諸行無常な毎日の、不変的な一日③
「えええええ!?」
「どこに雲隠れしたと思えば、まさか公務員なんぞしているとはな! もう逃さんぞ、所長の敵!」
婆さん史上最も強い勢いで、婆さんはまくしたてる。
「藤岡、俺はアンタが人を殺したとは思わん。だが、これはどういうことだ? お前は十八年前、何をした?」
「…………」
「藤岡!」
「……分かったよ。話すよ」
藤岡は、心底嫌そうに、苦虫を噛み潰したような顔でぽつりぽつりと話しだした。
「十八年前、俺は『Fuji's secret base《俺のチャンネル》』でとある企画物を出した」
「まて、大体読めた」
「ああ、儂も大体わかってしまった。藤岡貴様」
「最後まで聞いてくれ。断罪はそれからでも遅くない」
「儂、"ディティクティブ・トリニティ"呼んでくる」
「婆さん、殺る気マンマンじゃねえか」
「題名は『ガチの探偵事務所開いて事件解決してみた』だ。あれはすぐに運営に消されちまったから、お前が知らなかったのも無理はない」
「企画だというのは誰にも言わなかったわけだ」
「ああ。橘にも、"ディティクティブ・トリニティ"にも、ここには来なかったもう二人のスタッフにも」
「もう二人には今朝会ったよ。あいつらは何者なんだ?」
「非行少年だったのを、俺が拾って仲間にした。今はムエタイのプロをやってる」
「わお。なんか思ったより規模がデカい企画みたいだな」
「ああ。一年間、普段の企画と同時進行でやった。あれはきつかった」
「なのに……ってことか」
「ネタバラシは動画でするつもりだったんだ。ある日社員が事務所に来たらそこはもぬけの殻。見ると床にURLが書かれたメモが落ちている――というふうにな」
「――待て。それなら今になってそれが露呈したのは何故だ? 動画はすぐに消された。投稿時期が十二月でもなければ年内。それから少なくとも十七年は経過している。その間に奴らからのアプローチは?」
「……無いな」
「なら、これ自体が壮大なドッキリということじゃ――」
「翔馬」
「……だよな」
切り抜き動画。しばしば著作権侵害として問題になるそれは、コンテンツの中身を手軽にする手段として人気の絶えないショート動画で、それ自体が一つのコンテンツにさえなっている界隈もある。
「昔から切り抜き自体はあったんだ。それが最近になって、化石の採掘感覚で再び陽の光を浴びるようになった」
「なるほど。流れは大体わかった。
①当時の職員二名が死んだ『所長』が写っている動画を発見
②橘蓮華と合流し、中断していた犯人『怪人二十面相』探しをリスタートすることを決意、決起集会を開く。この時は"ディティクティブ・トリニティ"はその場にいなかった模様。封印の解除に手こずったのだろうか。
③当時を思い出すため、探偵事務所跡地に移動。場所が場所なので新幹線を使ったと思われる。
④移動中に『Cartooner』を開く。たまたま藤岡の削除された動画の切り抜きを見つける。
といった感じだろう?」
「ああ。『探偵は素性を明かさないものさ』なんてカッコつけてメアドを交換しなかったばっかりに、彼らの時間を、膨大な時間を、俺は奪ってしまった」
「そうでもないだろ。二人はプロで、三人は人外。……婆さんはギャンブルで負けたとか?」
「橘は経理だぞ? まさか、そんなことはないだろう」
"ディティクティブ・トリニティ"が人外であること否定しなかったぞ!? 越前ガニ先生、降りてきて!
「……儂の希望的観測がたまたま全て外れただけだよ」
「婆さん!」
「……橘」
「おいクソガキ。お前には儂の生活は自己防衛のためといったはずだが……、信用ないの」
「そりゃな」
「橘。その、昔ほどではないが、今でもそれなりに貯金はある。言い値でいいから十八年分の補填を――」
「いらんわ。貰ったところでこれまでの人生が変わるわけでもなし。これからの人生に十分な金もある」
「ダウト」
「黙れ。昨日は勝ったんだよ」
橘蓮華は、藤岡の方を向いて言う。
「そりゃ最初はムカついたさ。ここにはお前さんを殴りに来た。……でもな」
「でもな、所長。そんなことよりも、お前さんが生きていたことが、嬉しいのさ。それに今の怠惰な生活を、アンタの失踪のせいにしていた。すまなんだ」
「そんなこと」
「アンタなら、そう言ってくれると思ったよ」
「……橘。 ありがとうな」
「 ああ」
ふたりは固い握手を交わし、橘蓮華は路地裏の住処へと去っていった。
ドッキリ動画は、ネタバラシがあるからこそ成り立つ。動画で全員を幸せにする。それが俺たち動画投稿者の役目だ。
小説には、回収されないことでこそ輝く伏線もある。今回の伏線回収は、これで良かったのだろうか。二人のプロムエタイ選手は、王者となることができるのだろうか。
「――あれ?」
黄昏時もいいところで、俺はあることに気づく。藤岡も困り顔だ。
「こいつら《ディティクティブ・トリニティ》どうすんの?」
「俺が責任とって飼うしかないのか……」
「いやいやいや! 絶対ヤバイって! なんかスーツから湯気でてるよ? ちょっと待って! 今口の中見えたけど、あり得ないくらい歯がある! 人食う! こいつら絶対人食う!」
「え!?」
「俺、越前谷先生呼んでくる!」
「……何で?」
「"その道"の人っぽいんだよ! 俺もよくわからないけど!」
その後、伊賀国逢魔衆"三鬼"が一柱、越前谷家筆頭越前谷𱁬によって平安時代に起因する長年にわたった魑魅魍魎と人間の水面下の争いが調停され、世界が少しだけ平和になったのは、また別のお話。
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