横のソファベッドで眠っていた。夜間はロフトで過ごすことが多かった。たまに莉乃さんがお茶にしないと声をかけてくれて、そんな時は手前のソファに腰掛けて彼女と話をしたの。その時の彼女は学校で見る彼女の印象とは違っていた。リラックスしていて、好きなことを鋭利な角度から話すことの出来る人だった。そして何より、彼女は本心からいくつかのことを知りたがり、本音を少なくない数話してくれた。


 朝になると彼女の起床時刻に合わせて私も起きて、階段を降りるとIHのキッチンでホットサンドメーカーにパンとチーズとソーセージを挟んで、コーヒーを出した。


メイド服がなかったから、私は高校の制服を着ることにしていた。


「ねえリナさん。

いつも階段を降りる時、スカートの中が丸見えよ。」

私はそれを聞いて笑った。莉乃さんの口から聞くとなかなか素敵に聞こえる。人徳というやつだ。そういったルーティンの中、私は千紘さんに仕える莉乃さんに仕えた。メイドのメイドというのは中々面白かった。莉乃さんは仕える側のことを知っていたからとても参考になったし。時には夕食後千紘さんの家で長居して、ビリヤードルームなんかを使うこともあったわ。私たちは互いの身の上話をしたりした。

 ある夜、莉乃さんから興味深い話を聞いた。それは私達のいるこの影取という土地についての話だった。そして私は知ることになった。彼女には彼女の思惑があって、ある目的のために動いているんだということ。そして私も話すことにした。私にも同じように思惑があるんだっていうことを。 莉乃さんの自宅は女子高生の一人部屋と言われてもあまり実感が湧かなかった。


 その後の一月は莉乃さんの部屋を主人よりも長く使っていた。朝と放課後の送迎と莉乃さんのリクエストで夜にドライブする以外、私は莉乃さんの部屋のロフトで生活させて貰っていた。 まるで自分が指名手配犯になっているみたいだと感じた。そんなに長い間ロフトの一人用簡易ベッドの上で過ごしたのは生まれて初めてだった。

最低限の着替えの入ったキャリーケースをベッドの脇に置いて、デスク代わりに使っていた。 朝の送迎後に買い物をして、莉乃さんの半分以上空になっている冷蔵庫のスペースに食材を並べた。主人のいない間はワンルームを好きに使うことが出来た。

部屋を掃除して自分の分の洗濯をして、ランチを作ると午前が終わっていた。

午後は送迎をした後千紘さんの家で夕食をご馳走になって、莉乃さんの後でシャワーを浴びたらもうすることはない。夜更けに莉乃さんと話すこともあったけれど、大体はお互いに好きなことをしていたわ。

莉乃さんは学校の勉強やベースの練習、読書なんかをした後、ロフトの階段横のソファベッドで眠っていた。夜間はロフトで過ごすことが多かった。


たまに莉乃さんがお茶にしないと声をかけてくれて、そんな時は手前のソファに腰掛けて彼女と話をした。


 その時の彼女は学校で見る彼女の印象とは違っていた。

リラックスしていて、好きなことを鋭利な角度から話すことの出来る人だった。

そして何より、彼女は本心からいくつかのことを知りたがり、本音を少なくない数話してくれた。

「中でもひとつ、私たちが眠れぬ夜更けにした話の中で一番惹かれたのは、彼女の住んでいる街の話。

樫江君、貴方はそれを知っていた?」

「てっきり俣野だと思っていた。」

莉乃はそれには答えなかった。

まあそもそも、彼女が一人暮らしをしているなんて情報を知っていたのは千紘と担任くらいのものだろう。


「国道を隔てたあちら側とこちら側は、もう別のところなのと彼女は言って、面白いでしょうと笑った。」

そして歩けばすぐに藤沢だ。

「元々千紘さんの住んでいるあの家は財閥の別邸だったという話よ。

それが随分前に火災を被り、一部を残して全焼した。

それをアハトワグループが買い取った。

でも世間はそのことを知らない。

あの邸宅は表向き、自然と平和を愛する閑静な場所となっている。

もっとも、注意深く駐車場を出入りする車を見ていれば、不思議なところもあるけど。

いくらなんでも『なぜこんなところに一昔前のロシアの高級リムジンがあるのだろう』と人々は首を傾げるかもしれない。」

どうだろう。人々は特徴的な車だ、ということで済ませてしまうかもしれない。それにあんな土地を買える人間だ。リムジンを持っていても不思議じゃない。周りはそれがトヨタ・センチュリーじゃないことにさえ気付かないかもしれない。平和に弛緩した、気の毒な近隣住民たち。

「今日は随分と饒舌だと私は思った、そして莉乃さんに直接そう言いもした。」

「ここにいる時はなるべく何も考えず、気負わないの。

それにこんな夜更けよ。

誰が聴いているわけでもない。」

「それが彼女の答えだった。

ここは彼女からすれば『頭を空っぽにするための部屋』なんだと話していた。

または『一人きりで考え事に沈む部屋』。

それを聞いて申し訳ないことをしたと思ったの。でもそう言っても彼女は全く気にしていないみたいだった。それも込みで私に提案したの、ということだった。そして彼女は私にそのためだけに一室借りることを、貴方は愚かだと思うかと聞いた。」

僕は首を横に振り、頭を空っぽにしてみようとした。聴こえるのは、国道一号線を走る車の音だけだ。

「全く愚かとは思えない、それが私の答えだった。

この世の中にはエンデの言うように様々な姿かたちをした、老若男女の時間泥棒がいる。

そう思えば、現代で一人で沈思黙考出来る場所と時間は、値千金ではないかしらって。そう言うと彼女は貴方は変わってるわと言ってくれた。そしてかすかな微笑の後、その影取という(藤沢と違ってかなり特徴的な)名前について教えてくれた。

「どうしてそんな名前がついているの?」

「ああ、簡単なことよ。

それはこの街の住民が、影を持たないところから来ているの。」

「影を持たない?」

「そう、人々はこの街に入る際、影を捨ててしまうの。」


「私は彼女の姿にもう一度目をやった。

左奥の角にある一脚の間接照明は、たしかに莉乃さんを照らし出している。

けれど、彼女の体からはどの方角にも影が延びていなかった。」

僕は照明に照らされた莉乃の顔を見た。次に制服に目を移し、いつもより無防備で白く透き通った足に視線を移した。そして壁に目をやった。

 そこには彼女の滑らかな足の形をした、影がなかった。




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